君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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102話 勝利宣言と退場のお知らせ

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「……高瀬社長、結婚したんだって。彼女さんも妊娠したらしいわよ」
「聞いた聞いた!水沢さんでしょ」
「一緒に仕事していくうちにってやつ?」
「きゃードキドキするんだけど、うらやましい!」

その一言が落ちた瞬間。
梨花の脳が、強制シャットダウンしたように“止まった”。

――妊娠?
――誰が?
――誰の?
――まさか。

耳の奥がキーンと鳴る。

(…………は?)

驚きでも怒りでもない。
ただ“理解できない”という真っ白な音。

次の瞬間、脳内にバラバラの感情が一斉に走り出す。

---

(違う違う違う違う――!!)

(蒼真の子?そんなわけないじゃん!?
だって蒼真の“好きな人”って……私のはずだし!!!)

今でも本気でそう思っている。

(だから蒼真が、そんな簡単に――)

思考が止まる。

(……するか。普通にするか。大人だし。)

胸がズキィッと痛む。

急いで別の言葉を投げつける。

(いや!!それでも!!なにかの間違い!!)

(まず疑うべきは、あの女!!)

名前で呼びたくない。負けた気がする。

(妊娠なんて勘違いあるし!勝手に“できた!”って言ってるだけかもしれないし!)

現実を蹴り飛ばし続ける。

「……蒼真の子って、確定してるの?」

自分でも驚くほど低い声が出た。

そして脳内では勝手に記憶が改ざんされる。

――小さいころ、蒼真が梨花にだけ優しかった“気がする”出来事
――夏祭りの一言
――近所だから会っただけの思い出

(全部、私が特別だった証拠……!!)

涙がにじむのに、意地で認めない。

(……落ち着け梨花。今、私がすることは……)

(そう。蒼真の人生が変わるなら、支えなきゃ。だって運命は私だし!!)

完全に方向がおかしい。

(むしろ今こそ動くべきじゃん!!!)

しかしふいに、小さな現実が胸に刺さった。

(……でも……本当に、結婚……してるなら……)

ほんの一瞬だけ、梨花の顔が曇った。

(……っ……やだ……なんで私じゃないの……)

涙が滲む。

でも“それ”を認めたら壊れるから、また強がりが暴走する。

「……よし。会いに行こ」

心の奥で、小さなひび割れの音がした。

---

社長室の前で立ち止まり、梨花は一度深呼吸をした。
震える指先でノックし、扉をそっと開ける。

「蒼真、いる……?」

「どうかしましたか」

「……結婚って……本当? それに妊娠……」

「ああ。本当です」

梨花の顔が、スローモーションで崩壊した。

(本当だったぁぁぁぁ!!!)

でも泣かない。泣いたら負け。負けは死。

梨花は突然、胸の前で“魂抜けるジェスチャー”を始める。

「……なんかもう……スッ……て……抜けちゃって……
だから……はい! 私の中で終わりました!!!」

「……ん?……終わったって……何が……?」

蒼真の眉がピクッと動く。

梨花は肩を震わせながら、さらに言った。

「……だから……“私から振る”って決めたんです……!」

と、鼻声で宣言。

静まり返る室内。

蒼真は数秒、完全に固まった。

「……え?」

本気で分かっていない顔だった。

「……相川さん、最後に確認していいか?私が……“振られた”ってことで合ってるのか?」

「はい!!もう蒼真のことは、いいです!!」
「“私には合わなかった”ということで!!」

胸を張って言う梨花。
涙目なのに、どこかやりきった顔。

一方、蒼真は頭を押さえた。

「いやちょっと待て、まず前提として——」

「説明は結構です!
私はもう振りました! 完全勝利です!!」

声が裏返る。鼻も詰まってる。

最後にビシッと敬礼して、

「お幸せに!!! どうぞ!!!」

勢いだけで退室。

蒼真は時計の秒針を見つめるレベルで固まった。

「……俺……いつ……付き合ったんだ……?」

---

数週間後。

朝のオフィス。
蒼真のデスクに、**「ドサッ」**と妙に弾む音で封筒が置かれているのを見つけた。

退職願。
理由は――「一身上の都合」。

封筒を持ち上げてみると、やたら厚い。
開けてみると、中には退職願のほかに――

**『相川梨花・完全勝利までの道のり(全28ページ)』**と書かれた謎の冊子。

蒼真「…………」

めくると、

1ページ目
「これは私が“振った”という最終証言書である」

2ページ目
「むしろ私の方が被害者(?)。記録しておく」

3ページ目
「しかし私は勝者なので気高く退場する。拍手」

蒼真「なんだよ“拍手”って……」

など、堂々たるメモが走り書きされていた。

最後のページだけ、涙でインクが滲んでいる。

さらに、封筒の裏にはボールペンで大きく、
**『でも幸せになれよ(怒)』**と書かれていた。

蒼真は頭を抱えた。

「……怒ってるのか……祝ってるのか……どっちだ……?」

ロッカーはきれいに空。
机の上に残された私物ゼロ。
引き継ぎ資料だけ、妙に完璧。

蒼真は天井を見上げて、静かに頭を抱えた。

「……相川さん……お前……
入社してから今日まで……いったいなんだったんだ……」

でもわかっていた。

あの笑顔は“強がり”で、
あの声は泣く寸前だったこと。

しかし梨花は戻らなかった。
最後まで“振る側”でいたかったのだ。
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