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㉜ 二月の背中と、届く声
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二月の風は、まだ冷たかった。
けれど、校舎の廊下にはほんのりと甘い香りが漂っていた。
バレンタインデーの朝。下駄箱の前や教室の隅で、そわそわとした空気が静かに広がっている。
すずりは自分の席に荷物を置いてから、窓際に目をやった。
冬の光が教室を静かに照らしている。まるで、特別な日であることを知っているかのように。
そのとき。
「すずり!」
さちが呼びかけながら駆け寄ってきた。
「はい、これ!」
そう言って差し出されたのは、リボンのついた小さな袋。手作りのラッピングに、さちの几帳面さがにじんでいた。
「え……ありがとう。でも、どうして?」
「どうしてって、バレンタインだよ? もちろん本命じゃないけどね!」
と笑ってから、少しだけ表情を引き締める。
「“最後の追い込み、がんばろう”って意味も込めて。甘いもの食べて、エネルギー補給!」
すずりは思わず笑った。
「ありがとう。……うれしい」
袋の中をそっと覗くと、チョコクッキーが三枚、ていねいに並んでいた。
そのうちの一枚には、細いアイシングで「ファイト」と書かれている。
「つばさの分も作ったよ。ちゃんと放課後に渡すつもり。三人でがんばってきたからね、ここまで」
その会話を耳にして、後ろから顔を出したのは、ショートカットのつばさだった。
「なになに? すずりだけ先にズルい~!」
そう言いながら、彼女は明るい笑顔でさちの肩を軽くつついた。
「……ちゃんと渡すって言ったでしょ!」
さちが赤くなりながら言うと、つばさは「わかってるって」と笑ってみせた。
三人の間に、自然と笑い声が広がる。
それは、ただの“友チョコ”じゃなかった。
この三年間の積み重ねと、これからへの応援がぎゅっと詰まった――まっすぐなエールだった。
*
夜。自室の机に向かっていたすずりは、そっと手を止めた。
ラジオから流れる、聞き慣れた落ち着いた声。
「……今日はバレンタインでしたね。チョコをもらった人も、あげた人も。甘い一日を過ごせたでしょうか」
悠の声に合わせるように、すずりは小さな袋を取り出した。
中には、さちから受け取ったチョコクッキー。
その一枚を口に運ぶと、ほろ苦さと甘さが同時に広がり、胸の奥がじんわり温かくなった。
「実は僕も、スタッフからちょっとだけチョコをいただきまして。ありがたいですね。……でも、本当にうれしいのは“気持ち”なんです。誰かが自分のために選んでくれた、その想いが伝わってきます」
すずりは耳を澄ませながら、クッキーをもう一口かじった。
甘さが、不思議とラジオの声と重なっていく。
やがて、悠の声が少し柔らかくなった。
「さて、明日から入試という人も多いかもしれませんね。緊張して眠れない夜を過ごしている人もいるでしょう。でも、大丈夫。今まで積み重ねてきた時間は、きっとあなたを裏切りません。……僕も心から、応援しています」
すずりの胸がどくんと鳴った。
指先に残っていたクッキーの甘さを舌に感じながら、彼女はラジオに向かって小さく答えた。
「……はい」
(私は、大丈夫。がんばれる)
悠の声と、さちのチョコの温もりが重なり合って、すずりの中で確かな力へと変わっていった。
*
朝の空気は、どこか張りつめていた。
制服ではなく、私服にコート。マフラーをぎゅっと巻いて、すずりは駅のホームに立っていた。
隣には、さちとつばさ。三人とも、言葉少なに電車を待っていた。
「……あったかい飲み物、買ってこようか?」と、つばさがぼそっと言うと、
「わたし、手ぇふるえて文字書けなくなったら嫌だし。お願い」
と、さちが笑いながら応じた。
「よし、任せて!」
つばさは元気よく駆け出して、自販機に向かう。
その後ろ姿を見ながら、すずりの緊張も少しだけほぐれる。
(大丈夫。ひとりじゃない)
電車がホームに滑り込むと、三人はぎゅっとつり革を握りながら乗り込んだ。
車内は朝の光に満ち、ちらほら学生やサラリーマンの姿がある。
窓から差し込む光に、すずりの髪の毛が揺れた。
「……なんか、ドキドキするね」
つばさが小声で言った。
「うん、でも変な緊張じゃない。ワクワクも混ざってる感じ」
さちが微笑む。その横顔を見ながら、すずりも小さく頷いた。
*
電車を降りると、三人はそれぞれ目指す試験会場へと歩き出した。
「じゃあ、やりきろうね!」
小さく手を振り合い、互いの背中を見送りながら、それでも歩幅や心の温かさは、どこか自然に重なり合っていた。
すずりは胸の奥で小さく深呼吸をして、自分の足取りを確かめる。
やがて試験会場に着くと、受験番号の貼られた教室のドアが、静かにいくつも並んでいた。
それを見た瞬間、すずりの心臓は一段と早く打ち始める。
支えてくれた人たちの顔が、自然と心に浮かぶ。
さちとつばさ、陸、梨々花。
みどり先生、月島悠さん、そして――長谷大悟さん。
すずりは、リュックから筆箱を出すと、ふと、コートのポケットに入れていたお守りをそっと取り出した。
みどり先生がそっと手渡してくれた日のことを思い出す――
「願い、ちゃんと入れておいたからね」
微笑んだ声だけが、静かに記憶の奥で息をしている。
すずりはお守りをぎゅっと胸の前で握りしめ、そっとポケットへ戻した。
試験開始の合図が鳴る。
一斉にページをめくる音。鉛筆の走る音。
一問一問に集中しながら、すずりは心の中で何度も呟いた。
(私は、大丈夫。届けたい声がある。叶えたい夢がある)
*
夕暮れ。
駅や街角には、別々の道を歩く人々の声や足音が混ざっている。
(ああ、やり切った……)
すずりは胸の中で静かにそう呟き、足元の影を確かめながら歩く。
つばさもさちも、それぞれの道を歩いている。
試験会場も帰路も別々だけれど、心の中の温かさは、確かにそっと重なっていた。
ふと、朝の電車での三人の笑顔や、つばさがつり革を握りながら小さく笑った声、さちのそっと微笑んだ横顔を思い出す。
その記憶が胸をじんわりとあたため、歩く足取りを軽くしてくれる。
けれど、校舎の廊下にはほんのりと甘い香りが漂っていた。
バレンタインデーの朝。下駄箱の前や教室の隅で、そわそわとした空気が静かに広がっている。
すずりは自分の席に荷物を置いてから、窓際に目をやった。
冬の光が教室を静かに照らしている。まるで、特別な日であることを知っているかのように。
そのとき。
「すずり!」
さちが呼びかけながら駆け寄ってきた。
「はい、これ!」
そう言って差し出されたのは、リボンのついた小さな袋。手作りのラッピングに、さちの几帳面さがにじんでいた。
「え……ありがとう。でも、どうして?」
「どうしてって、バレンタインだよ? もちろん本命じゃないけどね!」
と笑ってから、少しだけ表情を引き締める。
「“最後の追い込み、がんばろう”って意味も込めて。甘いもの食べて、エネルギー補給!」
すずりは思わず笑った。
「ありがとう。……うれしい」
袋の中をそっと覗くと、チョコクッキーが三枚、ていねいに並んでいた。
そのうちの一枚には、細いアイシングで「ファイト」と書かれている。
「つばさの分も作ったよ。ちゃんと放課後に渡すつもり。三人でがんばってきたからね、ここまで」
その会話を耳にして、後ろから顔を出したのは、ショートカットのつばさだった。
「なになに? すずりだけ先にズルい~!」
そう言いながら、彼女は明るい笑顔でさちの肩を軽くつついた。
「……ちゃんと渡すって言ったでしょ!」
さちが赤くなりながら言うと、つばさは「わかってるって」と笑ってみせた。
三人の間に、自然と笑い声が広がる。
それは、ただの“友チョコ”じゃなかった。
この三年間の積み重ねと、これからへの応援がぎゅっと詰まった――まっすぐなエールだった。
*
夜。自室の机に向かっていたすずりは、そっと手を止めた。
ラジオから流れる、聞き慣れた落ち着いた声。
「……今日はバレンタインでしたね。チョコをもらった人も、あげた人も。甘い一日を過ごせたでしょうか」
悠の声に合わせるように、すずりは小さな袋を取り出した。
中には、さちから受け取ったチョコクッキー。
その一枚を口に運ぶと、ほろ苦さと甘さが同時に広がり、胸の奥がじんわり温かくなった。
「実は僕も、スタッフからちょっとだけチョコをいただきまして。ありがたいですね。……でも、本当にうれしいのは“気持ち”なんです。誰かが自分のために選んでくれた、その想いが伝わってきます」
すずりは耳を澄ませながら、クッキーをもう一口かじった。
甘さが、不思議とラジオの声と重なっていく。
やがて、悠の声が少し柔らかくなった。
「さて、明日から入試という人も多いかもしれませんね。緊張して眠れない夜を過ごしている人もいるでしょう。でも、大丈夫。今まで積み重ねてきた時間は、きっとあなたを裏切りません。……僕も心から、応援しています」
すずりの胸がどくんと鳴った。
指先に残っていたクッキーの甘さを舌に感じながら、彼女はラジオに向かって小さく答えた。
「……はい」
(私は、大丈夫。がんばれる)
悠の声と、さちのチョコの温もりが重なり合って、すずりの中で確かな力へと変わっていった。
*
朝の空気は、どこか張りつめていた。
制服ではなく、私服にコート。マフラーをぎゅっと巻いて、すずりは駅のホームに立っていた。
隣には、さちとつばさ。三人とも、言葉少なに電車を待っていた。
「……あったかい飲み物、買ってこようか?」と、つばさがぼそっと言うと、
「わたし、手ぇふるえて文字書けなくなったら嫌だし。お願い」
と、さちが笑いながら応じた。
「よし、任せて!」
つばさは元気よく駆け出して、自販機に向かう。
その後ろ姿を見ながら、すずりの緊張も少しだけほぐれる。
(大丈夫。ひとりじゃない)
電車がホームに滑り込むと、三人はぎゅっとつり革を握りながら乗り込んだ。
車内は朝の光に満ち、ちらほら学生やサラリーマンの姿がある。
窓から差し込む光に、すずりの髪の毛が揺れた。
「……なんか、ドキドキするね」
つばさが小声で言った。
「うん、でも変な緊張じゃない。ワクワクも混ざってる感じ」
さちが微笑む。その横顔を見ながら、すずりも小さく頷いた。
*
電車を降りると、三人はそれぞれ目指す試験会場へと歩き出した。
「じゃあ、やりきろうね!」
小さく手を振り合い、互いの背中を見送りながら、それでも歩幅や心の温かさは、どこか自然に重なり合っていた。
すずりは胸の奥で小さく深呼吸をして、自分の足取りを確かめる。
やがて試験会場に着くと、受験番号の貼られた教室のドアが、静かにいくつも並んでいた。
それを見た瞬間、すずりの心臓は一段と早く打ち始める。
支えてくれた人たちの顔が、自然と心に浮かぶ。
さちとつばさ、陸、梨々花。
みどり先生、月島悠さん、そして――長谷大悟さん。
すずりは、リュックから筆箱を出すと、ふと、コートのポケットに入れていたお守りをそっと取り出した。
みどり先生がそっと手渡してくれた日のことを思い出す――
「願い、ちゃんと入れておいたからね」
微笑んだ声だけが、静かに記憶の奥で息をしている。
すずりはお守りをぎゅっと胸の前で握りしめ、そっとポケットへ戻した。
試験開始の合図が鳴る。
一斉にページをめくる音。鉛筆の走る音。
一問一問に集中しながら、すずりは心の中で何度も呟いた。
(私は、大丈夫。届けたい声がある。叶えたい夢がある)
*
夕暮れ。
駅や街角には、別々の道を歩く人々の声や足音が混ざっている。
(ああ、やり切った……)
すずりは胸の中で静かにそう呟き、足元の影を確かめながら歩く。
つばさもさちも、それぞれの道を歩いている。
試験会場も帰路も別々だけれど、心の中の温かさは、確かにそっと重なっていた。
ふと、朝の電車での三人の笑顔や、つばさがつり革を握りながら小さく笑った声、さちのそっと微笑んだ横顔を思い出す。
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