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一章
森の中で
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「ふぁっぁ……ううっ、もう朝っすか」
平地では基本的に交代しながら夜を明かすものなのだが、ラグエリッタが持ってきた寝袋は他社からの認識を阻害する効果がある。
それに加えて魔物の森が近いこの街道は、弱い魔物達は寄ってこないし強い魔物は森の中に居座っているので見張りを立てずに寝る事もできるのだ。
身体を伸ばして脳を起こしながら大きく空気を吸い込むと、近くで灰のようになっている翔の姿が目に入る。
「し、死んでるっすか?」
「生きてるんで動かさないで、吐きそう」
顔面蒼白で本当に動かしたら戻しそうな翔を見て、ラグエリッタは付近に魔物がいないか警戒する。
一部の魔物は魔法を用いて他者を恐怖させることがある。
翔がそう言った魔物の影響を受けてこうなってしまった可能性は捨てきれない。
「何があったら外で寝てるだけでそんなにも精神的に疲弊するっすか」
「性悪爺に夢の中でこの世の危なさについて教えてもらったらこうなったんだ……胃腸薬とかこの世界にはないかな」
「まあ何か知らないっすけど歩いているうちに治るっすよ」
よほど腹が痛いのか疼くまるような翔だったが、これから行く場所を考えるとその程度のことでダラダラとはしていられない。
それから歩き始めて二時間ほどか、小走りのようなペースで移動し続けていた翔達は無事に魔物の森についていた。
その頃には随分と腹の調子も治まったのか、翔の顔も元に戻ってきた。
「それでここが……」
「魔物の森、人類が手を出さない地域のうちの一つであり、龍王の居住区っす」
「この入ってはいけない感、やっぱり引き返そうかな」
魔物の森を前にして怯え始めた翔だが、そうなってしまうのも無理はない。
深く生い茂った木々は太陽の光を遮断しており、朝陽が出ていても森の中は真っ暗闇の中である。
そんな場所で普段から生活している魔物達相手に闘うことを考えれば、恐れない事の方が難しいだろう。
「いまさら引き返してももう遅いっす、背中を見せたらすぐに森の魔物に襲われるっすよ」
「さすが危険地帯ってところか。それなら先に進もう」
だがいまさら引き返すことなどできるはずもない。
魔物達は既にこちらを狙っており、逃げ出そうとすれば弱者と断じられかなりの距離を追いかけられるだろう。
そのことを考えれば一度森の中に入り、状況をある程度確認してから下がった方がまだ安全だ。
ガサガサと音を立てながらまるで何でもないように森の中へと入っていく翔を見て、後ろでガチャガチャと用意をしていたラグエリッタは驚きの声を上げる。
「い、痛くないんすか?」
「何が?」
「いま手で押した植物は鉄針草と言って、ナイフのような切れ味も持つことで有名な草っすよ。自分みたいに革鎧着ないと傷を負うっす」
「ああ、そういうことですか。体は頑丈なので、ゆっくり後をついてきてください」
ラグエリッタが安全に通れるように危ない草木を退けながら森の中へ歩いていく翔は、手に武器を持つ事もなくズンズンと進んでいく。
先程まで引き返そうとしていた人間のそれではないが、ラグエリッタとしても言葉をかけて急に引き返されても困るので黙々とその跡をついていく。
「魔物の森って中こんな感じになってるんっすね」
「森自体が侵入者を排除しようとしている? まぁ確かに伐採されるのを木が意識的に恐るならこうするか」
「少なくとも常人が生活していける環境ではないことは確かっす」
メモ帳を取り出しながら気がついたことを書いていく翔の後ろで、ラグエリッタは自分の目当ての物がどこにあるかを探し始める。
ラグエリッタがこの森に来たのは初めてではない。
彼女もしっかりとした目的があってここにやってきており、それを探すためにこうして同行しているのだがふと翔が求めているものが気になったラグエリッタは書く手を止めた翔に声をかける。
「そういえばなにを目的としてこの森の中に入ったっすか?」
「新しい植物とか動物を見たかっただけなので。目的というものは特にはないですよ」
あっけからんと言い放った翔の言葉に、ラグエリッタは驚きよりも先に呆れの感情が浮かんでくる。
「目的もないのにこの森に入るなんて自殺願望でもあるか聞きたくなるレベルっす」
「ー-本当にそうだな」
その声はまるで耳元で囁くようにしてラグエリッタの脳内を侵食していく。
明らかに女性の声であるそれはつまりこの森に住む何者かのもの。
それもラグエリッタが近づいてくることにすら気がつかないほどの、圧倒的な存在である。
「なっ!?」
「危ない!!」
驚きから腰に隠していた武器を抜き出しノーモーショーンで振り抜いたラグエリッタだったが、その行動に対して翔から怒号が飛ぶ。
何か不味いことが起きているのか──いや、相手に先手を取られた時点でこれ以上まずい事などない。
しかも既に力みすぎた事によって武器は引き戻せないほどの速度で進み始めており、ラグエリッタは武器を振り終わるまでは完全に無防備な状況である。
それを察してか翔がラグエリッタの体に体当たりをすると、コンマ数秒前までラグエリッタの体があった場所を何か高速の物体が抜けていく。
「ほう、いまのを避けるか。なかなかやるではないか」
何が射出されたのか探るために視線を周囲に向けて見るが、声のある時も放たれた球もどちらも目に入ってこない。
放たれた物体が見つからない理由はありえるとすればすごく小さな何かを放たれたか、木々を貫通してしまうほどの威力だったかその両方か。
前に出てラグエリッタの身を守ろうとしている翔は、相手との位置を探る為に質問を投げかける。
「人? じゃないよなこんなところにいるってことは」
翔が石を投げつけると、突如何かの空間にぶつかったかのように石が弾き飛ばされる。
そうしてゆっくり周囲の景色が侵食されていくと、先程までは何もなかったはずの場所に一人の女性が立っていた。
緑の肌に淡い青色の髪色、その姿を見ればこの世界に生きるものならば誰でも目の前の種族が何なのか分かる。
野蛮なる者達の二つ名を持つ緑鬼種、彼女はその纏う気配からしておそらくその上位種だろう。
翔が彼女の隠蔽技能を無効化できた事も驚きではあるが、更なる驚きは彼女の手に武器のようなものが何も握られていない事である。
「私を見て人だと口にしたのはお前が初めてだよ。どこからどうみても人ではないだろうに」
「人の見た眼をしている限り人間として扱うように親から教わってるんでね」
「そうか、私からしてみれば馬鹿にしているようにしか感じないよ」
先程の攻撃を考えれば何かを投擲しているはずだが、武器を持っていない以上は魔法かなんらかの技能によって先程の攻撃はなされたはずだ。
一瞬たりとも油断できない状況なのだが、彼女の姿からは敵意と言ったものは感じられない。
「それはそれは……やっぱこの世界の人間嫌われてますね」
「逃げない方がいい、抵抗しない限り貴重な人質として使わせてもらうよ」
「分かりました。大人しくついていくので隣の彼女に攻撃しないようにお願いしますね」
逃げようと思えばおそらく逃げられるだろう。
先程の攻撃を回避できたところを見るに、翔は相当運動能力に関して秀でたものがあるように思える。
普通ならば体力の損傷を気にするところだが、不眠不休で岩を掘り続けられるあの体力があればその心配もない。
逃げないのはまず間違いなくラグエリッタが逃げられないからだ。
そのことを分かっているからこそラグエリッタは翔に言葉をかけようとするが、それよりも早く緑鬼種が言葉を返す。
「ああ、任せろ」
その言葉と共に翔の体を不可視の何かが襲う。
「──っ!」
目の前でまるで布切れのように吹き飛ばされた翔は、近くにあった木々を薙ぎ倒してその身体を地面に横たえる。
普通の人間ならば良くて即死、下手に息があった場合は長く苦しむ事になってしまっていただろう。
だが翔の体はどこかが欠損する事もなく、規則的に胸を上下させていた。
あの一撃を喰らっても死なないほどの圧倒的なタフネス、それを自分に期待する眼差しを向ける緑鬼種を前にしてラグエリッタは大きく首を横に振る。
あんなものを食らえばひとたまりもないだろう。
伸びているカケルとラグリエッタを小脇に抱えながら、彼女は森の奥へと向かって進んでいくのだった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「──っス! 起きて欲しいっス!」
そんなラグエリッタの言葉をきいて翔はゆっくりと身体を起こす。
人生初めての気絶という体験、記憶が一気に飛ぶものかと思えば実際のところは体が動かなかっただけで意識はそのままである。
ようやく体が動けるようになった事に安堵しながら、翔は大声で叫び続けるラグエリッタの口を抑えた。
「うるさい。ここは?」
「緑鬼種達の村っす! 自分達ここで食べられちゃうっす!」
「ここが緑鬼種の村? そうかそうか、こんな感じなのか」
「なんで若干嬉しそうなんすか!」
翔達が現在押し込められているのは、巨大な虫籠のような牢屋である。
人が通れるような間こそないものの景色を見るには十分であり、翔は周りの状況を確認しながら何があるのかを確認していた。
だが数秒ほどして興味なさげに翔は腰を落とす。
「村と言われても家のような物が見当たらないし、普通の森林って感じだけど」
「緑鬼種の中でも特に優秀な種族は、人の目じゃ判別不可能なレベルまで物を隠すことができるっす。ここは立派な彼等の村っすよ」
「そういう事だ人間と混ざり物よ」
ふと会話に入り込んで来たのは、先程頭をぶん殴ってきた緑鬼種だ。
見れば見るほど人のようにしか見えず、髪で片目が隠れているのも相まってミステリアスな雰囲気を纏っているのがなんともよい。
先程は装備を着用していなかったがいまはしっかりと鉄でできているだろう装備を着用しており、腰には剣が、背中には弓が取り付けられている。
「我らの村へようこそ、歓迎しよう」
「歓迎ありがとうございます。それで何が目的ですか? まさかとって食うわけでもないでしょうし」
「そのまさかだよ。まぁ我らが食うわけではないがな」
「やっぱりっす! 食われるっす! 食べるならカケルにするっす! 自分を食べても美味しくないっす!」
先程までは自分が守らんとばかりに翔の前に出ていたラグエリッタだったが、食べられることはどうにも我慢がならなかったのか翔の影へとスッと隠れてしまう。
「初めて名前を呼ばれるときがまさか身代わりに差し出される時なんて思っても見なかったよ」
「仕方がないっス! 命は何より大切っす!」
「仲間を売るとは所詮は混ざりか。どちらも献上することが既に決まっているのだがな」
前に押し出される形で盾にされてしまった事よりも、ふと別のことが翔の頭の中を疑問として駆け巡る。
先程からこ口ぶりからして、おそらくは目の前の彼女達によって食べられるわけではないのだろう。
そんな翔の考と似たような考えをラグエリッタも持ったようである。
「さっきから献上献上うるさいっす! 一体誰に献上するっていうっスか!」
「この森で生きる我々がかしずく生物など一種しかおらんだろう」
「ま、まさか!?」
「叡智の二つ名を持つ龍王、メティス様への供物に他ならん」
龍王の名を冠する龍の中の龍。
その名は世界中に轟き、人々は恐れを抱いてその名を呼ぶのだ。
この世界の頂点である最強の存在。
龍王メティスの名を。
平地では基本的に交代しながら夜を明かすものなのだが、ラグエリッタが持ってきた寝袋は他社からの認識を阻害する効果がある。
それに加えて魔物の森が近いこの街道は、弱い魔物達は寄ってこないし強い魔物は森の中に居座っているので見張りを立てずに寝る事もできるのだ。
身体を伸ばして脳を起こしながら大きく空気を吸い込むと、近くで灰のようになっている翔の姿が目に入る。
「し、死んでるっすか?」
「生きてるんで動かさないで、吐きそう」
顔面蒼白で本当に動かしたら戻しそうな翔を見て、ラグエリッタは付近に魔物がいないか警戒する。
一部の魔物は魔法を用いて他者を恐怖させることがある。
翔がそう言った魔物の影響を受けてこうなってしまった可能性は捨てきれない。
「何があったら外で寝てるだけでそんなにも精神的に疲弊するっすか」
「性悪爺に夢の中でこの世の危なさについて教えてもらったらこうなったんだ……胃腸薬とかこの世界にはないかな」
「まあ何か知らないっすけど歩いているうちに治るっすよ」
よほど腹が痛いのか疼くまるような翔だったが、これから行く場所を考えるとその程度のことでダラダラとはしていられない。
それから歩き始めて二時間ほどか、小走りのようなペースで移動し続けていた翔達は無事に魔物の森についていた。
その頃には随分と腹の調子も治まったのか、翔の顔も元に戻ってきた。
「それでここが……」
「魔物の森、人類が手を出さない地域のうちの一つであり、龍王の居住区っす」
「この入ってはいけない感、やっぱり引き返そうかな」
魔物の森を前にして怯え始めた翔だが、そうなってしまうのも無理はない。
深く生い茂った木々は太陽の光を遮断しており、朝陽が出ていても森の中は真っ暗闇の中である。
そんな場所で普段から生活している魔物達相手に闘うことを考えれば、恐れない事の方が難しいだろう。
「いまさら引き返してももう遅いっす、背中を見せたらすぐに森の魔物に襲われるっすよ」
「さすが危険地帯ってところか。それなら先に進もう」
だがいまさら引き返すことなどできるはずもない。
魔物達は既にこちらを狙っており、逃げ出そうとすれば弱者と断じられかなりの距離を追いかけられるだろう。
そのことを考えれば一度森の中に入り、状況をある程度確認してから下がった方がまだ安全だ。
ガサガサと音を立てながらまるで何でもないように森の中へと入っていく翔を見て、後ろでガチャガチャと用意をしていたラグエリッタは驚きの声を上げる。
「い、痛くないんすか?」
「何が?」
「いま手で押した植物は鉄針草と言って、ナイフのような切れ味も持つことで有名な草っすよ。自分みたいに革鎧着ないと傷を負うっす」
「ああ、そういうことですか。体は頑丈なので、ゆっくり後をついてきてください」
ラグエリッタが安全に通れるように危ない草木を退けながら森の中へ歩いていく翔は、手に武器を持つ事もなくズンズンと進んでいく。
先程まで引き返そうとしていた人間のそれではないが、ラグエリッタとしても言葉をかけて急に引き返されても困るので黙々とその跡をついていく。
「魔物の森って中こんな感じになってるんっすね」
「森自体が侵入者を排除しようとしている? まぁ確かに伐採されるのを木が意識的に恐るならこうするか」
「少なくとも常人が生活していける環境ではないことは確かっす」
メモ帳を取り出しながら気がついたことを書いていく翔の後ろで、ラグエリッタは自分の目当ての物がどこにあるかを探し始める。
ラグエリッタがこの森に来たのは初めてではない。
彼女もしっかりとした目的があってここにやってきており、それを探すためにこうして同行しているのだがふと翔が求めているものが気になったラグエリッタは書く手を止めた翔に声をかける。
「そういえばなにを目的としてこの森の中に入ったっすか?」
「新しい植物とか動物を見たかっただけなので。目的というものは特にはないですよ」
あっけからんと言い放った翔の言葉に、ラグエリッタは驚きよりも先に呆れの感情が浮かんでくる。
「目的もないのにこの森に入るなんて自殺願望でもあるか聞きたくなるレベルっす」
「ー-本当にそうだな」
その声はまるで耳元で囁くようにしてラグエリッタの脳内を侵食していく。
明らかに女性の声であるそれはつまりこの森に住む何者かのもの。
それもラグエリッタが近づいてくることにすら気がつかないほどの、圧倒的な存在である。
「なっ!?」
「危ない!!」
驚きから腰に隠していた武器を抜き出しノーモーショーンで振り抜いたラグエリッタだったが、その行動に対して翔から怒号が飛ぶ。
何か不味いことが起きているのか──いや、相手に先手を取られた時点でこれ以上まずい事などない。
しかも既に力みすぎた事によって武器は引き戻せないほどの速度で進み始めており、ラグエリッタは武器を振り終わるまでは完全に無防備な状況である。
それを察してか翔がラグエリッタの体に体当たりをすると、コンマ数秒前までラグエリッタの体があった場所を何か高速の物体が抜けていく。
「ほう、いまのを避けるか。なかなかやるではないか」
何が射出されたのか探るために視線を周囲に向けて見るが、声のある時も放たれた球もどちらも目に入ってこない。
放たれた物体が見つからない理由はありえるとすればすごく小さな何かを放たれたか、木々を貫通してしまうほどの威力だったかその両方か。
前に出てラグエリッタの身を守ろうとしている翔は、相手との位置を探る為に質問を投げかける。
「人? じゃないよなこんなところにいるってことは」
翔が石を投げつけると、突如何かの空間にぶつかったかのように石が弾き飛ばされる。
そうしてゆっくり周囲の景色が侵食されていくと、先程までは何もなかったはずの場所に一人の女性が立っていた。
緑の肌に淡い青色の髪色、その姿を見ればこの世界に生きるものならば誰でも目の前の種族が何なのか分かる。
野蛮なる者達の二つ名を持つ緑鬼種、彼女はその纏う気配からしておそらくその上位種だろう。
翔が彼女の隠蔽技能を無効化できた事も驚きではあるが、更なる驚きは彼女の手に武器のようなものが何も握られていない事である。
「私を見て人だと口にしたのはお前が初めてだよ。どこからどうみても人ではないだろうに」
「人の見た眼をしている限り人間として扱うように親から教わってるんでね」
「そうか、私からしてみれば馬鹿にしているようにしか感じないよ」
先程の攻撃を考えれば何かを投擲しているはずだが、武器を持っていない以上は魔法かなんらかの技能によって先程の攻撃はなされたはずだ。
一瞬たりとも油断できない状況なのだが、彼女の姿からは敵意と言ったものは感じられない。
「それはそれは……やっぱこの世界の人間嫌われてますね」
「逃げない方がいい、抵抗しない限り貴重な人質として使わせてもらうよ」
「分かりました。大人しくついていくので隣の彼女に攻撃しないようにお願いしますね」
逃げようと思えばおそらく逃げられるだろう。
先程の攻撃を回避できたところを見るに、翔は相当運動能力に関して秀でたものがあるように思える。
普通ならば体力の損傷を気にするところだが、不眠不休で岩を掘り続けられるあの体力があればその心配もない。
逃げないのはまず間違いなくラグエリッタが逃げられないからだ。
そのことを分かっているからこそラグエリッタは翔に言葉をかけようとするが、それよりも早く緑鬼種が言葉を返す。
「ああ、任せろ」
その言葉と共に翔の体を不可視の何かが襲う。
「──っ!」
目の前でまるで布切れのように吹き飛ばされた翔は、近くにあった木々を薙ぎ倒してその身体を地面に横たえる。
普通の人間ならば良くて即死、下手に息があった場合は長く苦しむ事になってしまっていただろう。
だが翔の体はどこかが欠損する事もなく、規則的に胸を上下させていた。
あの一撃を喰らっても死なないほどの圧倒的なタフネス、それを自分に期待する眼差しを向ける緑鬼種を前にしてラグエリッタは大きく首を横に振る。
あんなものを食らえばひとたまりもないだろう。
伸びているカケルとラグリエッタを小脇に抱えながら、彼女は森の奥へと向かって進んでいくのだった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「──っス! 起きて欲しいっス!」
そんなラグエリッタの言葉をきいて翔はゆっくりと身体を起こす。
人生初めての気絶という体験、記憶が一気に飛ぶものかと思えば実際のところは体が動かなかっただけで意識はそのままである。
ようやく体が動けるようになった事に安堵しながら、翔は大声で叫び続けるラグエリッタの口を抑えた。
「うるさい。ここは?」
「緑鬼種達の村っす! 自分達ここで食べられちゃうっす!」
「ここが緑鬼種の村? そうかそうか、こんな感じなのか」
「なんで若干嬉しそうなんすか!」
翔達が現在押し込められているのは、巨大な虫籠のような牢屋である。
人が通れるような間こそないものの景色を見るには十分であり、翔は周りの状況を確認しながら何があるのかを確認していた。
だが数秒ほどして興味なさげに翔は腰を落とす。
「村と言われても家のような物が見当たらないし、普通の森林って感じだけど」
「緑鬼種の中でも特に優秀な種族は、人の目じゃ判別不可能なレベルまで物を隠すことができるっす。ここは立派な彼等の村っすよ」
「そういう事だ人間と混ざり物よ」
ふと会話に入り込んで来たのは、先程頭をぶん殴ってきた緑鬼種だ。
見れば見るほど人のようにしか見えず、髪で片目が隠れているのも相まってミステリアスな雰囲気を纏っているのがなんともよい。
先程は装備を着用していなかったがいまはしっかりと鉄でできているだろう装備を着用しており、腰には剣が、背中には弓が取り付けられている。
「我らの村へようこそ、歓迎しよう」
「歓迎ありがとうございます。それで何が目的ですか? まさかとって食うわけでもないでしょうし」
「そのまさかだよ。まぁ我らが食うわけではないがな」
「やっぱりっす! 食われるっす! 食べるならカケルにするっす! 自分を食べても美味しくないっす!」
先程までは自分が守らんとばかりに翔の前に出ていたラグエリッタだったが、食べられることはどうにも我慢がならなかったのか翔の影へとスッと隠れてしまう。
「初めて名前を呼ばれるときがまさか身代わりに差し出される時なんて思っても見なかったよ」
「仕方がないっス! 命は何より大切っす!」
「仲間を売るとは所詮は混ざりか。どちらも献上することが既に決まっているのだがな」
前に押し出される形で盾にされてしまった事よりも、ふと別のことが翔の頭の中を疑問として駆け巡る。
先程からこ口ぶりからして、おそらくは目の前の彼女達によって食べられるわけではないのだろう。
そんな翔の考と似たような考えをラグエリッタも持ったようである。
「さっきから献上献上うるさいっす! 一体誰に献上するっていうっスか!」
「この森で生きる我々がかしずく生物など一種しかおらんだろう」
「ま、まさか!?」
「叡智の二つ名を持つ龍王、メティス様への供物に他ならん」
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