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10章 王都動乱
第40話 堕天会議:蜘蛛の網
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「何が正妻だ、潔く焼け死ね」
クリスタの口汚い感想は身も蓋もなかった。
「ザイナスに求められてはな。残念ながら、そうも行くまい」
だが、当のオルガは余裕であしらう。年長者の余裕。いや、正妻の余裕だ。
「なに、私は寛大だ。愛人くらいは認めてやるぞ?」
オルガは平然と嘯いて、机を囲む皆に言い放った。
「ありがたいことで」
ラーズが呻くように呟いた。退路確保で離れた隙に、と呆れが半分、苛立ちが半分。一夫多妻に寛容な彼女も、自身の愛人扱いは気に食わないらしい。
「だから放って置きなさいって言ったのに」
リズベットが振り返ってザイナスを責める。彼女の非難は何度目だろう。
あれから程なく、執政庁舎は焼け落ちた。綺麗なほどにあっけなく、狂騒する市民は興醒めした。王党派が勝利を宣言したのは、白く燻る灰の上だ。
王都運営の職員は、それぞれ身を隠すか奉都に移り住む事になる。それも宮廷の庇護付きだ。王党派には責める相手が残っていない。
王都に本当の混乱が訪れるのは、焼け跡の冷えた先の事だ。
アベルの隠れ家に戻った一行は待機組と合流した。事の顛末を語る以前に、悠然とザイナスの傍に立つオルガを見て喧々囂々の大騒ぎになった。
ザイナスは、そそくさと椅子を引き摺って渦中から離れ、壁際に逃れて途方に暮れている。傍らには笑みを堪えたアベルが佇んでいた。
「そうザイナスを責めるな、義妹よ」
「だれが義妹だ」
オルガがリズベットに油を注ぐ。リズベットは髪を逆立てて猫みたいに唸った。
「ふむ」
と、ビルギットがエステルを振り返る。
「なら、シンモラは差し詰め娘?」
「おかあさん?」
きゅるんと見上げるエステルに、さすがのオルガもたじろいだ。
「いや、待て。娘はちょっと早い。君も妹でどうだろうか」
ここぞとばかりに、皆がお母さんだママだと一斉に攻め込む。
「オルガって、こんなだったかな」
騒動を横目にザイナスが呟いた。
「さて、どうだろうね。ボクとしては、さっさと第四回『ザイナスにむりやり純潔を奪われ貶められた天使同盟』の会議を開くべきだと思うのだけれど」
茶化すアベルをザイナスが睨む。アベルは肩を竦めて見せた。
「むしろね、皆がどうだったかな、とボクは思う」
賑やかな卓を眺め遣り、アベルはふん、と鼻を鳴らした。
「人も使いも変わりはするさ。ボクらの在り方は違うけれどね」
アベルに目を向け、ザイナスが訊ねる。
「どう違う?」
「人は生存が第一義だ。生きて行く事が最初にあって、その上で目的や柵に囚われる。僕らは逆だ。目的や使命の為に創られた。スルーズだって、そうだ」
怪訝そうなザイナスに、アベルは言葉を変えて言った。
「本来不要な柵が消えたんだ、はっちゃけもするさ」
いや、秩序神の御使いは民の護り手だ。それを柵と呼ぶのなら、アベルの言う使命や目的がよく解らない。勿論、御使いとしての善し悪しが別なら、その方が解り易いとはザイナスは思う。思うのだが――。
「でも、信仰は? 僕らはそれが至上だと教わるけれども」
アベルは呆れたようにザイナスを見返した。
「使いは使徒だが信徒じゃない。そこに信仰は必要ない」
それは自由神だけの特性かと思っていた。
「無信心はキミと同様だ」
どうやらキミは、まだその意味と重さを理解していない。とは、アベルも口に出さなかった。その方が、ザイナスは迷う。まだ彼の災厄は続くのだから、緊張は悪い事ばかりではない。それだけ、彼が生き延びる確率は上がるだろう。
何より、楽しいに違いない。
「さて、ザイナス。せっかくの王都だ、次は誰を堕としたい?」
アベルが囁く。先を思ってザイナスは溜息を吐いた。所在の知れた血族神のレイヴは、あろうことか我が国の第三王女だ。相手となると気が重い。
「革命で暗躍しておいて今更だ」
告げると、アベルはそう言い捨てた。
「とはいえ、エイラは正体が知れん」
オルガとの言い合いにも飽きたのか、椅子を斜めに倒したラーズが、仰け反るような姿勢でザイナスとアベルを振り仰いだ。
「やっぱり、大聖堂の中?」
隣のビルギットがおずおずと加わる。であれば、御使いにも感知は難しい。ラーズの得手とも勝手が違う。人の社会の調査事案だ。
「心当たりはないの? 元執政官」
皆も話題の軌道を戻し、リズベットはオルガに話を投げた。人の社会の情勢となれば、彼女が最も耳聡い。実際、此処にいる者の殆どは、先んじてオルガに掌握されていた。ラーズもエステルも、あたりをつけていたようだ。
「エイラか――確かに巧みに身を隠しているな。教会の掌握を目論んでいるようだが、いずれ大司教の近辺に違いない」
「そこまで解ってるなら――」
口を挟んだクリスタを制して、オルガは目許を険しくした。
「厄介なのが他にいる。エイラも奴の駒に過ぎない」
言って、小さく息を吐く。
「名は、ソフィーア・アシェル。私と同じ歳の王都の文官だ」
「聞いた名前だね」
アベルが呟いた。
「宮廷認可の神学者だが、人前に出ることは滅多にない。引き籠もりだ」
「それって――」
オルガの説明にアベルが顔を顰めた。おずおずとザイナスに目を遣る。
「どいつだ」
焦れてラーズが口を挟んだ。
「ミストだ」
学術の神、 智神の御使いだ。
「奴はこの世界の至る所にザイナスを絡め取る為の罠を張り巡らせている」
ザイナスはオルガに目線を戻した。
「魂なきものも?」
オルガが頷く。皆も良く知らない屍鬼の変名を、わざわざザイナスに冠した理由が知りたい。そう思って図書館を訪れたのは、つい昨日の事だ。
「それも罠のひとつか? 蜘蛛が巣を張るみたいなものか」
ラーズが評して鼻根に小皺を寄せた。オルガも気づいたのは偶然らしい。護送警護の承認決裁に、見慣れぬ魔物の名があったのか切っ掛けとの事だ。
「たまたま抑えて事なきを得たが、教会がザイナスを魂なきものなど広布した日には、この国にザイナスの居場所はなくなるだろうな」
範囲も時間も、仕掛けの尺度が御柱のそれだ。蜘蛛の巣どころか底引網だ。
「性格的にはミストっぽいけど、そんな気長に仕掛けて回るのはらしくないなあ。あいつ、頭の中でこねくり回して腐らせる感じでしょ」
クリスタは口が悪い。
「それは、会って確かめる他ないだろう」
オルガは皆を見渡した。
「普段、奴は巣に籠っている。社交場にも姿は見せない。張り巡らした糸が奴の目だ。お陰で、足許に隙がある。わざわざ見せてやらない限りは、ザイナスが王都にいる事も気づかないだろう」
「と言うことは、居場所を知ってる?」
リズベットの問いに、オルガは頷いた。
「聖堂図書館だ。奴は館長を差し置いて一帯を魔窟に造り替えている。こちらが対策を立てるまで、絶対にザイナスを近づけてはならない場所だ」
皆がぽかん、と黙り込み、アベルは堪え切れず天を仰いで吹き出した。
クリスタの口汚い感想は身も蓋もなかった。
「ザイナスに求められてはな。残念ながら、そうも行くまい」
だが、当のオルガは余裕であしらう。年長者の余裕。いや、正妻の余裕だ。
「なに、私は寛大だ。愛人くらいは認めてやるぞ?」
オルガは平然と嘯いて、机を囲む皆に言い放った。
「ありがたいことで」
ラーズが呻くように呟いた。退路確保で離れた隙に、と呆れが半分、苛立ちが半分。一夫多妻に寛容な彼女も、自身の愛人扱いは気に食わないらしい。
「だから放って置きなさいって言ったのに」
リズベットが振り返ってザイナスを責める。彼女の非難は何度目だろう。
あれから程なく、執政庁舎は焼け落ちた。綺麗なほどにあっけなく、狂騒する市民は興醒めした。王党派が勝利を宣言したのは、白く燻る灰の上だ。
王都運営の職員は、それぞれ身を隠すか奉都に移り住む事になる。それも宮廷の庇護付きだ。王党派には責める相手が残っていない。
王都に本当の混乱が訪れるのは、焼け跡の冷えた先の事だ。
アベルの隠れ家に戻った一行は待機組と合流した。事の顛末を語る以前に、悠然とザイナスの傍に立つオルガを見て喧々囂々の大騒ぎになった。
ザイナスは、そそくさと椅子を引き摺って渦中から離れ、壁際に逃れて途方に暮れている。傍らには笑みを堪えたアベルが佇んでいた。
「そうザイナスを責めるな、義妹よ」
「だれが義妹だ」
オルガがリズベットに油を注ぐ。リズベットは髪を逆立てて猫みたいに唸った。
「ふむ」
と、ビルギットがエステルを振り返る。
「なら、シンモラは差し詰め娘?」
「おかあさん?」
きゅるんと見上げるエステルに、さすがのオルガもたじろいだ。
「いや、待て。娘はちょっと早い。君も妹でどうだろうか」
ここぞとばかりに、皆がお母さんだママだと一斉に攻め込む。
「オルガって、こんなだったかな」
騒動を横目にザイナスが呟いた。
「さて、どうだろうね。ボクとしては、さっさと第四回『ザイナスにむりやり純潔を奪われ貶められた天使同盟』の会議を開くべきだと思うのだけれど」
茶化すアベルをザイナスが睨む。アベルは肩を竦めて見せた。
「むしろね、皆がどうだったかな、とボクは思う」
賑やかな卓を眺め遣り、アベルはふん、と鼻を鳴らした。
「人も使いも変わりはするさ。ボクらの在り方は違うけれどね」
アベルに目を向け、ザイナスが訊ねる。
「どう違う?」
「人は生存が第一義だ。生きて行く事が最初にあって、その上で目的や柵に囚われる。僕らは逆だ。目的や使命の為に創られた。スルーズだって、そうだ」
怪訝そうなザイナスに、アベルは言葉を変えて言った。
「本来不要な柵が消えたんだ、はっちゃけもするさ」
いや、秩序神の御使いは民の護り手だ。それを柵と呼ぶのなら、アベルの言う使命や目的がよく解らない。勿論、御使いとしての善し悪しが別なら、その方が解り易いとはザイナスは思う。思うのだが――。
「でも、信仰は? 僕らはそれが至上だと教わるけれども」
アベルは呆れたようにザイナスを見返した。
「使いは使徒だが信徒じゃない。そこに信仰は必要ない」
それは自由神だけの特性かと思っていた。
「無信心はキミと同様だ」
どうやらキミは、まだその意味と重さを理解していない。とは、アベルも口に出さなかった。その方が、ザイナスは迷う。まだ彼の災厄は続くのだから、緊張は悪い事ばかりではない。それだけ、彼が生き延びる確率は上がるだろう。
何より、楽しいに違いない。
「さて、ザイナス。せっかくの王都だ、次は誰を堕としたい?」
アベルが囁く。先を思ってザイナスは溜息を吐いた。所在の知れた血族神のレイヴは、あろうことか我が国の第三王女だ。相手となると気が重い。
「革命で暗躍しておいて今更だ」
告げると、アベルはそう言い捨てた。
「とはいえ、エイラは正体が知れん」
オルガとの言い合いにも飽きたのか、椅子を斜めに倒したラーズが、仰け反るような姿勢でザイナスとアベルを振り仰いだ。
「やっぱり、大聖堂の中?」
隣のビルギットがおずおずと加わる。であれば、御使いにも感知は難しい。ラーズの得手とも勝手が違う。人の社会の調査事案だ。
「心当たりはないの? 元執政官」
皆も話題の軌道を戻し、リズベットはオルガに話を投げた。人の社会の情勢となれば、彼女が最も耳聡い。実際、此処にいる者の殆どは、先んじてオルガに掌握されていた。ラーズもエステルも、あたりをつけていたようだ。
「エイラか――確かに巧みに身を隠しているな。教会の掌握を目論んでいるようだが、いずれ大司教の近辺に違いない」
「そこまで解ってるなら――」
口を挟んだクリスタを制して、オルガは目許を険しくした。
「厄介なのが他にいる。エイラも奴の駒に過ぎない」
言って、小さく息を吐く。
「名は、ソフィーア・アシェル。私と同じ歳の王都の文官だ」
「聞いた名前だね」
アベルが呟いた。
「宮廷認可の神学者だが、人前に出ることは滅多にない。引き籠もりだ」
「それって――」
オルガの説明にアベルが顔を顰めた。おずおずとザイナスに目を遣る。
「どいつだ」
焦れてラーズが口を挟んだ。
「ミストだ」
学術の神、 智神の御使いだ。
「奴はこの世界の至る所にザイナスを絡め取る為の罠を張り巡らせている」
ザイナスはオルガに目線を戻した。
「魂なきものも?」
オルガが頷く。皆も良く知らない屍鬼の変名を、わざわざザイナスに冠した理由が知りたい。そう思って図書館を訪れたのは、つい昨日の事だ。
「それも罠のひとつか? 蜘蛛が巣を張るみたいなものか」
ラーズが評して鼻根に小皺を寄せた。オルガも気づいたのは偶然らしい。護送警護の承認決裁に、見慣れぬ魔物の名があったのか切っ掛けとの事だ。
「たまたま抑えて事なきを得たが、教会がザイナスを魂なきものなど広布した日には、この国にザイナスの居場所はなくなるだろうな」
範囲も時間も、仕掛けの尺度が御柱のそれだ。蜘蛛の巣どころか底引網だ。
「性格的にはミストっぽいけど、そんな気長に仕掛けて回るのはらしくないなあ。あいつ、頭の中でこねくり回して腐らせる感じでしょ」
クリスタは口が悪い。
「それは、会って確かめる他ないだろう」
オルガは皆を見渡した。
「普段、奴は巣に籠っている。社交場にも姿は見せない。張り巡らした糸が奴の目だ。お陰で、足許に隙がある。わざわざ見せてやらない限りは、ザイナスが王都にいる事も気づかないだろう」
「と言うことは、居場所を知ってる?」
リズベットの問いに、オルガは頷いた。
「聖堂図書館だ。奴は館長を差し置いて一帯を魔窟に造り替えている。こちらが対策を立てるまで、絶対にザイナスを近づけてはならない場所だ」
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