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3学期
第22話・別れの時
しおりを挟む――2011年3月10日(木曜日)16時20分。
先に起きた大地震の余波で沿岸部に津波が押し寄せる。
津波が到着する前に、車椅子に乗り両親の迎えを待つ西奈真弓をバス停で見つける事が出来た。
急ぎ真弓を背負い東海浜医療専門学校の屋上へと向かう。津波はもう足元まで迫っており、真っ暗な非常階段を夢夢が先導し屋上まで駆け上がる!
「はぁはぁはぁ……真弓……降ろすぞ……はぁはぁ……」
屋上に着くと同時に真弓を壁にもたれさせると、背中が軽くなり、無事に屋上まで来れた事に僕は安堵した。
しかし、ほっとしたのもつかの間……さらなる悲劇に襲われる。
「千家様!!離れて下さい!!」
「え?」
「キャァァァァ!!」
すぐ後ろで悲鳴が聞こえた。
「え?真弓?」
振り返ると、そこには真弓を抱えた……霧川小夜子がいた。
切り落とされた右腕の付け根で真弓の首を抱え、左手で銃口を真弓の頭に向けている!
「あぁはっはっは!!千家!貴様の負けだ!!」
「38口径リボルバー……か。初期装備だな」
「はぁ?何か言ったか?」
「いや……僕を殺したければ僕を撃て。真弓は関係ない……」
「貴様の泣き叫ぶ顔が見たいんだよ!『霧川先生ごめんなさい!』と土下座しろ!!」
しかし、僕はそのまま霧川小夜子に歩み寄る。
「黙れ、霧川小夜子……」
「千家!貴様っ!私の言う事が聞けないのかっ!」
霧川小夜子は銃口を真弓の頭から離し、僕の頭を狙う。
「千家様!!霧川小夜子は本気です!」
「夢夢、大丈夫だ。刀を抜け……!」
「え!?は、はい!」
夢夢は慌てて刀を抜き構えを取る。そして霧川小夜子は僕に向かって発砲した――。
「しねぇぇ!!千家!!」
『――カチッ!――カチカチッ!』
「え――!?」
「黙るのは霧川小夜子……お前だぁぁ!!」
一気に走り距離を詰め、霧川小夜子の首を掴んで真弓から引き離す!
「がはっ!」
「夢夢っ!!」
『漆黒の太刀――輪廻転生!!』
「カハッ……!!」
夢夢の放った太刀が青白く光り、霧川小夜子の体を真っ二つに引き裂くと辺りに血が飛び散る!
「キャァァァァァァ!!」
真弓は驚き、悲鳴を上げ後退りをする。
「がは……ごほ……千家……貴様を……必ず……もう一度貴様を……」
「それは無理だ。なぜならこの時代にはもう1人の小夜子がいるからな。お前はもう用済みなんだ」
「き、貴様!!」
「さようなら、霧川小夜子……いや、霧川先生」
「や、やめ……!!」
夢夢が霧川小夜子の心臓に金色の杭を突き立てた。これは有珠から預かっていた時追者の能力を機能させなくする道具らしい。
後で知る事になるのだが、南小夜子が死んだ状態でこの金色の杭を打っても効果は無かったそうだ。
死ぬはずだった南小夜子が輪廻転生を繰り返し、またこの時代に産まれ――霧川小夜子になるはずだった。
しかし南小夜子が生き延びる事で歴史は徐々に変わり、霧川小夜子のいない未来になっていく。
……そして目を見開いたまま霧川小夜子は身動きしなくなり、最後には息絶えた。
「千家様、先程どうして銃の玉が出ないのがわかったのですか?」
「あぁ……直感……というか、38口径のリボルバーは銃弾が5連層なんだ。何ていうかゲームの初期装備で良く見たというか……説明しにくいが」
少しだけ残る記憶の中で同じ銃の形が見えていた。
「留置場で5発、霧川小夜子は撃ったんだ。僕に2発、柏木望に1発、窓に2発。だから残りは0発……見た目ではわかりにくいが、もう銃弾は無いと思ったんだよ」
「言ってるの事が難しいでござる……」
「ははは!もう良いんだ。終わったんだ。後は津波が過ぎるのを――!」
眉間にシワを寄せ、腕組みをして聞く夢夢。
「おい……夢夢……あれは何だ……!!」
「えっ!?」
海岸を見ると津波はさらに高さを増している。すでに建物の3階部分までの高さの波が押し寄せていた。
『ギシギシ――』
建物のきしむ嫌な音が聞こえてくる。あり得ない光景だった。今いる場所が4階建の屋上だ。地上から12メートル以上はあるだろう。だが、すでに4階部分が海面の下に沈んでしまっている。
「まずい!給水タンクに上れ!!」
給水タンクの上から夢夢が手を伸ばし、真弓を引っ張り上げ、僕は下から真弓を肩車して給水タンクのはしごを上る。もうこれ以上は逃げ場がない。
――辺りは見渡す限りが海だった。まるで沖にでも流されて来た様な錯覚を覚える。海面は夕日に照らされ、普段であれば綺麗な景色も、今は地獄にいるような景色に見える。
屋上も徐々に海水が流れ込み、霧川小夜子の遺体も海に飲まれていく。
僕が辺りを見渡している時だった。貯水タンクの下部にある開閉バルブに気付き、はしごを降りバルブを全開にする。
『ザアァァァァァ――!』
バルブを開けると貯水タンク内の水が一気に流れ出す。
「千家様!大丈夫ですか!」
「大丈夫だ!水が空になったら貯水タンクの中に入れ!」
「はい!真弓さん、はしごに掴まっていて下さい!」
「は、はい!」
夢夢が貯水タンクの上部の蓋を開ける。
「さぁ!真弓さんタンクの中に!」
夢夢が真弓に手を伸ばす――その時だった。もっと早くに気付くべきだった。まさか海岸から停泊中の1艘の船が迫って来ていた事にまったく気付かなかったのだ。
『ズドォォォォォォン!!ベキベキベキッ!!』
激しい音が辺りに響き渡り、船は専門学校の屋上に激突する!屋上は半壊し、フェンスもろとも船は粉々になり流されて行く。
そしてあろう事か、真弓はその反動で貯水タンクから海に投げ出された――!
「えっ……!」
スローモーションの様に僕の頭上を越え真弓は屋上へと落下する。幸いにも海水は膝上の水位まで達し、屋上のコンクリートに直接叩きつけられる事は免れた。しかしそのままなすすべも無く真弓は流されていく。
僕は慌てて貯水タンクから降り、流される真弓を追いかける。屋上に残されたフェンスに何とか片手で掴まる真弓。
もし真弓の足が治っていれば……もし立つ事が出来れば踏ん張れていたかもしれない。しかし無常にもそれは叶わず、津波の勢いはさらに増していく。
「千家様!これを!」
夢夢が貯水タンクの上から1本のロープを投げてくれた。僕はそのロープを体に巻き、夢夢はロープの反対側を貯水タンクに巻き付ける。
僕はそのまま海水の流れに任せ真弓の元へと向かうが……あと少しだった。真弓のいるフェンスへと向かうがロープの長さが足りない――!!
「手を!!手を伸ばせ!!もう少し!」
「もう駄目……私の事はもういいから……春彦君だけでも……お願い――」
「うるさい!!もう少し――!!」
「うぅ……!!」
彼女はもう助からない……苦しそうな彼女の顔を見て、そんな現実が脳をかすめた。それでも僕は必死で手を伸ばしている。それは罪滅ぼしなのか、自己満足なのか……?
しかし誰よりもそれを悟った彼女の表情が、ふと笑顔に変わる。
「ま……真弓?」
――そして彼女は最後に……笑ってこう言った。
「ありがとう……」と。
「いやだ……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
いつか夢で見た風景がデジャブとなり目の前で起きている。「夢なら覚めてくれ!」そう願うがそんな奇跡も起こることは……無かった。
――あの時の事はそれ以上はっきりとは思い出せない。僕の手と真弓の手が一瞬だけ……触れた。それが最後だった。
彼女はフェンスから手を離し、あっという間に波にさらわれていく。僕は何も出来ず見守る事しか出来なかった。
………
……
…
その日は貯水タンクの中で夜を過ごした。外ではひっきりなしに海水が流れ、漂流物がぶつかる音が聞こえる。
僕は夢夢の腕の中で泣き疲れて眠る……。
『無力――』
修正力が働いたのだろうか。真弓がいてはいけない未来に僕がしてしまったのだろうか。
いや、万が一にもまだ生きている可能性はある。明日探そう。まだ……生きているかもしれない。
そんなわずかな望みを抱えながら朝を迎えた。
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