君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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100話 ようこそ、うちの家族へ

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春菜の実家は珍しく朝から落ち着かない空気だった。

「お母さん、テーブルの位置そこじゃないって」 「だって、たまにはちゃんと見えるようにしておきたいのよ!」

姉がため息をつきながらも手伝い、弟は玄関の靴箱を無駄に磨き、 普段は静かな父まで、襖を開け閉めして落ち着かない。

さらに今日は、姉の旦那・はるまで朝から家に来て手伝っていた。

「お義母さん、ここ持ちますね。—あ、春菜ちゃん来るんだし緊張しすぎないで」

「晴くんまで気を遣わせちゃってごめんねえ」

晴は静かに微笑んだ。

——娘が結婚し、孫ができる。

家族全員、その事実に浮き足立っていた。

---

インターホンが鳴ると、母がいち早く玄関に走った。

「いらっしゃい、春菜。蒼真さんもどうぞ」

春菜は微笑み、蒼真と手を軽く繋いだまま家に上がった。

「お邪魔します。今日はよろしくお願いします」

リビングに通されると、父と姉、弟に加えて、
姉の旦那・晴まで整列するように座っていた。

春菜は思わず苦笑した。

「もう…そんなに緊張しないでよ……」

緊張しているのは蒼真よりむしろ家族だった。

蒼真は姿勢を正して、まず深く頭を下げた。

「ご挨拶が遅くなりました。春菜さんと入籍し、夫婦となりました。高瀬蒼真です。入籍後に挨拶になり申し訳ありません」

父は腕を組んだまま、ゆっくりうなずく。

「いいんだ。……娘の体調を考えてだろ?こちらこそ、娘をよろしく頼む」

家族がそれぞれ挨拶をし、場が落ち着いたところで、 姉の旦那・晴が穏やかに口を開いた。

「初めまして。春菜の義兄の晴です」

蒼真が一瞬、目を瞬かせた。

「……はる? 春菜さんと同じ“はる”ですね」

晴は苦笑して頷く。

「あ、そっちの“春”じゃなくて、“晴れる”の晴です。
ややこしくてすみません」

「いえ、とても覚えやすいです」

すると母が続けた。

「それで……春菜、体調はどう? あんたから先に妊娠のこと聞いてたけど……無理してない?」

春菜は少し照れながらお腹に手を添えた。

「つわりも落ち着いてきたよ。急に動かないように気をつけてるから大丈夫」

姉が微笑む。

「春菜が妊娠したって聞いたとき、最初に泣いたのはお母さんだからね」

「ちょ、ちょっと余計なこと言わないでくれる?」
母が慌てて姉をつつくと、弟が「俺も泣いたから安心しろよ」と照れくさく言い、家の空気が和んだ。

蒼真はそんな家族の雰囲気に目を細めた。

「春菜さんは本当に、家族に大切にされているんですね」

母は少し誇らしげにうなずいた。

「そりゃそうよ。うちは過保護なくらいよ? 春菜は私たちの大事な娘なんだから」

「……だからこそ、安心して任せられる男性で良かったわ。春菜の事を一番に考えているって伝わったから」

その言葉に春菜は、胸の奥がじんわり温かくなる。

---

食卓が落ち着いた頃、父がふと蒼真に尋ねた。

「蒼真さんは……その、どんな仕事を?」

春菜が「あっ」と思った瞬間、蒼真はいつもの調子で丁寧に答えた。

「KITE社の責任者をしています。
そして……小さな会社ですが、社長も兼任しています」

母の手が止まる。

「しゃ、社長さん……? えっ、春菜、あんた……社長さんと付き合ってたの?」

「つ、つき合ってというか……まあ、その……結婚しました」

母が口を両手で押さえ、椅子から半分浮き上がる。

「ちょ、ちょっと待って!
仕事関係の人って聞いてたわよ!? “仕事の人”って!!“社長の人”とは聞いてないわよ!!」

そのあと、晴がふと静かに言う。

「……実は、さっき玄関でお顔を見たとき、すぐに気づきました。高瀬旅館の高瀬さんですよね?」

姉が「ええっ!?」と叫び、母が身を乗り出す。

「ちょっと晴くん、知ってたの!? なんで言わないのよ!」

晴は肩をすくめた。

「いやぁ……まさか本物だとおもいませんでした」

蒼真は微笑んだ。

「はい。そうなんです」

弟は口を大きく開け、

「姉ちゃん……実業家捕まえてんじゃん……!」

父はお茶を飲みかけてむせた。

「ごほっ、ごほっ!あの泊まりたくても泊まれない旅館! しかも、しゃ、社長!? お前……もっと早く言え!」

春菜は両手を振って否定する。

「ち、違うの! そんな大げさな……!」

しかし畳み掛けるように姉が言う。

「だって春菜、“会社の人”って言ってたよね!?
普通“上司”とか“社長”って言うよね!? なんでぼかしたの!?」

母が続く。

「しかも! あなた妊娠までして!
社長さんに迷惑かけてないでしょうね!?」

蒼真は申し訳なさそうに微笑んだ。

「いえ……迷惑どころか。
春菜さんのおかげで仕事も人生も明るくなりました」

家族全員が静まり返った。

――数秒後。

母「……良い人ーー!!!」

姉「誠実ーー!!」

晴「本当に……ありがたいね」

弟「社長ーー!!」

父「(もう何も言えん)」

春菜は顔を真っ赤にしながら、両手で顔を覆った。

「お願い、落ち着いて……ほんと恥ずかしい……!」

すると母が急に立ち上がり、
慌ててお茶菓子を詰め直し始めた。

「え、え、えっと! 社長さんが来るならもっと高い茶菓子にすべきだったじゃない!
ちょっと! 冬樹とうき(弟)! スーパー行って高いやつ買ってきて!」

「う、うっす!! 社長さんに安いやつはヤバい!!」

蒼真は苦笑しながら止めた。

「あっ、いえ、本当にお気遣いなく。むしろ緊張しないでいただける方が嬉しいので……」

母は胸に手を当てて深呼吸する。

「……すごいわね春菜。
普通の恋愛かと思ってたら、とんでもない玉の輿じゃないの」

「ちょっと! そういう言い方しないで!!」

蒼真は、そんな家族のやり取りを優しい目で眺めていた。

「春菜さんのご家族、とても素敵ですね。
……みなさんがこうして喜んでくれるのが、一番ありがたいです」

その一言で、春菜の家族は一斉に胸を押さえる。

母「か、感動……!」

姉「誠実度高すぎ……!」

弟「社長の鏡……!」

父はゆっくりと立ち上がり、蒼真に手を差し出した。

「……娘を、頼む」

蒼真は力強くその手を握った。

「必ず幸せにします」

その瞬間、春菜の母は涙を拭い、
春菜はこそばゆいほど嬉しい気持ちになった。

「次は、僕の実家に来て下さい。父も母も喜びます」

母「え!そんな……」

「春菜さんを大切にしてくださっているご家族にも、ぜひご挨拶させてください」

姉「……え、本当に?」

「もちろんです。遠慮なく来てくれると嬉しいです」

家族の視線が優しく春菜に集まり、
春菜はようやく「結婚した」という実感を、深く胸に刻んだ。
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