君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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101話 高瀬家、はじめての訪問

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暖かい空気が頬を撫でる。

「……いらっしゃい」

玄関先で蒼真の両親が穏やかに出迎えてくれる。
春菜は少し緊張しながらも、深くお辞儀をした。

「初めまして。春菜と申します。結婚して高瀬になりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

それだけで精一杯な春菜に、母はにっこり微笑む。

「遠いところをありがとう。どうぞ上がってね」

父も静かに頭を下げる。

蒼真に手を添えられ、春菜はそっと居間へ案内された。

落ち着いて座ると、春菜は深呼吸をひとつして気持ちを整える。

(……ちゃんと伝えないと)

手を膝の上でそっと重ね、真っ直ぐ頭を下げた。

「改めまして……このたび蒼真さんと結婚いたしました。ご挨拶が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。そして……赤ちゃんを授かりました。これから家族として、どうぞよろしくお願いいたします」

母の表情がぱっと明るくなり、目に涙が浮かんだ。

「まあ……! 春菜さん、おめでとう。来てくれて本当にありがとうね」

父も優しい声で続ける。

「二人で決めたことだ。胸を張りなさい。体を一番にね」

春菜の胸がじんわりと温かくなる。

その時、廊下の向こうから「おじゃましまーす」と明るい声がした。

---

ひらり、と部屋の襖が開く。

そこに立っていたのは、長い髪を綺麗に巻き、淡い色のワンピースを着こなし、どう見ても本物の女性にしか見えない人だった。

「初めまして~。蒼真の“姉”の雅《みやび》です」

雅は、旅館の女将のように品よく微笑んだ。

春菜は一瞬、思考が止まる。

(……え……姉?蒼真さん、兄が一人って言ってたよね……?)

ゆっくり蒼真を見上げると、彼はこめかみに手を当てていた。

「……兄さん。悪ノリが過ぎます。春菜が困るのでやめてください」

「え~? だって“姉っぽい”ってよく言われるのよ? ほら、最近はジェンダーレスってやつでしょ?」

 軽く肩をすくめながら、雅はようやく訂正した。

「改めて。蒼真の兄の雅です。やっと会えたわね。楽しみにしてたのよ? 」

(……やっと?)

春菜が首をかしげるより早く、雅は華やかに微笑んだ。

「 前に蒼真から聞いたのよ。“好きな人がいる”って。『今度その人、連れてきなさいよ』って言ったら、全然連れてこないんだもの。だから今日、会えて嬉しいわ~ 」

その言葉に、春菜は胸のつかえがふっと軽くなった。

(そっか……本当に待っていてくれて、嬉しかったからか)

丁寧に頭を下げる。

「あ、あの……春菜です。よろしくお願いします……」

雅は嬉しそうに手を合わせる。

「春菜さん、可愛い~! ほら蒼真、もっと早く紹介しなさいよ。母さんだって首を長くして待ってたんだから」

蒼真は頭を抱えた。

母は慣れたように笑う。

「はいはい、雅。今日は春菜さんが主役なんだから、ほどほどにね」

父も小さくため息をつくが、その表情はどこか優しい。

(……すごく個性的だけど、温かい人だ)

春菜は胸の奥にじんわり温かさが広がるのを感じた。

 ---

少し落ち着いた頃、母が柔らかい笑顔で春菜に声をかけた。

「春菜さん、無理していない?うちは妊婦さんでも入れる温泉があるのよ。個室だから気を遣わなくていいし、具合が悪くなったら呼べるようになってるからね」

春菜は戸惑いながらも、心からほっとする。
「……ありがとうございます。本当に、ありがたいです」

母は優しく頷いた。
「ゆっくり休んで。赤ちゃんにも、あなたにも優しいお湯だから」

蒼真が少し照れたように横で囁く。
「……無理しなくていいからね。入れそうなら、で」

春菜は深く息を吸って、そっと微笑んだ。
(……大切にされているって、こんなに心強いんだ)
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