ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第1章

第3話・北宮麻里

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 ミラーワールドに来て2日目の深夜。誰もいないはずの学校で足音が聞こえる。

ペタ……ペタ……

 アリスちゃんが何かを言いかけて、保健室のドアを指差す。
 暗闇でもそれはわかった。アリスちゃんはたぶん青ざめている。それは全身の震えから伝わる。

「ごくり……」
「ひぃっ」

 ドアのすりガラスにははっきりと人影が映っている。そしてその人影がドアを開ける――。

ガラガラ――

「!?」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏――」

 アリスちゃんと僕は布団の中に隠れ、息を潜める。アリスちゃんは小声で念仏を唱えている様だ。

パチン――

「だ、誰かいるの?」

急に部屋の電気が点き、女性の声が聞こえた。

「ひぃぃぃぃ!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」
「こら!アリスちゃん!声を出すな!」
「ひっ!誰!?」

相手も驚いた声を出す。

「も、亡者め!ち、近付くと容赦しなしないしないぞ……」

 僕は勇気を振り絞り、布団をめくり声を上げる。しかし声は完全にビブラートがかかっていた。

「え!え!千家君?千家君の声よね!」
「え?」

 電気が眩しくて相手の顔を認識出来ないが、相手は僕の事をご存知らしい。

「やっぱりそうだ!私は隣のクラスの北宮麻里きたみやまり。良かったぁ……知ってる人がいて……」

 麻里は腰を抜かしたのか、その場に座り込んでしまった。

「北宮……さん?……あっ!いつも、いつきと一緒にいる友達か!」
「うん、いっちゃんとは同じ弓道部なんだょ……はぁ、びっくりしすぎて動けないょ。もう足がガクガクだょ」
「お、お主ら知り合いかぬ?」
「あぁ、アリスちゃん。同級生の北宮さんだ。北宮さん、立てるか?」
「ありがとう、千家君……よっこいしょ……」
「な、なんじゃ。人間なら人間と先に言わぬか……。わしはビビってなぞおらぬぞ?ふぅ……」
「はいはい。ところで北宮さんはどうし――」
「麻里でいいわ。千家春河君だったわよね?」
「あぁ、僕も下の名前で良いよ」
「そっ、春河君……で?夜中の学校でその子と何をしてるの?」
「え?あぁ、そうか。麻里はここが学校だと思ってるのか。間違いではないのだけど、実は――」

 僕は昨日から起こった不思議な出来事を麻里に説明する。先にいびきをかき始めたアリスちゃんの説明、ミラーワールドの事、この世界のルール……。

「それをどうやって信じろって言うの?冗談言ってないで私は帰るわょ」
「麻里、それが帰れないんだって。窓からフェンスの外を見て見なよ……」

 麻里は窓に近付くと、目をこらしじっと外を見つめる。

「何もないじゃ――!?ひっ!あれ何ょ!!」
「だからあれが亡者だよ。さっき説明しただろ」
「嘘ょ……え。待って、ここは本当に日本じゃないの?」
「だから……」

 しばらくすると麻里はベッドに座り、深いため息を吐いた。

「はぁぁぁ……いいわ。春河君の言いたい事は分かった。でもこれは夢ね。1回寝るょ、おやすみなさい」
「ちょっ!」

 麻里は僕が使っていたベッドに潜り込み、寝てしまう。保健室にはベッドが2つある。そのベッドを使われると残りは無い。
 ベッドを背もたれにして座り、僕もため息が出る。

「はぁ……まさかだ。鏡に突っ込んだ時に何かを掴んだ気がしたけど」

 そう、階段から落ち何かに掴まろうと、手探りで掴んだのがたぶん麻里だったのだ。
 中2階の姿鏡の辺りでおそらく話でもしていたのだろう。そして次元の歪の中、手探りで歩いて来た事で僕と到着時間がズレたのだと理解した。

「参ったなぁ……食料は無い、鏡も割れたまま……これからどうすれば……すぅすぅ……」

 僕も疲れからか、床に転がりそのまま寝入ってしまった。
 翌朝、目が覚めると布団がかけてあった。時計を見ると午前6時を指し、すでに日が昇り始めている。

 ――8月10日。
 ミラーワールドに来て3日目の朝が明ける。

「おは……あれ……2人共いない?」

 アリスちゃんと麻里の姿が見えない。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。僕はカーテンを開け、外を眺めていると正門から出ていく2人の姿を見かける。

「こんな早くからどこに行くんだ?」

 心配になり、僕は外へと出る。そういえばミラーワールドに来て初めて正門から出る気がする。
 辺りは明るくなり亡者の姿はない。それどころか、あの耳をつんざくセミの鳴き声すらしない。
 少し緊張しながら正門を開け、1歩踏み出す。

「え……気温が違うんだ」

 一歩外に出ると、夏の朝の清々しい風が吹いている。学校の敷地内は結界内とアリスちゃんが言っていた。そう言われたら、暑くも寒くもなかった気がする。
 正門から出るとすぐ、海が目の前に広がっていた。これもフェンスで視界が悪く学校内からは見えなかった。

「正門側が海で、裏門側は山なのか……本当に住宅街も道路すら無いんだな……」

 辺りを見渡しながら歩いていると、アリスちゃんと麻里の後ろ姿が見える。

「おぉい!何をしてるんだ!」
「ん?」
「春河君おはよう!こっち来てみてょ!」

 麻里に呼ばれ近づいてみると、海岸の岩場に貝や海藻がある。

「春河君!見て!これ食べれないかな」
「海藻は食べれるかもだけど、貝はどうだろう?図書室に海の生き物図鑑が無いか見てくるよ」
「焼いたら食えるじゃろ」
「アリスちゃん、貝に当たっても医者はいないんだぞ。生で食べるなよ?」

 とりあえず僕は図書室に行き、海の生物の図鑑を探す。

「えぇと……海の生物……魚……貝……あっ、あった。これだ。これで毒があるかどうかはわかるな」

 早速、図鑑を持って先程の海岸へと向かう。アリスちゃんと麻里は、手当たり次第に海藻と貝をバケツに入れていた。

「ふぅ、どうじゃこれだけあればお腹いっぱいじゃろ」
「テングサ、ワカメ、アオサ……この辺りは食べれそうだな。後は……載ってない物もあるな、もしかしてこの世界独自の進化をしているのかも?」
「春河君、他の海藻はやめておく?」
「そうだな、万が一って事もあるし」
「わかったょ、えいっ!」

 麻里がバケツごと海へ放り投げる。

――ザッパァァン

「……え?麻里?何してるの?」
「え?どうしたの?Ahoみたいな顔して」
「違う違う!そうじゃそうじゃないっ!選り分けたバケツを捨ててどうする!」
「あっ……」

 麻里は選り分けた食べられる海藻のバケツを海へと捨てた。

「だ……だめだこりゃ!」

 麻里がすっとぼけて見せたが、僕とアリスちゃんは知らぬ顔してせっせと海藻を集め直す。

「も、もう!春河君!私の渾身のギャグをほっとかないでょ!」
「はいはい……」

 その後、図鑑を見ながら海藻、貝をバケツに集め持ち帰る頃には陽も高くなってきていた。

「暑くなってきたな。いつきから連絡が来るかもしれないし、一旦帰ろう」
「そうじゃな。わしももう腰が痛いわい」
「あはは!アリスちゃんったら!私より若いのに、お婆ちゃんみたいね!ははは!」
「そうじゃの、わしももう2000歳じゃからのぉ」
「あはは!もうアリスちゃんったらぁ!冗談ばっかり言って!」

 ケラケラ笑いながら麻里はバケツを持ち、学校へと帰って行く。僕とアリスちゃんもそれに続く。
 学校に戻ると海藻を洗い、貝を湯がき、そして気付く。

「味噌が無い……いや、調味料がそもそもない……」
「そうなの?大丈夫っしょ!」

 なぜか明るい麻里。たぶん……料理をした事がない。かと言って僕もあるかと聞かれるとほとんど無い。アリスちゃんに至っては海藻を洗ってる途中でいなくなった。
 そしてお湯に浸かった海藻と貝の飲み物が出来上がる。

「上出来上出来!ちょっと味見!」

 そう言うと麻里は一口飲む。僕も味の想像はつくが一応、一口だけ飲んでみる。

「ぶぅぅぅぅ!」
「ぶぅぅぅぅ!」

 2人とも口からお湯が吹き出す。無味……いや、若干しょっぱいがこれは白湯だ。脳内の味噌汁が白湯を拒否した結果、口から白湯を吹き出したのだ。

「まずいょ……」
「あぁ……ただの白湯だな……せめて塩味でも欲しい……」
「お?出来たのじゃな、どれどれ……」

 タイミングを見計らってアリスちゃんも帰ってきた。

「ぶぅぅぅぅ!」

 そして同じリアクションを取ってくれる。

「まずいの……わしは何を飲まされたのじゃ……弓子の作る飯は美味かったのじゃが……」
「そうだ!アリスちゃん!婆さんが使ってた調味料が残って無いのか!」
「調味料……調味料……!そうじゃ!体育館の床下に――」

 アリスちゃんに案内され体育館に行ってみると、床の一部が収納用に加工されていた。

「へぇ、こんな所に……」
「うむ。たぶんじゃが地下室の調味料は無事なはずじゃ」

 収納用の床を外し、階段を降りていく。体育館の下には地下室があったのだ。地下室はひんやりと冷たい。アリスちゃんに案内され、奥へと進む。

「ここじゃ」

 突き当りのドアを開けるとさらに冷気が廊下に充満する。

「さむっ!」
「弓子に頼まれての。冷蔵庫を作ったのを忘れておったわい」

 そこには数々の調味料から食材までぎっしり詰め込まれていた。

「食材は数十年前の物じゃからのぉ、無理かもしれぬが調味料なら……」
「試してみよう!」

 さすがに味噌は変色し使えそうにない。しかし砂糖や塩は使えそうだった。

「とりあえず、塩と砂糖を持って行くか」
「春河君、でもここの材料はほとんど使えないょ」
「新たに作るか。ここで保存が出来る事がわかっただけでもありがたい」
「ふぅん……そうなんだ。何かカッコいいね、春河君」
「え?何、何……麻里、急に茶化すなよ」
「あぁ!春河君!照れてる!かわいい!」
「ほ、ほら行くぞ!」

 横目で眺めるアリスちゃんを素通りし、地上へと戻る。先程の白湯に塩を加え、塩味を足すと何とか飲めた。

「美味しくはないけど、無いよりはマシだな」
「うん!さっきよりはマシょ!」
「今日はこれで我慢するかのぉ……」

 3人は文句を言いながらも、海藻や貝の汁をたいらげた。

「ちょっと調味料の作り方を図書室で調べてくるよ」
「あっ!私も行くょ!」
「わしは現世界からの連絡を待つとするかの」

 片付けを済ませ僕と麻里は図書室へ、アリスちゃんは中2階へと向かう。

「味噌に醤油……砂糖と塩は使えるとしても、お米は欲しいな……」
「ねぇねぇ!春河君!そこの上の本……」
「上の本?」

 本棚の上に埃をかぶった本が1冊置いてある。椅子を動かし、その本に手を伸ばす。

「古い本だな……」
「見せて見せて」

 子供の様に手を伸ばす麻里に本を手渡す。埃を払い、本を開くと誰かの日記の様だった。
 そこには日々の病気の様子から、食材の置き場まで細かく記してあった。

柳川真中やなぎかわまなか

 それが、ミラーワールドで祖母が面倒を診ていた人物の名前だった。
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