ギルド・カムラッド

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新たなる世界

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 心の底からの願いによって新たなる世界へと旅立ったフレンだったが、彼の話をする前にエリシュオン・クロニクルについての説明をするべきだろう。

 エリシュオン・クロニクルはレベルと熟練度によってプレイヤーの強弱が決まるのだが、強さに大きく関わってくるのは後者の熟練度と呼ばれる要素である。
 これは同じ能力や同じ職業を使い続ける事によって蓄積されていくものであり、新たな能力の解放や新しい職業の解放など得られるメリットは多岐にわたっていく。
 前者のレベルは全プレイヤー共通で与えられるものであり、敵mobの討伐が主な上昇方法であるが他人からの依頼をこなしたり、新たな土地を見つけることでもボーナスとしてそれなりの経験値を手に入れることができた。

 そのためエリシュオン・クロニクル内でもレベルの最高値である255は古参プレイヤーであればそう珍しいことではなく、フレンも例に漏れず255レベルのプレイヤーである。
 ただしフレンはレベルこそ高いものの戦闘に関する熟練度に関しては第一線を走るプレイヤー達とは比べるまでもなく、せいぜいが二戦級といったところだ。
 そんなフレンが傭兵として雇われていたのは単にログイン時間が長かったのと、知識だけは古株なので持っていたため便利屋として使われていた側面が大きい。

 ついでジョブの説明である。
 ジョブの種類は確認されているだけで数千に及び、実用的なものからほとんど使用する機会のないものまで多岐にわたる。
 最高レベルである255レベルになると習得できるジョブの数は20個近くにもなるが、強いジョブの獲得には熟練度を上げた前提ジョブを習得済みであることが要求されるので実際自由に扱えるジョブの数は5.6個といったところだろう。

 しかもジョブは切り替えるたびに熟練度が二割ほど減少するというデメリットが存在し、気軽に切り替えることができないのが不便なところだ。
 一応デメリットを帳消しにする方法が無いわけではないがそれには貴重なアイテムを消費するので、よほど熟練度上げの厳しい職業でもない限りはデメリットを負うのが常である。

 フレンが持つジョブは最上位ジョブが三つ、トレジャーハンターの最高位である〈盗神〉、冒険者の最高位である〈解放者リバリティー〉、鍛治職業の最高位である〈天廼一箇アメノマヒトツ〉。
 他には〈料理人〉や〈知識人〉などの入れ替え用のジョブがいくつかあるだけで、戦闘に特化したようなものはない。

 パンドラが出てくるような場所での戦闘を一人で制した男とは到底思えない能力構成だが、あれは消耗品の力で無理やり勝利を収めただけであり素の力ではとてもではないが無理だったろう。
 知識や能力含めて強さは全体の中の下が精々のところ、そんな自分を呼ぶ声が聞こえてフレンは徐々にその意識を覚醒させる。

「──るのです。起きるのです来訪者よ」

 聞こえてきた声は女性のもの。
 心地よい声音で放たれた声からは焦りが感じられ、それと同時に体を揺さぶられたことでフレンは目を覚ます。
 目を開けた先にいたのはブロンズの髪を背中ほどまで伸ばし、金色の目が美しい妙齢の女性である。

 服装からして神官だろう。だがエリシュオン・クロニクルでは見たことのない衣装にほんの少しだけ好奇心が湧き出すフレンだったが、それを打ち消すほどの強い感覚で女性の顔になんともいえない違和感を覚えた。
 だがその違和感の正体にフレンが気がつくよりも早く、女性はフレンへと言葉を畳み掛けてくる。

「この国はいま未曾有の危機に瀕しています。来訪者よ、其方のその力で持ってこの国を救ってはくれませんか?」

 なぜこの国が未曾有の危機に瀕しているのか、いやそもそもこの状況はなんだというのだろうか。
 そこまで考えてフレンはこの状況こそエリシュオン・クロニクル2の始まりなのではないかと考えた。

 1のスタートはランダムな街の宿屋で起き上がる所から始まったが、説明がなく初心者に優しくないと最初の頃は攻略サイトが燻っていた事を思い出すと運営も対策を講じたのだろう。
 いまのハイトに差し出された道は二つ、女性の誘いに乗るかこの場からすぐに立ち去るか。
 その二択を前にしてフレンは小さく笑みを浮かべる。

 いままでの自分ならば新たな世界を見るためにこの場からすぐに離れていだろう。
 だがここでこの場に居ることこそ新たな自分へと変われる記念すべき第一歩なのだ。

「はい。喜んで」

 ──こうしてフレンは他者との関わりを持つために一歩勇気を持って踏み出す。
 その選択の是非はともかくとしてこの時この瞬間、世界に大きな変革をもたらす決断が下されたのだった。

 /

 フレンが歩くのは先程までいた教会ではなく巨大な城のどこか。
 精巧な美術品が等間隔で配置され、おそらくはこの城が存在する国の歴史的背景があるのだろう絵画はその歴史を誇るように巨大なものが何度か目に入る。
 どれもエリシュオン・クロニクルでは見たことがなくほんの少しだけ寂しい気持ちもあるが、新たな未知の世界への好奇心によってそれは即座に霧散していった。

 それよりも気になったので次世代機によって作られた圧倒的なグラフィックの精巧さと、本当の人間のように見えるNPCの作り込みである。
 家庭用ダイブ型ゲーム機の発売された時からこれ以上の進化はないと常々思っていたフレンだが、次世代機に移行していくたびにそんなフレンの考えは打ち壊された。

(まさかこれほどまでの変化とは……いまからのイベントをクリアしたら他のプレイヤーに会える機会もあるかな?)

 ウロウロと視線を泳がせるフレンが探していたのは、他のプレイヤーについての情報である。
 エリシュオン・クロニクルでは他のプレイヤーは接触時に視界の上になんらかのアクションが出るようになっており、フレンの設定ではフレンの視界内にプレイヤーが入ると相手が他者に公開してある情報が閲覧できるようになっているのだ。

 だが何度か人とすれ違ったものの情報を得られるといったことはなく、イベント終了後にオンラインの広場へと放り出されるのだろうという目測を立てる。

「ではこちらへお入りください来訪者様、後は中のものが引き継ぎます」
「そうですか、案内ありがとうございました」

 来訪者と呼ばれることになんだかくすぐったさは感じられるが、演出の一つだとしてそれらを受け入れてフレンは女性の言うままに部屋の中へと入っていく。
 見たことのない木材で作られた精巧な扉を押し開けたフレンの目線の先にいたのは、よくいえば恰幅の良い──悪くいえば肥え太っている──40代ほどの目つきの悪い男である。

 男はフレンを見るなりその不機嫌そうな顔を更に不機嫌なものへと変化させ、放っておけば舌打ちでも打ちかねないほどである。
 机に隠れて見えないが、おそらくは貧乏ゆすりで震えているのだろう。
 小刻みに震える彼の身体はなんとも不快感を誘う。

「名は?」
「いまなんと?」
「だから名はなんだと言っているのだ。名前を口にする事も出来んのか?」

 態度の悪さに不快感を感じていたフレンの耳に蚊の飛ぶような小さな声が聞こえ、そういったイベントなのかと思いつつ聞き返すとどうやら名前を聞いていたらしいといことが判明する。

(運営どうしたんだ…?)

 一作目が世界的大ヒットをした事もあり運営側が天狗になっているのか?
 目の前のNPCの態度を前にしてそう感じてしまったフレンだが、後々のイベントの布石なのだろうと考えるとギリギリ許容できない事もない。
 あえて嫌なキャラクターを登場させ、後々のイベントで没落させるようなイベントはそれなりに一作目でもあった。

 おそらくはプレイヤーネームをここで決めるのだろう、そう考えたフレンは幾千回と放ってきた電子上の己の名前を口にする。

「フレン・アスタルト、それが私の名前です」
「……よろしい。フレン・アスタルトよ、汝は我等が王国の剣となり盾となる存在だ。
命令に忠実に、僕としての役割を果たすのだ。よいな?」

 誇りを持って名を答えたフレンに対して、男は名乗る事もなくただ一方的に要求を投げつけた。
 態度としてはあまりにも悪い。
 運営に文句の一つも言いたくなりGMへのメッセージを飛ばそうとスクロールを出そうとしたフレンだったが、手を振ってもいつもならば出てくるはずのメニューが出てこないではないか。

 一瞬不具合を疑ったフレンは、だが次世代へと移行しても操作方法が同じだと考えるのは安直だったかと己の考えを改める。
 考え着くいくつかの操作手順を行い、そのどれも効果を発揮しないことを確認したハイトは最悪の状況を想定していた。

(もしかして初期不良か?)

 考え着くのは初期不良によってゲーム内にバグが発生している可能性、メニューが出せないということはログアウトもできないということであり、場合によっては現実時間で二十四時間程度は拘束されることを覚悟しなければならないだろう。
 フレンがいま使っているようなフルダイブ型のゲーム機は二十四時間以上の連続ログインを防ぐため、安全装置として強制的に起きるように作られている。
 どうせ丸一日ゲームだけをして過ごす気であったフレンからすると別に問題はないが、他のプレイヤーにも同じ様なバグが起きている可能性を考えると運営側の対処は早いだろうがログアウトできるようになったら直ぐにメンテナンスが始まるだろう。

 考えをまとめたフレンの目の前でふと気がつけばいぶかしげな表情を浮かべながらこちらを見つめるNPCの姿があった。
 目の前で急に腕を振り回したり姿勢を移動させたりし始めた奇妙な行動だと感じられても仕方がない。

 何か相手は人間ではなくNPC、つまり人が操作していないキャラクターでありAIによって管理されたキャラクターがこのような動きをするのはリアリティーを通り越していっそ恐怖心を感じさせる
 どれが本物の人間でどれが本物人間ではないのか、今となっては表示されるアイコンや情報などといったものが人と人でないものを区別する唯一の条件であり、異世界に紛れ込んでかのようなその感覚はフレンが追い求めていたものの1つでもあった。

圧倒的なリアリティに感動していたフレンだったが、そんなフレンに対して男は白い目を向ける。

「一体何をしておるのかね? 気でも触れたか?」
「すいません、おかしなことをしてしまいましたね。
それでいったい私に何をして欲しいと? 王国の剣となり盾となる。別にそれ自体は構いませんが、それが先程の女性の言っていた窮地と何か関係があるのですか?」
「説明は別のものから受けよ。情報管理局局長である私の口からわざわざ提示せずとも、そこらの人間に聞けば話は大体わかる。
それにお前の管理は軍部の責任だ、私に与えられた任務をすでに遂行した。
これ以上お前と関わる気は無いし関わって欲しいとも思っていない。
この部屋を出て近くのものに軍務へ取り次いでもらうといい」


 突き放すような男の言葉に対して、少々怒りを感じるフレンであったがそれがイベントの進行なのだから今のところ従わざるを得ないだろう。
 言いたいことを言い終えて書類に目を通し始めた男を前にして、フレンは背中を向けると先ほど入ってきた扉を開けて廊下を見る。

 長い長い廊下、先ほどまではあんなにも素晴らしく見えたのに、今となってはなんだか陳腐なものに思えてしまう。
 誰かが住む場所と言うのは建物自体に価値があるわけではない。
 建物自体に込められた想いや、その中で暮らす人間の心によって価値が決まるのだ。

 様々な思いが絡み合ってため息をついたフレンだったが、ログアウトできない以上このイベントを進めなければならず、義務感に駆られながら軍と関わりがあるだろう兵士を探す。

(兵士…兵士……)

 長い廊下を何度か渡り終えると、部屋の前で立っている兵士の姿を見つける。
 兵士はフレンの姿を見るとほんの少しだけ警戒したような様子を見せたが、己が放浪者であること、情報局局長から群へと向かうよう指示を受けたと言うことを伝えると兵士は途端に警戒を解きフレンを目的の場所まで案内してくれる。
 フレンズ案内されたのは白の中庭のような場所であり、そこでは何人かの兵士たちが訓練をしておりフレンにはそこで待っているようにとの指示が下される。

(1の頃と何も変わっていないのなら、ここで最初のジョブを選ぶ事になるけど…何にしよっかな)

 ジョブの数が1の頃と同じかどうかという疑問もあるが、少なくとも戦士職から始まり100個以上ある基本的なジョブは無くなっていないはずである。
 効率を考えると最も便利なのは〈冒険者〉だろうが、戦闘特化型にするのであれば〈兵士〉や〈戦士〉などの近接戦闘主体のジョブや〈魔法使い〉に類する遠距離戦闘主体のジョブなども魅力的に映る。
 生産職と呼ばれる〈農家〉〈鍛治師〉などもサポートの面では大いに役立つし、どのジョブを取るかでプレイスタイルは大きく変わる。

 基本は同系統のジョブに固めて特化型にすることで一部ボーナスも得られて強くなるのだが、そういった構成は同レベルの味方がいることが前提条件になる。
 湖の女神から貰った武具があるのなら生産職は外せるだろうが、魔法使いに寄せるか戦士職に寄せるか、選択肢があまりにも多いためフレンの頭の中で様々な職業構成が浮かんでは消えていく。

「君がフレン・アスタルト君かね?」

 思考の渦に落ち込んでしまったフレンを引き上げたのは、全身鎧フルプレートに身を包んだ男である。
 訓練している兵士達と比べてもその装備品の差は一目瞭然であり、それなりの地位についているだろう人間だとフレンは判断した。

「はい、そうですが貴方は?」
「私はトライム・アンビィツィオーネ。この国の戦士長であり、君の直属の上司にあたる。よろしく頼む」
「戦士長でしたか。よろしくお願いします」
「うむ、この世界に来てもらってすぐで悪いが、君には来てもらう場所がある。構わないかな?」

 ここで戦士長と戦闘したらどうなるのだろうか。
 そんな事を考えながら質疑応答していたフレンに対し、トライムは何処かへとついてきてほしいようである。
 他所ごとを考えていたフレンは一瞬なんの話をしていたのか忘れていたが、それを思い出すと言葉を返す事なく頭を縦に振る。

「それならば着いてきてもらおう。いまから行く場所、それが君の初めての戦地だ」

 いまだジョブすら決めていない身でありながら戦闘が始まる?
 先程から違和感が続く状況に置かれ続けフレンの頭の中に突拍子のない言葉が浮かび上がる。

(態度といいログアウト出来ない事といい、もしかしてゲームが現実に? ──いや、そんな訳がない。きっとイベントだ)

 己に言い聞かせるようにして言葉を重ねたフレンは、戦士長の後をついていく。
 この世界が本当に別の世界なのだとしたら──この世界で自分は生きていけるのだろうか。
 戦場という命の奪い合いをする場所へと向かうことに、フレンは背筋に冷たいものを感じるのだった。
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