霊感専門相談所くじら特殊サービス

緒沢タラ

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第一話 シロイオリ

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「こいつはまた・・・」

 楽しげに呟く声。
 だが、発したその声に反して、権堂は無精髭の浮いた片頬を皮肉げに歪め、薄く笑う。

 都心から、新幹線に乗ること2時間弱。そこからローカル線に乗り換えて30分程。
 更に最寄りの駅からバスに揺られ、新緑も美しい山間部にある温泉地へ向かうこと約1時間の後。ようやく到着した目的地を見上げた彼の目の前にあるのは、所謂老舗と言われる類の大きな温泉観光ホテルだった。
 格式を伺わせる、重厚な和風建築の表玄関を構えた、背の低いロビー棟。背後には、ロビー棟を中心にしてコの字型に向かい合うよう、東西に2棟の客室棟がそびえていた。
 やや釣り気味の目を楽しそうに細めて、眺める権堂の少し後ろ。彼とは対象的なくるりと大きな黒い瞳を輝かせ、星は「へぇー」と興味深そうに周囲を眺めていた。
 今いる駐車場、建物、その奥に僅か見える和風庭園の一端へと顔を巡らせ
「聞いていた話と全然違います。良い所じゃないですか。ね、芳桐」
 自分の斜め後ろに控え佇む、スラリとした長身の青年へ笑いかける。
「ああ」
 頷いて返す芳桐の、長めの黒い前髪がサラリと零れる。それをかき上げると露わになるのは、涼やかに整った顔貌。
 芳桐はそのやや鋭さを含んだ目を緩めると、星へ微笑み返した。
「ああああああああああ・・・」
 だが、まるでグループ旅行を楽しむような、そんな3人の雰囲気を壊す呻く声が聞こえる。
 権堂の広い背中へ隠れるようにして前方の建物を覗き込み、そっと様子を覗っていた理久は
「おい、理久」
 呆れを隠さず呼ぶ声に、自分が盾にしている権堂を見上げた。
「だって、聞いてたより全然エグいじゃないですか」
 不満気な声と子どもじみて尖る拗ねた唇。
 助けを求めるよう、潤む瞳で見上げてくる理久に、権堂は男らしく太い眉を僅かに引き上げる。
「・・・あのなぁ」
 そんな理久の仕草に一瞬、何かを堪え、ぐぬっと精悍な顔を歪めた権堂は、身体をずらして理久の横へと並ぶ。そうして、自分の背後から現れた細い身体を抱き込むようにして、太く筋肉質なその腕を理久の肩へ回した。
「そもそも、俺は遠出なんて面倒くせぇから断るつもりだったんだぜ? なのに、圭佑の野郎に何を吹き込まれたのか知らねぇけど、行くって言ったのは、理久、お前だろ」
 元々の白い肌を、怯えのせいかやや薄青くさせた理久の顔に、男臭さを感じさせる権堂の顔が近付く。
「う・・・。む、むさ苦しい顔を近付けないでください」
 あからさまに呆れを含む声に指摘され、感じたばつの悪さ。それを誤魔化すよう、寄せられた顔を少しばかり強く押し退け、権堂の腕の中から抜け出した理久は
「だって、いくら何でもこんなにとは思わないじゃないですか」
 溜息混じり、不安げにホテルへと視線をやった。
「こんなにって?」
 そんな2人のやりとりにかけられた声。
 振り返った理久は、ニコニコと上機嫌なまま問いかけてくる星を見て「あ!」と小さな声を上げる。
「てかあんな所、翔一郎たちまで連れて行ったら、ヤバくないですか?」
 影響とか有りそう。
「ヤバいって、どういう事だ?」
 権堂への問いかけに、だが、真っ先に反応したのは芳桐だった。彼から発せられた重い声。ウッと詰まった理久は、助けを求めるように権堂へ視線をやるが、顔ごと逸らされた目。
「連れてきたのは俺じゃねぇし」
 その言葉に、理久の顔が苦く歪む。
「・・・それはオレでもないじゃないですか」
 稀に色っぽいと言われる事もある、一重の垂れた目をほんの少しだけ吊り上げ、権堂を一度軽く睨んだ理久は
「えーと、何て言うかな・・・カプセル? みたいな?」
 こんな感じ、と両手で小さなボールを掴むように円を表して見せた。
「カプセル?」
 しかし、それに星はふわふわと柔らかな髪を揺らして首を傾げ、芳桐も整った眉を僅かに寄せる。
「こう・・・ガチャポンのカプセルって有るじゃん? あぁ、翔一郎ガチャポンって分かる?」
 問いかけに、それ位知ってると星が頷くのを確認し
「そのカプセルの中に、ここを閉じ込めたみたいな? それで更に、黒くてモヤモヤっとした、あんまり良くないヤツも一緒に閉じ込めてる、的な?」
 前方の建物敷地をすっかり覆うように、モヤモヤとした半透明の黒いドームをすっぽりと被せている。理久の目には、そんな風に視えていた。
 それをなんと表現した物かと、理久は首を傾げながらも曖昧な説明をする。
「まぁ、そんな感じではあるな」
 だがそんな自信のない説明でも権堂からの賛同を得ることができ、理久へ少しホッとした表情が浮かぶ。
「んー、何か分かるような分からないような感じだけど。でも、権堂先生が認める程の力がある長洲くんが、僕らの心配をしてくれるような、凄い何かがいるんだろうなって言うのは解ったよ」
 うんうんと頷いた星の目が、キラキラと輝いた。その視線は再び目の前の建物へ注がれている。
「面白そう! ワクワクするね芳桐」
 そうして傍らの男へ向けられた弾けるような笑顔。
「いやいやいや、だから・・・」
 危ないかもしれないと、心配しているのは伝わった筈では。
 それが何故〈面白そう〉になるのかと、理久は自身の顔へ手をやり嘆息した。
「あんなにどす黒い場所、何が有るのかも判らないし、視えない翔一郎たちには」
「ありゃあたぶん、呪いだな」
 危ないと、言おうとした理久の声を、権堂のどこかのんびりとした声が遮った。
「呪い!?」
 だがそれへ返った星の声は、先程よりも弾んだもので。
「あぁやっぱりー・・・。だってあんなの不自然ですもん。特別ボーナスと豪華食事になんて釣られて来るんじゃなかったぁ・・・」
 反対に、がっくりと肩を落とした理久から、盛大な溜息と共に漏れた言葉。
「お前、やっぱり圭佑に買収されてやがったな」
 それを耳聡く聞いた権堂が、特別ボーナスって何の話だと、胡乱な目を理久へ向けた。
 どういう事か説明しろと、権堂が理久へ詰めるその横で
「僕、現役稼働してる呪いって初めて見る」
 どこかうっとりとした表情で星が建物を見つめる。
「翔一郎、あんまりあいつらの言葉を真に受けすぎるな」
 それへ忌々しげに言って伸ばした芳桐の手。だが、それが星の肩を掴む寸前。くるりと反転した華奢な身体に、その手は勢い良く空を切る。
「権堂先生! それで、一体どんな呪いなんですか?」
 理久の肩を抱え込み、特別ボーナスとやらについて問い質していた権堂へ向けられた、星の輝く大きな瞳。自分より頭一つ分下方から、期待と興奮を抑えきれず詰め寄ってくるその様に、権堂へ苦笑が浮かぶ。
「いや、先生って呼ぶなって何度も言ってんだろ」
 それでも、そうだなと建物へ鋭い視線を向けた権堂は
「こっからじゃ何とも言えねぇが、呪い自体は大したことはなさそうだな。ただまぁ・・・ちーっとばっかり、いる数が多そうだ」
 面倒くせぇ。
 ボヤいて責めるように、顰めた顔を理久へ向けた。
 しかし目が合った途端、くっと心持ち上がる理久の眦。権堂の腕の中から抜け出した理久は正面に対峙すると
「さっきからそうやって・・・。面倒くさいって言いますけどねぇ、権堂さんがアイツが嫌だこれは気に入らないって文句ばっかり言って仕事を選り好みしてるから、今月、ちゃんとした仕事、今日が実質初めてなんですよ!? もう月半ばも近いのに!」
 ぐいっと権堂へ詰め寄る。
「う・・・」
 小さく権堂から漏れる唸る声。理久は構わず、立てた人差し指で権堂の厚みの有る胸をトンっと突いた。
「そんなだから、寸前になって行きたくないってごねるかもしれないから、その時は責任持って何が何でも権堂さんを連れて行けって、圭佑さんもオレに連絡してきたんでしょう? まったく、買収だなんて人聞きの悪い」
 正当な業務手当ですよ! と、フンっと鼻を鳴らし言って、理久は権堂を睨め上げる。
「お・・・おう・・・」
 睨まれた権堂は、完全に理久の勢いに負けていた。何も言い返せないでいる権堂に、だが理久の憤りは治まらず、「だいたい」と尚も棘のある声は止まらない。
「仕事なんだから、せめて髭は剃ってきてくださいって、オレ言いましたよね? なのに剃ってないし。またこんな格好だし」
「いやぁそれが、昨日寝んの遅くなっちまって寝坊しちまってな・・・」
 責められ感じる決まりの悪さ。しどろもどろに歯切れの悪い言い訳を口にする権堂へ、理久から溜息が零れる。
 無精髭もそうだが、せめて格好くらいはどうにかならなかったのか。
 目の前の権堂は、白いコットンTシャツの上に、青地に白い花が描かれたアロハ柄のシャツを羽織っている。更に、下はダボッとした余裕のあるジーンズにスポーツサンダルという出で立ちだ。
 仕事ではなく、これでは遊びに来たと見られてもおかしくない。
「ちゃんとした格好したら、それなりにイケメンなのに」
 クセがついていたのか、やや立ち上がった襟を直そうと摘んで引っ張る理久の手を、大きな手がギュッと握り締めた。
「へー、理久。お前、俺のことイケメンって思ってたんだ?」
 何気なく向けられた理久の言葉に、権堂へ浮かぶのはニヤニヤと揶揄うような楽しげな笑み。
「そうかー、俺の顔って理久好みの顔だったんだな」
 鼻先が触れそうな程顔を迫らせる権堂に、理久は慌てて掴まれた手を振り払うと、後ろへ身を引いた。
「それなりに、って言ったでしょう。都合良く解釈しないでください」
 ペチンと音を立てて、権堂の額へ当てた掌に力を込める。そうして頭を押し退けると、やや仰け反った権堂は、笑いながら身を捩ってその手から逃れた。
「素直じゃねぇなぁ」
「だから調子に」
「あのぅ・・・」
 権堂の笑いを含んだ言葉へ、理久が苛立ち混じりの声を上げる。と、それへ被るよう、遠慮がちにかけられた声。慌てて振り返れば、権堂たちを伺う様子の中年男性の姿が有った。
 ぴっちりと糊の効いたワイシャツの上に、羽織る濃紺の法被の襟には白い文字で書かれたホテルの名前。やや白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけた、品の良さそうな男性は、一行を見回し権堂へと視線を止めた。
「鷹松様からご紹介をいただいた、権堂様でいらっしゃいますでしょうか?」
 問いかけへ頷いた権堂は
「木田島さんですか?」
 相手へ正しく向き直ると、先程までとは打って変わり、落ち着いた声で問いかける。それへ、緊張気味だった表情を少し和らげた男性は
「はい。支配人の木田島と申します。遠い所をお疲れ様でございます。ここでは何ですから、詳しいお話は中で・・・。お部屋のご用意もできておりますので」
 ご案内いたしますと、慣れた所作で一同を館内へ導いた。

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