10年後の君へ

ざこぴぃ。

文字の大きさ
23 / 29
3学期

第22話・別れの時

しおりを挟む

 ――2011年3月10日(木曜日)16時20分。
 先に起きた大地震の余波で沿岸部に津波が押し寄せる。
 津波が到着する前に、車椅子に乗り両親の迎えを待つ西奈真弓をバス停で見つける事が出来た。
 急ぎ真弓を背負い東海浜医療専門学校の屋上へと向かう。津波はもう足元まで迫っており、真っ暗な非常階段を夢夢が先導し屋上まで駆け上がる!
「はぁはぁはぁ……真弓……降ろすぞ……はぁはぁ……」
 屋上に着くと同時に真弓を壁にもたれさせると、背中が軽くなり、無事に屋上まで来れた事に僕は安堵した。
 しかし、ほっとしたのもつかの間……さらなる悲劇に襲われる。
「千家様!!離れて下さい!!」
「え?」
「キャァァァァ!!」
すぐ後ろで悲鳴が聞こえた。
「え?真弓?」
 振り返ると、そこには真弓を抱えた……霧川小夜子がいた。
 切り落とされた右腕の付け根で真弓の首を抱え、左手で銃口を真弓の頭に向けている!
「あぁはっはっは!!千家!貴様の負けだ!!」
「38口径リボルバー……か。初期装備だな」
「はぁ?何か言ったか?」
「いや……僕を殺したければ僕を撃て。真弓は関係ない……」
「貴様の泣き叫ぶ顔が見たいんだよ!『霧川先生ごめんなさい!』と土下座しろ!!」
しかし、僕はそのまま霧川小夜子に歩み寄る。
「黙れ、霧川小夜子……」
「千家!貴様っ!私の言う事が聞けないのかっ!」
 霧川小夜子は銃口を真弓の頭から離し、僕の頭を狙う。
「千家様!!霧川小夜子は本気です!」
「夢夢、大丈夫だ。刀を抜け……!」
「え!?は、はい!」
 夢夢は慌てて刀を抜き構えを取る。そして霧川小夜子は僕に向かって発砲した――。
「しねぇぇ!!千家!!」
『――カチッ!――カチカチッ!』
「え――!?」
「黙るのは霧川小夜子……お前だぁぁ!!」
 一気に走り距離を詰め、霧川小夜子の首を掴んで真弓から引き離す!
「がはっ!」
「夢夢っ!!」
『漆黒の太刀――輪廻転生!!』
「カハッ……!!」
 夢夢の放った太刀が青白く光り、霧川小夜子の体を真っ二つに引き裂くと辺りに血が飛び散る!
「キャァァァァァァ!!」
真弓は驚き、悲鳴を上げ後退りをする。
「がは……ごほ……千家……貴様を……必ず……もう一度貴様を……」
「それは無理だ。なぜならこの時代にはもう1人の小夜子がいるからな。お前はもう用済みなんだ」
「き、貴様!!」
「さようなら、霧川小夜子……いや、霧川先生」
「や、やめ……!!」
 夢夢が霧川小夜子の心臓に金色の杭を突き立てた。これは有珠から預かっていた時追者トラベラーの能力を機能させなくする道具らしい。
 後で知る事になるのだが、南小夜子が死んだ状態でこの金色の杭を打っても効果は無かったそうだ。
 死ぬはずだった南小夜子が輪廻転生を繰り返し、またこの時代に産まれ――霧川小夜子になるはずだった。
 しかし南小夜子が生き延びる事で歴史は徐々に変わり、霧川小夜子のいない未来になっていく。
 ……そして目を見開いたまま霧川小夜子は身動きしなくなり、最後には息絶えた。

「千家様、先程どうして銃の玉が出ないのがわかったのですか?」
「あぁ……直感……というか、38口径のリボルバーは銃弾が5連層なんだ。何ていうかゲームの初期装備で良く見たというか……説明しにくいが」
少しだけ残る記憶の中で同じ銃の形が見えていた。
「留置場で5発、霧川小夜子は撃ったんだ。僕に2発、柏木望に1発、窓に2発。だから残りは0発……見た目ではわかりにくいが、もう銃弾は無いと思ったんだよ」
「言ってるの事が難しいでござる……」
「ははは!もう良いんだ。終わったんだ。後は津波が過ぎるのを――!」
眉間にシワを寄せ、腕組みをして聞く夢夢。
「おい……夢夢……あれは何だ……!!」
「えっ!?」
 海岸を見ると津波はさらに高さを増している。すでに建物の3階部分までの高さの波が押し寄せていた。
『ギシギシ――』
 建物のきしむ嫌な音が聞こえてくる。あり得ない光景だった。今いる場所が4階建の屋上だ。地上から12メートル以上はあるだろう。だが、すでに4階部分が海面の下に沈んでしまっている。
「まずい!給水タンクに上れ!!」
 給水タンクの上から夢夢が手を伸ばし、真弓を引っ張り上げ、僕は下から真弓を肩車して給水タンクのはしごを上る。もうこれ以上は逃げ場がない。
 ――辺りは見渡す限りが海だった。まるで沖にでも流されて来た様な錯覚を覚える。海面は夕日に照らされ、普段であれば綺麗な景色も、今は地獄にいるような景色に見える。
 屋上も徐々に海水が流れ込み、霧川小夜子の遺体も海に飲まれていく。
 僕が辺りを見渡している時だった。貯水タンクの下部にある開閉バルブに気付き、はしごを降りバルブを全開にする。
『ザアァァァァァ――!』
 バルブを開けると貯水タンク内の水が一気に流れ出す。
「千家様!大丈夫ですか!」
「大丈夫だ!水が空になったら貯水タンクの中に入れ!」
「はい!真弓さん、はしごに掴まっていて下さい!」
「は、はい!」
夢夢が貯水タンクの上部の蓋を開ける。
「さぁ!真弓さんタンクの中に!」
 夢夢が真弓に手を伸ばす――その時だった。もっと早くに気付くべきだった。まさか海岸から停泊中の1艘の船が迫って来ていた事にまったく気付かなかったのだ。

『ズドォォォォォォン!!ベキベキベキッ!!』

 激しい音が辺りに響き渡り、船は専門学校の屋上に激突する!屋上は半壊し、フェンスもろとも船は粉々になり流されて行く。
 そしてあろう事か、真弓はその反動で貯水タンクから海に投げ出された――!
「えっ……!」
 スローモーションの様に僕の頭上を越え真弓は屋上へと落下する。幸いにも海水は膝上の水位まで達し、屋上のコンクリートに直接叩きつけられる事は免れた。しかしそのままなすすべも無く真弓は流されていく。
 僕は慌てて貯水タンクから降り、流される真弓を追いかける。屋上に残されたフェンスに何とか片手で掴まる真弓。
 もし真弓の足が治っていれば……もし立つ事が出来れば踏ん張れていたかもしれない。しかし無常にもそれは叶わず、津波の勢いはさらに増していく。
「千家様!これを!」
 夢夢が貯水タンクの上から1本のロープを投げてくれた。僕はそのロープを体に巻き、夢夢はロープの反対側を貯水タンクに巻き付ける。
 僕はそのまま海水の流れに任せ真弓の元へと向かうが……あと少しだった。真弓のいるフェンスへと向かうがロープの長さが足りない――!!
「手を!!手を伸ばせ!!もう少し!」
「もう駄目……私の事はもういいから……春彦君だけでも……お願い――」
「うるさい!!もう少し――!!」
「うぅ……!!」

 彼女はもう助からない……苦しそうな彼女の顔を見て、そんな現実が脳をかすめた。それでも僕は必死で手を伸ばしている。それは罪滅ぼしなのか、自己満足なのか……?
 しかし誰よりもそれを悟った彼女の表情が、ふと笑顔に変わる。
「ま……真弓?」

――そして彼女は最後に……笑ってこう言った。



「ありがとう……」と。



「いやだ……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 いつか夢で見た風景がデジャブとなり目の前で起きている。「夢なら覚めてくれ!」そう願うがそんな奇跡も起こることは……無かった。

 ――あの時の事はそれ以上はっきりとは思い出せない。僕の手と真弓の手が一瞬だけ……触れた。それが最後だった。
 彼女はフェンスから手を離し、あっという間に波にさらわれていく。僕は何も出来ず見守る事しか出来なかった。

………
……


 その日は貯水タンクの中で夜を過ごした。外ではひっきりなしに海水が流れ、漂流物がぶつかる音が聞こえる。
 僕は夢夢の腕の中で泣き疲れて眠る……。
『無力――』
 修正力が働いたのだろうか。真弓がいてはいけない未来に僕がしてしまったのだろうか。
 いや、万が一にもまだ生きている可能性はある。明日探そう。まだ……生きているかもしれない。
 そんなわずかな望みを抱えながら朝を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...