CODE ~弱小人種の嫌われ者たち~

橘 晴人

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プロローグ2

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「それで俺のここまでの演説を聞いて、まだ何も思わないか?」

こいつが続けて何を言い出すかと思えば
またその話に戻るのか。

「ないな、子供は確かにかわいいとは思うし、家庭を持つことの意味をそれなりには分かっているつもりだがな。」

「つまんないやつだな。」

彼は言い捨て、前を向きなおす。
そこからは数秒の静寂だった。
火の燃えるカリカリという音が耳に響いてくるのみで他にこの空間に音を生み出すなどという存在はない。
人間にはもちろん魔物も休養は必要だ。
戦いには体力を消耗するために魔物拠点の規模拡大も最低限に抑えられている。
その効果を現実に表した形に今の静寂がある。
そしてその静寂はこの数か月毎晩のように続いている。
その継続の表す意味が何なのか、魔法師も刻印師も気づき始めている。

「あっ!いいこと思いついたぞ。」

急に大きな声を張り上げた横の彼は嬉しそうに顔に角度を暗い空にあげて言った。

「なんのことだ?」

「お前の将来だよ。何も思いつかないんだったら俺が決めてやるよ。」

「大丈夫だよ。」

そう言って。俺は足を速めた。
赤褐色に色づいた土を踏みこむ足が進行方向と反対に数センチとび散らかる。
後ろからかかる声を無視しながら進む。
しかし、一旦小さくなったその音は次第に元の大きさに戻ろうとし、結果としてその声の大きさに変化が起きることはない。
後ろでは十数センチほどの距離に土が吹き飛ぶ。
彼は無視されることすら意識してさえいないと言わんばかりにずかずかと距離を戻してくる。

「まあまあ、聞けって。減るもんじゃないだろう。」

「それはそうだが…」

この一瞬の思考が命取りだった。
彼はその一瞬を見逃すことはなく話始めた。

「お前は最強だ。だから弟子を取ってそいつをもっと最強にして魔法師さえ手が出ないような存在を作るんだよ。魔法師も刻印師もまとめることができるそんな存在を弱小から出すなんてどうだよ、これ以上なく最高に難易度が高くてやりがいのある仕事だと思わないか?」

ふっ…
鼻で笑ってやった。
その行動だけ残し、俺はもう一度足早に先を急いだ。
彼はもう一度俺に追いついては来たがさっきとは違った。
静寂がまた二人を包んだ。



それから数分間の間歩き続けた。
時間は12時を回り目的の場所についたときには、皆が就寝しているのか明かりの一つもついていない状況だった。
…ある一か所を除いてだが
刻印師のベースキャンプは大きく分けて三か所の施設が存在する。
一つは今、明かりがついていないことを確認した、男性用就寝所。と固く言葉に表せばそれなりの建物を想像するかもしれないが、そんなものが用意されるわけもなく布一枚で雨風だけを最低限しのぐことができるような簡素なテントだ。
もちろん二十数名もの刻印師が泊まるものだし、それぞれが十分に育った屈強な大男たちだ。
その条件をそろえた人間がそれだけ寝ることができる程度には、大きさだけは考慮されている。
まぁ、本当に最低限の施設だ。
二つ目は女性用就寝所。その名の通り女性が泊まるための施設。
女性というのは数名だけ存在する刻印師の治療のために派遣された魔法師だ。その場所は人数のためかそれとも女性という身分のためか内装にも力が加わり衛星面で見れば男性のものとは比べられないほどまともな作りをしているのだそうだ。実際に入ったことはないから知る由もない話だが、聞く限りではそうらしい。
そして三つ目が今、目の前にまで来ている施設。
医療用施設だ。
その建物に正式な名称はない。
単純に医務室と呼ぶものもいれば談話室と呼ぶものもいるし、その名称は様々だ。
その談話室と言っているのは何を隠そう俺たちなのだが。

「ただいま!帰りましたー!」

隣の彼は大きな声でそのテント内の人間に声を放った。
中にいる1人の女性はまたかと言わんばかりにあきれ顔で彼の方を向く。
冷たい視線は彼に任せるためという隠れた理由を胸にその人物同士の直線上に立たないように体を操作する。

「おかえりなさい。怖いもの知らずさん。毎晩、毎晩懲りないわね。ここはあなたたちには一番縁のない場所だと思うけど。」

「そう言うなって、いつものことだろう。しかもほら…」

いつものことを彼は行う。
建物に入ると中にある一つの椅子にどっかりと座り込む。
ここまではいつものこと。
それから彼はそのいつもに蛇足をつけるように腕を彼女の方に向けた。

「あら、今日はケガを持って帰ってきたの?今日に限って。」

「ちょっとよそ見しちまった、今日は近接の魔物たちがやけに多くてな。」

「確かに、戦闘に参加してた魔法師も言ってたわ、「魔法を使う魔物が今日は少なくて被害がそこまで多くなかった」って。」

意外だな。
魔法師は刻印師よりも圧倒的に遠い距離で戦うことができる。
魔法を遠くから放たれることに対応するための戦略としてはその魔法師に向かって魔法を放つくらいしかないだろうに。
この魔法師の日に限って魔物が魔法をあまり使わなかったとは不思議なこともあるものだ。

「魔法師たちはもう終わりが近いのかもって言ってる人もいたわ。魔法障壁を使うゴブリンを二人倒してからというもの、徐々に戦闘が迫力のないものになっていってるもの確かではあるのよね。」

「例のゴブリンってもう打ち取られたのか!?」

「知らなかったの?つい先日よ。戦えなくて残念ね。私も残念だわ。あなたのボロボロにやられる姿が拝めそうになくて。」

「そんなことは起きないね。俺は強い男だ。」

「あっそ…」
バシッ!!

そう言って。包帯を巻く彼女は手を思いっきり彼の腕めがけてたたきつける。
思いのよらない行動から生まれる刺激に彼は腕ごと体を後ろにのけぞらせる。

「たいっ!」

「大げさね。そんなかすり傷どうってことないでしょ?」

「こんなことならお前に頼むんじゃなかった。回復魔法も使ってくれないしよ。」

「あら、そう。それはごめんなさい、強いあなたには必要ないかと思って。忙しい彼女に任せるわけにもいかないしね。」

忙しい?
おかしなことだった。
今日は魔法師の日だ。
ここ刻印師のための医療施設が忙しくなるのは近くても明日の夜ぐらいのものだろう。
それを聞いて俺は声を出す。

「何かあったのか?」

「子供がいたのよ。重症の。見つけたときにはもうボロボロで、生死のはざまをさまよってるような状態だった。でも向こうの魔法師用のところに連れて行くのもしゃくでしょ?だから今日は昼頃からずっとその子供の看病をしてるってわけ。このあたりの魔素を大量に消費してるし、それを見る限り相当なのだと思うわ。」

「彼女の魔法適正でもどうにもならないのか?」

「外傷はどうとでもなっているらしいんだけど。体温の上昇が止まらなかったり、栄養不足を危惧したりだとかと気にすることが多いのだそうよ。」

「そんなものなのか。」

「珍しい事例よ。こんな時にどこかから子供が来ることも、彼女の回復系魔法でここまでの時間がかかっていることも。私も回復魔法の適正なら魔素消費も少なく済むはずなんだけど、でも私は彼女ほど魔素を節約できないから手伝いたくても…」

顔を下に向けながら悔しそうに言い放つ彼女を言葉を聞きながら、返す言葉を探す。
彼女は見かねて言葉を続ける。

「まぁ、でも心配しなくても大丈夫そうよ。昼に比べるとだいぶ容体は安定してきてるらしいし、彼女はいつもの心配から負傷者への強い同調が出てるのよ。もうすぐ出てくるかもしれないわ。」

同調、久々に彼女の口からきく言葉だ。
今、子供の容態を見る彼女の特殊体質のことだ。
命に問題がある場合や心身がとてつもなく傷つけられた状態にある人の感情が伝わってくるのだそうだ。
物騒な話ではあるが死が付きまとうような状態では1㎞ほど先でも同調することもあると言っていた。

「じゃあ、やっぱり俺もささっと魔法で直してもらおうっと!」

椅子に座っていた彼が声を上げる。

「聞いてなかったの?あなたに魔素を少しでも使うなんてそんな無駄遣いが他にあると思って?」

嘲笑する彼女の煽り立てる姿は毎度のことだ。
そしてそれに噛みつくように返すこの男もだ。
そんな光景を眺めていると奥の部屋へと通じる廊下にかかる一枚の布切れが動く。

「おかえりなさい。二人とも。」

彼女の声はこの空間のせいか余計に際立って、その穏やかさを強調させて聞こえる。
そして若干の疲れが足の動きから見えるものの、それはおしとやかにこちら側に歩いてくる。
最初に彼女に声を返したのは今、吠えている隣の男…の相手をする女だった。

「お疲れ様。もう大丈夫なの?同調も起こらない?」

「もう大丈夫そう。安定はしたし、同調も落ち着いてる、後はあの子がどこの子か分かればそれで万事解決よ。」

それを聞いて、隣の吠えていた男が続ける。

「そう言えば見つけたってどういうことなんだ?」

「見つけたのはグレッグなんだけど、この近くにふらっと通りかかったっていうのよ。姿から察するに何日間も放浪していたのは間違いはなさそうよ。」

それは疑問だ。
国内から出ることを試みる馬鹿なんていないだろうし、すると村の生き残りか、運悪くここに来た行商人の子供くらいのものだろうが、どれも実際には少々の可能性の差で現実的にはありそうな話ではない。

「それで昼から子供の似顔絵をマーチェスが紙に写して国内で聞き込みに回っているの。テント見てきたんでしょ?誰もいなかったのには気づかなかった?」

「明かりがついてないのは確認したが中までは覗かなかった。」

「とにかく、みんな働き者だからこんな時間までまだ帰ってきてはいないわ。誰かさんたちと違ってね。今日は私の誕生日だって言うのに彼は…」

睨む、舌打ちする、どうやらきているらしい。
まぁ、こんな時間まで国に帰っていることはおかしいことだ。
働き者とかそういう尺度の問題じゃない。
この怒りは全世界の男という生物を一括りにしてその至らなさに向けられている。
それはもちろん俺たちを標的にしないはずもなく、急に矢が二人に向かって飛んでくる。
しかも何やら男女関係の火種もついている、できればこの矢はまともに受けたくない。
必死に言葉で盾を作る。

「そうだ!今日は君の誕生日じゃないか。グレッグが国内に戻ってるなんて期待していいんじゃないか?」

「期待?」と返して彼女の顔には少し考える表情が浮かぶ。
隣の男は俺の方を見てニヤニヤしている。
男の刻印師部隊内ではもう知れ渡っている話だが、彼女にはどうもまだちゃんと隠し通すことだかなっているらしい。
このやさしいとは簡単に言えないような性格の彼女だが、そんな彼女にも将来を誓い合った相手が存在する。
それがグレッグだ。
そのグレッグは雄弁に彼女の次の誕生日のことを戦場に行く前にいつも語っていた。
彼なりの精神安定の方法だとかなんとか言っているが、あれはまさしくのろけ話に他ならない。
彼は言った「次の誕生日のために次、国に帰る機会があったらどんと良いものを彼女にプレゼントするんだ。いつ彼女に会えなくなるかも分からないから形に残るものを。」と。

「そうよ。グレッグがあなたの誕生日を忘れるはずなんてないわ!」

横の回復魔法の彼女はそう言ってこちらに目配せしてくる。
どうやら彼女はそのことについて知っているようで話に反りを合わせてくる。
そこまで言われたところでグレッグを思う彼女はそれなりに落ち着いたようで話のテンポはここで一旦止まる。

がしかし、その安寧のふとした瞬間を許さないとでも言いたげに大きな音を羽織ってそれは地面に降り立った。



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