94 / 103
94話 冬の海とビキニと、本命チョコの末路
しおりを挟む
海には、刺すような冬風が吹いていた。
波は強く、空は薄い灰色。
どう見ても「夏フェスのポスター撮影」に向いていない光景だった。
春菜は首をすくめながら、マフラーの端を握って呟く。
「……なぜ、冬の海なんですか……?」
蒼真はカメラマンと位置を確認しながら、肩をすくめた。
「自治体側の“ギャップ映えを狙った企画”らしい。
冬の海 × 夏フェスの写真で“意外性”を出すんだと」
「いや……夏フェスなら夏の写真でよくないですか……?」
「僕に言わないでください。僕も同意見です」
そんな会話をしていると――
――ザッザッザッ!!
砂浜を走る足音とともに、あり得ないテンションの声が響いた。
「高瀬社長ぉぉぉ! お待たせしましたぁぁぁ!!」
その場にいた全員が一斉に振り向いた。
そして、固まった。
そこに立っていたのは――
コートの下に、分厚いパーカーと水着を重ね着している梨花だった。
風にあおられた髪。頬は真っ赤。
けれど必死に笑顔を作り、声を張る。
「きょ、今日は……夏フェス撮影って聞いたので……その……水着っぽさを……!」
パーカーの裾から、かろうじて見えるターコイズ色のビキニ。
さらに、肩には毛布を巻きつけている。
完全防寒仕様だ。
春菜はあわあわしながら近づいた。
「相川さん!? なんで……その……水着……?」
「ちょ、ちょっとだけ見せようと……思って……! 本番は、ちゃんとパーカー脱ごうと思って……!」
(いや脱がないほうがいい……絶対死ぬ……)
蒼真は眉間を押さえ、ため息を落とす。
「相川さん。今日の撮影、景色だけです。モデルは必要ありません」
「だ、だってっ……きょ、今日……ば、バレン……タイン……だし……!こ、これは……本命……!」
そう言って、バッグの中を探ろうとしたその瞬間。
――ビュオオオオッ!!!
強烈な海風が吹き荒れた。
コートが一気にめくれ上がる。
ザバァンッ!!
近くの岩に波がぶつかり、白い飛沫が上がった。
飛んだ波のしぶきが梨花の頬にかかる。
梨花「ひゃぁぁぁぁあ!! つめたっ……さむむむむむむっっ……!!」
春菜(……無理……風邪ひく……いや、もうひいてる……)
「えっ!?で、でも……チョコ……渡さないと……!」
「渡す渡さないの前に凍死する。まず温まって」
「ひっ……はい……!」
しかしその瞬間――
――ビュオオオッ!!
突風が吹き抜け、巻きつけていた毛布がばさっと浮いた。
同時に、バッグの口が風にあおられ、中に入っていたチョコの箱がひゅっと飛び出す。
「きゃあっ! ちょ、ちょっと待って……!」
風で舞ったチョコの箱を追いかけようとした拍子に、パーカーの中の水着が一瞬チラッと見える。
梨花は慌てて押さえ込みながら、転がっていく箱に手を伸ばす。
チョコは波打ち際へ転がり――
ポシャン。
梨花「あああああああ!?!?!?」
春菜(……え、海に……がんばってるんだろうけど……方向性が迷子すぎる……)
カメラマンが小声で囁く。
「……いっそ、動画で回しときます?」
「やめてください。それは違います」
結局、梨花は女性社員に連れられ、温かいスタッフ車の中へ。
蒼真は肩を落とした。
「相川さん、頑張り方が……毎回おかしいな」
「でも……気持ちはすごい伝わりますよ。すごく」
「うん。すごく……迷走してる」
その言葉に春菜はこらえきれず、くすっと笑った。
---
――撮影が終わった頃。
暖房全開のスタッフ車の後部座席。
梨花は毛布にくるまり、ガタガタ震えながら涙目で叫んだ。
「つ……次は……
つ、次こそはぁぁぁぁ……!!
絶対……本命チョコ……渡すのにぃぃぃ……!!」
鼻は赤く、涙はぽろぽろ、声は震えっぱなし。
隣の春菜はそっと視線を逸らしながら思う。
(……次は……行けるといいね……いや……無理じゃないかな……)
蒼真は少し離れたところからその様子を見て、静かに肩をすくめた。
---
撮影後、春菜は蒼真と帰る手伝いをしていた。
蒼真がぽつりと言う。
「……春菜は、チョコくれないの?」
いきなりの言葉に、春菜の肩が跳ねた。
「えっ……あ、その……」
(渡すつもりはあったのに……タイミングが……)
蒼真は微笑む。からかうような、でも優しい目。
「今夜でもいいよ?」
春菜の心臓がどくりと音を立てる。
「……うん。渡したい、です」
その返事に、蒼真は静かに微笑んだ。
---
夜。蒼真の車。
車内の灯りが二人を柔らかく照らす。
春菜は小箱をそっと差し出した。
「……これ。バレンタインの、チョコです。手作りで……」
蒼真は受け取り、温かい声で言った。
「ありがとう。……大切にする」
はにかむような笑顔に、春菜の胸がぎゅっとなる。
(……渡せてよかった)
---
翌日。オフィス
梨花は分厚いマスク姿で出社した。
声はガラガラ、鼻は赤い。
「相川さん、大丈夫ですか? 昨日寒かったもんね」
梨花「だ、大丈夫……です……ただの……アピール失敗……」
「アピール……?」
別の社員が首を傾げる。
その直後、昨日の話は社内で広まり――
「水着を“持ってきた”って本当?」
「相川さん、頑張る方向がすごい……!」
「いやでも、気持ちはわかるよな……」
悪意はない。
半分笑い、半分“すごいな…”という空気に包まれた。
梨花は机に突っ伏し、もぞっとつぶやく。
「……結局、何も渡せなかった……高瀬社長の“みんなよりお返し豪華伝説”を作るはずだったのに……」
隣の社員が苦笑いしながら言った。
「社長狙い?ていうかさ、冬の海にビキニは、ない」
「ひどい!!」
波は強く、空は薄い灰色。
どう見ても「夏フェスのポスター撮影」に向いていない光景だった。
春菜は首をすくめながら、マフラーの端を握って呟く。
「……なぜ、冬の海なんですか……?」
蒼真はカメラマンと位置を確認しながら、肩をすくめた。
「自治体側の“ギャップ映えを狙った企画”らしい。
冬の海 × 夏フェスの写真で“意外性”を出すんだと」
「いや……夏フェスなら夏の写真でよくないですか……?」
「僕に言わないでください。僕も同意見です」
そんな会話をしていると――
――ザッザッザッ!!
砂浜を走る足音とともに、あり得ないテンションの声が響いた。
「高瀬社長ぉぉぉ! お待たせしましたぁぁぁ!!」
その場にいた全員が一斉に振り向いた。
そして、固まった。
そこに立っていたのは――
コートの下に、分厚いパーカーと水着を重ね着している梨花だった。
風にあおられた髪。頬は真っ赤。
けれど必死に笑顔を作り、声を張る。
「きょ、今日は……夏フェス撮影って聞いたので……その……水着っぽさを……!」
パーカーの裾から、かろうじて見えるターコイズ色のビキニ。
さらに、肩には毛布を巻きつけている。
完全防寒仕様だ。
春菜はあわあわしながら近づいた。
「相川さん!? なんで……その……水着……?」
「ちょ、ちょっとだけ見せようと……思って……! 本番は、ちゃんとパーカー脱ごうと思って……!」
(いや脱がないほうがいい……絶対死ぬ……)
蒼真は眉間を押さえ、ため息を落とす。
「相川さん。今日の撮影、景色だけです。モデルは必要ありません」
「だ、だってっ……きょ、今日……ば、バレン……タイン……だし……!こ、これは……本命……!」
そう言って、バッグの中を探ろうとしたその瞬間。
――ビュオオオオッ!!!
強烈な海風が吹き荒れた。
コートが一気にめくれ上がる。
ザバァンッ!!
近くの岩に波がぶつかり、白い飛沫が上がった。
飛んだ波のしぶきが梨花の頬にかかる。
梨花「ひゃぁぁぁぁあ!! つめたっ……さむむむむむむっっ……!!」
春菜(……無理……風邪ひく……いや、もうひいてる……)
「えっ!?で、でも……チョコ……渡さないと……!」
「渡す渡さないの前に凍死する。まず温まって」
「ひっ……はい……!」
しかしその瞬間――
――ビュオオオッ!!
突風が吹き抜け、巻きつけていた毛布がばさっと浮いた。
同時に、バッグの口が風にあおられ、中に入っていたチョコの箱がひゅっと飛び出す。
「きゃあっ! ちょ、ちょっと待って……!」
風で舞ったチョコの箱を追いかけようとした拍子に、パーカーの中の水着が一瞬チラッと見える。
梨花は慌てて押さえ込みながら、転がっていく箱に手を伸ばす。
チョコは波打ち際へ転がり――
ポシャン。
梨花「あああああああ!?!?!?」
春菜(……え、海に……がんばってるんだろうけど……方向性が迷子すぎる……)
カメラマンが小声で囁く。
「……いっそ、動画で回しときます?」
「やめてください。それは違います」
結局、梨花は女性社員に連れられ、温かいスタッフ車の中へ。
蒼真は肩を落とした。
「相川さん、頑張り方が……毎回おかしいな」
「でも……気持ちはすごい伝わりますよ。すごく」
「うん。すごく……迷走してる」
その言葉に春菜はこらえきれず、くすっと笑った。
---
――撮影が終わった頃。
暖房全開のスタッフ車の後部座席。
梨花は毛布にくるまり、ガタガタ震えながら涙目で叫んだ。
「つ……次は……
つ、次こそはぁぁぁぁ……!!
絶対……本命チョコ……渡すのにぃぃぃ……!!」
鼻は赤く、涙はぽろぽろ、声は震えっぱなし。
隣の春菜はそっと視線を逸らしながら思う。
(……次は……行けるといいね……いや……無理じゃないかな……)
蒼真は少し離れたところからその様子を見て、静かに肩をすくめた。
---
撮影後、春菜は蒼真と帰る手伝いをしていた。
蒼真がぽつりと言う。
「……春菜は、チョコくれないの?」
いきなりの言葉に、春菜の肩が跳ねた。
「えっ……あ、その……」
(渡すつもりはあったのに……タイミングが……)
蒼真は微笑む。からかうような、でも優しい目。
「今夜でもいいよ?」
春菜の心臓がどくりと音を立てる。
「……うん。渡したい、です」
その返事に、蒼真は静かに微笑んだ。
---
夜。蒼真の車。
車内の灯りが二人を柔らかく照らす。
春菜は小箱をそっと差し出した。
「……これ。バレンタインの、チョコです。手作りで……」
蒼真は受け取り、温かい声で言った。
「ありがとう。……大切にする」
はにかむような笑顔に、春菜の胸がぎゅっとなる。
(……渡せてよかった)
---
翌日。オフィス
梨花は分厚いマスク姿で出社した。
声はガラガラ、鼻は赤い。
「相川さん、大丈夫ですか? 昨日寒かったもんね」
梨花「だ、大丈夫……です……ただの……アピール失敗……」
「アピール……?」
別の社員が首を傾げる。
その直後、昨日の話は社内で広まり――
「水着を“持ってきた”って本当?」
「相川さん、頑張る方向がすごい……!」
「いやでも、気持ちはわかるよな……」
悪意はない。
半分笑い、半分“すごいな…”という空気に包まれた。
梨花は机に突っ伏し、もぞっとつぶやく。
「……結局、何も渡せなかった……高瀬社長の“みんなよりお返し豪華伝説”を作るはずだったのに……」
隣の社員が苦笑いしながら言った。
「社長狙い?ていうかさ、冬の海にビキニは、ない」
「ひどい!!」
0
あなたにおすすめの小説
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
恋と首輪
山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。
絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。
地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。
冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。
「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」
イケメン財閥御曹司
東雲 蓮
×
「私はあなたが嫌いです。」
訳あり平凡女子
月宮 みゆ
愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。
訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~
ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。
兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。
異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。
最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。
やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。
そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。
想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。
すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。
辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。
※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
※8万字前後になる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる