線香花火

流月るる

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 部屋に入ると彼は私をソファーに座らせた。かわいらしい赤いソファーは二人で座るのにちょうどいい大きさ。彼はコートを脱ぐと一人がけのソファーの上に二人分の荷物を置いた。このホテルは部屋ごとに内装が違うらしい。今夜はカジュアルな雰囲気で誰かの部屋に遊びに来ているような錯覚をもたらす。大きすぎるベッドだけが違うことを教えるけれど。

 ようやく目から離して手にすると、借りたハンカチはびしょ濡れだった。ハンカチのふちを指でなぞるときちんとまつり縫いがされている。いいハンカチのふちは手縫いで仕上げられている。それを教えてくれたのはあの人で、彼もこういう部分に気遣うんだなと思った。
 ガラスのテーブルの上に湯気の立つカップが置かれて、隣のソファーが沈んだ。

「コーヒー飲める?暖かいのはこれぐらいしかなかった」

 返事のかわりにカップを手にした。片手で支えると指先に熱が伝わってきた。彼の言う通り体の外側は冷えているけれど、乱暴な飲み方をしたカクテルのせいでお腹の奥はじんと熱をもっていた。暖かい部屋と、結局彼がいることとで私は安堵したのだろう。感情を高ぶらせて泣いたことが恥ずかしくてたまらなかった。自分が起こした行動も泣いたことも、彼にはわけがわからないことばかりのはずだ。

 口につけた途端、再び涙がこぼれてきた。彼がどう思うか気にしたあげくに混乱するなんて私は本当にバカだと思う。自分の心が見えなくても答えなんかでなくても「会いたい」と思っただけなのに、なんて難しいんだろう。

 数口飲んでカップを戻すと、私は彼のハンカチを押し当てて涙をぬぐった。

「少しは落ち着いた?」
「……ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑じゃない。心配なだけだ。本当になにか嫌なことをされたわけじゃないんだね」
「……はい」

 彼はほっと息を吐いた後、おずおずと私の顔をのぞきこむ。困った眉毛の形に心配だと語る目。それがそっと伏せられる。


「じゃあ、僕に会うのが嫌だった?」


 傷ついた表情に自分がした行為を思い知らされる。逃げだして「離して」とつかまれた腕をふりほどいた。自分で誘いながら掌をかえした仕打ちにどんな弁明もできない。けれど彼の目に非難の色は微塵もなく労わるような悲しげな曖昧さに、ズキンと胸が痛んだ。カップからうっすらのぼっていた湯気が空気に溶けて消えていく。

「すんなりあなたからメールがきたから……どうなんだろうなあとは思っていたよ。僕は卑怯な言い方で誘導したからね」

 私と彼の間にはすこし距離があいている。それは多分彼が気遣って示す距離だ。最初の夜もルールを決めた夜も今夜も。近すぎて怯えさせることもせず遠すぎて寂しがらせない。今の私が逃げ出さないギリギリの距離。

「あなたが……こういうことに慣れていないことは気づいていたよ。慣れていないっていうより初めてだろうし、たぶんきっかけさえなければ踏み込むことはなかった関係だ。だから我に返った時に戸惑うだろうなとは思った」

 私は彼の言っている意味がわからなかった。卑怯な言い方だとか、誘導だとか、慣れていないとか。
 私は彼に縋って、泣いて、そして勝手にバーを訪れた。会えればいいと期待して、弱った彼につけこんで関係を持った。彼はいつでも一歩引いて私に逃げ場を準備してくれて、それは今だってそうだ。名前を教えるのは構わないと言われても知ることを拒んだ。

 彼は私から視線をそらしテーブルの上の並んだカップを見ているようだった。いや本当は何を見ているのか私にはわからない。


「放っておけばいいのに傘を差しだした。
あなたがくるかもしれないとバーに行った。
他の店に誘った挙句もう少しそばにいてほしいと頼んだ。
二度と会えなくてもいいと思っていたあなたを呼び止めた。
卑怯なことをしてあなたをつなぎとめているのは僕のほうだよ」


 きゅっと思わず手に力が入って涙で湿った感触のハンカチに気づく。木目のチェストにガラスのテーブル、やわらかな曲線を描く赤いソファー、紺地に水色のストライブ柄のカーテン。誰かの部屋のような場所は明かりだってすべて灯されて室温だって心地よい。肩にかかったままのコートが暑く感じてしまうほど。


「そのうえ、バーに来るときは教えてほしいとあなたから連絡させた。卑怯な手段を用いても会おうとしているのは僕のほうだ。あなたが……自分を責める必要はない」


 私が何を思って泣いたかすべて見通した言い方に唇を噛みしめる。そんな言葉ずるい。私の心を、負担を少しでも軽くしようと悪い言い方をして、きっとそれさえも僕が誘導していると彼は言うのだろう。


「僕はあなたに「会いたい」そして「抱きたい」そう思っている。あなたが自分を責める必要はないんだ」


 もう一度言い聞かせるように言う。その目は真摯にまっすぐに私を貫いて縛り付ける。弓矢が貫いた体は痛みを訴えても、それが彼と私をくっつけるならそのままでいたい。


「誰でもいいわけじゃないことも、遊びで適当にできないこともわかっているあなたを、巻きこんでいるのは僕のほうなんだから。
……抱きしめてキスしてもいい?ずっとあなたに会いたかった」


 体を動かして私に近づくと、そっと背中に腕がまわされる。私のことなど知るはずもないのに、私が悪いわけじゃないと、卑怯な女ではないと告げてくれる。
 こんな私でも少しでもあなたに綺麗な女であると思われたい。まっさらで裏もなくただ無邪気に戯れる少女のような恋をしていた昔の私のように。


「私も……会いたかった」


 怖くて逃げだしたくて惨めでみっともない感情を越えた先にはこれしか残らない。
 私も彼の背中に手を伸ばしてしがみつくと唇が重なった。



 ***



 互いにシャワーを浴びた後の肌は暖かい。彼の手で裸にされて反射的に体を隠そうとした手は顔の横に導かれる。指と指をからめるように手を重ね合わせると、キスが降り落ちてきた。瞼に頬に顎にと小さなキスが繰り返される。挨拶みたいなキスが終わると目を合わせて「いい?」と了承を得るような問いかけをされた気がして、まぶたをあわせることで唇へのキスを受け入れた。
 この瞬間とてもドキドキしてくる。
 会いたかった人とやっと会えて、気持ちを伝え合うようなキスを交わすこの瞬間、特別だと思える。

 きゅっと手を握ると彼も返してくれる。舌が表面をなぞり開けるように促してきて私は素直に口を開いた。すべりこんでくる暖かくてやわらかいものが私の口の中を確かめる。

 いつのまにか手が離れて私の頬をつつんだ。キスをしながら指が差し入れられる。私の口の中に舌も指も同時に入り込んできていつもより大きくあけさせられた。舌をおさえたり内頬をえぐったりしながら溢れてきた唾液を外へと促す。端から落ちていくものが顎をつたって首筋にたどりつく。くちゅくちゅっと音がして自分の舌をどう動かしていいかわからない。指で押さえられ舌でからめる。抜け出した指は私の唾液をまとわりつかせたまま、鎖骨をなぞり胸の谷間にたどりつくと、その先をつんとはじいた。

「んんっ」

 すでにそこは尖っていて、ささいな刺激にも感じる。滑りにまかせてくるくる動かしては上下にはじく。きゅっとつままれたかと思えば小さくひねられる。ふっと舌が口から逃げて耳へと向かった。
 くぐもった音が耳の奥で響き、あたたかいものが乾いた場所を湿らせる。その間も胸の先はもてあそばれて、私は声をあげる。

「はあっ、あんっ……んんっ」
「綺麗な肌だ……ずっとこうして触っていたいくらい」

 彼の手は胸から離れるとおなかやおへそをたどり、太腿の外側をなでつける。再び腰に戻って脇のくぼみにそわせながら胸の先をつんとはじいた。肌をなでまわす手は何も感じなかった場所にも目覚めを促そうとする。肋骨にそって触れられるだけで、おへそのまわりをそっとなでられるだけで、繰り返されるごとにぴくりぴくりと起き上がる。

「胸の先もかわいい、薄いピンク色が今は赤く熟れているよ」

 言わないでほしいと恥ずかしいと思っても、口にはできない。彼の言葉は私を甘く溶かしていく。シュワシュワと炭酸の泡につつまれて、ふんわり浮かぶ果実になった気分。私を味わうように舌が赤い実をなめまわす。ちゅっと吸い上げる小さな痛みまでが背中にしびれを生み出す。

「ここも熟しているかな?」

 すっと指先が内股に入り込む。毛をさらりと避けて入ったそこはなんの邪魔立てもせずに素直に受け入れた。痛みなどなくむしろ穴を広げて待っていたように。

「んんっ」
「暖かくて気持ちいい。奥にたくさんたまっているみたいだ」
「やんっ、だめっ」

 彼は私の足を広げると、頭をさげてそこをのぞきこむ。実を裂いた中にはどんな色をしていてどんな種を抱いてどんな蜜にあふれているのだろうか。指でふちをひろげ私の中まで探る眼差しを想像して、こぷんとこぼれていくのが感じられた。

「あっ……」
「奥はひくひくしている。ああ、触っていないけどここも綺麗に染まっている」

 小さな種を舌がつつみこんだ。たったそれだけで腰が大きく揺れる。彼はとっさに跳ねるからだを押さえつけて、強めにそこをしごいてきた。

「やっ、あああっ、あんっ、やあっ」

 小さいくせにどうして貪欲で敏感なのだろうか。普段は隠れて見えないくせにこんなときにだけ姿を現して私を追い詰めようとする。
 上下に優しくなぶったかと思えば唇ではさみ吸い上げられる。中からこぼれるものとは別のものをそこから吸い出して味わうように。いじめられているのは小さな種一粒なのに涙はとめどなく彼の前で流れていく。彼は中には決して触れずに外側だけを丁寧になめまわした。なにも出てこないはずなのにちゅうちゅうと吸われるごとに私は卑猥な声をあげる。

「やあっ……だめっ、あっ、いやあっ」

 せりあがってくる快感が怖くてたまらなかった。でも自由に羽ばたいてしまえば向かう先にあるのは気持ちよさだけ。おさえられなくなる声に息があがりそうになる。どこに力をいれればいいかわからなくてシーツをつかむ。
 痛みも痺れも冷たさも一緒になって、私は飛ばされた。

「やあんっ、あああああ」

 おしりにつたっていく感触さえも肌を震わす。私は彼の舌でイかされ、その証拠を目の前で見せつけた。

「ふっ、んんっ」

 涙がわずかに滲む。彼はようやくそこを解放すると私の顔を見下ろした。ゆるく私を抱きしめて頭をなでる。

「すごくかわいかったよ」
「やだっ、あんっ、だめっ」
「今度はここでイこう。たぶんすぐにイけるから」
「やっ、こわい」
「大丈夫、気持ちよくなるだけだ。あなたがそんなふうになるところを僕に見せて」

 イッたばかりの体の中に今度は指が入り込む。私は抱きしめてくれる彼にしがみついて快感がもたらすものに耐えた。

「あんっ、あっ……はあっん」

 一本だけでかきだしていたそこに指が増やされていく。私のそこは何本でもはいりそうなほど緩んでいて蜜で満ちているようだった。ぬちゃぬちゃと音がなって、泡立てるようにうごめく。

「気持ちのいい場所を僕に素直に教えて」

 内壁をゆっくりゆっくりひだの隙間を確かめる動きは、どこもかしこも気持ちがよくて体はそのたびに跳ねる。まるでどこを触られても感じる淫乱さを示しているようで恥ずかしくてたまらなかった。

「もういいのっ。気持ちいいから」
「うん。それはわかる。君の身体は正直に僕に教えてくれているよ。でももっといい場所があるはずだから」

 首を横にふって拒否しても彼は応じない。言葉も声もとても優しいのに、決して無理やりでも強引でもないのに私を誘導する。

「キス、して」
「いいよ」

 快感が一か所だけに集中するのが怖くて甘えたはずなのに余計にふくらんだ。舌がからんでそこからも音がする。指はあいかわらずゆっくりと探りむしろ物足りない。私が少し落ち着くのを待っていたのだろう。足りないと感じ始めた瞬間激しく動き始めた。

「ふっ、んんっ」

 彼の唇に声はのみこまれていく。体のほうがびくりと先に震えて、見つけたとばかりにそこを集中的に探られるとキスが離れた。

「あっ、やだっ、あんっ……あああっ」

 一度達した体がイくのは呆気ない。空いた手で彼に肩を抱かれて、眼差しに見守られて私は声をあげて飛び立つ。
 私はどこへ向かうのも何をするのも自由だ。私を縛っていた紐をはずし飛び立つための羽を与えようとする。もし飛びつかれて休むなら彼の腕の中がいい。イって動けなくなった私を優しく暖かく慈しんでくれるこの腕の中が。
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