君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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103話 花びらスマイルの祝福

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季節は冬の足音が近づき、空気が澄み始めた頃。
静まり返った病室に、小さく、それでも力強い産声が響いた。

「……無事に……生まれて良かったぁ……」

その瞬間、春菜の目から涙がこぼれた。

(……私たちの子供……)

助産師に抱かれた赤ん坊がそっと胸元に置かれる。
温かくて、柔らかくて、世界で一番小さな重み。

「春菜……ありがとう。本当に……ありがとう」

蒼真は赤くなった目で、春菜の手をぎゅっと握った。

「……生まれたね」

「うん。俺たちの子だよ。
こんなに小さいのに……こんなに愛しいなんて、思わなかった」

春菜は泣きながら微笑んだ。
胸の奥がじんわりと温かく満たされていく。

「可愛い……生まれてきてくれてありがとう」

---

退院の日。
病室の窓から柔らかい光が差し込み、春菜は赤ちゃんを抱きながら蒼真と自宅に戻った。

「ここがお家ですよー」
春菜が赤ちゃんに言う。

蒼真はベビーベッドを覗き込みながら、穏やかに笑った。

「ここで、この子が育つんだな……なんか不思議だ」

「……うん。この家にして良かった」

新しい生活は驚くほど慌ただしかった。
泣いて、おむつ替えて、また泣いて……夜なんて、あっという間に朝になる。

それでも蒼真はずっとそばにいてくれた。

「俺いくよ。春菜はちょっとでも寝て」
「これ、作り置き。温めればすぐ食べられるから」

そんな何気ない言葉に、春菜は何度も救われた。

赤ちゃんが首すわりし、笑うようになり、
季節がまたひとつ巡る。

娘がよちよちと歩き始める頃には、
部屋のあちこちに小さな手の届く範囲が増えて、
毎日はさらに賑やかになった。

「もうこんなに歩けるようになったんだね」
「本当だな……子どもの成長って早いな」

そんな会話をしながら、
慌ただしいけれど幸せな日々が続いていった。

ほんの少し余裕が出てきた頃——
また季節がひとつ、ふたつと過ぎていき。

---

そしてある朝、春菜のお腹には
ふたつめの命が静かに宿る。

驚きよりも、
「また家族が増えるんだ」という穏やかな喜びが先にきた。

上の子の世話に追われて、
気づけば毎日があっという間に過ぎていく。

季節がまた変わり、新しい産声が病室に響いた。
その小さな命を見つめながら、春菜は思わず微笑んだ。

「……こんにちは」

春菜がそっと呼びかけると、
蒼真は静かに二人を見つめて微笑んだ。

「家族が増えたね」

蒼真の手を握りながら、春菜の胸は優しい温かさで満たされていく。

(四人家族になるんだ……なんか夢みたい)

自然と目頭が熱くなった。

---

第二子が三歳になった頃。

夕食の後、蒼真がふいに言った。

「春菜。……そろそろ結婚式をしないか」

春菜は一瞬固まり、
次にぱあっと顔が明るくなる。

「え……ほんとに?」

蒼真は席を立ち、ゆっくり春菜の手をとる。

「うん。
第一子の妊娠中に言ってたよな。“家族で結婚式したい”って」

春菜の胸がきゅっとなる。

「覚えててくれたんだ……」

「もちろん。あの時の言葉、ずっと大事にしてた。だから、今度はちゃんと形にしたいと思って」

春菜は笑いながら、前に蒼真に話した日のことを思い出した。

(……あの時、私がそう思うようになったきっかけ——)

──クライアント企業の結婚式イベントのバックステージ。

式場のスタッフに混じって、春菜は動線チェックのため控え室の近くに立っていた。

そこへ、ドレスの裾を踏みそうになりながら走る小さな男の子が飛び込んでくる。

「おかーさーん!靴どこー!?」

「ちょっと待って! ママ今ヘアメイク中だからぁ!!」

慌てて追う若い新婦。
別の部屋からは、新郎が赤ちゃんを抱いたまま

「よし、泣かないで…! あと五分……あと五分だけ……!」

と必死にあやす声。

(なにこれ……戦場? でも……)

バタバタしているのに、どこか温かくて笑える空気。

親族は総出で子どもの靴を探し、祖母はドレスの裾をそっと直し、小さな女の子は鏡に映るママに向かって「まま、きれいー!」と誇らしげに叫ぶ。

(……いいな。こういうの)

胸がじんわり温かくなった。“自分もいつか、こんな家庭を作りたい”

春菜がその話をすると蒼真は「……いいね、そういうの」と静かに笑った。

それは短い言葉だったのに、どうしてかその横顔だけが強く記憶に残っている。

まさか、あの時思い描いた“幸せな家族”の輪の中に、自分が本当に立つ日が来るなんて——

思い返すと、くすぐったくて少し恥ずかしい。

(……そんなことを思い出していたら——)

現実に引き戻すように、子どもたちが勢いよく走ってきた。

「けっこんしき!!ママがおひめさま!」
興奮して立ち上がる娘。

「ぼくも!けっこんのやつ、するー!」
息子はパパに仁王立ち。

「ママはパパと結婚するんだよ?」
春菜が言うと

「やだ!パパは……けっこん、だめー!!」

蒼真「……そんな……」

春菜が吹き出し、娘は大喜びで

「パパ、いま“がーん”ってした!」

蒼真「してない。……してないよ……?」

---

白い小さなチャペル。
扉が開くと透明な光が差し込み、
春菜は真っ白なウェディングドレスに包まれていた。

胸元をそっと押さえ、深呼吸する。

(……こんな日が、本当に来るなんて)

透き通る光の中、トコトコと小さな足音。

娘(5歳)は白いワンピースに花冠。
きゅっと口を結び、でも誇らしげにブーケ風の花束を抱えている。

息子(3歳)は小さなタキシード。
リングピローを両手でぎゅっと抱え、胸を張ろうとして、でも緊張してもじもじ。

親戚たちがスマホを構えると、ふたりは一気に固まってしまう。

娘はスカートをツンツン。
息子はほっぺを真っ赤にして視線が泳ぐ。

それでも頑張って歩き、ママの前へ。
娘はそのままパパの前へ、息子は小さくママの前に立つ。

そして娘がパパの前に来ると——
蒼真が優しく手を差し出す。

娘は極小声で、
「……パパ……おめでと……」

蒼真「……ありがとう」

息子は手汗で指輪のクッションを落としそうになりながら、
その場で緊張して足をもじもじさせている。

春菜がしゃがむと——
息子はさらに目を逸らしながら小さく囁いた。

「……ママ……かわいい……」

会場「かわいいーー!!」

柔らかい笑いと拍手がこぼれる。

---

春菜側の家族は、涙と笑顔で娘の姿を見守っていた。

母は胸に手を当てて震えた声で、
「……あの子がママになって、孫までいて……幸せ掴んだわねぇ」

父は照れ隠しのように咳払いしながら、誇らしげに目を細めている。

春菜の姉は目を潤ませ、
「春菜……綺麗すぎ……」
とぽつり。
隣で義兄の晴がそっと彼女の手を握って支えていた。

「うん……いい式だね。二人とも、本当に幸せそうだ」

蒼真側の家族も同じように、
嬉しさを隠しきれない表情で見つめている。

母は感極まり、
父は背筋を伸ばして照れたように微笑んでいた。

雅は今日は礼服姿。
“完全に男性の装い”なのに、
ふとした視線の流し方や手の置き方がどうしても“女将”で、それが妙に堂々と美しかった。

そして冬樹。

大きな肩を震わせながら、真正面から姉を見つめていた。

「……姉ちゃん……おめでとう……」

涙と鼻声が止まらない。

横で母がため息混じりに肘でつつく。

「ちょっと冬樹。あんたその体格で泣くと圧がすごいのよ。後ろの人たちがびっくりするわよ」

冬樹は鼻をすすりながら、

「む……無理……っ!」

涙が次から次へとあふれてくる。

会場は、小さな笑いと温かい空気で包まれていった。

---

指輪を交換すると、娘が目をぱちぱちさせて前に出てきた。

娘「ママとパパ、けっこんしたの? ……おめでとう!!」

なぜか語尾だけ急にテンションが上がる。

息子は真剣な顔で蒼真を見上げた。

息子「パパ、きょうすごかったね……。がんばったから……ジュースのんでいいよ?」

完全に“ごほうび制”である。

春菜は耐えきれず、口元を押さえて震えた。
蒼真も俯いたまま肩を震わせ、必死で笑いを堪えている。

チャペルのあたたかい空気が、ふっと広がった。

そのすぐ横で、雅が小さくつぶやいた。

雅「ふふふ……いい顔してるわ、本当に。あら、違った。今日は“兄”だったな。つい癖で」

母はその声に、思わずふっと微笑む。

母「ほんとよ。でも今日は、ちゃんと“お兄ちゃん”に見えるわよ。礼服のおかげかしら」

父も苦笑しながら頷く。

父「うむ。貫禄はあるが……いつもよりちょっと控えめだな」

雅は軽く肩をすくめて笑った。

雅「仕方ないわねぇ、身体に染みついてるのよ。——でも今日は兄として、きりっとしてるつもりよ?」

---

式が終わり、写真撮影の時間になった。

カメラマン「はーい、みんな集合~!パパとママは真ん中! お子さんたちは前にお願いしまーす!」

親戚たち「かわいい~!こっち向いて~!」

バージンロードには、さっきのフラワーシャワーの花びらが少し残っている。

娘はなぜかスイッチが入り、

娘「こう? こう? ……こうッ!!(全部モデルポーズ)」

カメラマン「いや、普通で大丈夫だよ~!」

一方、息子は床の花びらをひたすら拾うのに夢中。

息子「これ、きれい……。これも……」

カメラマン「戻ってきて~!今撮るよ~!」

息子は両手いっぱいに花びらを握って戻ってくる。

カメラマン「じゃあみんな笑って~!」

娘は気合いをためまくり——

娘「にぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

カメラマン「はいその笑顔キープ!!」

親戚「娘ちゃんに合わせよ合わせよ!」

その瞬間。

息子、持っていた花びらを——
バッサァァァーーーーッ!! と空中に撒いた。

親戚「ちょっ……うわぁ綺麗!!」「待って息子くん天使か!?」

舞い落ちる花びらの中、カメラマンが叫ぶ。

カメラマン「いま!! 全員そのままーー!!」

蒼真と春菜も思わず吹き出し、自然な笑顔に。

気付けば、親族全員が娘の「にぃぃぃ」顔になりながら笑っていて——

チャペル中が、花びらと笑顔であふれた最高の一枚が撮れた。

後日、その写真は親戚の間で

「伝説の“花びらスマイル事件”」

として語り継がれることになる——。
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