ただしい異世界の歩き方!

空見 大

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一章

勇気ある者

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 王が強者であることを求められないのは、世界ひろしといえど人類くらいのものである。
 亜人種やそれに類する種族の多くは王がなんらかの優れた力を持っていなければいけないという考えを持ち、故に王は血ではなくその力で持って選ばれる。

 龍王もその例に漏れず、龍王メティスは龍の中でも別格の存在である。
 そんな王を前にして、たかだか平民の一人である翔は両手を広げていまにもマリスを殺そうとする龍王の前に立ちはだかった。

「殺しちゃダメです!!」

 リスクリターンを考えればここでマリスが殺されるのを見殺しにするのも賢い選択ではある。
 だが賢く生きたいのであればこの森に入った時点からもっと別の動き方があったはず、翔が求めているのは効率の良さではなくいかに面白く過ごせるかであり、目の前で話していた人物が殺されていくのをみて面白いとはさすがに思えない。

 何かを口から吐き出そうとしていた龍王は一旦その口を閉じると、顎をしゃくって翔に話を続けるように指示を出す。

「この森にとって彼女は必要な存在です。殺したらこの森はいよいよ終わってしまう!!」

「お前の命を狙い、間接的に我の命を脅かしたのだ。殺す理由としては十分だろう」

「今まで供物としてご飯食べさせてもらってたんだからそれくらい我慢するべきだと思うっす!」

 この森の重要性は翔も重々承知している。
 手付かずの資源がこれだけあって、龍王が根城にしていた場所ともなれば新たな国一つすら興せるような場所だ。
 鉄針草など危険な環境も人と時間をかければどうにでもなる。

 むしろ龍王が来るまでこの森が保たれていたことが不思議だが、上位緑鬼種ハイゴブリンの集落の規模からして数百人程度はいたようなので迂闊に手を出せなかったというところか。
 命を張って敵を守る翔を前に、龍王は興味を無くしたようにそっぽを向く。

「間違ってはおらんな、貴様の口にすることは間違っておらん。いいだろう、許そう」

 龍王メティスとてわざわざマリスを殺したかった訳ではない。
 確かに薬を運ぶのを妨害されたことに関しては業腹だが、森のことを考えればマリスが翔を襲うこともわかっていたし、その結果自分が死ぬことになっても運命として受け入れるつもりでいた。

 そんなメティスがマリスを殺す提案をしたのは、受けた恩の大きさを単純比較した結果翔の要望を叶えながらマリスの要望を叶えるのであれば殺してあげることこそが、優しさだと考えたからだ。
だが翔はマリスを殺すという選択肢を取らず、むしろ守ろうとした。
ならばメティスが手を出す必要はない。

「私を救うというのか!? 負けた私に対して同情するつもりか?」

「殺す必要なんてないと思いますから。それに病気がなくなって龍王がこの森からいなくなるとして、貴女までいなくなればこの森は完全に人の手にいずれ落ちますよ」

 殺せば話は一旦丸く収まるのだろうが、だがそんな価値観は日本で暮らした翔の中にはない。
 交渉の材料として戦闘という手段を取ってはしまったが、片方の意見が通ったのであればそれ以上のことを求めるつもりは翔にはなかった。
 もちろんそんな事を直接本人に言ったところで納得してくれるとも思っていない翔は、卑怯だと思いながら森を引き合いに出して話を進める。

「何を気にしているかと思えばそういう事か。確かにこの森を人の手に落としたくないのであれば殺すわけにはいかんだろうな」

「まあとりあえずメティス様の無事を喜びましょうよ。お体の程はどうですか?」

「ふむ……多少からだが軽くはなったな」

 先程まであんなにも気だるそうだったメティスがここまで飛んでこれたということは、薬は既に飲んだものと考えていいだろう。
 だが手のひらに収まるようなサイズの薬ではメティスの巨体に浸透するまで時間がかかるようであり、まだ全開ではないようである。
 それをメティスも理解しているのだろう、時折り羽根を動かしながら調子を確認しているような素振りが見られた。

「体の大きさ的に効くまでに多少時間がかかると思うので、それまでは安静にしていてください。
 その間はマリスさんと今後の森について話をしておきますので」

「いや、その必要はない。徐々にではあるが頭が冴えてきた。今後の展開を少々予想してみよう」

 病気によってメティスが衰えてしまった一番の能力は、その冴え渡る知性そのものである。
 叡智の力を全力で使い切れる頃に病気の存在を知っていたのならば、おそらくメティスは何事もなく病気を乗り越えていただろう。
 静かに目を閉じて考えを巡らせるメティスを前に、ラグエリッタが言葉をこぼす。

「聞いたことがあるっす。叡智の龍王はその類まれなる知性で未来予知にも近い予想ができるらしいっす」

「どれだけ賢かったらそんな事が……」

 将棋やチェスのようなマス目が決まっているゲームですら未来予測は難しいというのに、不確定が常に存在し続ける現実を未来予知に近い精度で予想するにはどれだけの知能が必要なのだろうか。
 もはやそういう技能なのだと断定してしまいたくなる程だ。
 そうして熟考に熟考を重ねたメティスは、あまり良くない未来を見通した。

「さて、十分に考えた結果私がこの森に住み続けたところで、この森の未来は厳しいという事が判明した」

「一体なぜ!?」

 反射的に言葉を返したのはもちろんマリス。
 龍王の力を当てにしていた彼女からすればその龍王がこの森に残ってくれても怪しいというのだから、当てが外れた形になる。
 龍王ですら退けられない何かがここに向かっているのだとすれば、マリスには絶望しか残されていないだろう。

「問題は勇者がこの森に向かっているという事だ。
 本来この森に来る要件などなかったはずだが、道中何者かに吹き込まれたらしいな、私が瀕死の重大であることを」

「龍王が瀕死だからってなぜ勇者が? 確かに龍王を相手にする事を考えたらそれくらい強そうな人が来るのは納得できますが」

「龍の体は素材の宝庫っす。それにこの森は王国領と帝国領との丁度狭間の位置にあるから、戦略的な意図をもって見てもこの場所を狙うのはおかしな話ではないっす。
 勇者が来るのはそんな場所だから軍を大きく動かすと他の国に文句言われるからっすね」

 勇者という単語になんとも興味をひかれる翔だったが、それよりもまずは現状の把握である。
 ラグエリッタの口ぶりからして勇者は一軍に匹敵するだけの力を持っているようであり、そんな人物がやって来るのであればメティスが勝てるか勝てないかは別としてこの森に与えられる被害は相当なものになりそうだ。

「勇者か……勇者。勇者ってどんな奴なんですか?」

「勇者を知らないっすか!? いったいどんなところから来たっすか」

 日本だと口にしたところで伝わるのはメティスだけだろう。
 頭の上にハテナを浮かべているラグエリッタを無視して、翔が問いかけた先はもちろんメティスである。

「まあそういう事であれば説明してやろう。勇者についてな」

 そうしてメティスから詳細な勇者についての情報が与えられる。
 まずこの世界において勇者というのは異世界から召喚された力ある者達の総称であり、分類上は翔も勇者ということになるのだ。
 勇者がいるのであれば魔王は? という話だが魔王と呼ばれる生物は存在しておらず、またそれに近い存在もいないということである。

 勇者の召喚方法には二パターンあり、神によって連れて来られるパターンとこの世界の人間達の儀式によって召喚されるパターン。
 翔の場合は前者であるが、これは極めて稀なパターンであるらしい。
 この世界に連れて来られた理由がこの世界への負担である事を知っている翔としては、自分と同じ存在がそう多くいないことは予想の範疇である。

 後者の儀式によって召喚される異世界人というのは数十年に一度程度の頻度で発生するらしく、一般的に勇者と言われるとこちらの方を指すようだ。

 異世界人達は平均して何か一つ特別な能力を持っているらしいのだが、もっぱら神の奇跡と呼ばれるそれはメティスをして原因が不明らしく、神に呼び出された異世界人以外に能力について聞くとただ「貰った」とだけ堪えるとのことである。

「──というのが勇者の概要だ。今回こちらに来る勇者は後者の勇者だ。
 強さに関してはまちまちだが、まあ一般人を基準にするのであれば驚異的な力を持っている」

「なるほど、それもまた負荷の形の一つか……できれば関わりたくないなぁ」

「正直な話お主の強さもまあまあ規格外ではあるのだがな。そこの上位緑鬼種を相手にして傷一つ負わずに逃げ延びるのは中々の実力だ」

「そんなに褒めないでくださいよ、照れます」

「まあ我からすれば誤差の様なものだがな」

「誉めてからすぐ貶すのは良くないですよ!」

「龍王からしたら全ての生物が誤差みたいな物っす、そんなに落ち込んでも仕方がないっすよ」

「落ち込んでないが?」

 とはいえ敵対するとして翔がどちらであろうとも対処できるだけの力をメティスは所持しているし、命を狙われたと言ってもどうという問題でもない。
 目の前でぎゃあぎゃあ叫ぶ二人を尻目に、メティスは不安そうなマリスの方へと視線を向ける。

「そんな勇者がこの森に来るか。どうやって撃退するか、いや撃退したところで次の勇者が来た時には……」

「そんなに心配せんでも、叡智の龍王たる我が居るのだ。大船に乗ったつもりで任せるがよい」

 殺すことは簡単だが、この森を傷付けずに殺す事は難しいだろう。
 王都に出向いて勇者を直接殺す手もあるが、そうなればこの森は勇者を殺す脅威の森として世界中から敵視される。
 では別の場所で勇者を殺せばどうなるか。

 問題の先延ばしにはなるだろうが、結局この森をメティスが去れば第二第三の勇者がやってきていつかは潰されてしまう。
 難しい状況にあると言わざるおえない。
 だが未来を完全に読みきったメティスは不敵な笑みを浮かべるのだった。

△▽△▽△▽△▽

 場所は変わって人の国。
 王国と呼ばれる場所の首都であるここは、近隣諸国で最も力を持つ国でもある。
 そんな国の豪華絢爛な城の中で玉座に腰をかけた男が、満足そうな笑みを浮かべながら一人の男に命令を下しているところだった。

「勇者よ、かの龍王は街の人間たちを脅し、あろうことか供物として人々を献上するように要求しているという。かの龍王をぜひ打ち取ってくれ」
「お任せください、私の力で必ずや!」

 事情を知らなければまるで物語の中の一節のような状況であるが、事情を知っている者からすれば遠回しな死刑宣告に他ならない。
 だが勇者と呼ばれた男はその事を知らないのか、誇らしげな顔をしながら胸を叩いて爽やかな笑みを見せた。

 黒い髪に黒い目、アジア人特有の顔つきである彼は勇者と呼ばれたことからも分かる通り転生者である。
 そんな勇者を前にして、潤んだ瞳を向ける女が一人。
 この場にいることから考えてもそれなりの位を持つ女だろう、女は勇者の元へと駆けていくとその胸の中に飛び込む。

「応援しております勇者様。この冒険が終わった暁にはぜひ私と一生を共に」

「分かりました姫様。私の帰りを待っていてください」

 これでもしも龍を殺すことができたのならば、英雄譚にはこのシーンが泣所として使われるのだろう。
 そんな事を考えていたのは玉座に腰をかけて見下ろしていた国王である。

「行ったか」

 その声に感情は乗せられておらず、まるで流れ作業の一つをこなした程度の感覚にしか見えない。

「まさか知恵の龍王が瀕死の重体だったとはな、この情報が手に入れられたのは大きい」

「ええまさに。龍王の知恵を持ってすればこの国は安泰、長い繁栄を手にいれられることに間違いはないでしょう!」

「そうだろうそうだろう…おい、お前いつまで居るのだ。とっとと消えろ」

 国王の言葉に対して大臣が賛美の声を上げると、嬉しそうに反応していた国王は、ふと視界の端に邪魔なものを見つける。

「失礼します」

 居てもいなくても変わらないが、目障りなのには間違いない。
 国王が他所へいけと指示を出されなければ動かない、まるで傀儡のような女である。
 それを望まれて育った女でありそれを望んだのは王本人とは言え、従順な人間も集まり過ぎれば鬱陶しい。

「あれは誰の子供だったか、あんなので騙せるのだから愚かな物よ」

「確か娼婦の子供だったはずです、私も記憶は確かではありませんが」

 そしてその感情は国王だけのものではない。
 この国の上層部のほとんどが国王と同じような考えを持っているのだ。
 ちなみにあるのかも定かではない国王の名誉にかけて弁明をするのであれば、これは男女問わず同じ教育方針で育てられるので女性のみが不平等に扱われている、というわけではない。

 話の話題として提供しただけで思い出す気もなかった国王は、興味なさげにその事を忘れると話の締めくくりをする。

「とりあえずこれ以上亜人をこの国に入れるな、人こそが頂点の生命体。その頂点に立つ儂こそが神であることを周知させるのだ」

「了解しました。ローグ王国国王ビスタ・エクシリオ=ローグ様」

 国王からの指示が出されたことによりこの場において正式に魔物の森への侵略戦争は開始される。
 龍王が死にかけているという情報に踊らされた彼らがこれからどんな未来を辿るのか。
 薄ら笑いを浮かべているこの場の誰もそれを知らない。
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