ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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㉝ 春の光、約束の声

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三月――校舎の中を、卒業生たちの笑い声と足音が駆け抜けていく。

体育館には、白い花と紅白の幕。
正面の壇上には「卒業証書授与式」の垂れ幕が揺れていた。

すずりは、制服の胸元に輝く金色の校章をそっと触れながら、静かに深呼吸をした。
隣には、さちとつばさ。
三人で並ぶのも、これが最後かもしれない。

「ねえ、すずり」

つばさが小声で言う。

「今日だけは泣いてもいいよね?」

「つばさ、もう泣いてるじゃん」

さちが笑って突っ込む。
そのやり取りに、すずりもふっと笑った。

「……うん、今日は、いっぱい泣いていい日だよ」



名前を呼ばれて壇上に上がったとき、
すずりは一瞬だけ、客席のほうを見た。

――いた。

後輩たち、みどり先生。

「……ありがとうございました」

証書を受け取るその声が、いつになくはっきりと響いた。

朗読部の活動、あの夏の大会、ラジオのこと。
夜の廃校、放送室、誰かと出会って、誰かと別れて――
すべてが、今日この日のためにあったような気がしていた。



1週間後。
春の気配がほんの少しだけ混じる風の中、すずりは掲示板の前に立っていた。

周囲には、同じように固唾をのんで番号を探す受験生たちの姿。
けれど、すずりの視界には――もう、ひとつしか映っていなかった。

「……あった」

その瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが、一気に解けていった。

(……合格したんだ)

手の中で、スマホが震える。
グループチャットに「どうだった!?」というメッセージが届いていた。

すずりは深呼吸してから、「合格したよ!」と返信を打った。



引っ越し当日。自宅前。

「すずり…風邪ひかないようにね」

「うん」

「辛くなったら帰ってきていいから。……ここ、あなたには苦しかったかもしれないけど……帰る場所はちゃんとある。寂しい思いさせて、ごめんね」

母の声は震えていた。見たことのないほど、弱くて頼りない。

すずりの胸に、一瞬、反発が走る——「今更何!?」 でも、その目に浮かぶ涙を見た瞬間、言葉が飲み込まれた。母の不器用な優しさが、胸にじんと染みる。

すずりは視線をそっと外し、少しだけ息をつく。 「気が向いたらね」

冷たいようで、完全な拒絶でもない声。

母は何か言おうとして、でも言葉が出なくて、代わりに包みを差し出した。

「これ……電車で。お腹すいたら食べて」

アルミホイルに包まれた、おにぎり。
湯気はもうないのに、手のひらにのせると少しあたたかかった。

すずりは眉を寄せる。

「……別に気を使わなくていいし」

言葉はとげとげしいのに、声は少し揺れていた。

母は困ったように笑う。

「うるさいわね。余っただけよ」

嘘が下手すぎる。

「……ありがとう」

正直、母は勝手な人だと思った。
居心地の悪い家にしてきたのに、いざ離れるとなると寂しそうな顔をする。
なのに——どうしても憎めない。

母は微かに笑い、震える息をそっと吐いた。
その肩が小さく揺れているのを、すずりは一度だけ見た。
すぐに目をそらしたのは、弱さを見られたくないからか、あるいは自分の弱さが溢れそうだったからか——どちらか、まだ分からない。

それ以上の言葉はいらなかった。
何も変わらないのに、ほんの少しだけ、何かがほどけた気がした。

すずりは歩き出す。
胸の奥に残るのは、母の涙の温度と、少しの切なさ。
新しい生活への期待と不安はまだ入り混じったまま。
それでも——遠くで見守る声がある気がして、足取りは少しだけ軽かった。



電車を待っていたその時――

「すずりちゃん!」

振り向くと、月島悠が立っていた。
いつもの落ち着いた雰囲気のまま、けれどどこか誇らしげに見える。

「……今日、出発するって連絡くれたから、見送りに来たよ。これ、お守り」

「…可愛い、マイクの形に小さな音符までついてる」

キラキラ輝くガラスのキーホルダーは、ラジオパーソナリティになるすずりを応援するように光を反射していた。

「ありがとうございます…」
すずりが小さくお礼を言うと、春の風が二人の間をそっと吹き抜けた。

少しの沈黙のあと、すずりは意を決して言葉を継いだ。

「……あの、前に“夜の廃校は危ないよ”って言われたのに、実は何度か行ってました」

「……え?」

「ごめんなさい。でも……あの場所で、何度も月島さんの声を聴いて、あそこでやっと、自分の声を見つけられた気がしたんです」

悠は一瞬だけ目を見開き、それからふっと笑った。
春風に髪を揺らしながら、少し肩をすくめる。

「……もー、しょうがないな。でも、それなら行ってよかったんだね」

「はい」

すずりも小さく笑った。
春の光の中、その表情はもう迷いがなかった。

そして、もう一歩だけ前へ出る。

「私、……いつかじゃない。絶対にラジオパーソナリティになって、月島さんに“おかえし”します」

その言葉は、はっきりと、真っ直ぐに放たれた。

悠は一瞬だけ目を見開き、そして「おかえし」という言葉に小さく笑みを浮かべた。

「……こんなお返しをもらえるなんて思わなかったよ。君の声がラジオから流れる日を、きっと誰かが待ってる。僕もそのひとりだ。」

春の光の中、ふたりは静かに微笑み合った。

それは、別れでもあり――
新しい旅立ちの、はじまりだった。
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