エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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墓標――ふたりで謳う終わりの歌

アンフェールと答え合わせと王としての決意

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 その晩、アンフェールとグレンは広い寝台に寝転がり色んな話をした。胸に抱えていた疑問や秘密を、答え合わせのように全て。
 アンフェールは今世、生誕してすぐやらかした事を告白する事にした。
 今でも仕方なかった、正当だった、とは思っている案件だ。しかし、肉親であるグレンには言い出しにくかった。

「グレン。ボルドの手記を読んで薄々分かっているかもしれないけど、グレンのお父さんを殺したのは私なんだ」
「そうか」

 グレンの返事は、特に溜めも無くサラリとした物だった。
 アンフェールは拍子抜けしてしまう。

「反応が薄いね」
「あまり会った事が無いからね」

 そういえば、そう言っていた。
 グレンとアンフェールは十歳差だ。という事はグレンが十歳の時に父王は亡くなった事になる。あまり会った事が無い上にその年齢じゃ、記憶も薄くなるだろう。

「私にとっての父は全く思い出が無い人だから。実際に父親のように接してくれたのはエックハルトだったり、ギュンターだったりしたし。実の父に対する反応としては冷淡かもしれないけどね」

 グレンは寂しそうに笑った。

「手記を読んだ感じだと、アンフェールの反応は妥当だよ。きみを育てて卵を産ませる母体として使おうとしたんだろう? それはあってはならない事だ。ちゃんと身を守ってくれて良かったと思っている」

 グレンはそう言って、アンフェールの頭を撫でてくれた。

「そ……っか」
「これも気にしてた?」
「……うん。当時は死んで当然って思ってたんだ。でも、王城の環境はグレンを見ていて分かった。あの王も環境のせいでおかしくなったのかもしれないと思うと……」

 本来の性質があったとして、環境如何で人は変わる。特に王家や上位貴族階級は、上に行けば行くほど生まれた子供に自由なんて無い。
 ベロニカは王家に生まれたくせに、何であんなダメな感じに育ってしまったのか分からないけど、それも女だし第一子じゃないし、というのが大きかったのかもしれない。
 という事は兄であった父王が、王家の背負うべき何かを全部背負わされていたのだ。
 重圧で歪んでしまったのだろうか。それとも番だったというグレンの母が死んでおかしくなってしまったんだろうか。
 分からないけど、ひとの命を物のように扱うまでになったのなら、真面じゃなかったのだ。

「ふふ」
「なに、グレン」
「いや……前世のきみであれば切り捨てる所だろうに、気にするなんて。丸くなったなって」

 グレンは微笑まし気に笑っている。
 なんだろう。王としての決断力が鈍くなったと言いたいんだろうか。そういうのじゃないのだ。真面目に考えているのだ。

 アンフェールはむぅと不満げに唇を尖らせた。
 そんなアンフェールの気持ちはお構いなしにグレンはぎゅうと、アンフェールを抱き締める。
 エドワードじゃないけれどぬいぐるみ感覚だ。この膨れっ面が見えないのだろうか。

「膨れないで。良い変化だなって思ったんだよ。……そうだ、アンフェール。私も一つ告白をしようか」
「え? なに?」

 アンフェールはさっきまでのぷんぷんが一瞬で消えてしまった。話をちゃんと聞きたくて、うんしょとグレンの腕の中から抜け出る。
 グレンのやらかしなんて想像がつかない。なんだろう。
 アンフェールは興味津々さを隠さない。目はキラキラしているし、口元はニヤついている。

「私、前世でアンフェールを食べてしまったらしいんだ」
「ええっ!」

 グレンはアンフェールの想像を遥かに超えた、爆弾発言をしてきた。
 ワクワクピカピカは一瞬で吹き飛んでしまった。
 思わず大きめの声で驚けば、その音は神殿のような建物にわんわんと反響する。別に誰もいないのに、アンフェールは恥ずかしくなって小さくなってしまった。
 教会では、礼拝堂で大きな声を上げると怒られていたのだ。なのでアンフェールの羞恥も反射のようなものだ。

 グレンは事の詳細を話してくれた。
 アンフェールが死んでから間もなく、狂気に陥った事。
 卵だったマイアサウラに『契合アグリーメント』を使う様に言われた事。
 そして正気に返ってからマイアサウラにアンフェールを喰った事実を伝えられた事。

 なんで喰ったのかに関しては全く覚えていないらしい。
 アンフェールは狂気に堕ちた竜を長い竜生でたくさん見てきた。だから番の遺骸を食べてしまう個体がいるのも知っている。
 ごくたまに、そういう事もあったのだ。
 愛情が深すぎる、本能が強すぎる個体に多い傾向だった。しかし、自分が食べられるとは思ってもいなかった。

「は、あぁぁ、なるほど……」

 アンフェールは思わず気の抜けたような声を出してしまった。

「だから私、死ぬまでアンフェールと一緒にいたようなものだったんだよ」
「それは……魔力とか力的なものだけでしょう?」
「まぁ、そうだけど。でもそれだけでも正気でいられたから」

 グレンは胸に手を当てている。丁度、魔石のある辺りだ。
 前世、そこに手を当てればアンフェールの気配を感じられたと教えてくれた。今はもう、そこにアンフェールの魔力は無いけれど、癖として残っているらしい。

「今世、『自動回復オートリカバリー』が発現したのも、おかしなぐらいに力が強いのも、元はアンフェールの力なんだろうね」
「私、最初にそれを聞いたときに子孫だから発現する因子があったんじゃないかって思ったんだ」
「それもあるだろうね。でも、血統の中でそんな力を得た人なんて聞いた事はないし、記録も無いから。
 だから、魂がアンフェールの力の使い方を覚えていて、因子のある身体から力を引き出したんじゃないか、って考えているよ。……正解は分からないけどね」

 グレンは自論を教えてくれた。

 幼少期のグレンは何度も酷い目にあわされていた。彼の肉体は、魂は、命を繋ぐために必死に生き残る術を付与したのか。
 そう考えると凄い事だ。
 生きて、こうして側にいてくれることが、とても尊くて奇跡のように感じてしまう。
 アンフェールはグレンの胸の上に乗る手に、手を重ねた。

 アンフェールの血が、グレングリーズの遠い記憶が、グレンを生かしたのだ。




 それからたわいもない話が続き、やがてぽつりぽつりと話題が途切れてきた。
 アンフェールは今晩の最後の話題として、グレンに伝えなければいけない事を伝えることにした。

 竜王として、決意した事を。

「あのね、グレン」
「なに?」

 アンフェールの声は静かだし、真剣なトーンだ。
 長く一緒にいるグレンは声音だけで重い話題であると理解し、聞く姿勢を整えている。
 それ・・を言葉にする事に躊躇いがある。それでも眉間にしわを寄せ、グッと気合を入れて声に出した。


「――私、竜の谷を破壊しようと思うんだ」

「……え?」


 グレンは想像通りビックリしている。
 当然だろう。私がどれだけ里を大事にしていたか、気持ちを置いていたか、彼は身に染みて知っている。

 アンフェールは死の床で、身体が動かなくなりながらも、何度も発作的に谷を飛び出そうとした。
 あの時は、里のみんなを救出したい一心だった。視野が狭くなっていた。
 そんな私を引き留めるグレングリーズには、毎回迷惑を掛けてしまった。

「ずっと考えていたことなんだ。でも迷っていた……。決心したのはここに来る途中、墜落した空飛ぶ魔道具を見たからだよ。 
 竜の谷に人間が到達するのは時間の問題だと思う。なんたって魔素防護服を着て飛竜に乗れば、今すぐにでも竜の谷に入り込めるんだから。

 グレン、私思うんだ。人間はクリエイティブだから、いつか空飛ぶ魔道具が飛び回る時代が来るかもしれないって。勿論小さなものでは無く、たくさん積み荷を乗せられる大型のものが。
 それを考えたらいつまでも里を人間から守るのは不可能だ。
 飛空船で行われた略奪は再び起こる。ここにはたくさん魔石があるだろう? それを欲しがる国は多いと思うから」

 大型の空飛ぶ魔道具は人間にとって魅力的だ。
 移動速度は飛躍的に上がるし、より遠くの国々と頻繁に交易が可能になる。
 人も物も金も動く。世界が変わる発明だ。

 ここに来る途中で見た墜落した魔道具は、文明の萌芽なのだ。
 その萌芽はいつの日かにょきにょきと伸びて、花開くのだろう。

「アンフェール……いいの? ここをあんなに大事にしてたのに」
「大事だよ。大事だから、そうしたいんだ。みんなの命を、争いの道具に変えたくないんだ」
「……そうか」

 グレンは一言呟いて目を伏せた。
 シタールとの戦争で魔石を使われたばかりだ。それに彼は前世、たくさん魔導兵器を破壊したと言っていた。
 魔石を人間に渡す危険性について、アンフェールより知っているのだ。

 アンフェールは続けて計画を語る。

「お墓を裂界の底に移そうと思うんだ」
「……底があるのか?」
「あるでしょう、多分……」

 聞かれると、裂界の底には行った事が無い事に気づく。行く用事もないからだ。
 しかし今回は用がある。
 この『墓の移築』は裂界の底に作る意味があるのだ。

「魔導研究所の資料に面白い文献があったんだ。魔素防護服を作る時の実験結果らしいけど。
 魔石を魔素だまりに沈めると、個体である魔石が僅かに気化したって。どんな高温で焼いても魔石は焼け残るのにね。

 だから裂界の底に埋葬すれば、竜の魔石は自然に還ると思うんだ。気化して、裂界から噴出して、大気を巡る……。命が空に昇るんだ。
 どう? 竜の命の在り方としては最高に美しいと思うんだけど」

 竜種の愛する空。
 竜の魂は死んだら空に昇るのだと考えられていた。
 その竜の死後に対する考え方に近い形で、命が巡っていくと思うのだ。

 裂界から噴出した高濃度魔素は勢いよく天に昇る。ある程度の高度でぶつかるように対流が起こり、この世界の隅々まで巡っていく。

 アンフェールの提案に、グレンは感銘を受けたように目で頷いていた。

「そうだな、それがいいかもしれない」
「お墓を移築したら、建物は壊しちゃうから。ここは何もない野原にしておこう。
 竜の楽園を夢見てここにやって来た人間は、何もない野原を見て肩を落とすんだ。『なんだ、竜の楽園はただのおとぎ話だったのか』ってね」
「……それは、がっかりするだろうな」

 グレンは楽しそうに笑った。
 夢見るような物語が好きな彼のことだ。竜の楽園を夢見て谷に到達する人間の気持ちが、リアルに想像できたのかもしれない。

「最後の竜種として出来る事をしたいんだ。墓の移築は私にしか出来ないしね。里のみんなに顔向けできるよう、頑張りたいと思う」

 アンフェールの決意表明だ。
 『王としての責務を全う出来なかった』という心のしこりを解消するには、なにか成し遂げないといけない。
 でないと、いつまでもうじうじしてしまう。前を向くために頑張るのだ。

 そんな、ふんすと鼻息を荒くするアンフェールに対し、グレンは困ったような、戸惑った顔をしている。

「アンフェール」
「……なに?」

 グレンはアンフェールに呼び掛けた後、幼子に言い聞かすように語り掛け始めた。

「里のみんなはアンフェールを責めていないよ。助かった者に聞いたけど、むしろアンフェールを心配していた。
 アンフェールが老いていた事をみんな知っていたから……無理をして人間に酷い目に合わされていたらどうしよう、って思っていたみたい」
「え……」
「アンフェールは里の自宅で老衰で亡くなったと。死の間際、卵を産んだと。そう話したら泣いているひともいたよ。『よかった、よかった』って」

 アンフェールは目を見開いた。
 実際、生存していた竜を救い出したのはグレングリーズだ。だからアンフェールの想像よりも、グレンが語る事の方が事実なのだ。
 みんな、過酷な環境にいただろうに。それでも不甲斐ない王を心配してくれていたのか。

「あ、あ……」
「だから、あまり自分を責めないで。明日から作業をするんでしょう? 私も出来る事を手伝うから頼ってね。ひとりでやる、なんて思わなくていいんだよ」

 グレンはギュッと抱きよせてくれた。力強い、頼りがいのある腕。胸に籠る、愛しい番の香り。
 アンフェールは自らの奥底から湧いてくる安心感にそっと目を閉じる。
 
(――グレンからも、里の者たちからも許されてしまった。許されていいのだろうか。幸せになっていいのだろうか)

「……グレン」
「なに?」
「私を甘やかしすぎだ……」

 アンフェールは力無く文句を言う。理不尽な文句だ。
 それでもグレンは、優しく微笑んでくれた。

「ふふ、知ってる? アンフェール。番を甘やかすと、幸せな気持ちになるんだよ」

 グレンはアンフェールが幸せでないと、幸せになれないと言っていた。
 この甘やかしを、アンフェールは受け取らないといけない。
 アンフェールだって、グレンを幸せにしたいのだから。


(こんなに甘やかされてばかりいたら、いつか溶けてしまいそうだ)


 アンフェールはポカポカするほっぺがグレンから見えないように、彼の胸にポスンと顔をつけ、ずずずと掛布団の中に沈んだ。


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