霊感専門相談所くじら特殊サービス

緒沢タラ

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第一話 シロイオリ

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 案内されたホテル内。
 足を一歩踏み入れた途端、湿気を含んだ重い空気が身体へ纏わりついてくるのに、理久がうんざりとした表情を浮かべる。
「うわぁ、すごい豪華ー」
 打って変わって楽しげに、緊張感のかけらもない感想を口にした星はだが
「ん? でも何だろ? カビの臭いとも違う・・・」
 すんすんと、そのかわいらしいツンとした鼻をひくつかせる。
「お前でも分かる位って事だ」
 答えた権堂は、面倒くせぇと小さくぼやいた。
 そうして一行が案内されたのは、先程表からも見えた東西2つの客室棟とは別の、日本庭園を抜けた先。白い漆喰壁と一部を焼杉板で建てられた、小さな平屋の日本家屋だった。
「こちらは離れの特別室になっておりまして、古い蔵を改築した物なんです」
 依頼者である経営者兼総支配人の説明が終わる前に「うわぁ、見事だねぇ」と楽しげな声をあげた星が、正面に大きく取られた窓へと歩み寄る。
 そこには、この客室付きの小さな露天風呂と、休憩の為の小さなスペース、そしてこぢんまりとした日本庭園が有った。更にぐるりを囲む垣根の向こうには、遠方に見える山々のみごとな借景が広がっている。
 ほぼ定位置とも言える星の背後へ立つ芳桐もまた、その光景に「ふむ」と満足そうな声を漏らす。
「お前らよぅ・・・」
 それにかかる呆れたような権堂の声。
「遊びに来たんじゃねぇぞ」
 先ほどまで面倒だという態度を隠しもしていなかった権堂は、まるで引率教師のように溜息混じり咎める声を出す。
「理久」
 そうしてから振り返った先。前室で立ち止まったまま、自身を抱きしめるようにして身を縮こませ、少し血の気の引いた顔を巡らせて辺りを伺っている理久に、わずかに目を眇めた。
「どうした?」
 問いかければ、理久がビクリと身を揺らす。
「いえ・・・あの。権堂さんは・・・、なんとも無いですか?」
 権堂へおずおず近付き、不安そうな瞳で見上げてくる。
 それへ軽く唸って、辺りへ視線を巡らせた権堂は
「いや、俺はまだ分からんが・・・。どうした? 何か有ったか?」
 言って理久に手を伸ばす。そうして大きな掌で背に触れると、そこを二度三度優しく宥めるように撫でてやる。伝えた熱に、ほぅっと、理久の薄く開いた唇から零れた息。
「少し・・・空気が・・・、重くて・・・」
 ありがとうございます。
 先程より少しだけ頬に赤みが指した理久の表情を確認すると、権堂はポンポンと軽く肩を叩いて
「まぁ、お前は俺より敏感だからな」
 室内へ入るように、理久を促した。

 一行が通された離れは、畳の青い爽やかな香りが仄かに香る主室と、そこから少し段が上がった続き間の寝室という、二間からなる上品な和室だった。
 その主室で、木目が美しい良く磨かれた座卓の上に置かれた【くじら特殊サービス 代表 権堂斎】と記載された名刺へ一度視線を落とした支配人は、まるでバカンスにでも来たかのように、無精髭も生やしたまま、派手な柄シャツを羽織った30代後半と思しき緩い見た目の男、権堂へと視線を向けた。
 そうしてから、権堂の横、彼とは正反対にぴっちりとシャツを着込んだ、上品そうながらもどこか艶のある大学生位の青年と、支配人として色々な人を見てきたと自負する自分がそうと分かる程、全て上質な物を身にまとった、育ちの良さそうなキラキラしい男の子と、それより少し年上に見える、涼しく整った顔とスラリとした長躯の青年という、チグハグな面々に不安そうな表情を浮かべる。
 最終的に依頼をすると判断したのは自分とは言え、キチンとした仕事人という風体だった鷹松から紹介され現れたのが、どこか胡散臭い面々という状況に、支配人は不安と困惑を隠せなかった。
 ただでさえ、今までにも何度かお祓いを頼んだと言うのに、それらは全く効果が無く、ただ無駄な費用だけが嵩んでしまっている。
 最後だと思ってと、身内から紹介され半信半疑、いや、色濃い不信感を抱きながらも、もし効果が無ければ費用は自分が持つという親戚の言葉に、半ば押し通された形での依頼だ。
 本当に彼らを信用して、ホテルの状況を説明しても良いものなのかどうか。支配人はここに来て多少の躊躇いを覚えていた。
「で、ご依頼内容についてですが・・・」
 だが権堂はそんな様子には構わず先の説明を促す。
「・・・あ、は、はい」
 それへ慌てたように頷いた支配人からの話によれば、事前に鷹松からの説明にも有った通り、ここ2~3ヶ月前から突然、ホテル内のあちらこちらでおかしな現象が頻発するようになったとの事だった。
 毎日決まって何かが起こる場所もあるのだが、大半の報告は時間も場所も、起こる現象や見たと言われる物も、その都度その都度違うと言う。
「決まった場所も有ると言うことですが、そこも毎回起こる現象は違いますか?」
 権堂の問いに「はい」と頷いた支配人が
「同じ場所でも、黒い影がいるという曖昧なモノから、女性の姿が見えたという話や、何やら動物のような声が聞こえたという話など様々です・・・。中でも毎日必ず報告が上がってくるのは、庭園の北側にある東屋と西棟にある女子露天風呂、東棟の大宴会場とお土産売り場、それとロビー棟のゲームコーナーが多いです。それから、お泊りのお客様がいらっしゃる時に限るのですが、この特別室も・・・」
 言うのに、理久が「ん?」と首を傾げた。
「ここも、ですか?」
 確かめた理久へ、支配人が頷き答えると
「おかしくないですか?」
 理久は権堂を振り返る。
「そうだな」
 それへ「何がですか?」と、理久と権堂とを見比べた星に
「んー・・・」
 と首を傾げるだけで、明確な答えを返そうとしない2人へ、今度は芳桐が怪訝な視線を向ける。
 だが権堂は
「まぁ焦んな。取り敢えず一度現場見てみねぇとな」
 答えて、支配人へと向き直った。
「今言えるのは、この〈悪意〉が何らかの意図を持って仕込まれた物だろう・・・って事位ですかね」
 権堂の言葉に、「悪意・・・」と小さく繰り返した支配人の表情がさっと曇る。
「地図が欲しいですね。位置関係も見たいですし・・・。館内図が乗ってるパンフレットみたいな物って有りますか?」
 理久の問いかけに、支配人は脇に用意していたファイルの中から、すぐに簡易的な館内図のパンフレットを差し出した。
 一行はそれを覗き込む。
「どこって言ってたっけ?」
 言った星に
「女子露天風呂と、お土産売り場と・・・」
 理久が答えるのに合わせ、パンフレットへ手を伸ばしてきた芳桐が、どこからか取り出したボールペンで、地図が示す露天風呂とお土産売り場へと丸印を付けていく。
 それへ星が「GJ」と親指を立ててにっこり笑いかけるのに、芳桐はどこかはにかんだ笑みを返した。
「あと、北側の東屋と大宴会場、ゲームコーナー」
 理久が言いながら指で示した箇所にも丸をつける。
「・・・あとはここだったな」
 言った芳桐が今いる離れにも印を付け、そうして改めて敷地の平面図へ目を落とすと、ややして星が小さく「ん?」と声を漏らした。
「気付いたか?」
 それに権堂は片頬を上げて笑い
「ま、ここでこうしてても仕方がねぇし、取り敢えず一回見に行ってみるか」
 自身の膝を叩き、よっと勢いを付けて立ち上がる。
 それに今まで一行のやり取りを、困惑気味に見ていた依頼者が慌てて立ち上がると
「ご、ご案内いたします」
 言って権堂の背を追った。

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