ただしい異世界の歩き方!

空見 大

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一章

龍王メティス

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 龍王と呼ばれるとどんな存在を頭の中に浮かべるだろうか。
 四本の足で地面を踏み締め、翼を持って空を駆ける最強の種族。
 龍と言うのであればそのような見た目だろう、竜と言うのであればまた話は別になるのだがそこまで明確な区別はつけられているのだろうか。
 基本的なコンセプトはおそらくこの世界の龍と共通だと思うが、問題なのはその後に乗っかってくる種類についてである。

「龍王メティス……ってどんな龍なの?」

 そして分からないことを素直に分からないと言えるのが翔の長所だった。
 明らかにこの世界の人間ならばオムツをつけるような赤子でも知っていると言わんばかりの反応をされたとして、それでも翔は自信を持って知らないと口にできる。

 知らないのに知っているフリをして突然龍王の前に出されるくらいなら、多少の恥はしかたがない。
 案の定あんぐりと口を開けて驚いた顔をしたのはラグエリッタだけでなく緑鬼種もである。

「龍王を知らないっすか!? この森の龍王は世界中のありとあらゆる事を知る知恵者として有名なお方っすよ!?」

「そうだ。この森の主である龍王メティス様は世界中で最高の知恵者、叡智の二つ名を持つ最強の龍である。
 まさか知らないとはな、どんな田舎から来たのだ?」

 そうしてまず最初に知れたのは知恵を持つ龍であるということ。
 龍王と呼ばれるほどなのだから戦力もそれなりなのだろうが、それよりも問題は知恵が働くというところだ。
 この世の全てを本当に知っているのだとすれば、それは翔にとって非常に魅力的な交渉相手である。
 世界中の物全てを見て回れるとはさすがに翔自身も思っていないので、叡智の二つ名を持つ龍王から聞き出したいことが多くあるからだ。

 既に贄として出される側としての意識をズレ始めている翔だったが、何故か何とかなるだろうという根拠のない自信が翔の中にはあったのだ。

「すいませんね、遥か遠い国から来たもので。それにしても龍がこの森を統治しているだなんて、なんだか不思議ですね」

「強いものが支配するのは当然の事だろう」

「ああいえそういうわけではなく、自分ならいろんな世界を見て回りたいと思うので」

 だが交渉する為にいくつか相手が欲しがりそうなものを考えていた翔は、ふと自分が龍の立場であればどうするかという事を考える。
 全てを破壊できるだけの力を持ち、全ての物事を知っていると言われるだけの知性があるのならば、自分が知らないものを見つける為に世界中を駆けずり回るはずだ。

 そうでなくとも他者を排除するような作りのこの森の中に居続けるということは考えにくい。

「世界を見て回ってもいいことなどないだろう。この森で生まれ、この森で寿命まで生きて死ぬ。それ以上の喜びなど私には考えつかんよ」

「それなら自分だって生まれた国で死にたいっす! 返してほしいっす!!」

「お前らが私達より弱いのが悪い。それにこの森は立ち入り禁止のはずだ、あの街の治安維持隊とそのように密約はできている」

「つまり助けは来ないと」

 立入禁止区域だとは聞かされていなかったとラグエリッタに視線を送ると、目線を泳がせながら明らかに彼女は視線をずらした。
 知っていながらこの森に入ったのだから、何かそれなりにラグエリッタには欲しかったものがあったのだろう。

 だが密約の事はどうやら知らなかったらしく、顔は青を通り過ぎてもはや白くなり始めているではないか。

「とりあえず龍神様に捧げるまでのお前たちの管理は巫女である私の預かるところだ。
 供物のお前たちがせめて未練なく死ねるように、それなりの事ならしてやろう」

「ならせめてこの森で手に入れられるレアな鉱石が欲しいっす、それを抱いて死ぬっす……」

 だがちゃっかりと自分が欲しかったものを要求したラグエリッタを前にして、翔もそれならばとついでに自分の要求を伝えておく。

「この森にいる他の動物の情報だったり、貴方たちの価値観や倫理観についていろいろと教えてほしいですね」
「鉱石は他の者に取りに行かせよう。お前の方の願いはよくわからんが、まあ別に叶えてやれんことではない。好きに質問するといい」

 そうして龍王の元へと移送されるまでの長い時間、翔は緑鬼種達についての事を根掘り葉掘りと聴き続けラグエリッタは貰った希少な鉱石に涎を垂らしていた。
 緑鬼種達について分かった事は大きく三つある。
 一つ目に彼等は別に森に住むというわけではなく、自分達が生まれた地域に住むという事。
 ならば他の場所へ移住しないのではないか、という話であるが男の緑鬼種が孕ませた雌が遠地で産み落とした者だったり、住む場所自体を焼き払われた時などに移住するらしい。

 二つ目は彼女の種族は上位緑鬼種ハイゴブリンと呼ばれる緑鬼種の上位種であり、そこには猿と人程の差があるらしい。
 三つ目は他の上位緑鬼種ハイゴブリンについてだが、数十年前にこの森に見限りをつけて去ってしまったという事だ。
 彼女が翔達を収容しているこの場所も、元は上位緑鬼種の折檻部屋だったというこもだ。

「……なんでそんな元気なんっすか」

「逆になんでそんなに死んだような顔をしているのか、心の底から気になるくらいだよ。知恵を持つ龍なら話し合いすれば何とかなるかもしれないし」

「確かにそれは……いや現実的に考えて絶対その発想はおかしいっす! 人がアリと会話できるからって見逃したりしないっすよ!!」

 なるほど、確かにそう言われてみれば会話が成立するかは途端に怪しくなる。
 人の倫理観で言えば自分の家に上がり込んで来た虫が突如自分と同じ言語を操り始め、あまつさえ命乞いすら始め出すのだ。
 不気味を超えてもはや恐怖、翔ならばまず間違いなく第二声を聞く前にトドメを刺すだろう。

「龍王メティス様の準備が整った。出ろ」

 先程までは元気な顔をしていた翔だったが、いまとなってはラグエリッタと同じような顔をしながら手を縄で繋がれてトボトボと翔は歩いていく。
 こうなれば逃げるしかない。
 ラグエリッタを抱えたまま逃げると考えると正直逃げ切れるかは五部であるが、龍王もセットになって追いかけられることを考えればまだマシだ。

「てっきり龍王様が飛んできてぱっくり行かれるものかと思ってたっす」

「お前たちのために龍王が飛ぶことはない」

「…………龍王は飛ばないんじゃなくて飛べないんじゃないですか?」

 だがまたもや翔に閃きが生まれる。
 冷静に考えてみればそうだ。
 わざわざ自分より弱い緑鬼種の力を借りずとも龍が自分の力で空を駆けることが出来るのであれば、人間なぞ街まで飛んでいって勝手に食べ散らかすだろう。

さらにこの道中何度か見てきた木が翔の考えを確信へと変える。
 そんな翔の閃きは随分と相手の痛いところをついたようで、一切の躊躇いなく剣を取り出して緑鬼種が般若のような面を見せる。

「貴様どこでそれをッ!?」

「龍王と呼ばれる存在が存命で、叡智を持つとまで呼ばれるほどの存在であるならば、病気になっている木のそばで翼を休めるとは思えない。
 それに龍王がわざわざ自分よりも弱い緑鬼種に食料を運ばせているというのは違和感だ」

「確かにそうっす! 龍種は最強であるという固定観念のせいで見落としてたっす」

 龍が病気であるならば、そこに交渉の余地もあるだろう。
 叡智を持つ龍王が自分の病気を治せないのであるとするなら、その理由はきっとこの世界の病気でないか龍王の知恵を持ってしてももう手がつけられないほど進行しているということだ。
 前者であるのならばまだ翔には直せる可能性がある。
 そしてその可能性ができたことで、新たに交渉の場に相手を立たせられる道筋ができた。
 わざわざ贄を用意してまで龍のことを介護しているのだ、その病気が治せるともなれ武器を抜いている目の前の彼女も仲良してくれるだろう。

「……こういっては何だが、よかったよお前の様な人間がここで捕まってくれて。悪いがここで死んでくれ」

「随分と直接的な言葉使いますね、死ぬ気はさらさらないですけどメティス様にはあってみたいので逃げたりはしませんよ」

 連れられるままに翔達は後を追いかけていく。
 森は奥に行けば行くほど他者を拒むように深く生い茂っており、龍の気配が感じられるほどの距離にもなるとまるで緑の壁があるようだ。

「これが──」

「叡智の龍王メティス……!」

 龍王メティスの伝説は数多く伝えられているが、その見た目が伝承に残される事はほとんどない。
 なぜなら知恵者の信仰対象であるメティスは書物に記すと、その者から発想を奪うという噂がまことしやかに流れているからである。

 だがそんな話を翔が知っていたとして、きっとその話は根本から間違っていると言っただろう。
 実際のところ龍王メティスというのは、あまりにも美しい龍だからその姿を正確に書き写すことが困難なのである。
 夜の闇のように不思議と安心する黒い鱗が全身を覆い、青い瞳は大きな宝石のようである。

 翼は綺麗に折り畳まれているが実際のところは数メートルから十メートルにもなるのではないかと思えるほど。
 長く鋭利な尻尾は振り回すだけで十分な脅威になり得るし、爪は人くらいならば簡単に切り裂いてしまいそうだ。

「……ああ、新たな贄か」

 ゆっくりと首を持ち上げ、こぼすようにして目線を翔達に落としたメティスから聞こえてきたのは、流れる水のように透き通った声である。
 その声からは圧というものが感じられず、旧友に語りかけてくるような口調だった。

「哀れなことだ。もはや飛べぬ龍を前にして、逃げることも出来ぬとはな」

「これが龍……そもそも構造的に飛べないのでは?」

 見れば見るほどに立派な体躯、鱗の下にあるのは引き締まった筋肉だろう。
 だとすれば全長にして数十メートル近い目の前の龍が数メートルの翼で飛べるかと聞かれれば、気になるところではある。
 見た目に反した重量をしている可能性もあるので一応体重を図らなければ正確なことは言えないが、

「余計なこと言わないで欲しいっス!?」

「我ら龍種の身体は非常に軽い。それに加え翼は飛行時に大きくなり、魔力によって捕まえる風の量は見た目よりさらに多い。
 飛行原理を事細かに説明すればまだまだ長くなるがな」

「おおっ! この世界観で飛行原理について化学的に理解できているなんて! さすがは叡智を持つ龍王、おみそれしました」

「世辞はいい、気にするな。贄のいた世界ならば体系化されていた学問の一つだろう?」

 翔の方を見ながらそうメティスが口にしたとたん、初めて翔は焦りと同時に警戒の色を見せる。
 確かに化学的と言う言葉を出してしまったのは失言ではあったが、それでも別の世界から来た人間であると即座に見抜くその目はかなりのものだ。

「……なるほど。確かに警戒するべき相手ですね、これが龍ですか」

「我と知恵比べをしようとするものは久しぶりだよ、食うのが惜しいくらいだ」

「や、やっぱり食べるっスか!?」

「逃すわけにもいかんのでな。それに森の者たちが供物として出してくれた手前、見逃したら彼等が可哀想だ」

 知恵に長けており弱者に対して気配りもできる。
 目の前で対峙している感覚からして、おそらく戦闘能力は超一級品だ。

 異世界人であることを知られている以上は科学的手法を用いてなんらかの気を引くものを作る事も難しいだろうし、病気を治せるかどうかもそうなってくると怪しいものだ。
 異世界人やその知識について知っていると言うのに、病気についてだけは知らないと言うのは都合の良すぎる発想だろう。

「衰弱の理由を俺が治せるとしても──ですか?」

「なっ!? そんなことが出来るわけない! 我ら森の民がどれだけ手を尽くしてもなんともならなかった難病を人が治せるはずが……」

「異世界から持ち込まれた病気であれば、俺にだって治せるよ」

 だが翔は最初に決めた案を押し通す。
 この案こそが最も生存確率が高く、かつ今後の状況が最も良くなる交渉である。
 目を細めてこちらを覗き込む龍王を前にしながら勇気を振り絞った翔は、人生最初の大きな賭けに出るのであった。
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