ハロー。最強な貴方へ

空見 大

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二章

24話

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この世界には一定の地位に立ったものしか使えない技が存在する。
それは世界に認められた証であり、その人物が辿ってきた足跡が世界に干渉することで構成される能力。
権威と呼ばれるそれは一日の使用回数にこそ限度はあれど魔力を使用することすらなく、ノータイムで最強の一撃を相手に叩き込むことを可能にする。

「王特権威〈終炎〉」

グノシーの手から放たれたのは白い炎。
一部が透明にすらなっているそれは尋常ではない温度をしている炎であり、周辺の大地が一瞬にして焦土に変化し地面をいともたやすく溶かしつくす。
そんな灼熱の環境の中でアデルが立っている場所だけは何の変化もなく、アデルがその手に持っている剣を一振りすると周辺を燃やし尽くしていた炎が消え去った。

「地獄の炎か。俺も自殺してればこれを味わうハメになってたのかな」
「さすがに死なへんか。強いな」

距離を取ったグノシーはアデルの行動に全神経を集中させながら体が安定するのを待つ。
魔王の力を簡単につかえるほど魔王の力を制御できていない現状ではそうしなければ処理できない情報量で動くことすら困難になるだろうという事を理解しているからだ。

「魔王はいつもそうだな。戦闘中にも関わらず、そうやって楽しそうな笑みを浮かべる。自分の命がかかっていることを知れば知るほどに楽しそうだ」
「いまならその理由が分かるで、魔族が己よりも強い者を求める理由が。うちらは誰よりも憧れを持つ種族。魔族が魔王の名に平伏すのは、連中は魔王が誰よりも自分達の憧れに近い人物やっちゅうことを知ってるからや。最強やと思ってた自分より強いやつがおるなんて、そんなん滅茶苦茶おもろいやんけ」
「かわいそうに魔族達は。その憧れが、今日この日に潰えるんだからな」

会話で時間を稼いでいるグノシーに付き合ってやっていたアデルは、グノシーがある程度安定し始めたのを見計らってから一歩ずつ前にでる。
近寄ってくるアデルの足音はまさに死神の足音と同義であり、心の底から湧き上がってきた人生初めての恐怖という感情を打ち払うようにグノシーは惜しむことなく魔王としての力を振りかざす。

「王特権威〈断罪〉!」
「切断で俺に勝てるとでも? それはちょっと難しいな」

山すら一撃で吹き飛ばすほどの威力を持つ斬撃を一切の手加減なくアデルに向かって放ってみるものの、斬撃はアデルの直前でまるで何かにはじかれたように止められる。
もちろん傷を負わせられるとは思って居なかったがその足を止める事すらできずグノシーは更に距離を取ることを強制されていた。
魔王として戦いを挑んでおきながら何度も下がらせられるなど恥以外の何物でもない。
しかしどれだけ下がらないという意思を固めてもアデルの剣の届く範囲に入ることをグノシーの体は無意識ではあるが拒絶してしまっている。

技能スキル宣言の能力向上効果を持ってもさすがに最上位技能には勝てへんか」
「俺のこれは切断する事が本質じゃない。本日は空間を切り分ける事、そしてその範囲は俺の認知するこの世界全てに及ぶ」

アデルがわざわざ分かりやすく手を掲げてそれを軽く振るうと、その通りに体に線が走る。
薄皮一枚を切られた程度の傷だがそれは殺せたという合図にほかならず、王得権威によってその攻撃を防ごうと何とか間に斬撃のバリアを作ってみれば逃げる時間こそ稼げるがいともたやすく破壊されてしまうではないか。

「──ッ!! バケモンがッ!!!」

悪態をつくのも仕方がないだろう。
あえてどこから攻撃するかを事前に予告されているうえで、かつ一回ずつしか攻撃しないという縛りをされているのにも関わらずグノシーは逃げる事しかできないのだ。
屈辱だ、こんな風に自分がされていることに殺意を覚える。
目の前の敵が憎い、どうにかして何とかして一泡を吹かせてやりたい。
そう思ってグノシーが思うのを待っていたかのようにアデルはにこりと笑みを浮かべると、まるで悪魔がするように甘くささやいた。

「さぁ魔王、もっと力を見せてみなよ王特権威の更に上、神だけが行使できる力をさ」
「乗せられるのは癪に触るけど、まぁええやろう。なら見せたるわ、神の力がどれほどのものなんかってのをな! 神威顕現〈閻魔大破疊・円天〉」

アデルはもとより魔王の力に期待はしていない。
先程使っていた炎はグノシーが魔王として認められた際につかるようになった技であり、メルから引き継いだ魔王の力とはまた別だ。
グノシーが両手を打ち合わせ手を開けるとその間に一本の長い剣が現れてようやくアデルは戦いとしてこの場を楽しむことができるようになる。
彼女がいま出現させた剣こそが魔王が使う地獄の剣であり、その効果はアデルをして恐怖心を抱かせるには十分なものだ。
戦闘において命の危機を感じるのはいったいいつ以来だろうか。
年甲斐もなく沸き立つ血と噴き出るドーパミンで高揚したアデルは危険だとわかりながら一歩前へと踏み出す。

「この能力に斬られれば即死、この刀は全てのありとあらゆる防御を貫通する。分かるやろ?」
「避けて欲しいって事だろう? 分かってる分かってる」

言うが早いがアデルはグノシーの元へと一目散に突撃する。
アデルの精神力を考慮に入れれば掠っただけで死ぬかと言われれば微妙なラインの武器ではあるが、それでも危険なことには変わりない。
万が一にでもその体に剣を受けてしまえば死ぬことは確実だ。
だがだからこそアデルは前にでる。
相手が近寄ってこないと思って居る相手を崩すにはそうするのが最も効果的なのを理解しているのが一つ、そしてただ単純に自分が相手の攻撃を全部捌ききれるのか興味が湧いたからだ。

「──間違えれば死ぬんやで? 気ィ狂ってんのか」
「俺はそれくらいの覚悟でここに立っている。というよりどんな戦闘だって死ぬと思って立ってるよ」
「最強が最強たる所以ってとこか?」
「戦士が戦士たる所以だよ。出し惜しみをするつもりは無いから、俺も本気を出すよ」

なんどかの攻撃を経てどうやら剣での攻撃がどうやっても自分に当たらないという事を理解したアデルは早々に戦闘を終わらせる決断をする。
魔法に関してはそれなりの練度を誇っていた魔王だったが、剣術に関しては兵士としてはそれなりだがこの戦闘に参加させるためには練度が圧倒的に足りていない。
万が一にでもこちらを殺す可能性を危惧して無意識に手を抜いてしまっているのか、魔王として剣術で戦う機会がそもそもなかったのか。
戦っている感じとしてはおそらくその両方だろうが、なんにせよ彼女の振り回している剣は彼女自身に当たってもそれなりのダメージを誘発するので長期戦は望ましくない。
グノシーから距離を取り息を整えたアデル。
そんなアデルの様子を注意深く観察していたグノシーは自分自身も気が付かない間にアデルへ向かって肉薄していた。
継承された魔王の力、その力がいまからアデルが行う行為をさせてはならないと無理やりにその体を動かしたのだ。
だがもはや遅い。
最強は既に準備を終えていた。

究極複合技能ネオ・ディヴァイン断界ラ・プラッツ

最上位の技能を併用し作り出したこの世界には存在しない新たな技能の段階。
それは世界を断絶させる力を更に発展させたものであり、彼が指定した空間内に存在するありとあらゆる物体・非物体に関わらず原子レベルまで分解し強制的に変質させるもの。
いくら上位の魔族とはいえこれを受ければ無事ではすまず、一秒間に無限回という物理法則を捻じ曲げる攻撃回数で行われる斬撃は傍目から見れば地味なものだが中にいるグノシーからしたらたまったものでない。
人が災害を前にして何もしないのと同じようにどうにもならない事を悟ったグノシーはただ自分の生存だけに専念する。
そうしてようやく攻撃が終わり、もはや自分の体の輪郭を忘れながらもなんとか生き残ったグノシーが地面に倒れ伏していた。

「生きてるか。さすがだね、これを生きて残ったのは先代の魔王だけだよ」

目は虚ろで明らかに正気ではなく、背中から翼が生え頭には光輪が形成されていく。
明らかに正気の沙汰ではない。

「────!!」
「声帯が千切れて声が出ない上に魔王の権能で正気を失ったか。やり過ぎたな流石に」

(このまま暴走させれば取り押さえるのが面倒になるか)
無造作にグノシーの元まで歩いていくアデルは、彼女がしてくる攻撃全てを技能によって無効化し、しゃがみこんで目線を合わせると頬に手を添える。
そうこうしている間にもグノシーは攻撃の手を止めることはないが、不意にその攻撃の手がピタリと止まった。
理由はアデルが口づけをしたからだ。
光輪が解け背中に生えた翼が解けると徐々にグノシーの目に光が戻っていき、ぱちりと瞬きをすれば完全にグノシーの意識が戻る。

「なっ!? な、なにすんねん!」
「これで正気が戻ったな。体治すから動くなよ」
「そ、それよりさっきの行動の説明をせいちゅうねん!」

アデルの体を突き放して顔を真っ赤に染めたグノシーは自分の口元を抑えながら羞恥心を抑えるように大声を張り上げる。
それに対してアデルの態度は随分と飄々としており、何も気にしていなさそうだ。

「説明も何もキスだよ、人の世界の求愛行動だ。知らないの? 遅れてんね」
「知っとるわボケ! なんでそれをウチにしたんか聞いてんねん!!」
「治療行為です、一切の他意はございません」
「嘘つけ!」
「なぜ嘘だと?」
「そ、それはお前がウチとけ、結婚しようとか言うからやんけ」

あまりにも赤くなった顔と羞恥心から顔を隠した魔王は徐々にか細くなっていく声でアデルに対して不満を訴える。
さすがにそこまで言われればアデルとしても隠していた感情が少しは漏れ出てしまうわけで、ほんの少し赤くなった顔を隠しながらアデルは勝者としての権利を主張した。

「ま、まぁなんでもいいけどさ、これで俺は勝ったわけだ。求婚する資格くらいは貰ったって事でいいの?」
「……取り決めは取り決めやからな。ウチも自分に勝てる相手なら別に文句はあらへん、やけど約束は別として勝敗はウチ納得してへんからな! ちゅうか最後のはなんやねん!?」
究極技能ディヴァイン同士を掛け合わせた新しい技能スキルだよ。俺は二つ持ってる上に片方は攻防担当、もう片方は変質が主な能力だからこんなこともできるってわけさ」

この世界でアデルが知り得る限りこの力を行使できるのは自分だけだ。
正直龍王辺りは隠して持っているだろうと目安をつけているが、持っていたとしても自分以外に数人いるかどうかと言うレベル。
それくらいの特殊技能なのだから知恵の魔王として名前を馳せているグノシーが知らないのも無理はない。
だがそんな奥の手、あるのならば教えておいてくれと言うグノシーの意見もまた理解できないものではなかった。

「ズルやんけ! 再戦せぇやアホ!!」
「無理だよ俺能力切れて元に戻ったし。それにそっちだって俺が煽てたとはいえ神威まで使っただろ? 俺が受けてなかったら地上にどれだけ被害が出たか」
「それに関してはまぁ最強を信用してたからやんか」
「まぁ信頼してくれてありがとうとは言っておくよ。じゃあな」

立ち上がり別れの言葉を口にしたアデルを前にしてグノシーはギョッとする。
なんだかいい雰囲気も作れたし魔族としてケジメもつけた、これでようやく晴れて夫婦に──と考えていた途端にアデルが離れると言い出したのだ。
少し顔を青ざめながら縋るようにアデルの服にしがみつくと、グノシーは半泣きで猛抗議し始める。

「なっ!? ウチ置いてどこに行くねん! さっそく別居か!! 魔王の権力舐めたらあかんで離婚届受取拒否させたんでな!?」
「何言ってんだよバカ。ここには何もないからな。飯をとりに行ったり寝袋の用意とか魔道具持ち込んだり暇つぶしの本とかいろいろいるからな」

少し考えてみればわかることだ。
グノシーは魔族なので別に寝ず食わずでも四日くらいなんのことはないが、アデルは人間なのだ。
飯も食べれば風呂にも入るし休憩だってとるだろう。
それに四日間この何もない湖で──いまや焼土と化してその綺麗な風景はどこにもないのだが──過ごせと言われれば退屈にもなる。
自分が早とちりしていた事を自覚したグノシーはそうして何度めかの赤面を見せると、掴んでいた服を話して音もなく距離を取った。

「あー……うん。それならウチも一緒に帰る。流石に箪笥の中見られるんは恥ずいわ」
「無理だよ、お前こっから一歩でも出たら自我が死ぬからな。とりあえず封印はしてくけど絶対に出んなよ、執事に服とかは持ってこさせるから」

準備をすると言うことは自室に入るだろう。
いまさらではあるが自室を見られることに抵抗があったグノシーがその為に外へと出ようとするが、そもそも外に出れないからここにいるのだ。
言われていることが全部正論であるだけに何も反論できる余地がない。

「はいはい分かった分かった。ウチを置いていきゃええねん」
「おう。じゃあな」
「……ホンマにどっか行きおったわ」
 
転移していったアデルの背中を眺めながらグノシーは深くため息をつく。
(アレが自分が人生で初めて惚れた男か)
我ながら変なのを捕まえてしまったが、それもまた仕方ないだろう。
驚くほどの速度で元の景色を取り戻そうと再生していく湖の辺りで、グノシーはアデルが戻ってくるまで静かに目を閉じて待つのだった。
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