ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第1章

第9話・犯人は……

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――8月22日。

 いつきから定期報告が止まって3日が経った。言葉にはしないが皆、同じ事を考えているだろう。いつきを信じて今は待つしかない。
 アリスちゃんの話では鏡の欠片を咲に持たせる事で、また不思議な力が作用するかもしれないとの事だった。しかしこれも試したわけではない。やってみないとわからないが、医師に脳死と言われ時間が無いことは明白だ。藁にもすがる思いで僕達はいつきの報告を待っていた。

「シャワー室はこれで完成ね、メアリー!元栓開けてみて!」
「ヘイ、ラッシャイ」

キュキュキュ――

「あっ、水が出た!……とお湯は……」
「マリ、ドウダ?」
「ちょっと待って……まだ水……あっ!お湯に変わったょ」
「ヨシ、ジョウデキ」

 2階の男子トイレを改装し、シャワー室、脱衣所、洗濯場として活用する事になった。

「でも男子トイレが無くなるのは困るなぁ……」
「多数決ダ。文句があるナラ、ほら、オヤカタにイエ」
「良いではないか。1階に降りたらトイレはあるのじゃ。それよりシャワーと洗濯場が近い方が便利じゃしの」
「そりゃ女子は良いかもしれないけど……その……夜にトイレ行きたくなったら……」
「なんだ!春河君は1人でトイレ行くのが怖かったのね!」
「そ、そう言うわけじゃない……様な、ある様な……」
「ふふ、そう言うと思って、男子トイレの1番奥だけ残してあるわよ。安心しなさい」
「え!麻里!そうなのか!助かった……」
「ただし、入口には鍵を掛けるから、女子がシャワーしてる時は使用禁止よ?約束出来る?」
「あぁ、もちろん。その時は1階のトイレを使うよ」
「モシ覗いたら、月に代わってお仕置きだわヨ」
「う、うん……分かったよ、メアリー」

 ようやく2階に生活の場を移せた。トイレ、シャワー、料理、これらが近くで出来る様になり生活感が増した。
 それからアリスちゃんが1階と2階の踊り場に扉を作る。最悪、校内に亡者が来ても2階には入れない様にするためだ。

「これでほとんど整ったの。地下の冷蔵施設だけはクロコロ達がおらぬと出来ぬ。もうしばらく待て」
「アリスちゃん、ありがとう」
「ねぇねぇ、アリスちゃん。校庭は手入れされてないけど使っても構わないの?」
「あぁ、構わぬ。弓子1人では校庭までは手入れが出来なかったからの。そのままにしておった」
「ありがとう!春河君、メアリー。校庭を綺麗にして――」
「――なるほどな、それは有りだな」
「マリ、さすが私のデシ」
「でしょう!明日から早速やるわょ!」

 麻里の提案で校庭に畑の一部を移す事にした。畑仕事の為に山まで登っていたが、野菜などの作物は校庭で育てる事にし、樹木に成る果物はそのまま山で採取する事にした。
 そして川の一部を引き込み、小さい貯め池も作る。畑に撒く水の確保がこれで容易になった。

 ――そして時間は経ち、8月の終わり。1度いつきから連絡は来たものの進展はなく、咲の容態も変わらぬままと聞かされた。
 僕達は、昼間は畑仕事に性を出し、夜は疲れて早めに就寝する日々が続く……。

 ――9月1日。現世界では2学期始業式が始まる頃だ。

「ねぇ、春河君」
「うん?どうした、麻里?」
「咲さんの事なんだけど……」
「……」

 咲の名前が出て、思わず言葉に詰まる。校庭で畑に水撒きをしていた手を止め一旦休憩をする事にした。

「色々、私なりに考えてたんだけどね……」
「……」
「咲さんはそんな事はしないと思うんだ」
「え?どう言う事?」
「ほら、前に教えてくれたじゃない?後ろから押した人がいたって」
「あぁ、そうだったな。でもあの時、振り返ったら咲がいて……そうそう、その日は正門で待ち合わせもしてたんだ」
「でもね?咲さんが先に終わって迎えに来てたって言う事も考えられるじゃない?押したのではなく、手を伸ばして助けようとしてた……のかも」
「え?助けようと……?」

 確かにそれは考えなかった。正門で待ってるはずの咲が後ろにいて、手を伸ばしてたのを見ただけだ。しかし、その証拠に――

「でもその後に、ゴミ捨て場で『せいせいしたわ』って言ったのを聞いたんだよ。あれは間違いなく咲の言葉だった……」
「聞き間違えとかじゃなく?」
「ボソボソっと言ったからそう言われると……正直、自信はない」
「でしょ?咲さんも被害者なんじゃないかな」
「被害者?」
「えぇ。春河君と咲さんの2人を狙った犯行……」
「まさか!」
「推測でしかないけどね。まぁ、私も巻き込まれた当事者ではあるし、口を挟む権利はあるんじゃないかな」
「それを言われると心苦しい……ほんと、ごめ――」
「それ以上は言わないで。別に恨んでもないし。今、ここで毎日生活してるのも意外と悪くないんだょ、君がいるから――」
「え?」
「さっ!休憩終わり!メアリーの手伝いに行きましょ!」
「あ、あぁ……」

 照れ隠しをする様に立ち上がった麻里の後ろ姿は、夏の日差しのせいか何だか眩しく見えた。
 麻里の言う通り、咲が後ろから押したと思い込んでいた所はある。でも咲も交通事故に遭うというのは出来過ぎている気もしてきた。
 僕と咲の共通点……か。
 もしかして何かを見落としているのか?
 僕は疑問を抱きつつも、麻里の後ろについて海岸へと向かった。

「メアリー!調子はどお?」
「マリ、今日は潮がワルイ。全然釣れナイ」
「そっか、釣れない日もあるよね……」
「アイ。今日は餌を採取してオワルカ」
「え。あ、あぁ……あのニョロニョロした虫……?私はパスょ」
「アレが1番釣れル」
「そ、そうなんだ……私は帰ってご飯の準備をしようかな!春河君はどうする?」
「ん?」
「ハルカは人の話をキイテナイ」
「あぁ、すまない。ちょっと考え事をしていた。そう言えば夜に釣りが出来たら大物が釣れそうなんだけどな。夜は亡者が出回るし……アリスちゃんに相談してみるか」
「それも一理アル、帰ったら聞いてミヨウ。餌を取ってカラ……」

 メアリーは砂場を掘り始めたので、麻里と先に学校へと戻る。学校から海までは目と鼻の先だ。あっという間に学校へと着いた。

「春河君、何か考えさせてごめん。例えばの話だからね、あんまり深く考え込まないでね」
「うん……」
「……」

 昇降口に着くと、麻里は手洗い場で手を洗う。最初は水道1つにも苦労したのだ。ミラーワールドでは見た目が左右逆どころか、蛇口やネジに至るまで全て反対に回さないといけない。

「ようやく慣れたわ、この反対向き」
「はは、僕はまだいつも通りに回して――」

 ここで違和感を覚えた僕は、昇降口のガラスに反射する自分の姿に目がいった。

「この会話どこかで……」
「ん?春河君、どうしたの?」

それはフラッシュバックする様に脳で再生される。


『ようやく慣れたわ、ハル君。ここのドアは引くのじゃなくて押すのよね』
『はは、咲。僕はいつも間違えて――』


「あの時かっ……!」


『こら!2人共何をしてるの!』
『ヤバッ!先生がいる!』


 あの日、お昼を食べようと学校の屋上に咲と行ったんだった。そしてドアを開けた所に先生がいて……いや、先生と!

「居たんだ……先生ともう1人誰かが!」
「春河君?どうしたの?」
「誰だった……?何を話してたんだ?」
「春河君!」

 麻里の声が遠くで聞こえる。でも今の僕には答える余裕がなかった。
 慌てて屋上へと向かう。何かを思い出せるかもしれない。僕は屋上のドアを引いて開ける。
 あの日、ドアの向こうに先生がいてこっちを振り返った。その向こうにもう1人誰かいた。
 思い出せない!男性だった?いや女性?
 ……しかし屋上で僕は現実に引き戻され、脳は再生するのをやめる。

「咲は……何かを見たのか?」
「はぁはぁ……春河君!どうしたの!急に走り出して!」
「あぁ、麻里。すまない。何か思い出せそうだったんだ」
「ふぅ……で、思い出せたの?」
「いや、はっきりとは思い出せない。けど……」
「けど?」
「咲が『せいせいしたわ』て言った意味は分かったよ」
「どう言う事?」
「あれはたぶん……」



「そう……言ったんだ」
「先生が押した……確かに!そうとも取れるわね!」
「あぁ、僕と咲を殺そうとしたのは先生かもしれない。だけどどうして……!」

 咲がここにいれば何かわかったかもしれない。いや、居たとしても、もう目覚める事が無ければ何もわからない。
 ふいに涙が頬を伝った。
 咲を疑っていた自分に腹が立って……そして咲がいなくなるかもしれない不安で、感情がぐちゃぐちゃになっていく。

「うあぁぁぁぁ……!!」
「春河よ、そこまでじゃ。それ以上、負の感情を出すと結界が途切れてしまうやもしれぬ」
「アリスちゃん……僕はどうしたら……」
「泣くな、愚か者め。先程、東宮咲の魂と糸が繋がった。誰かが鏡の欠片を東宮咲に持たせたのじゃろう」
「えっ!いっちゃんかな!」
「本当か!アリスちゃん、それで咲は助かるのか!」
「まだわからぬ。早速、今夜呼んでみる事にしよう……」
「あぁ、わかった……」

 夕方、いつきからの定期報告があり咲の元へ鏡の欠片が届いた事を伝えた。

「いや!私じゃない!え?鏡が咲さんの所にあるの?」
「いっちゃんじゃない?どういう事……?」
「いつきが知らないとなると、他の誰かが届けたって事だよな。でもその話を知ってるのはここにいる誰かしかない」
「私は誰にも言ってないよ!鏡ですら見つからなかったのに!」
「いっちゃんを疑ってるわけじゃないよ!」
「ふむ……向こうで誰ぞ、何か企んでおるのやもしれん。クロコロがもうじき帰るはずじゃ。少し調べさせようかのぉ……」
「いつき、咲の元に鏡があれば明日回収してくれないか?」
「うん、分かった。咲さんの鏡の用事はもう済んだのね?」
「いや、今夜試してみるんだ。ただ鏡を失うと後々、戻れなくなる可能性もあるから」
「ハル……うん、明日取りに行くよ」
「頼んだ、いつき」

 鏡の在処もわかり、明日いつきに鏡を回収してもらう。これで現世界の鏡は抑えた。後はミラーワールドに咲を呼べるかどうかだ……。

 ――時刻は深夜2時。

「アリスちゃん……頼んだ」
「あぁ。わしに出来る事はしてやるが、成功率は30パーセント位しか無いと思え」
「30パーセントか……。いや、それでも十分だ。このまま咲が死んだら僕は……」

アリスちゃんが鈴を握り、念じ始める。

『汝の魂、今ここに蘇らん……汝の名は東宮咲。数多の魂との隔離を持ってこの地へと導く――』

 うっすらと手の中の鈴が光り、1階のホールが明るくなる。真っ暗闇の中、昇降口のドアがカタカタと音を立て始めた。
 しばらくすると、ドアが独りでに開き生暖かい風がホールへと入って来る。

「咲!?」

 一瞬、咲が来たのかと思い声を上げるが昇降口には誰もいない。

「ふぅ……祈りは道へと繋がったはずじゃ。後は東宮咲の魂がこの世界へと来れるかどうかじゃの……」
「アリスちゃん……」

 アリスちゃんは黙ったまま昇降口を見つめる。半開きになったドアが風に揺れ、自然に閉まっていく。

「咲……」

咲の姿を確認出来ないまま……その日は夜が明けた。
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