異世界おにぃたん漫遊記

雑魚ぴぃ

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第五章―生と死と―

5−2・歌姫の涙

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半年後――

―――オニノ城―――

――舞いあがれ 咲き乱れ
桜吹雪よ
散りゆく花よ もがき遊べ
命の灯よ

今夜限りは……

とぅとぅとぅ……とぅとぅとぅ……


心地よい歌声が聞こえる。

「舞達が歌を録音しているのよ」
「録音まで出来るようになったのか」
「えぇ、私がカセットデッキを開発したのよ」
「早紀……いや、もう驚くまい……」
「これでアイマイミーのデビューだわ!次は私がシングルデビューするのよ!」
「シングル?早紀も一緒にデビューしたらいいじゃないか」
「いやよ!私は常に一番を目指すの」
「そんなもんなのかねぇ……」
「そんなもんなの!」

 元々、姉貴分の早紀は舞達には負けたくないらしい。早紀らしいと言えばそうなのだが……

 ミーサ達を迎え入れ、半年が経った。カナデ達からは定期的に連絡は入るがダリア発見の報告は未だに無く、帝国も沈黙状態が続いている。
 ムルーブの街の復興は進んでいた。宝物庫の転移陣、北西の村の転移陣、マイア城北の転移陣はオニノ城にすべて繋げた。ただ気がかりなのは……チホさんの体を奪った悪魔……あいつはあれから手がかりすら掴めない。

そして数日後事件が起こる。

「桃矢様、城門に帝国から逃げてきた住民が来ておりますがいかがいたしましょう」
「あぁ、わかった行く。ミーサ、メイ、手伝ってくれ」
「アイアイ、ご主人サマ」
「桃矢様、すぐ行きます」

 西門には数百人の住民が疲労しきった状態で座り込んでいた。
 ミーサとメイが手分けして住民簿に詳細を記載していく。僕も住民達を整列させていく。と、子供連れの母親に目が止まる。



 なんだか、もの寂しそうで心ここにあらずと言ったような感じだ。気にはなったがとりあえず後回しにして住民達を順番に城門へと案内する。

「先程、歌姫のチカゲさんがおられましたね」
「そうそう、帝国で有名な歌姫!まさか子供がいたのには驚いたわ」

ウワサ話が好きなエルフ達の会話が聞こえてくる。

「髪は黒くて短くサラサラで、子供がいるとは思えない容姿でしたわね!」
「くぅ!うらやましい!あの容姿でしたらどこに行っても引く手あまたですわね!」

え。さっきの女性か?僕は名簿を見返す。

「チカゲチカゲ……あった。東野千影。子一人……か。帝国を追われオニノ国へ移住希望……」

 何かワケありなのだろうな。城門の入場は皆に任せ、城内の広場で待機する人達を見渡す。いたっ!チカゲさんだ。僕は何知らぬ顔でチカゲさんに近付く。

「お水いかがですか?」
「あっ……ありがとうございます」
「いえ、失礼ですがどちらからいらしたのですか」
「え?あなたは……?」
「あっ!申し遅れました。とう……とう吉と言います。城門で監視役をしております」

よし!慌てて嘘をついてしまった!どうしよう!

「そうですか……私は千影と言います。この子は千明。どうぞよろしくお願いします」

 やはり何かを隠しているような、親子。十歳くらいのその千明も目を合わせようとしない。人見知り……というより、そうしつけられてるような……そんな中、順番を呼ぶ声が聞こえる。

「えぇ!三十番から四十番の方はこちらにお並びください!住居の用意が出来ております!」

おっ。ビルが真面目に働いている。良いではないか、良いではないか。

「えぇ!次は――あれ?桃矢様、こんな所でなっ――ガフッ!」

周りに気付かれる前に、ビルを瞬殺する。

「ビル……今、いいところなんだ。僕はとう吉だ。邪魔をすると……消すぞ!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
「あ、あのぉ……その方、大丈夫ですか?」

心配そうに覗き込むチカゲさん。

「あっ!はい!友達の友達のビル君です!ははは……な?」
「そ、そうです!とう……吉さんとちょっとご飯に行く約束を忘れてまして……うぅ……」

涙目のビル。すまん。埋め合わせはする!!

「さ、チカゲさん。行きましょう」
「あっ、でも私はまだ順番が……」
「大丈夫です。僕の知り合いの家をご案内します」
「は、はい。すいません、ありがとうございます」

 そう言うと、チカゲさんの手を取り東町の元メローペの家へと向かう。メローペが居なくなってからずっと空き家になっていた。メローペのお供だった者が今でも時々掃除をして綺麗にしてくれている。

 家に着くと、呼んでおいたお供のエルフが鍵を開けてくれた。小さくおじぎをして行ってしまう。またウワサ話が立ちそうなそんな状況ではあった。

「ママ……ここに住むの?」
「えぇ、そうよ。新しいお家よ」
「そっか……私、着替えてくるね」
「そうね、お部屋を見てらっしゃい」
「はぁい」

 そう言うと、千明は二階へ部屋を見に行く。チカゲさんは荷物を下ろし、玄関先で座り込んでいた。

「大丈夫ですか?荷物運びますよ」
「あ、いえ。何か急に疲れてしまって……住む所があって安心したのかもしれません……」
「大丈夫で……」

 彼女の小さな体は震え……涙声だった。僕はそっと肩を抱く。

「大丈夫ですよ、何があったか知りません。けど、この国ならきっと大丈夫です……」
「はい……ありがとう」

 肩に置いた僕の手を彼女はそっと握り返す。小さいその手は冷たく、だけど優しさに溢れている手だった。
 そのまま僕は彼女を抱きしめる。彼女も抵抗はしない。小さい体の震えは少し収まり、安心したようだ。

「先の戦争……帝国とオニノ国の戦争で夫は帰らぬ人になりました。あまりに無慈悲で……夫を亡くした私達は帝国で居場所を失いました。今日来た人々は皆、男手のいない家族。もう帝国では用無しということだったのでしょう……」
「何てこと……だ。それでは皆さんがあまりに……」

 しかし僕は胸が痛む。あの戦争……マイア城での一方的な殺戮で家族を失った者も大勢いたのだ。
 僕らは意味もなく宣戦布告され戦ったのだが、それでも……人の命を奪った事には変わりない。

「とう吉さん……また会えますか?」
「もちろんです。明日にでも街を案内しますよ。今日はゆっくり休んでください。それと変な気持ちを起さないように。僕があなたを……これから守ります」
「え……とう吉さん……ありがとう……」

彼女の目からは、止まっていた涙がまた流れた――
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