誰より平和を望んだ二人

空見 大

文字の大きさ
上 下
12 / 12

12

しおりを挟む
森妖種の森の奥深く。
彼等が暮らす木の中でも最も大きな長老の木。

この村が作られた時から長老と共に成長し続けてきた、歴史ある巨大な木の中にヘクター達はいた。

内装は人のそれとあまり変わらない。
だが部屋の中にあるのは工業製品ではなく木製の家具ばかりであり、彼等が森と調和しながら暮らしてきたことが伝わってくる。
そうして森妖種の村に招かれて椅子に腰をかけているヘクターをじっと眺める少女が一人。
頭髪に咲く森妖種特有の花はまだ開花しておらず蕾のままであり、森妖種として成人をまだ迎えていないことが見て取れる。
そんな彼女はこの森に来てからずっとヘクターを見ていた。
森に見知らぬ人間が入ってくるのが随分と珍しいのだろう。

「村長この人達だぁれ?」

森妖種の社会性において基本的に子供は全て長老の家で育てられる。
この長老の木で小さな子供達は寝食を共にし、長老にいろいろな事を教えられ、そうして森妖種として立派な森の戦士になったと思われたらこの木を送り出され独り立ちするのだ。
ヘクターのことをじっと見つめる小さな子もまたその一人であり、その隣で椅子に腰をかける長老が彼女の質問に偽りなく答える。

「勇者様と魔王様だ。お前達も絵本で見たことがあるだろう?」
「この人が勇者様?」
「そうだよ。初めまして」

勇者と言われることに抵抗がないわけではない。
自分自身で勇者の名前を捨てたにも関わらず勇者の利益を享受しようという甘えはヘクターにとっての恥である。
だが現実的に考えれば、今は勇者という肩書きだけがヘクターの信用になっていた。
それに森妖種達が激昂しているのを何とか鎮めてくれている村長に対して、いきなり自分はもう勇者ではないと言うのは、ヘクターとしても憚られる。

「じー……お爺ちゃん嘘ついたでしょ! この人じゃないよ!」

こちらを見つめてくる幼子の視線に自然な笑みを浮かべていたヘクター、だが彼の視線は幼女の言葉によって無情にも破壊されてしまう。

「こら! 失礼な事を言うのはやめなさい」
「エスペルの攻撃よりも痛かったないまの。正真正銘勇者だよ、ほらこんな事できるの俺くらいでしょ」

人生で初めて勇者ではないと面と向かって言われれば、さすがにヘクターも多少は心に傷がつく。
自分の力をアピールするために手の平に魔素で作った龍を作り出すという驚異的な技を披露するが、彼女はそんなヘクターのパフォーマンスをまるでなんでもないかのように興味がなさそうな目で見ていた。
嘘つき扱いでもするようなその目は、あまりヘクターが向けられ慣れていないものである。

「うーん……ねぇ、本当はお姉さんが勇者なんでしょ?」
「ははっ、残念だったなヘクター。まだ私の方が勇者に見えるらしいぞ」
「コラ! アンテライネ、勇者様に謝るのだ! すいません勇者様」
「ごめんなさい勇者様」

普段は甘やかされているアンテライネだったが、村長から厳しく叱られてしまう。
森妖種として勇者の恐ろしさを見聞ではあるにしろ当時の温度感と共に記憶している村長としては、勇者に失礼を働くというのは危険を孕んでいると思っているのだ。
それを抜きにしても勇者を名乗っている人間に対して違うと面と向かって言うのは失礼だ。
だが怒られ慣れていないアンテライネと呼ばれた少女は、目に大粒の涙を浮かべていた。

ヘクターとしてはエスペル魔王に勇者の座を奪われると言うのは正直思うところが無いではないが、所詮勇者という呼称も人が勝手に言い出したものに過ぎない。
どちらが正義で悪ということもなく、勇者というものを字面でしか知らない彼女が間違えてしまうのは仕方のないことだろう。
アンテライネの頭を優しく撫でながら、ヘクターは泣かないでと慰める。

「謝ってくれたから全部許すよ。それで? 攫われたのはどんな子なんです?」
「えっとね、アンソンとリリィとまーまとシルフの四人だよ、いなくなったのは」

幼い子供だ、どんな子だと聞かれて名前を答えるのは当たり前の反応である。
ヘクターが流し目で村長に問いかけると、村長はそんなヘクターの意思を汲み取って詳細な情報を話し始めた。

「……みな幼い子どもです。人の外見で言えば7歳程度でしょうか、服装はこの事同じような森妖種の服を。特徴的なもので言えば一人だけ、妖精と喋れる子供がいます」
「それだけ情報があればなんとかなるか。どこで攫われたのだ?」
「二日前の朝方子供達が森の外周付近で薬草を獲っていたのですが、それから消息を絶っています。足跡を辿ったのですが、近くの人の街の中に入ったところで痕跡を絶っていますのでおそらくそこでしょう」

近くの街といえばこの辺にある人の街はヘクター達のいた街しかなく、このままいけば確かに人と森妖種の対立は明確なものになっていくだろう。
元よりそれを避ける為に組合から派遣されたヘクターは、得られた情報と状況を鑑みて村長に条件を突きつける。
それは組合の人間がこの場にいれば慌てて止めに入るようなものであったが、残念ながらこの場に彼等はいない。

「なるほどな。今日一日くれ、それで見つからなければあの街を焼くなりなんなり好きにすればいい。それなら村の人間も納得するだろ」

怒り心頭の森妖種達を納得させる為には確かにそれくらいの条件を必要とするだろうが、人を守る立場であるヘクターがそれを口にするのはなんとも歪だ。
だがそんな条件を突き出せるのもヘクターに自信があるからであり、そんなヘクターの自信を感じ取ったのかアンテライネは自分の友達を本当に救ってくれるのではないかと期待の視線を送る。

「お兄さんみんなを見つけてくれるの?」
「全員無事に見つけてくるよ。それじゃあいまから行ってくるから、明日の日が上がるまでには戻ってくる」
「約束だよ、絶対に見つけてね」
「任せろ。全員連れて戻る」

ヘクターは今回の犯人が森妖種達と人間の対立を狙って、わざと手間をかけて森妖種達を攫ったのだと推測している。
その点では既に計画は完了して居るので、もし自分が犯人であれば保持するのも面倒な森妖種の子供は殺してとっとと別の街に逃げて居ることだろう。
だがそれでもヘクターが小さな子供に対して無事かどうかもわかっていないのに連れて帰ることを約束するのは、彼の優しさからくるものである。
その後すぐに森をたったヘクター達は、再び元いた街まで帰ってきていた。
この街から既に連れ去られている、もしくは邪魔になる子供達は処理して逃げられている可能性も高いが、最後に目撃された場所がこの街なら、探すならここから始めるしかないだろう。
生活する上ではそれほど気にもならなかったが、城壁の上から眺めてみれば中々に広い街である。

「大見得を切ったのはいいが、どうするのだ? この広さをしらみつぶしに探していたら明日になるぞ」
「勝算が無いわけじゃないよ、妖精が見える子がいるならすぐでしょ。森妖種特有の匂いもあるし」
「確かにそれはそうか。とはいえそれなりにこの街は広いからな。苦労しそうだ」
「犯罪者がいる場所なんて大抵薄暗くて治安の悪い場所か、人がめちゃくちゃ多い場所のどっちかだから……」

注意深く観察してみれば人がどこら辺にいるのか、どういった人間がそこで生活して居るのかは見て取れる。
街の中央部は当然の如く活気に溢れているが人の目がつきすぎる為犯行には向いていない。
残るはスラム街と商業区、この二つのどちらかだ。

「あのへんかな」
「ここから先は二手に分かれるか。その方が効率がいいだろう」
「大丈夫? 一人は危ないぜエスペルちゃん」
「私にそんな舐めた口を聞けるのは世界でお前くらいのものだ。いいからさっさと行ってこい」
「はいはい」

エスペルの実力が心配なのではなくうっかり人を殺したりしないかがヘクターにとっては心配なのだが、そこは彼女のことを信頼するしかないだろうと割り切る。
商業区へと向かっていくエスペルの背中を見送ったのち、ヘクターはスラム街へと足を伸ばしていた。
スラム街と言っても明日の食事すらまともに分かっていないようなほど酷くはないようで、ただ単に治安が悪そうな場所だから定義上ヘクターはそう思っているだけにすぎない。
いくつかの出店が立ち並ぶ通りを歩きながら何人かに声をかけてみるが、いくつか似たような話こそ教えてくれるが今回の出来事に関係のありそうな話はない。
どうやら大きな犯罪組織の影がちらつき始めているが、余所者にリスクを冒してまで深いところまで教えてくれるような人間はいない。

「にしても入り組んでるな。上から見てなかったら迷いそうだ」
「──ってぇなぁ? おいおい俺の服が汚れちまったよ、どう責任とってくれるんだ?」
「いま急いでるんだ。あとにしてくれないか?」

本日何度目かの当たり屋を前にしてヘクターは不機嫌さを隠さずに言葉を返す。
剣は流石に抜いていないとは言え森妖種達に向けられた圧より少しだけマシと言った程度のものを受け、男は怯えたような視線を見せる。

普通の人間なら怯えてしまうような威圧感でも平気な顔をしているのは、治安が悪い地域で生きてきたからだろうか。
なんにせよ彼我の実力差を理解できるだけの目利きの力はあるようだ。

「わ、悪かった、アンタに手を出して。な、許してくれよ」
「なら一つ聞きたいことがある。森妖種の子供について何か知らないか? この街に二日程前に来たらしい」
「森妖種の子供……? なんかそんな話を聞いたような……」

脅した上で情報を取ろうとするのはあまり薦められるような事ではない。
目の前の人物が脅された上に聞いて回られたと吹聴されれば、犯人達に探している人間がいることをいち早く察知されてしまうだろう。

「思い出せたら何か合図になるようなものを出して教えてくれ。金は組合が出してくれるからな」
「へへっ、そらゃもちろんですよ」
「よし。契約成立だな、頼んだぞ」

金で縛れる関係性がなんだかんだ一番初対面の人間と強くこちらを結びつけてくれる。
その後も様々な場所を探し、道中何度か怪しそうな奴らを蹴散らしながらも探し続けていたヘクターだったが、森妖種達の情報というのは一向に入ってこない。
とりあえず高所へと移動し街の高いところから行き交う人間に怪しい人物がいないのかを見てみる。

「これだけ探しても痕跡がないのは妙だな」
「どうだヘクター、手がかりは見つかったか?」

ふと背後から気配を感じてヘクターが振り返ってみれば、なんとも言えない表情をしているエスペルがそこには立っていた。
彼女の方もどうやらダメだったらしいと思いつつ、一応確認しておくべきかとヘクターはエスペルに問いかける。

「全然ダメだ。そっちは?」
「森妖種を見たことがあると言っていた奴はいたが、二日前のことだしチラリと一瞬見ただけだと言う事だ」
「そうなるとこの街にはもう居ないかもなぁ。馬車で移動してたら流石に森妖種達も分からないだろうし」

森妖種達を乗せてこの街から逃げたのであれば気がつくだろうが、そうでなければ多数いる人間の中から犯人だけを探し当てるのは困難だ。
街の外に足を伸ばせば見つかる可能性もあるだろうが、この街の外にいるか中にいるかは随分な賭けである。
だが今日中に見つけなければいけない以上リスクは多少目を瞑らなければならないだろう。

「なら私は街の外を担当しよう。ヘクターは引き続き中を頼めるか?」
「その方が良さそうだな。任せたよエスペル」
「もちろん。もし見つけても一人で行くなよ」
「分かってるよ」

ある程度話をつけ、二人はすぐに別れて森妖種の子供を再び探し始める。
元々はほとんど単身で行動することが多かった二人は、人探しであれば自分だけで行動する方が随分と早い。
だがそうやって焦って探せば探すほどに徐々に得られる新しい情報は減っていき、如何にもこうにも当たりがない。
組合に行って事情説明は既に済ませており、その影響からか二時間ほど前からは眼下では組合員が走り回っている。
(まさかここまで完璧に痕跡消してるとはなぁ)
精霊も魔力もどちらも反応がなくよほど厳重に隠されているのだろう。
どうしようかと悩むヘクターだったが、そんなヘクターの視線の先でふと小さな煙が空に登っていく。

「煙? 火事か?」

火事を疑うヘクターだったが、煙の色が白だったのを見てどうやら作為的に燃やされたものらしいと判断し、もしやと思いながらも煙の方へと足をむけてみる。
すると少しひらけたところで何かを燃やしている男の姿が目に映る。
その男は少し前ヘクターが森妖種達を探すようにお願いしたあの男だ。

「おう旦那、さすがにはやいな」
「誰かと思えば昼間の奴か。何か情報が手に入ったのか?」
「今日の朝方、森妖種を見たって奴から話を聞いて場所を特定したぜ。やるだろう?」

外部からやってきた人間であるヘクターではとてもではないが得られなかった情報。
ヘクターは腰にくくりつけておいた財布をそのまま男に投げて渡す。
依頼金の大半はエスペルに渡してある上に、エスペルが受け取らなかった分は迷惑料として宿屋の女将に渡したため大した量は残っていない。
それでも一般人が得るには十分な大金だ。

「話が本当なら大手柄だ。前金だ、もし本当に見つかったら好きなだけ冒険者組合に請求しろ」
「さっすが旦那、話が早くて助かるぜ。道案内するから着いて来な」

袋の中身を確認することもなく男は意気揚々と歩いていく。
エスペルに状況を連絡するため魔法を一つ放ち、ヘクターはその後ろ姿を追いかけるのだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...