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第二十話
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忙しさが急激に増していく。
朝『SSC』に来て夜帰るまであっという間に時間が過ぎた。人の出入りも増え、人口密度が高い時間と低い時間の差が大きくなる。
翌日、途中でいなくなったことを謝罪すると『玖珂くんの用事だったんでしょう? 聞いていたから大丈夫だよ』という真夏の言葉であっさり終わった。貴影の様子も、半ば美綾が予想していた通り、いつもと変わらなかった。
たとえあの一言で美綾の気持ちに気づいたとしても、彼としても反応しようがないだろう。司は心配そうに見ていたけれど、やはり触れてきたりはしなかった。
幸い、仕事が忙しくなってそれに集中していれば余計なことを考えずに済んだ。
美綾は、仕事の区切りがついて顔をあげるとホワイトボードを見た。
そこにはそれぞれの今日の予定が書かれている。一応スケジュールはオンライン上でも共有しているが、真夏はあまり好きではないらしく、毎朝彼女が書きだしている。
その横のスペースには色とりどりの付箋が、検討事項と解決事項に分けて貼られていた。ようやく今半分半分になっているが、これからそれが増えるのか減るのかも予想がつかない。
「えー、相模くんまだ上なの?」
戻ってくるなり真夏が、陽司が席にいないのを見て嘆く。数日前から彼は三階の会議室にこもりきりだ。
彼は事前モニター募集用のサイトを早々に作って、オンライン上で申し込みページも作り終えていた。それなのに、バイトスタッフの誰かがもう少し集客力のあるサイトにしようと言い出し、だったら動画配信してはどうかという提案をされたらしい。
最初はそれで『青桜』の制作したティーンズラインのイメージ動画を流そうとしたのに、いや、イベント告知も兼ねているんだからあえて作り直したほうがいいという意見が出た。
せっかくなら当日の会場のレイアウトも含めて検討しようという話になり、そこからさらになぜか、新ビルの外構工事の変更が可能なら、イベント会場スペースのランドデザインも練り直して提案してはどうかと言い出したのだ。
今回はバイトスタッフの中に芸術系と建築系の高校に通う学生が多くいた。よくよく聞くと高宮陸斗がチーフとして進めていた仕事が(結局陸斗は司会業が忙しくなってチーフを辞退し、別の人がたった)インテリア家具関連だったため、そういう学生を集めていたことがわかった。
市民の憩いの場を兼ねているという外構パースを見た建築系の学生は『植栽つくってベンチ設置してちょっとデザインしただけじゃん』とぼやいた。
彼が言うには、商業やオフィスビルの外構デザインは、建物を魅せるためのものだけになりやすいらしい。これからは外構デザインにも様々な付加価値をつけるべきだと力説し、こんなオフィス街にこの周辺に働いている人以外が、憩いになんかわざわざ来るかよと、意見すると誰も反論できなかった。
今回せっかくこのスペースを利用して屋外イベントを行うのだ。単発で終わらず、本当の憩いの場になるよう、可能なら外構デザインも含めた会場レイアウト案を出させてほしいという声が上がったのだ。
貴影は『これ以上の暴走は勘弁してくれ』という表情は崩さずに、それでもすべては『青桜』が決めることだから、無駄になっても構わないなら、プレゼン資料を作ればいいと許可を出した。
よって陽司と勇が中心となって、イベント用のPR動画の制作と同時進行でプレゼン資料作りに取り組んでいる。
外構デザインなんて今さら変更は無理だろうと思うけれど、結局由功も『やるからにはただのアイデアで終わらず、説得するつもりでやれ』と発破をかけたらしい。
「『青桜』との打ち合わせ今日の午後だよね。間に合うのかなあ?」
そう、その代わり期限は切った。午後からの打ち合わせに、間に合わなければそれはそれで仕方がない。
司だって会場設営の作業を一旦中断しているのだ。
結局、なんとかギリギリ間に合ったようで、貴影は大人の前でプレゼンテーションなどしたことのない、言い出しっぺのバイトスタッフも無理やりひき連れて『青桜』に向かったのだった。
***
貴影と司が外で動き回っている間、美綾はほとんど『SSC』内にいて、各々から送られてくる情報や修正案をまとめていた。
美綾は準備期間用と当日用の二つの計画表に目を通しながら、確認し終わったものに線をひっぱっていく。そして追加事項を書き込んでいった。今日の打ち合わせの結果次第で、また大きく変更しそうだ。そうなった場合の確認すべき事項とスケジュールとを想定して書きだす。
外構デザインの変更案が出た時に新ビルの工事のスケジュール表も入手した。ビルは内装工事がほぼ終わりつつある状態でもうすぐ足場がはずれる。その後外構の工事となっているため、スケジュールを見ている分には間に合わなくはない。だが材料の発注などが済んでいれば厳しいだろうし、そもそもこの段階での変更が可能かどうかは美綾にも判断はつかなかった。
役割分担をして仕事をしていると、担当部分の仕事はスムーズに進んでも他がどうなっているかわからなくなる。
けれど仕事はすべてが微妙に重なっていて、小さなひとつのミスがすべてに影響してしまう。ドミノ倒しと同じだ。一片のピースが倒れるか、倒れないかですべてが壊れることもあれば、別の方向に倒れることでまったく違う絵が描かれることもある。
美綾は極力すべての担当の進行状況を把握して、ひとつずつ丁寧に確認をとる作業を繰り返していた。担当に全面的に任せてしまう方法もある。けれど、美綾にとっては初めての大きなイベントなので、少しの変化も把握しておきたかった。
美綾の携帯にはひっきりなしに問い合わせと報告とが入ってくる。貴影とのやりとりも電話やメッセージやメールで行うことが増えた。
「九条さん! 『青桜』の方からお電話で商品サンプルが明後日には届くみたいです」
美綾が電話をしている時に連絡がきたのか、バイトスタッフの女の子が嬉しそうに教えてくれた。
サイト用の動画を制作するのに、できれば実物が欲しいと陽司に依頼されていた分だ。絵コンテはすでにできあがっていて、撮影を待つだけになっている。
「ありがとう。ホワイトボードにも記入をお願いします」
「はーい」
再び携帯に連絡が入る。
『高宮だけど今いい?』
本当に彼はいい声をしている。電話ごしだとまた違って聞こえて、美綾はなかなか慣れない。司会をしてくれる彼とみなみには当日のプログラム案を確認してもらっていた。
「ええ、大丈夫」
『モデルによるショーと、メイクアップアーティストによるメイクテクの催し物の合間に、実際に商品選んでいる女の子や男にインタビュー撮りたいって案があるんだけど、タイムスケジュール的にどう?』
「時間の流れを見て、司会者である二人が臨機応変に対応できるのなら組み込んでいいと思うわ。各内容のタイムスケジュールはできあがっているから、それを崩さなければ可能だと思う。ただ『青桜』にもきちんと連絡をとっておいて」
『わかった。そのあたりぬかりなくやっておく。また後で決定稿送るから』
こういう忙しさは嫌いじゃない。まるで学校の文化祭や体育際のような準備段階の楽しさと似たものがある。仕事なのだからそんな暢気なことは言ってられないが、それでも準備が進んで自分たちの企画が形になっていくのを見ていくのは楽しかった。
そしてその分だけ美綾の気持ちも落ち着いてくる。
たとえ仕事の忙しさで誤魔化しているだけかもしれなくとも、コントロールできな感情に振り回されるよりずっといい。さすがにこんな状況で仕事をさぼったりもできない。
忙しい状況が続けば、仕事に集中したままイベントも終えることができるだろう。そうして由功のそばに戻って、彼との距離も以前と同じになって、なにごともなかったかのように過ごしていけばいい。
美綾は祈るようにそう願っていた。
朝『SSC』に来て夜帰るまであっという間に時間が過ぎた。人の出入りも増え、人口密度が高い時間と低い時間の差が大きくなる。
翌日、途中でいなくなったことを謝罪すると『玖珂くんの用事だったんでしょう? 聞いていたから大丈夫だよ』という真夏の言葉であっさり終わった。貴影の様子も、半ば美綾が予想していた通り、いつもと変わらなかった。
たとえあの一言で美綾の気持ちに気づいたとしても、彼としても反応しようがないだろう。司は心配そうに見ていたけれど、やはり触れてきたりはしなかった。
幸い、仕事が忙しくなってそれに集中していれば余計なことを考えずに済んだ。
美綾は、仕事の区切りがついて顔をあげるとホワイトボードを見た。
そこにはそれぞれの今日の予定が書かれている。一応スケジュールはオンライン上でも共有しているが、真夏はあまり好きではないらしく、毎朝彼女が書きだしている。
その横のスペースには色とりどりの付箋が、検討事項と解決事項に分けて貼られていた。ようやく今半分半分になっているが、これからそれが増えるのか減るのかも予想がつかない。
「えー、相模くんまだ上なの?」
戻ってくるなり真夏が、陽司が席にいないのを見て嘆く。数日前から彼は三階の会議室にこもりきりだ。
彼は事前モニター募集用のサイトを早々に作って、オンライン上で申し込みページも作り終えていた。それなのに、バイトスタッフの誰かがもう少し集客力のあるサイトにしようと言い出し、だったら動画配信してはどうかという提案をされたらしい。
最初はそれで『青桜』の制作したティーンズラインのイメージ動画を流そうとしたのに、いや、イベント告知も兼ねているんだからあえて作り直したほうがいいという意見が出た。
せっかくなら当日の会場のレイアウトも含めて検討しようという話になり、そこからさらになぜか、新ビルの外構工事の変更が可能なら、イベント会場スペースのランドデザインも練り直して提案してはどうかと言い出したのだ。
今回はバイトスタッフの中に芸術系と建築系の高校に通う学生が多くいた。よくよく聞くと高宮陸斗がチーフとして進めていた仕事が(結局陸斗は司会業が忙しくなってチーフを辞退し、別の人がたった)インテリア家具関連だったため、そういう学生を集めていたことがわかった。
市民の憩いの場を兼ねているという外構パースを見た建築系の学生は『植栽つくってベンチ設置してちょっとデザインしただけじゃん』とぼやいた。
彼が言うには、商業やオフィスビルの外構デザインは、建物を魅せるためのものだけになりやすいらしい。これからは外構デザインにも様々な付加価値をつけるべきだと力説し、こんなオフィス街にこの周辺に働いている人以外が、憩いになんかわざわざ来るかよと、意見すると誰も反論できなかった。
今回せっかくこのスペースを利用して屋外イベントを行うのだ。単発で終わらず、本当の憩いの場になるよう、可能なら外構デザインも含めた会場レイアウト案を出させてほしいという声が上がったのだ。
貴影は『これ以上の暴走は勘弁してくれ』という表情は崩さずに、それでもすべては『青桜』が決めることだから、無駄になっても構わないなら、プレゼン資料を作ればいいと許可を出した。
よって陽司と勇が中心となって、イベント用のPR動画の制作と同時進行でプレゼン資料作りに取り組んでいる。
外構デザインなんて今さら変更は無理だろうと思うけれど、結局由功も『やるからにはただのアイデアで終わらず、説得するつもりでやれ』と発破をかけたらしい。
「『青桜』との打ち合わせ今日の午後だよね。間に合うのかなあ?」
そう、その代わり期限は切った。午後からの打ち合わせに、間に合わなければそれはそれで仕方がない。
司だって会場設営の作業を一旦中断しているのだ。
結局、なんとかギリギリ間に合ったようで、貴影は大人の前でプレゼンテーションなどしたことのない、言い出しっぺのバイトスタッフも無理やりひき連れて『青桜』に向かったのだった。
***
貴影と司が外で動き回っている間、美綾はほとんど『SSC』内にいて、各々から送られてくる情報や修正案をまとめていた。
美綾は準備期間用と当日用の二つの計画表に目を通しながら、確認し終わったものに線をひっぱっていく。そして追加事項を書き込んでいった。今日の打ち合わせの結果次第で、また大きく変更しそうだ。そうなった場合の確認すべき事項とスケジュールとを想定して書きだす。
外構デザインの変更案が出た時に新ビルの工事のスケジュール表も入手した。ビルは内装工事がほぼ終わりつつある状態でもうすぐ足場がはずれる。その後外構の工事となっているため、スケジュールを見ている分には間に合わなくはない。だが材料の発注などが済んでいれば厳しいだろうし、そもそもこの段階での変更が可能かどうかは美綾にも判断はつかなかった。
役割分担をして仕事をしていると、担当部分の仕事はスムーズに進んでも他がどうなっているかわからなくなる。
けれど仕事はすべてが微妙に重なっていて、小さなひとつのミスがすべてに影響してしまう。ドミノ倒しと同じだ。一片のピースが倒れるか、倒れないかですべてが壊れることもあれば、別の方向に倒れることでまったく違う絵が描かれることもある。
美綾は極力すべての担当の進行状況を把握して、ひとつずつ丁寧に確認をとる作業を繰り返していた。担当に全面的に任せてしまう方法もある。けれど、美綾にとっては初めての大きなイベントなので、少しの変化も把握しておきたかった。
美綾の携帯にはひっきりなしに問い合わせと報告とが入ってくる。貴影とのやりとりも電話やメッセージやメールで行うことが増えた。
「九条さん! 『青桜』の方からお電話で商品サンプルが明後日には届くみたいです」
美綾が電話をしている時に連絡がきたのか、バイトスタッフの女の子が嬉しそうに教えてくれた。
サイト用の動画を制作するのに、できれば実物が欲しいと陽司に依頼されていた分だ。絵コンテはすでにできあがっていて、撮影を待つだけになっている。
「ありがとう。ホワイトボードにも記入をお願いします」
「はーい」
再び携帯に連絡が入る。
『高宮だけど今いい?』
本当に彼はいい声をしている。電話ごしだとまた違って聞こえて、美綾はなかなか慣れない。司会をしてくれる彼とみなみには当日のプログラム案を確認してもらっていた。
「ええ、大丈夫」
『モデルによるショーと、メイクアップアーティストによるメイクテクの催し物の合間に、実際に商品選んでいる女の子や男にインタビュー撮りたいって案があるんだけど、タイムスケジュール的にどう?』
「時間の流れを見て、司会者である二人が臨機応変に対応できるのなら組み込んでいいと思うわ。各内容のタイムスケジュールはできあがっているから、それを崩さなければ可能だと思う。ただ『青桜』にもきちんと連絡をとっておいて」
『わかった。そのあたりぬかりなくやっておく。また後で決定稿送るから』
こういう忙しさは嫌いじゃない。まるで学校の文化祭や体育際のような準備段階の楽しさと似たものがある。仕事なのだからそんな暢気なことは言ってられないが、それでも準備が進んで自分たちの企画が形になっていくのを見ていくのは楽しかった。
そしてその分だけ美綾の気持ちも落ち着いてくる。
たとえ仕事の忙しさで誤魔化しているだけかもしれなくとも、コントロールできな感情に振り回されるよりずっといい。さすがにこんな状況で仕事をさぼったりもできない。
忙しい状況が続けば、仕事に集中したままイベントも終えることができるだろう。そうして由功のそばに戻って、彼との距離も以前と同じになって、なにごともなかったかのように過ごしていけばいい。
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