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エピローグ
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しおりを挟む「――旦那様!旦那様!先程の若者がおりません!」
「トイレにでも行ったのではないのか?」
「いえ、探しているのですが見当たらず……代わりに椅子の上にこれが!」
「これは!何と美しい水晶なのだろう!と、とりあえず……私が預かろう」
「へ、へい」
「何をしている!もう1度、彼を探して来るのだ!」
「へ、へいっ!」
従業員が若者を探しに行くのを確認し、俺はその美しい水晶を袖に隠す。
「これはたいそう高く売れるに違いない……」
そう思うと、袖の中に潜ませた水晶が気になって仕方がない。
「おい、柳川。今日警察が来たと聞いたが……?」
「あっ!支配人!こここ来られていたのですね!ははは……」
「どうしたんだ?そんなに慌てて……」
「い、いえ!何でもありあせん!」
支配人は事務所の椅子に腰掛けると、懐から煙草を取り出し火を点ける。
「ふぅ……それで、警察が何用で来たんだ?」
「へ、へい。それがわしらも巻き込まれた様な格好でして……何でも霧川家のお嬢様が――」
俺は身振り手振り、支配人に説明をする。しかし肝心の水晶については一切言わない。言うものか、この水晶を売って金に換えてやる!
「――と、言うわけでして……へぇ」
「なるほど。ふぅ……その消えた若者の名は?」
「それが誰も聞いていないんですよ。名簿にも名前が無く、外部の者かと。警察も事情を聞く前にいなくなったみたいでして……」
「そうか。とりあえず病院で霧川のお嬢様の様子を聞いてみるか……柳川、後を頼んだぞ」
「へ、へい!お気をつけて!」
支配人はそう言い残し、病院へと向かった。
23時になり、客足が無くなる時間を見計らって俺は掃除をするフリをし、風呂場へとやって来た。
一度どこかへ水晶を隠す為だ。男湯には誰か入っている。女湯は人の気配が無く、掃除中の立て札を立てると、人目を気にしながらそっと忍び込む。
「どこか……隠す場所は……」
袖口の水晶が気になり、今日は仕事どころではない。休憩室に隠しても、もしかすると従業員に見つかる恐れがある。
と、浴室にある温泉を引いている竜の飾りが目に入った。そこでピーンときたのだ。
「そうだ!この竜の口の中に……!」
俺は温泉の排出口の竜の形をした口の中に水晶を押し込む。
「あっつつつ!」
ここなら誰も気付かないだろう。少しお湯の出が悪くなった気もするが、うまく口の中で引っかかった様だ。
「よしよし、これで後は買いたいやつ探して高く売れれば……ひっひっひ」
何事もなかった素振りで俺は休憩室へと戻ると、休憩室には1人の従業員が休憩に入っていた。
「あっ、旦那!お疲れ様です!」
「お、おう。お疲れ。早乙女、休憩か?」
「へい!旦那、今日は支配人も来られてたみたいですね」
「あぁ、霧川家のお嬢様を見舞って病院へ行くと行っていたよ」
こいつは早乙女。俺の事を旦那、旦那と呼ぶ。俺は支配人の従兄弟でこの旅館の支配人代理をしている。
しかし、こいつがいたんだ。こいつが水晶の事を知ってる……さてどうしたものか。
「なぁ、早乙女。あの水晶なんだが……」
「へい!あの水晶ですよね!清美にも話したら、売って山分けしないかと言ってたんですよ!それもそうかと思いましてね!旦那、水晶は――」
ちっ!受付の清美にも話したのか!確か早乙女と最近仲が良いって言ってたな。面倒くさい――。
俺が思案していると、ちょうど玄関の大時計が0時の鐘を鳴らす。
『ゴーンゴーンゴーン――』
「え!これ!な、何ですか!?旦那!」
「え?何が――」
カタカタカタカタ……!
机の上の鉛筆や、書類が小刻みに揺れて始める。
「地震……?」
そう思った次の瞬間――!
ズドォォォォォォォン!!!
ガタガタガタガタ!!
体が一瞬宙に浮き、激しく目の前の物が揺れ始めた!!
ガタガタガタガタガタガタ!!
「ひっひぃぃぃぃ!!ぐがぁ!」
「なっ、なんだ!!この地震――!」
机があっちこっちに移動し始め、棚が倒れ、窓が割れ、電気が消える!
「さ、早乙女!!大丈夫か!早乙女!」
暗闇になった事務所で早乙女を呼ぶが返事がない。
確か今日の勤務は俺と早乙女と受付の清美……!こんな時なのに、なぜか頭の中は冷静に点呼を数える。
「早乙女!!おいっ!」
暗闇で、足元が揺れ左右の間隔さえわからない。ただただ手元にある机にしがみつくので精いっぱいだった。
数分間揺れただろうか。揺れがおさまると同時に暗闇にも目が慣れてくる。
そして壁際で横たわる人影がぼんやりと見えてきた。
「早乙女!おい!大丈夫か!」
返事はない。まだ揺れる感じがする床を恐る恐る壁際へと歩く。
「おい!しっかりしろ!早乙――」
見た瞬間にこれは駄目だと思った。倒れてきた大きな鉄の金庫の下敷きになっている……。
「早乙女……!」
「うぅ……」
息はまだある様だ。しかし俺1人ではどうする事も出来ない……誰か……誰か!
「清美……!」
受付に清美がいるはずだ。2人でならもしかしたら動かせるかもしれない。
俺は事務所を飛び出し、受付へと向かう。受付は事務所を出て、ロビーの向かいだ。暗闇の中で倒れた家具につまづきながらも受付へとたどり着いた。
「清美!大丈夫か!清美!」
「は……い!いてて……」
「清美!」
清美は頭を抑えながら、カウンターの下から顔を出す。怪我をしたのだろうか?頭を抑え、痛そうにしているが、暗目で良く見えない。
「大丈夫か!」
「私は、な、何とか……。旦那、あの人……早乙女は?」
「それが……。急いで一緒に来てくれ!」
「は、はい」
『ブゥゥゥゥゥン――』
事務所に戻ろうとすると、奥から機械音が聞こえ、予備電源が起動したのか、非常灯が点き始める。
そして見えてきた事務所内は悲惨な状態だった。窓は割れ、机は方々へ移動し、棚は倒れ、書類も散乱している。
俺は早乙女が倒れている金庫に手をかけ、後ろを着いて来ているであろう清美に声をかける。
「清美!そっち側を持ってくれ!この下に早乙女……が……え?」
振り返ると、清美の姿が見えない。代わりに事務所の入口付近で倒れている人影が見える。
「清美……?おいっ!清美!」
返事はない。そして清美はピクリとも動かない。
「嘘だろ……」
金庫が動かせないどころか、2人共まさか……!
「そうだ……電話……支配人に……電話を……!」
電話は無事繋がり、屋敷からすぐに向かって来るそうだ。車であれば10分程だろう。
「早乙女……清美……」
2人共、既に意識は無い。しかし俺が1人でこれ以上どうする事も出来ず、ロビーで煙草に火を点ける。
「ふぅ……さて……どうしたものか……」
やはり頭の中は冷静だった。俺の頭のネジが飛んでいるのだろうか。いや、水晶の事を知っている2人がいなくなればと、どこかで思ったのだろう。
そんな事を考えていると、ふいに玄関の引き戸が開いた。
「支配人!」
「遅くなった。早乙女君の所に案内しろ」
「へ、へいっ!」
支配人と付き人と思われる3人を案内する。1人は清美の所へ、もう1人は早乙女の元へ。
「いちのっ……さん!」
俺と支配人と付き人の3人で金庫は少しだけ浮くが、到底動きそうにない。
「領主サマ、あのオンナは手遅れデシタ!テヘペロ」
「そうか……」
「そんな……!」
打ちどころが悪かったのだろうか、まさかそんなにあっけなく……。
「メアリーわかった、次はこいつの体を引っ張ってくれ」
「ヘイユー」
メアリーと呼ばれた女性は早乙女の体を抱きかかえ、金庫から引っ張り出そうと踏ん張る。
「もう1回行くぞ!せぇのっ!」
「んふっ!」
男3人で金庫を少し浮かせ、メアリーが早乙女を引っ張り出す!
ズルッ……!
「抜けた!」
早乙女の体は無事に金庫の下から抜け出せた。しかし……。
「領主サメ。こいつももう息をしてイナイ」
「駄目だったか……仕方ない。与一、運んでくれ」
「へい、領主様」
「支配人!どこへ運ぶんですか!俺も……俺も手伝います!」
「わかった。メアリーと一緒に、清美君を運んでくれ」
「はい!」
………
……
…
――その後、俺達は支配人に指示された洞窟に2人の遺体を埋めた。
死人が出た旅館に誰が宿泊したがるだろう?支配人は一切の口外を禁止したのだ。
そして翌週には新しい従業員が入ってくる。
「――と、まぁ、仕事内容はこんな感じだ。わからない事があれば聞いてくれ」
「はい!旦那様!あの、席はどこを使えばよろしいでしょうか?」
「うむ、そう言えばそうだな。片付けておくから、各自仕事を始めてくれ」
「はい!旦那様!」
俺は新しい従業員に仕事を教えながら、早乙女と清美の荷物を片付ける。
「何だこれは?」
早乙女の荷物を片付けていて、1枚の紙を見つけた。
「とっくりさん?こんな幼稚な遊びを……」
俺は2人の荷物を全て裏のゴミ捨て場で燃やした。
……数カ月後。
「はぁ……良いお湯だ。極楽極楽……」
深夜勤務の休憩時間にこっそりと温泉に漬かる。
「そう言えば、水晶の事をすっかり忘れていた。後で回収するか。偶然にも水晶の事を知る2人はもういないしな……へへへ。……ん?誰だ?」
浴場の入口に黒い何かが見えた気がし、目をこすり、その物体を良く見る。
「あれは何……え……!?」
湯気で良く見えないが、影に思えたその何かは人影の様に見え、それは手招きをし俺を誘ってる様にも見える。
「ひっ!?さ、早乙女!!」
なぜか口をついて出た言葉は亡くなったはずの早乙女の名前だった。
水晶の力だろうか?その影は名前を呼ぶと徐々に消えていく。
「チュウ?」
「ね、鼠……?」
人影が見えた場所には1匹の鼠がいた。
「な、何だ……鼠が湯気で大きく見えたのか……?疲れているな、さっさと上がろう」
鼠の視線を感じながら、俺は湯船から上がろうとする。
――くらっ!
「え……?」
湯船で、のぼせてしまったのか。足元がおぼつかず、めまいがする。俺は湯船の縁に手をつき、めまいが治まるのを待っていると先程の鼠が近付いて来る。
「チュウ……」
「ねず……み……」
俺はそこで意識が無くなった。
…
……
………
「ここはどこだ……?俺はいったい……?」
気が付くと、真っ暗な暗闇の中で目が覚めた。湯船から上がろうとしてめまいがして、それから……。
思い出していると、すぐ近くで男の声が聞こえる。そうだ、この人に聞いてみよう。
「……うぅ、頭痛がする。それにさっきのは誰だ……?」
「チュウチュウ!」
「わっ!びっくりした……ネズミか」
「チュウチュウ!」
鼠?男の声が遥か頭上から聞こえた。返事をするがこの男には俺の声が聞こえていないのかもしれない。
他に人はいないのか……?
俺は部屋の奥に見えた明かりが指す方向へと向かう。足だけだとなぜか走りにくい……両手も地面に着け走る。
「ふぅ……スッキリしたわい。あれ?誰もおらんではないか……まあ良い。雨が上がれば霧が出よう。ぼちぼち向かうかの……おや?ネズ公。どこから来たのじゃ?」
ネズ公?
「チュウチュウ!チュウ……」
「まったく、あやつはドアも開けっ放しで行きおって……ん?なんじゃネズ公、まだおったのか?おや、お主。とっくりさんの呪いをもらっておるな……」
俺は鏡に映る自分の姿を見て全てを悟った……。
「チュウ……」
――おしまい――
※この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。
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