私の彼岸花

雑魚ぴぃ

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私の彼岸花

黄色い彼岸花

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私の名前は――

「にゃん太!にゃん太!あれ?どこに行ったのかな」
「にゃ~!」
「おっ、居た居たご飯だよ。青井さんにお魚もらったからおすそわけ」
「にゃ?」

 寺井早慶……このお寺の住職さんだ。皆は、住職さん住職さんと呼ぶ。

「あれ……立花……のおばあちゃん?」
「あれ?住職さんおはようごぜぇます。猫ちゃんもおはよう」
「にゃぁぁ……ぐるぐるぐる……」

 私がこのお寺に住むようになって、もう20年は経つかにゃ。寺井さんに世話をしてもらってなかったら、もう生きてはいにゃい。

『猫は20年経つと、人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできる』と誰かが言ってたにゃ。化け猫――あやかしとでも言うのだろうかにゃ……

 ふふ、どうかしてるにゃ……さて、海岸にでも行ってお昼寝でもするかにゃ。

寺井さんは立花のおばあちゃんと話し込んでいた――

◆◇◆◇◆

ザザァァァ――
バッシャーーン――

 私は物心ついた頃から、この街に……あのお寺に居るにゃ。どこで産まれたか、どこで育ったか、母親の顔も知らにゃい。ただ自分の呼ばれてた名前だけはなぜか覚えてる――

「おや?お寺さんとこの猫ちゃん。おいでおいで」
「にゃ?」

 よく見かける釣りをしているおっちゃんにゃ。時々、魚をくれる。今日は……まずまず釣れてるみたいで、ご機嫌な様にゃ。

「おっ!また掛かった!これはっ!」

 釣り竿がしなり、おっちゃんは必死にリールを巻いている。ふふ……この調子だとまたお魚くれるかにゃ。

「よし!釣れた!40センチくらいのチヌだ!写真写真――」
「にゃぁぁぁ……」

楽しそうに魚の写真を撮るおっちゃん。

パシャ!!

「猫ちゃんと魚!うん!絵になるね!あとでSNSでアップしよう!」
「んにゃぁぁ――」
「そういえば……20年くらい前に、この防波堤で釣りをしてる時に身投げをした人がいたなぁ……あの頃は電話を持ってなくて公衆電話まで走ったっけ……懐かしいなぁ」

 ふいに口にしたおっちゃんの言葉に胸がざわついた。何だろう……朝食べたお魚があたったのだろうか?少し気分が悪い。お寺に帰って少し休むにゃ……

「ん?帰るのか!猫ちゃん!また来いよ」

 おっちゃんはこの1枚の写真が、後に予期せぬ事になるとは夢にも思ってなかった――

 お寺への帰り際、道路沿いに白い花が揺れていた。その中の黄色い色の花が目に入る……

「綺麗だにゃぁ……」

え?今、私しゃべった?

「にゃんにゃぁ……」

 気のせいか……今日はなんだか調子がおかしい。早く帰るにゃ。
 お寺までの参道を歩いていくと親子と思われる母親と娘が居た。

「お母さん、この花はなんていうお花?」
「あぁ、彼岸花ね」
「彼岸花?」
「花言葉は忘れちゃったけど……」
「ふぅん……」

 へぇ……あの花は彼岸花て言うのにゃ。私は黄色い色が好きにゃ。

「にゃぁぁ……」
「あら、猫ちゃん!かわいい!よしよし……」
「ぐるぐるぐる……」
「茜!行くわよ!」
「はぁい!またね!猫ちゃん!」

 ――気が付くといつの間にか、参道で寝ていたようだ……陽の光が暖かい。
 あれ……?今、体が光っ――!!?

『猫は20年経つと、人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできるそうだ』

 私は……いったい……さっき触れた娘の姿になっている。二本足で立ち、いつもと違うはるか高い視線で自分の体を見る……頭もズキズキ痛む……

「な、なんだこれにゃ……」

 わからないまま、参道をフラフラしながら海岸へと向い歩き出す。さっき娘が触れてから何かおかしい。娘の感情や記憶が流れ込んで頭が痛い……
 気がつくと、なぜか私は防波堤に向かっていた。

ビュウゥゥゥゥゥゥゥ!!

 強い風が吹き、潮風の匂いが脳を抜け、彼岸花が揺れる。

「あの……すみません。春子さん?ではないですか?」
(どういう事にゃ?私の体なのに私じゃない人が話してるにゃ……)

 先程、茜と呼ばれていた娘が私の体を使い、話をしている。彼女の記憶が流れ込むように入ってきて、体が熱い……
 茜と呼ばれた娘が一通り話終わると、すぅぅと体が軽くなり、視界が元に戻っていく。

「――ちゃん、時間があればこの後どこかで食事で……も……え?」
「にゃぁ……」
「あれ?猫ちゃん……こんなとこで寝ると風邪ひくよ――」

 私はここで意識が無くなった。気が付くと、お寺の境内で段ボールの中に入れられていた。

「おやおや、気が付きましたか?海岸で寝ていたあなたを春子ちゃんが連れてきてくれたんですよ」
「にゃぁ?」
「……ニャン太、あなたももしかして秋音ちゃんを心配して――いや、何でもありません。今日はお彼岸です。あの世とこの世が最も近くなる日。何が起きてもおかしくはないですね……さ、ご飯にしましょうか」

その日の夜――

 寺井さんが電話をかけてる声が聞こえてくる。

「――わかっております、お義母さん。はい……はい、ではまた後日……」

 なるほど。寺井さんはあの立花のおばあちゃんに口止め料を払っているのか……人というのは面倒くさいにゃぁ……
 ぼんやりと外を見つめる寺井さんがぽつりとつぶやく。

「美紗さん――」

 私の名前は――美紗。記憶にある唯一の言葉――

「おや、ニャン太……お前まだ起きてたの……か……!?えっ!?」
「私はニャン太ではないにゃ。前々から言おうと思っていたんだが、私はそもそもおなごにゃ。ニャン太と呼ぶな。名前は美紗にゃ――え?」

 お互いが目を合わせ、硬直する。目を合わせ……そう視線が同じ高さにある。
 動悸がする。頭もズキズキする……これは昼間の……

「美紗さんなのか……?嘘みたいだ……ニャン太が美紗さんだったなんて……」
「早慶さんにゃ……?」
「ふふ、語尾は猫のままなんですね」
「にゃんだって?あれ?ふふ……」
「美紗さん、私はあなたに謝らないといけな――」
「いいえ、秋音を……いえ、茜を末永く見守ってやってください。私の忘れ形見でもあり、今は姉さんの子供……お母さんには口止め料をやめるよう言っておきます。もう十分です。あっ……もう時間が無いみたいです……またいつか……」
「美紗さんっ!」

 早慶さんが私に触れる前に、体の光がだんだんと小さくなっていき、視線もいつもの高さになっていく――

「……にゃぁ?」
「美紗……さん」

早慶さんは猫の姿に戻った私を抱きしめた。

「ありがとう……またお会いしましょう……うぅ……」
「にゃぁぁぁ……」

涙を流し、早慶さんは気が済むまで私を抱いていた……

◆◇◆◇◆

翌日――

「おはようごぜぇますだ」
「おはようございます。立花のおばあちゃん、どうされましたか」
「実は昨夜――」

 昨夜、早慶さんが寝てから私はお母さんの枕元に立った。口止め料をもらうのをやめるように、そして――

「『お母さん、先に逝ってごめんね』て、あの子が言うんです……うぅ……」
「立花の……いや、お義母さん……」

二人はその後、私のお墓に手を合わせる。

「――菩提僧莎訶般若心経」

チリーン……

彼岸花が風に揺れる……



黄色い彼岸花の花言葉は『追想』――
過去のことを思い出し、忘れぬようにと願い――

「にゃぁぁ……」

私は今日も住職さんの膝であくびをする。

そうそう、言い忘れてました。
釣りのおっちゃんが撮った写真なんですけどね。
SNSで投稿したところ話題になって、この街にはたくさんの観光客が来たそうですよ。

……ふふ

あれね――

――私が写ってたみたいなんです。

にゃぁぁ……


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『異世界雑魚ぴぃ冒険たん』外伝
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