ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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㉑ 届かない昼休み

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当時、長谷大悟は悠のことを遠くから見ていた。
放送室に向かう廊下、校内放送を終えた後の笑顔、帰り道にポケットに手を入れて歩く後ろ姿。
でも、一番印象に残っているのは、あの日の昼休みだった。

教室を抜け出し、誰も来ない中庭の隅でこっそり昼ごはんを食べていたとき、悠がふらりと現れたのだ。
「……あ、ごめん。誰かいるとは思わなかった。」

そう言いながら、悠は驚くでもなく、警戒するでもなく、ベンチの反対側に腰を下ろした。

「隠れスポット、見つけちゃったな。……君、ここでよく食べてるの?」

大悟は何も答えられなかった。けれど、それでも悠は話しかけてくれた。
お弁当の卵焼きが焦げたこと、放送部の後輩が原稿を噛んだこと、ラジオで好きな曲のこと。

それが、最初の会話だった。

「この前さ、昼の放送で誕生日のメッセージ読んだら、あとで一年生の子に『泣きました』って言われてさ」
悠はちょっと照れくさそうに笑った。
「声ってすごいよな。顔も知らない誰かの心に届くんだもん」

その言葉に――大悟の胸の奥で、何かが小さく鳴った。

三学期が始まってすぐの頃――悠は、昼休みに来なくなった。

「ごめん、受験勉強で忙しくてさ。また行くよ」

あの日の『また行くよ』が、今でも昼のチャイムが鳴るたびに頭に浮かぶ。」

でも――その「また」は、ついに来なかった。

もう少しで卒業だもんな。
大悟も分かっていた。
悠が悪いわけじゃない。
悠は、自分の世界でちゃんと前に進んでいた。

でも、自分だけが取り残されていくような気がして――
気づけば、昼の時間にひとりであのベンチに座るようになっていた。

静かな中庭。
遠く、校舎の窓から聴こえてくる放送部のマイクテストの声。
そこにはもう、悠の笑い声はなかった。

「……もう、来ないんだね」
小さくつぶやいて、頬杖をつく。

その日から大悟は、放送室の前を通るたび、胸がちくりと痛むようになった。
悠の名前が校内で褒められるたび、誇らしいようで、苦しくなった。

そして――

卒業式の日。
「ありがとう」と声をかけようとした瞬間、悠はクラスメイトに囲まれ、笑っていた。
自分の声は、きっともう届かない。
そう思ってしまった。

けれど、あの日の午後。
「放送って、すごいな」
そう言って微笑んでくれた悠の言葉だけは、ずっと胸の中で光り続けていた。

その光に縋るように、大悟はラジオを聴き続けた。
大人になっても、どれだけ年月が経っても――
月島悠の声だけは、自分を照らし続けてくれたから。

……けれど、
だからこそ、ラジオの向こうの悠が、自分の知らない誰かと笑っているのを見ると――
どうしようもなく、心がざわめいた。
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