ただしい異世界の歩き方!

空見 大

文字の大きさ
14 / 19
一章

公用語

しおりを挟む
 森での土木工事を終え、二日間の間休息を取っていた翔はその後また再び岩の町へと戻っていた。
 隣にはラグエリッタの姿は見えるもののマリスの姿がないが、その理由は森の守護者として森から出られなかったからだ。

 王都から何日前に勇者が出たかは定かではないが、メティスの見立てではそろそろ来てもおかしくないだろうとの事だった。
 翔としても諸事情あってこの街に寄りたい用事があったので、メティスからの情報収集をしてこいという提案は都合の良いものだ。

「それにしても人使いが荒いよな龍王様は」

「おいそこ、聞こえておるぞ。この偉大な我の眷属となったのだから、もっと敬って言葉を発するが良い」

 周りに聞かれない程度に小さな声でぼやいたら翔の言葉に返答したのは、他の誰でもない龍王メティスである。
 もちろんメティス自体がこの街に来たわけではなく、魔法的な力を使って翔の体の一部を乗っ取っているのだ。

 自分の手の内側に口と目が生えていることに奇妙な違和感を感じつつ、これもまた未知の体験かと納得しながらも翔は不自然に見られぬように歩きながら言葉を返す。

「視覚の共有がしたいからって頼み込んできたから引き受けただけですよ、仕事終わったら強制的に剥がしますからね。
 こんな違法な取引普段なら絶対引き受けませんから」

「ま、まぁまぁそういうでない。もし今回の事が上手く済んだら我の知識を授けてやるから。だからいいだろう?」

 こんな奇妙な状況に翔が陥った理由は、龍との間に魔法的なつながりを作ったからだ。
 自分より立場が上の人間と交渉するときに必要な技能はただ一つ、相手に引け目を感じさせることである。
 今回に限っては街に入れないメティスが自分の目や耳で聞かなければ判断がつかないとごね、その結果翔が利き腕を使えなくなるというハンデを背負っているのである程度のお願いならば聞いてもらえるだろうと言う算段があった。

 自分の利益のためであればそれくらいの事はする、メティスの知恵はもう神を頼らないと決めた翔には大きなパーツである。
 ちなみにラグエリッタと契約を結んでいないのは、遥か昔にメティスと土精霊が揉めた結果龍と土精霊は体質的に適合しなくなったらしい。
 街中を歩きながら無事交渉を終えた翔に対して、ラグエリッタが気になる単語を口にした。

「つまり契約っすね?」

「おい土精霊よ、こいつにいらん知識を植え付けるでない」

 ラグエリッタの声に反応して、明らかにメティスはうわずったような声に変わる。
 だがそんなメティスを逃すことなくラグエリッタは追求の手を緩めない。

「龍王とも呼ばれる立場になって人間相手にこっすい真似するの良くないと思うっすよ」

「うっ……痛いところを突きおるの。なら最初の報酬として契約について教えてやる」

 翔としては口約束程度で構わなかったのだが、なにやら知らない能力について話しているようなのであえて口は挟まない。
 ラグエリッタによって逃げ道を防がれ、これ以上は何を言っても無駄だろうと考えたメティスは素直に契約についての説明を始めた。

「契約とは魔法を用いて行われる絶対遵守される誓いじゃ。基本的に一般人が使うような代物ではないが、種族をまたいだ約束事などでは大体行われるな。
 メリットとしては破った時の罰則が大きいので、契約自体への安心度が高い所か。
 デメリットは契約を一度結ぶと最初に指定した条件をクリアしない限り永久に契約が生き続けることだな。
 期間無制限だから我のような長命種だと契約自体を忘れて罰則を受けてしまう事も珍しくない」

 契約とはこの世界で唯一の絶対遵守される規則である。
 契約相手には制限がなく、契約者間によって条件の提示と合意なされた瞬間に契約はその効力を発揮するようになるのだ。
 極端な話を言えば龍王であるメティスと最低限の知恵を持つ羽虫でも契約は成立する。

 契約は難しいものになればなるほど破った際の罰則もまた厳しくなり、最悪の結末はその命で持って契約不履行に対しての代償を支払う必要もあるのだ。
 故に契約というのはそう軽々しく結ぶものでもなく、メティスが翔にその話をしたくなかったのは契約の危険性について十分理解しているからでもあった。

「あと契約内容を口頭で伝える際に嘘をつく者もいるな。
 契約時の書面に記された内容は偽れないが、喋っている内容はどれだけでも偽れる。
 異世界から来た勇者たちに課せられる契約はそういった類のものだと聞くぞ」

「なら交渉の余地はあるかも知れないですね」

 この世界に召喚された異世界人達が、自分勝手に動かないのはなぜだろうと考えていた翔だったが、契約で縛っているのであれば話の説明はできている。
 勇者に課せられた契約内容とその報酬、それ次第によっては森を襲わないように誘導することはできるのではないだろうか。

 そんなこと考えながらふと視線をずらすと、未知の反対側から歩いてくる男の姿が目に入る。

「──あの人」

「ああ、アレが当代の王国の勇者アメノ・ハルトだ。私も見るのは初めてだがな」

 気配を悟られないようになるべく自然に、道を歩きながら世間話でもするように翔達は認識の共通を行った。
 勇者達は道ゆく人間のほとんどから視線を送られており、いまさら翔の目線が増えたところで気にしていないようだ。

 黒い髪に黒い目、やけに装飾の多い全身鎧フルプレートを着用し、お月の人間だろう兵士達を周りに侍らせる姿は中々堂に入っている。
 だが道いく人間が最も注意を向けたのは、勇者の持つその武器だ。
 腰からぶら下げられる長剣、鞘のないその武器は頭が脅威だと認識し目を離させない特性を持つ。

 状況次第ではアレと戦うことになる、そう考えるだけでもゾッとして生唾を飲み込む翔の方にごつりとした手が乗せられた。

「おっ! 兄ちゃん、また出稼ぎに来たのか?」

 翔に声をかけてきたのは採掘場にいた土精霊の一人。
 昼間から酒を飲んでいたのか少々アルコールの匂いがする彼は、翔の肩に腕を回すと楽しそうに歌まで歌い出していた。

「こんにちは。残念ですけど今日はご飯食べにきただけです、おかげさまでお金もかなり溜まりましたし」

「なんだ残念だな。まぁまたいつでもこいよ」

 背中をバンバンと叩きながら大きな笑い声をあげる土精霊を前にして、翔は油断なく勇者の動向を見守っていた。
 この街では飲んだくれた土精霊が他人に絡むというのは珍しい話ではなく、一仕事を終えて酒を楽しんでいる土精霊に付き合うのは暗黙の了解となっている。

 だから街の人間は翔達を見ても何も気にしている素振りはないが、外から来た人間である勇者がこうして土精霊と共にいる翔を前にしてどのような反応を見せるのかが気になっていた。
 視界の端で勇者を捉え続けていた翔の視界から、ふと勇者の姿が忽然と消える。

「亜人よ、人を襲うというのであれば俺の剣が貴様を殺すぞ」

 翔の肩に手を回す土精霊の首筋に、先程勇者の腰に有ったはずの剣が添えられていた。
 見方によれば確かにからんでいたように見えなくもない。
 だがだからといって部外者である勇者が治安維持隊を無視してでしゃばるような場面でもなく、はっきりいって勇者の行為はやりすぎである。

「……誰か知らないがこの人とは顔見知りなんだ、剣を向けるのはやめて貰えるかな? 
 それに会話を聞いていたのなら敵意がないことは分かったでしょ?」

「亜人の言葉なぞ分からんよ、だがまぁ知り合いだというのならば迷惑をかけた」

 迷惑をかけたとは口にするが、それは土精霊に向かって謝るのではなく翔に向かっての謝罪でしかない。
 危険である事を承知しながらも翔は勇者に向かって毅然とした態度で言葉を返す。

「謝るべきは俺じゃないだろ。剣を向けた相手に謝罪する事もできないのか?」

「君の言いたいことは最もだが、宗教の関係で頭を下げるわけにはいかないし、それに──」

「それに?」

「残念だけれど先程も言った通り僕は彼の言葉が分からないし、分かったところでそれを口にする気もないよ」

 当たり前のように認識していた土精霊達の言葉は、どうやら普通に認識できるというものではないらしい。
 だがそれだとしても相手が不快に感じていたのならば、謝るべきである。
 正義感から一歩前へと出る翔だったが、そんな翔を止めたのは剣先を向けられていた土精霊だ。

「まぁまぁ、俺は気にしてないから坊主も気にすんな。このくらい慣れたもんだ。悪かったって言っておいてやってくれねえか?」

「……悪かったと、そういっている」

「謝罪を受け入れるよ、それじゃあ悪いけれど先を急いでるから何か言いたければまた見かけたときにしてくれ」

 明らかに不服そうな翔が意訳した言葉に対して、勇者は眉ひとつ動かすことなく立ち去っていく。
 この世界で相手に対して初めて憤りを覚えたのは、相手がこの世界の出身ではなく別の世界の出身だからだろう。

「いやな奴っす」

「すまんな兄ちゃん。俺の為に体張ってくれたってのによ」

 ラグエリッタが嫌な人間だと思っているということは、同じ土精霊である彼もまた少なからず不快に向けられているはずである。
 だというのに翔と相手の仲が悪くなる事を考慮に入れて、自分から身をひかせてしまったことが翔の心に申し訳なさを産んでいた。

「いえいえ気にしないでくださいよ、本当ならあいつに謝らせたかったんです。人の俺を雇ってくれた優しい人なのに」

「所詮人ってのはああいう奴らさ。むしろ俺たちの言葉を話せるあんたの方が異端なくらいだ。俺は気晴らしに酒でも飲んでくるとするよ」

 そう言いながら立ち去っていく土精霊の背中にかける言葉が見当たらず、翔はもはや勇者も土精霊もいない場所でポツリと言葉を落とした。

「俺はてっきり言葉が通じているし、治安維持隊の人達と土精霊の人達が普通にしゃべってるから公用語で話しているとばかり」

「人は公用語を少し前、人の暦で300年くらい前に捨てたよ。
 彼らは心の底から本気で人類こそが頂点に立つべき存在であると思い込んでいるらしい。
 本当に哀れで愚かな生き物だよ」

 メティスの口からこぼされた言葉になった感情は、純度100%の哀れみだ。
 長い年月を生きてきたからこそ感じるものがあるのだろう。
 世界中の人間に通じる言葉を捨てて、己こそが最上の存在であると信じ込み言葉を捨てた人類。

 そんな人類が呼び出した異世界人だというのだから、先ほどの男の姿にも納得がいく。

「でもカケルさんは公用語しゃべれるから好きっすよ。親方もそれを気に入って仕事を引き受けてたっすから」

「ああ、あれはそういう事だったの」

 初めて自分がトールキンの鍛冶屋に赴いた際に、挨拶のできる承認だと言われた事を翔は思い出す。
 いくら土精霊を下に見ているとしても、取引相手に挨拶もしないということがあるのだろうか。
 そう考えていた翔だったが、実際のところは公用語を喋れたというところに重きが置かれていたのだ。

「あの勇者をいまから尾行するというのも手段の一つだが、そう上手く話が行くとも思えん。
 情報収集もあの勇者たちがすでにこの街にいる以上、やっていればそのうち彼らの耳にも入ってしまうだろう」

「お手上げ状態ってことっすか」

「いや、そうでもない。私は叡智の二つ名を持つ龍だぞ? 奥の手というものは隠し持っているのさ。さあ我の案内通りに進むがよい」

 情報収集という点に関して言えばもう撤退してもいいのかもしれない。
 元よりこの辺りに勇者が来ているかの確認をしたかっただけであり、勇者がいる事を両の目で確認できた以上は無理をして探す意味もないのだ。
 ただメティスにはもう一つ、この街に来たのだからやっておきたいことがあった。
 何か考えがあるのであれば、叡智の二つ名を持つメティスのいう事を聞いておいた方がいいのは明白。
 翔はメティスの出してくる指示を聞きながら、自分のやっておきたい用事についても算段を立てるのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます

水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。 勇者、聖女、剣聖―― 華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。 【戦術構築サポートAI】 【アンドロイド工廠】 【兵器保管庫】 【兵站生成モジュール】 【拠点構築システム】 【個体強化カスタマイズ】 王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。 だが―― この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。 最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。 識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。 「今日からお前はレイナだ」 これは、勇者ではない男が、 メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。 屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、 趣味全開で異世界を生きていく。 魔王とはいずれ戦うことになるだろう。 だが今は―― まずは冒険者登録からだ。

処理中です...