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第五章―生と死と―
5−5・奥さんが出来ました
しおりを挟む―――名も無き本屋―――
帝国の首都、マルクの郊外で立ち寄った本屋でマキと名乗る女性と出会った。容姿は早紀と瓜二つで見違えてしまうほどだ。マキさんは産まれてから難病をかかえ、外へ自由に出た事がないと言う……
「マキさん、しっかり掴まっていてください」
「ちょ!ちょっと!何をするんで――きゃぁぁぁ!!」
僕は窓を開けて、マキさんを抱きかかえた。
「跳躍!!」
バシュッ!!
僕とマキさんの体は一瞬で帝国の上空まで飛び上がる!!
「ちょっと!離してくださいっ!人を呼びますよ!」
「マキさん……ここでは誰も来てくれないかもしれませんね……ご覧ください。これが世界です」
顔を上げるマキさんは言葉を失った……
日が落ちかけた水平線が遠くに見える。空はオレンジ色に染まり雲ひとつないその景色は絶景だった。眼下には小さく帝国が見え、山の向こうには元エルバルト王国もかすかに見える。
「なんて……美しいの……これが……世界」
「あぁ……あの本屋さんで時間を費やすのも、この広い世界で時間を費やすのも、同じ時間だ。マキさんの病気は僕が何とかしてみせる。ただ……もっとこの世界で生きて欲しい」
「はい……ありがとう……」
涙が風に流され、マキさんの笑顔と涙が夕日に照らされ美しかった。
跳躍が徐々に終わり、下降していく。マキさんは初めて見る景色に手を伸ばす。子供が玩具を欲しがるように精一杯、手を伸ばしていた。
――名も無き本屋――
カタン……
マキさんが新しいお茶を入れてくれる。先程の光景が忘れられないのだろう。窓の外を見つめて、心ここにあらずだ。
「マキさん、少しは落ち着きましたか」
「はい……感動しすぎて……まだ動悸がしています」
「大丈夫ですか」
「はい。そういう動悸ではなくて、嬉しいのと感動で胸がいっぱいで……本当にありがとう。そういえばお名前はをまだ――」
「ぬ。わしか?死神ノアじゃ。よろしくじゃ」
「はい。ノアさんですね。こちらこそよろし――きゃぁぁぁ!!」
ノアがお茶をすすっていた。こいつはどこから沸いたんだ。
「ノアっ!どうしてここに!?」
「ぬ。お主が空へ舞い上がるのが見えたからじゃ……ずずず……」
「ま、まぁ、ちょうど良かったと言えば良かった。この子の呪いを解くにはどうしたら良いんだ?」
「ぬ。呪い?はて……そんなものはかかっておらぬようじゃが……察するに、金目当てのヤブ医者にでもかかったのではないかのぉ……」
「え……?そんな……だってあのお医者さんは帝国一のお医者さんだって……」
「その医者の名前は何て言うんだ?詳しく話を聞いてみる価値はありそうだ」
「えぇ……と、薬袋に担当医の名前が……あっ、ありました。名前は……ヤブ医師……ですね」
「ヤブじゃねぇか!」
「ホントだ……どうして今まで気付かなかったのでしょう……でも、長時間外に出たりすると死んでしまうって、母も言って……」
「どうやって病院に行ってたんだ?」
「え……歩いてですが……はっ!?私、長時間外出してる……なんてことなの……」
「ま、まぁ……死ぬまでに気付いて良かったじゃないか。これからは好きな事ができ――!?」
「ありがとうっ!!」
急に泣きながら彼女が抱きついてきた。ちょっと戸惑うが、そっと抱きしめる。
「私の命の恩人です……こんな日が来るなんて!もう!薬を飲まなくても良いんですよね!」
「それは……聞いてみないとわかりませんが、たぶんビタミン剤とかなんでしょうから問題はないかと思います」
「嬉しい……」
「良かったじゃないか。これからは自由に生きていけるんだから。さて、ノア。僕らもそろそろ――」
「結婚してください!」
「わかった。じゃ、無理せず体に気を付けて頑張って……え?」
「ぬ。結婚おめでとうじゃな……ずずず……奥さん、お茶のおかわりをくれぬか」
「はい!ノアさん!喜んでっ!あなたも座ってください!」
「え……いや……え?」
奥さんが出来ました。
「いや!そうではなくて!マキさんも駄目ですよ!名前も知らない人と結婚するとか!」
「お名前教えてください……あ・な・た」
「桃矢太郎……」
「私はキジカワ・マキです。ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします。あなた」
ガタッ!
「キジカワ!?早紀と同じ名字……」
「早紀さん?あぁ、私にそっくりって言う。あなた。浮気は駄目です!めっ!」
「いや……そうではなくて……」
困った。マキさんはアレだ。猪突猛進というか、周りが見えないというか、ちょっと痛い子だ。
「マキさん、ちょっと今から出かけないといけなくてですね。帰ってからゆっくりと……」
「マキって呼んで!あなた!」
「ぬ。……ぷっ!」
「ノア、笑うな」
ノアだけがこの状況を楽しんでいる。とりあえず、マキは置いといて愛を探しに行かないと帝国に来た意味が無くなる。
「……マキ、聞いてくれ。僕は帝国に囚われた仲間を助けに来たんだ。仲間を助けたら、迎えに来るから待っててくれるか」
「本当ですか……?」
「あぁ……」
困ったちゃんを後回しにしてみた。
「わかりました、あなた。嫁入り道具を用意しておきますので必ず迎えに来て下さいね」
「あ……あぁ……あぁ……うん……」
重かった。
「ぬ。……ぷっ!」
「その笑い方をやめろ……」
外はすでに日が落ちていた。僕とノアはマキと一旦お別れをして、帝国城へと向かう。
「なぁ、ノア。帝国で気になる事って何だったんだ?」
「ぬ。ワシの勘じゃが……ここの住民は生気がない。誰かが吸っておる可能性がある。悪い予感しかせぬがアイツかもしれん……」
「ムルーブの街にいた……悪魔……」
チホさんの体を乗っ取った悪魔。もし仮にそいつが現れたとしたら、僕はトドメを刺せるだろうか……
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