神さまの嫌われもの

marvin

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14章 王墓血戦

第56話 深淵へ

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「何でこんなことになってんの」
 クリスタは呆れてそう叫んだ。街外れの進軍を撃退し、再戦不可能にまで追い込んだ後、ようやく巨人機アルビオン改で戻って見れば、この有様だった。
 緑一面の丘陵は畑もかくやと黒く耕され、惚けたような兵士の一団が延々とそれを埋め戻している。しかも、それを指揮しているのは件のティルダだ。
「まあ、色々あって」
 応えるザイナスも歯切れが悪い。
「七班の現場回復が完了しました。準備でき次第、帰還させます」
 ティルダがザイナスの許に走り寄り、敬礼する。凛と振る舞う彼女の姿は、如何にも有能な騎士然として――ザイナスを見る目が、ぐるぐると熱っぽい。
「それで、新入りも増えた、と?」
 聞こえよがしに溜息を吐いて、クリスタはザイナスを拗ねた目で睨んだ。
「嫉妬か、ヘルフ。わが王はこの身も持つやと激しい御方、貴様では不足だ」
 無罪だ。こと今回は。諸手を挙げたザイナスは、千切れるくらい首を振った。
「魂刈りの資格って、思い込みでどうにかなっちゃうのか」
 傍らのアベルに小声で訊ねる。
「そうだねえ、ボクも初めて知ったよ」
 困惑気味にアベルも笑った。
「こいつ、ヒルドより首輪が似合いそうだな」
 クリスタがティルダを睨んで唸る。
「聞こえてるぞ」
 柱の上から声が返った。
 冷えた目でクリスタを睨んだティルダは、上目遣いにザイナスに囁いた。
「わが王がお望みであれば」
「ミストなみの変態だ」
 うわあ、とクリスタが大声を上げる。喧々囂々が始まった。クリスタだって、僕を閉じ込めて死ぬまで飼うなんて言ってたけど、とはザイナスも口にしなかった。これ以上は何を言っても油を注ぐだろう。そっと、二人から後退った。
 丘の惨状を改めて眺め遣り、ザイナスはそっと息を吐いた。軍兵の多くは死に至り、正気を失った者と諸共に、回復不能の魂は天に還された。ティルダを始め御使いにとって人の死は細事だ。だが、ザイナスでさえも死は軽い。
 御柱を奉じている限り、人には来世の保証がある。奉都カペルスヴァールは名の知れた墓所だ、さぞ天界も近いだろう。むしろ、それほどの感覚だ。
 顧みて、ザイナスの命に次はない。何より、魂を召される高揚が皆無だ。教会勤めも甲斐がなかった、そう思うこと自体が信心を欠いているのだろう。
 だからこそ、面倒ながら生き足掻く。魂の行き先に保証がないなら、臨終の際まで自己責任だ。故に魔女や御使いからも、逃げ得る限りは逃げ続けたかった。
 とはいえ、こうした災厄の先送りは碌な事がない。妹たちも放っては置けない。あれこれ考えてはみたものの、結局のところ虎穴に入る方が決着が早い。
 ザイナスは王墓の岩室を振り返った。
 巨石に鉄の匂いが混じり、空は開けても風がない。認識阻害はあるものの、こうして足の間近にいれば、巨人機アルビオン改の圧迫は十二分に感じた。
 その方法が優雅さに欠けると、初期検討では下げた策だ。これでで王墓を掘り返すなど、些か粗雑に過ぎる。この下に先行隊がいるなら尚更だ。
「兄さん……この下に……」
 事態が落ち着いた今もなお、スクルドの羽根は繰り返している。ならばこそ、応じるにせよ素直に行けない。多少は魔女の予想を裏切る努力が必要だ。
「ザイナス、ザイナス」
 裾を引かれてザイナスが振り返る。ビルギットだった。巨人機アルビオン改の中で調整中だと思っていたのだが。
「あれ、使いたい」
 彼女の指した袖の先には、ティルダが自陣に持ち込んだ神輿があった。武装解除の際に置いて行かれ、扱いに困った代物だ。アベルの見立てたところでは、どうやら御使いの権域を拡げる為の祭壇の類であるらしい。
「あれが必要ですか?」
 聞きつけたティルダが駆け寄って来る。言い争いに飽きたクリスタが、ビルギットを見つけて構い始めた。神輿を見上げてザイナスが確認する。
「これを借りても?」
 神輿に這い登ろうとしてずり下がるビルギットをひとしきり笑って、クリスタが抱えて押し上げている。その際、ビルギットの胸に嫌味を言うのも忘れない。
「勿論、問題ありません」
 応えるティルダに、ザイナスが訊ねた。
「これって、どんな仕組みで動いているの?」
「メルケルが入っています」
 ザイナスはティルダを振り返り、少しのあいだ言葉を探した。
「大司教猊下?」
「はい」
 なるほど、存外ナマモノだった。つまりは、巨人機アルビオン改と似た仕組みだ。なるほど、ビルギットもわかっていたのだろう。
「だって、ヘルフがもう乗らないって」
 神輿の上でビルギットが口を尖らせる。
「当たり前だ。誰が乗るか」
 それもまあ、そうだろう。
 ビルギットは神輿に取り付いて、あちこち調べて回り始めた。不要な部品と見て取れば、遠慮なく外して投げ捨てる。当たりそうになったクリスタが怒った。
「使えそう?」
「うん」
 ビルギットが答えて寄越した。なら、仕方がない。ザイナスは割り切ることにした。御使いたっての望みとあれば、大聖堂の首長も反駁はしないだろう。
「やるなら急いで、見つからないように」
 ビルギットが頷き、嬉々と手を早める。
 気づけばザイナスの隣にラーズが立っていた。何事かとビルギットを眺めてから、忠犬宜しいティルダに鬱陶し気な一瞥を投げる。
「奥の封は開いたままだ、力技で何とかなると思う」
 ザイナスに告げると、隠した巨人機アルビオン改を顎先で指した。
「本当にあれで掘り起こす気か?」
「できるよ」
 聞きつけたビルギットが、また答えて寄越した。
「まあ、それくらいの意表は突かなきゃね」
 アベルも横から口を挟む。ラーズに目を遣り、肩を竦めた。
 どうやら二人の無言の合意は、ザイナスに地霊術ゴエティアの使用を控えさせる事らしい。その為であれば、多少の破天荒には目を瞑る気でいる。
 ザイナスもそれは承知していた。そも、加減がないなら使えないのも同じだ。
 悪戯好きのアベルにしてから、地霊術ゴエティアの扱いには腰が引けている。施術を目の当たりにして以来、二人の調子は変わらないまでも、少し変化が窺えた。より過保護になったようでもあり、何か吹っ切れた風にも見える。
「だからって、キミが行く必要もないんだけどな」
 呆れたようにアベルは言った。
「そこの新入りにやらせたら?」
 ティルダに向かって皮肉を投げる。
「ご命令とあれば」
 むしろ、ぶんぶんと千切れんばかりの尻尾が見えた。
 一応の事情は話したが、彼女は却っていきり立ち、魔女を討つべしと前のめりだ。どうやら、ザイナスに折られた心が徹底した服従に置き換わっている。
「仕方がないさ、魔女が呼んでいるのはこの僕だ」
 振り返り、ザイナスが石室に歩み寄る。見世物然とした厳つい石碑は、壁際に放り出されていた。仮の蓋はしてあるが、奥には開いた孔がある。ペトロネラが封を解いて以来、冷えた気配が底から湧き立ち、足許に白く澱んでいた。
 勿論、英雄願望はさらさら無い。行動が解決の近道だからだ。災難をそのまま放り出し、好転した経験は一度もない。ザイナスは皆を振り返り、声を掛けた。
「ビルギットの用意ができたら――」
 不意に、足許が白く沈んだ。霧かと思うも、噴き上げたそれは粘度が高い。白い泥のようにザイナスを咥え込んだ。ふと、ザイナスの足下が消えた。
 そこにある筈の床を抜け、ザイナスの身体は地の奥底に沈み込んだ。
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