白の世界

雑魚ぴぃ

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第四章〜新しい世界〜

第23話・別世界

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「楓、ありがとう」
「父様、あれで良かったでござるのか」
「あぁ、子供の成長も見れたし……。それに俺には凛がいるからな」
「あなた、もう!子供の前でそういう恥ずかしい事言わないで!」
「ははは!いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「母様、嬉しそう!ふふふ」
「楓、こんな男の人に捕まったら駄目ですよ。まったく」
「とお様、かか様、何がおかしいの?私おなか空いた」
「凛子は食いしん坊ね!」
「むぅ!ねぇさまも食いしんぼーでしょ!」
「もう、二人共やめなさい!」
「帰ろうか。桜の里へ、皆がご馳走作って待ってる」
「父様!今日はご馳走でござるか!」
「あぁ、楓の十歳の誕生日だ。盛大に祝おう」
「やったでござる!!」
「もう、よろおじさんのせいで楓まで『ござるござる』って……はぁ」
「ははは!凛、良いじゃないか。可愛いくて」
「良くないわよ!これじゃ嫁のもらい手も……ぶつぶつ」
「かかさま!りん子がもらってあげる!」
「凛子にはあげないよぉ!べぇ!」
「むぅ!!ねぇさまきらい!!」
「もう!二人共やめなさい!」

 四人は千鶴達を見送った後、樹海へと消えていく。今日は楓の十歳の誕生日だ。里で皆が待っている。

(千鶴、メリー。さようなら。本当に……ありがとう)

 春樹は楓と凛子の手を取り歩き始める。それぞれが違う世界で生きていくと決めた。

「凛、メリーは気付いていたな」
「え!?……そっか。彼女も人間じゃなかったわね……」
「まぁ、嘘をついた意味は理解してくれるだろう」
「そうね。彼女も元はこっちの世界の住人だったわね」

(千鶴……ごめんなさいね。親友でもね?最初からこの人を幸せに出来るのは私しかいないと思ってたの。あなたもお幸せにね。ばいばい……)

◆◇◆◇◆


……
………

――その日の夜。樹海、桜の里。

 村の中央では焚き火が燃え上り、宴会が開かれていた。春樹達が村に来て十年、娘の楓が十歳の誕生日。そして……。

「これをそなたに授ける」
「長老……本当に俺で良いんですか」
「あぁ、村の者達の総意じゃ。受け取ってくれ」
「……わかりました」

 春樹は長老から長の証を受け取り、桜の里の長に就任した。長老は相談役となり、村のまつりごとは今後、春樹が行う事になる。

「あなたおめでとうございます!」
「凛、ありがとう。君のお陰だ」
「父様!カッコいいでござる!」
「とお様!だっこ!だっこ!」
「ははは、凛子は甘えん坊だな」

 そして、春樹は楓の誕生日プレゼントを差し出した。

「楓、十歳の誕生日おめでとう。俺は今日からこの里を守る役目を引き受けた。里の周辺の監視はこれからお前の役目だ。頼んだぞ」
「父様!これは!!」
「これは『名刀・獅子王丸』。長年……俺を守ってくれた刀だ。これを楓に」
「ありがとうございます!!」
「ねぇさまいいな!私もほしい!」
「はいはい、凛子が十歳になったらね」
「かか様!凛子はいつ十歳になるの!」
「あと五年先かなぁ、ふふ」
「むぅ。ごねんていつなのよ!」

 楓は獅子王丸を鞘から抜き出し、焚き火の明かりでその刀剣を見つめる。剣には魔法紋が施してあり、持ち主の生命力を魔力として込める事が出来る。
 楓にはまだ少し大きい刀剣だが、成長すれば収まりが付くだろう。

「綺麗でござる……この剣がオタタリ様を封印したのよね……」
「そうよ、まだ楓が産まれて間もない頃かしら?里の人の話も聞かず、この人は飛び出して行ったのよ」
「凛。またその話か、勘弁してくれ」
「ふふ、駄目です」
「かか様!ききたい!お話して!」
「いいよわ、あれはね……」
「ちょ、凛!皆いるんだから!」
「おぉい!当主様!こっちにも来てくれ!」
「あなた、よろさんが呼んでるわ。行って来なさい」
「はいはい、今行きますよ!」
「ふふ……あれはね……」

焚き火の燃える音を聞きながら、凛は昔話を始める。

………
……


 春樹と凛が里に来て一年。楓はこの里で産まれる。まだモノノ怪になるちょっと前……凛は身ごもった。産まれてきた楓は人間とモノノ怪の感情を持ち合わせる。

「ねぇ、春樹くん……うぅん、あなた。私……」
「わかってる。結婚しよう。俺が凛とこの子を守るから」
「え……!う!うん!ありがとう……」
「あれ?もしかして違った?」
「あぁ……そろそろ脱毛したいな……て言おうと思ったのだけど、大丈夫。結婚が先ね、ふふ」
「え!そっちなの?でもまぁ……明日にでも聞いてみるよ」
「ありがとう」

 桜の里に来て一年。二人は結婚した。そして、凛も念願だった脱毛屋を始める事になる。そもそもエステサロンなどない村だ。結局、自分で始める事にした。
 春樹は凛と子供と三人、平和に暮らしながら時は過ぎる。が、後回しにしていたソレは突然現れた。

『カーンカーンカーン!!』

里の警鐘が夜中に鳴り響く。

「オタタリ様が出たぞ!皆!地下へ避難しろ!!オタタリ様が――」
「あなた!!」
「凛!!楓を頼む!俺はあいつを許さない――」
「やめて!もういいの!三人でようやく幸せになれたの――あなたっ!!」

 静止する凛の手を振り払い、春樹は村の入口へと向かう。村の中は明かりを消し、皆が赤い布を家の入口に結ぶ。外に出ている村人に危険を知らせる案内だ。

「猿渡殿!どこへ行かれるのござる!オタタリ様が出たのじゃ!村からは出されん!」
「よろさん!すまない、行かせてくれ!俺はあいつを……!!」
「猿渡殿、オタタリ様は神様じゃぞ!戦って勝てる相手ではない!通り過ぎるまで隠れて過ごすのじゃ!」

 しかし異様な空気が春樹を包み込む。忘れかけていた怒りと憎しみが春樹の背中を押す。

「皆さん、すいません。許してください……」

春樹は皆の静止を振り切り、里の門を飛び越える。

「何て事を……!!もしオタタリ様の怒りを買えばこの里が皆殺しになるぞ……!」
「猿渡の家の者を張り付けにしてオタタリ様の怒りを鎮めるんじゃ!」
「そうだ!猿渡家の者を連れ出せ!!」
「お、おい!皆待つでござる!長老!お止めくだされ!」
「むぅ……」

 残された凛と楓は村の者に捕縛され、村の入口へと連れて来られる。

「二人を門扉に縛り、オタタリ様の生け贄にするんじゃ!」
「オォォォ!!」

 一度流れ始めた勢いは止まらず、凛も楓も縛り上げられる。

「あなた……どうかご無事で……」
「ギャァァァァ!!」

 縛られた痛みよりも、春樹の無事を祈る凛。そして隣で泣き叫ぶ楓。凛は死を覚悟した……。

………
……


「どこだ!!オタタリ様……いや、キリィィ!!」

 オタタリ様の元凶はキリの強い怨念。その怨念が片桐美緒の子供に宿り、オタタリ様としてこの世界に誕生した。以前、樹海で見た巨大なオタタリ様はまた別の生物。生き物の怨念の数だけオタタリ様は産まれ、そして死んでいく……。

「おい。春樹、それ以上踏み込むと本当に戻れなくなるぞ?」

不意に春樹の頭上から声がした。

「テトラかっ!」
「やぁ、久しぶりやな。オタタリ様を探しているのやろ?今、ジュゲム達が追跡してるんや」
「場所を教えてくれ!頼む!」
「……お主に万が一の事があれば、凛も子供も悲しむ事になるんだぞ?わかっているのか?」
「……あぁ。失敗はしない。今度こそ……!!」
「やれやれ……ここから北東に二キロや。死ぬでないぞ」
「テトラ!ありがとう!生きて帰ったらお礼は必ずする!」
「ふっ、期待せずに待っておるわ。行って来い!猿渡春樹!!」
「おうっ!!」

 春樹は北東に向かい、木々の中を走って行く。テトラも遅れて北東へと羽ばたく。

「やれやれ。あの血の気の多さは誰に似たんやろな」
「そう言うな、テトラ。わしの子を助けてくれるかもしれぬのだ。わしは感謝しておるぞ」
「それはあなたが……はぁ。あっちもこっちも頭の堅い人間ばかりや。まぁ、それを見たくて猿渡春樹を追いかけているのかもしれん……」
「テトラもそうなのか。そうか、そうか。フフフ」
「あなたにまで見染られるとは、春樹は幸せ者やな」
「テトラよ。わしは手は出せぬが見届けるつもりじゃ。この物語の終焉をの……」
「……そうやな。それも有りやな」

………
……


 森が少し開け、広がった草原には石で作られた魔法陣があった。上空から見れば魔法陣だが、人間の目線だとただの石の壁だろう。
 ジュゲム達はオタタリ様に殺されぬよう、この場所へと誘導していた。

「ジュゲミ……ドウヤッテ、ヨワラセル……?」
「ジュゲム……シオミズ、カケテミル」
「エ?」
「シオミズヲ、カケルノヨ」
「ナメクジカヨ」
「ジュゲナ、ソッチイッタゾ」
「コナイデコナイデ!」

 統率力はまったくないが、なぜか魔法陣まで誘導出来ていた。後は弱らせ、中央で封印をするだけなのだが……。後先を考えて無かったジュゲム達は魔法陣の周りをひたすら回るのだった。

「お前ら……俺の邪魔をするな……人間は……どこだ……」
「ハ、ハイ!コッチデス!」
「さっきからコッチデス、と言って一向に人間の気配がない。さてはお前ら……俺を騙して……」
「チガイマス!チガイマス!」

 ジュゲム達は人間を餌にオタタリ様を誘導してきたのだ。ただ、人間はいない。封印をする為の口実だった。

「……全員、ここで殺す……!」
「ヒィィィィ!!ジュゲム!タスケ……!」
「ジュゲハチ!!ニゲロ!」

 オタタリ様から伸びる手がジュゲハチを捕まえようとどんどん伸びる。

「ヒィィィィ!シヌゥゥ……!?」
「ジュゲハチィィ!!」
「さぁ……捕まえっ……!?」

ザシュッ!!
ゴロン、と長い腕が地面に転がる。

「間に合ったみたいだな。ジュゲム、大丈夫か」
「お前は……!?」
「ハルキィィ!!タスカッタ!!」

 間一髪で春樹の太刀が、オタタリ様の腕を切り落とした。

「オタタリ様……いや、キリの亡霊よ。大人しく成仏しろ!!」
「お前の顔は覚えているぞ……いつぞやセリといた人間……!」

 オタタリ様はゆらっと揺れると、姿を変えていく。足が生え、腕が生え、人間の姿を成していく。

「おい、貴様……この人間をコロセるか……ククク……」

 変化していくその姿は……以前、体育館で春樹を切りつけた凛の姿だった。

「凛……。またその姿で俺を惑わすつもりだったのか。残念だが、人間の凛はもう――!!」

ザシュッ!!

「ガハッ!!お、おまえぇぇぇ!!!」

切れかけた腕が体に戻ろうと、うねうねと動く。

「人間の凛は……もういない。そして……今はもっと……美しい!!」

ザシュッ!!

春樹の繰り出す獅子王丸が、キリを切り刻む。

「ギギギッッ!!おのれぇぇぇい!!」
「ヤ、ヤレー!ハルキ!モウスコシダ!」
「オイッ!ジュゲナ!フラグヲタテルナ!」
「許さない許さない許さないユルサナイ……!!」
「俺と……凛を殺した恨み、ここで晴らす!!」

『漆黒の太刀――竜砲!!!』

ズドォォォン!!!

 獅子王丸に込められた魔力が激しい爆発を起こし、キリの体はバラバラに吹き飛ぶ。

「ヤ、ヤッタァァァ!ハルキガカッター!」
「ウホホッ!ハルキ!!」
「はぁはぁはぁ……やったか……?いや……この感じは……」

ジュゲム達は春樹の周りで大はしゃぎする。

「春樹!!上じゃ!!」

後ろから突然テトラの声が聞こえた――瞬間!!

ズドォォォン!!!

 巨大な手の平が春樹を地面に押しつぶす!!春樹の周りにいたジュゲム達も皆、押しつぶされる!!

「ちっ!!ぬかったか!おい!春樹!!返事をせい!!」
「テトラよ、あれは避けれまい。少々無理があるがあの化け物を封印せねば森が無くなるぞ?」
「そうは言うが、あやつらが!!」

春樹達の上から声が聞こえる。

「ククククッ!!オレハコッチダ!バカドモメ!」

ぐちゃ……。

 オタタリ様が手をどけると、ヌルヌルした黒い塊が潰れている。中央には潰れた春樹の姿あった。

「シンダカ……クダラヌ。ヨワイモノハ、セイゼイオレノカテトナレッ!!」
「おい!待て!!せめて春樹の遺体を回収せねば――!」
「テトラ!間に合わぬ!よせ!!」

 オタタリ様は口を開け、潰れた春樹とジュゲム達を飲み込もうと地面に顔を近付ける!!
 その時――オタタリ様のさらに上空に光る太刀筋が一瞬テトラには見えた。

「え?何だ?」

『月陰奥義――輪廻転生!!!!』

ザシュッ!!!

「ガ……ガ…ガガガ……」

ズドォォォン!!!

 オタタリ様の首と胴体が離れる。砂埃と地鳴りが辺りに響き渡る。

「春樹っ!!!」
「はぁはぁはぁ……トドメだ……」
「オマエ……イキテ……!」
「あ?あぁ……前にも見せただろう。複製thecopyだ。魔法は使えなくなったがこのスキルだけは残ってたんだ」
「オノレェェェ……!!」

 頭だけになって尚、春樹に襲いかかろうとするオタタリ様。

「おい、キリ。お前の行ってきた行為は許されるものではない。ただ……ただ子供を思う気持ちだけは俺にもわかる。だがな……」

 春樹は獅子王丸を構え、オタタリ様の額に当てた。

「だがな……その目は千鶴の目を奪って作った目だろ?死んで詫びろ!!」
「マ、マテッ!!メハカエス!ダカラ――!!」

ザシュッ。

――春樹の剣はオタタリ様の額を貫いた。
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