AVALON ON LINE

空見 大

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序章

整理

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まるで二日酔いのようなけだるさを感じながら、菜月はベットから転がり落ち、今の自分の状況を確認する。
はっきり言ってかなり酷い。
部屋に取り付けられた姿見の前に立ち、自らの姿をよく見てみれば覚えていなかったのだが戦闘用の衣服のままどうやら眠りについていたらしく、狩衣がぐしゃぐしゃになってしまっていた。
とりあえず乱れた服装を軽く手で直して、近くにあった窓に寄り窓の外の景色を眺める。

「うわぁ! すっげぇ!!」

いままで様々な場所に赴き、いろいろな物事を経験してきたが、それら全てを合算しても足りないほどの、美しい光景が眼前にはあった。
陽の光が反射してうっすらと光る天空城、その姿はかつて超巨大イベントで見る者すべてを魅了した太陽王の星河神殿のそれよりも、遥かに美しく見える。
島らの周りを見てみればどうやら現在雲よりも高い場所を飛んでいるらしく、白い雲を切るようにして大空を飛んでいた。

「これが異世界か……っ!!」

ーー不意にコンコンと、部屋の扉を叩く音がした。
いま菜月がいるこの部屋は、視界の端にあるマップに記載されている情報からして、どうやら九階層の一番奥の部屋らしい。
この部屋に寝ることを誰かに伝えた覚えは無いのでーーというか菜月自身も何故ここに居るか分からないくらいなのでーー誰かが当てずっぽうでやって来たのだろうか。
菜月は近くにあった椅子に腰掛け、扉の向こうにまで聞こえるようにどうぞーと大きく声を上げる。

「失礼します、菜月様、お着替えの方用意させていただきました」

扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、見慣れたギルドメンバーの、黒一色に染まったメイド服を着用した綺麗な女性だった。
綺麗に伸びた背筋はどこか几帳面さを感じさせ、ライトブルーの瞳は冷たさと同時に冷静さを与えてくる。
金色の髪が黒いメイド服にかかりその存在を強調させ、膝下まで伸びたスカートに、おでこ靴などと呼ばれるメイドがよく履く靴を身につけていた。
いきなり目の前にメイドが現れた事とか、そもそもその服は誰が決めてそうなったのかとかいろいろ言えることは有ったはずなのに、菜月のは頭に浮かんだのはただ単純な感想だ。

(ゲームで見たメイドと全然イメージが違うな)

菜月が数ヶ月前にプレイしたゲームーーまぁ俗に言うギャルゲーなのだがーーではメイドは白と黒のいかにもといった服に、高いヒールを履いて綺麗なマニキュアをしていたし、履いていたのはミニスカートだった。
煌びやかさで言うのであればやはりあのメイドの方がキラキラとはしていたが、落ち着いた空気感が好きな菜月からすれば、こちらの方が随分と好ましい。
見惚れてしまい言葉が出ない自分をなんとか制御し、目の前の人物が誰なのかを確かめる。

「ーーえっと、、君だれ?」

自分でもあまりにも酷いということは自覚している。
口下手のは昔からだが、初対面の相手にかける言葉出ないのは重々承知だ。
だが菜月にはこれ以外に相手の存在を確かめる方法が浮かびつかないというのもまた事実だ。
こうして語りかけても敵意のようなものは感じないので、恐らく敵では無いのだろうが、それにしても聞き方というものをもう少しどうにか出来なかったのだろうか。
次もしこんな機会があったならばもう少しいい受け答えができるようにしようと思っていると、目の前の女性が感情を感じさせない表情のまま口を開いた。

「私はアメイジア公式サポートから、異世界者用特典の内の一つとしてギルドボームの大きさに比例して与えられるNPCの内の一人、ハウスキーパーである名をメビウスと言います。以後お見知り置きを」
「NPC…なるほどね」

アメイジアでは公式に黙ってNPCを作成、製造する事は重罪とされており、どのような手段、どのようなゲームにおいてもアメイジアもしくはそのゲームの公式以外が作成・管理する事は許されていなかった。
理由としてはまずアメイジアに参入している人間全員がNPCを作ってしまうと、それだけで様々な資材の消費量が莫大に増えてしまう事。
資材の大量消費事態は悪い事ではないが、供給が追いつかなくなってしまえばその時点でゲームとして破綻してしまうものがいくつかあった。
バロンが得意とするサバイバルゲームなどがそうだ。
NPCが居ればさぞ効率は良くなった事だろう。
何せ単純に考えて人数が二人になるのだ、選択肢の幅が大幅に増えるのも必然と言える。
だがザバイバルゲームなどでそんな風にして資材を大量に消費してしまえば、いつか木材や鉱石の供給が断たれてしまう。
他のゲームならば木や石の回復を待てばいいだけだったが、ザバイバルゲームでは一ヶ月や二ヶ月、ちゃんとしたものならば一年や二年近くは資材が回復しないことが多い。
そんなことになってしまうとゲームとして成立しなくなってしまうのだ。

(まぁでもその問題はこの世界に来たら一応問題は無くなるわけか。そもそもゲームではないんだし、前の世界でもそれだけの理由なら個人しようとしてのNPCくらいなら認められたはずだし)

とりあえず一つ目の理由としては先程あげたものがあるが、それ以外にもまだまだ理由は様々ある。
例えばNPC達は基本的にアメイジアの管理システムが一部の容量を割く事で人格を形成するので、そもそも大量に作れないと言う問題。
NPC達によって娼婦街などが作られた場合、そこで働いていた者達の職が失われてしまうなど。
だがこんな問題は一番最初の問題に比べればたかだか知れている。
一番の問題は……

「何かご不明な点でもございましたでしょうか?」

NPC達が共通してとる、その人間態度だ。
首を傾げこちらを向く彼女の姿はどこからどう見たところで生きた人間のそれであり、機械らしさなど微塵も感じることができない。
本当は人間なのではないかと一瞬疑ってしまうが、視界に映る管理者コマンドが、目の前の生き物が人間ではないと教えてくれる。
人のようで人ではなく、そして機械のようであって機械ではない。
未知との遭遇と言えば異世界らしいが、未知の生命体が目の前にいるというのは得がたい経験であると同時に言葉にしづらい恐怖感も感じた。

「えっと、君達NPCは総数で何人いるの?」
「私達メイドシリーズは総数で100人、戦闘用NPCとして一師団。職人系NPCが若干名と言ったところでしょうか。」
「メイドが100にーーえっ? なんて?」
「戦闘用用NPCが一師団でございます」

自身の聞き間違いだったのではないかと思いながら聞き返した菜月に対して、メビウスは先程と同じ言葉を返す。
戦闘用NPCが一時団。
ふむ、確かにそう言われてみれば、不思議というわけでは決してない。
そもそもこの城自体面積がバカにならないと言うのに、さらに余剰分の土地も含めれば一つの山程度の範囲では到底治らない。
そんな範囲を守護し、外敵から守り抜こうと考えるのであれば、むしろ一師団でも少な過ぎると言っても良いのかもしれない。
だが一師団だ。
一師団だぞ? 一個小隊五十人はさすがに少な過ぎにしても中隊約二百人大隊六百人も遙かに超えた一師団という単位を公式は甘くみてるんじゃないか!?

「一師団と言うのが何か疑問でしょうか?」
「いや、一師団だぞ一師団! 人員にして6000~20000近い人員だぞ!?」
「一師団とは言っても7000程度なのでかなり御しやすいのではないかと?」

寝起きよりも更に頭が痛くなるのは人生で初めてだ。
そも元は菜月含めたったの六名! 六名で切り盛りしていたギルドが、家を作って門をくぐっただけで、はい次の日には千倍以上になってましたなどと唐突にも程がある。
居住区は別にこの城に住めば良いのだ、問題は無いだろう。
給金に関してもNPCは一部のクエストを除いて自ら給料を要求しないので、その点に関しても心配はしなくても良い。
服などの生活必需品もギルドメンバーのお古や要らないものを引っ張り出せば、7000着程度ならばどうにかなるかもしれない。
だが、食料はどうやって解決しろというのだ?
人間最悪衣と住は無くてもなんとか生きていくことは可能だ、だが食を失ってしまえば待っているのは餓死。
とは言え早急に7000人分の食料用意しろなど土台無理な話だ。
そんな菜月の思いを読み取ったのか、そういう事かと言わんばかりにわざとらしく手をポンと叩くとメビウスは解決策を提示する。

「食料などの問題に関しましては、私達は飲食を光合成で終えることができますので日中に一時間ほどの休憩を頂ければ、それでだけで大丈夫でございます」
「それを聞いて安心したよ。この世界に来て初めてのミッションが危うく食料調達になるところだった。それで次は君達の居住区だがーー」
「ーー私共は外で構いません。雨や風邪などは特に気にならないので」
「補助道具として君達を使うつもりならそれでもいいんだろうが、君達は曲がりなりにも栄枯盛衰のメンバーになったんだ。そんな事は絶対にさせない」

たとえ中身が機械的に作られた擬似的なものだったとしても、菜月の考えとしては栄枯盛衰のメンバーになった時点でもう既に家族も同然だ。
ギルドホームのメニューからマスターメニューを開き、どの部屋が空き部屋でどの部屋が使用されているのかを確認する。
どうやら他のギルドメンバーももう既に起きたのか、いくつかの場所に人数が固まっているのが見て取れた。
男子陣と女子陣で別れつつ、荷物整理などをしているらしい。
こういう時にプロのゲーマーで無くとも、話が分かる上に動ける人間は行動が早いのでありがたい。
一から四階層までは事前に使用用途は伝えていたので、それ以外の場所でどこに自分の部屋を確保するかで話し合いをしているらしい。
視界の端にあるメニューを開きパーティーチャットを作成すると、それに気づいてギルドメンバー達が次々と入ってくる。

『おはようございますみなさん良い朝ですね、もうどの階層にするか決めましたか?』
『おはようギルマス! それなんだけどメイドさん達の場所も決めなきゃだし、どうしよっかって話になって、、』
『個人的にはメイドさん達は五階層でいいんじゃないかと思うんだが、どうだ? メイドって事はもし別のところから人が来た場合に対応するわけなんだから、なるべく階層は近い方がいいだろう?』

そう言いだしたのは栄枯盛衰でも最も気遣いのできる男、バロンだ。
確かにメイドという仕事の性質上接客が中心になるのだから、ギルド内での転移を使用することを前提としても他の回想に近いことに越したことは無いだろう。

『なら仕事を当番制にして、一階にも一個くらい部屋とって担当日だけそこで寝る感じでいいんじゃない? それでいい?』
『私達は構いませんが、、よろしいのでしょうか?』
『ギルド通話にも入ってこれるんだ。私は別に…構わない、貴方名前は?』
『メビウスと申します、よろしくお願いいたします』

さすがに全てのメイドを統括する役職に就くだけあって、それ相応の権限は渡されているらしい。
一般のNPCならば招待されたところでパーティーに参加することはできないが、彼女は例外に属する部類の様だ。

『僕は十一階層と十二階層をもらうので、それ以外は皆さんで分けてください。一時間後に一階層で合流しましょう』
『おっけー! 後でね~!』

事前に部屋を自由に決めていいと言われていたので十一、十二階層を指定し、菜月は足早に上階へと向かう。
転移魔法などでももちろん向かう事は可能なのだが、廊下などを見て回りたかったし少しの距離なので別に構わないかと歩きで向かう。
廊下に描かれた霊主の絵や、バロンが趣味として作った彫像品を見てみたかったというのもあるが。
道中何人かのメイドに出会い挨拶し、名前を覚えるのが大変そうだと思いながら、何度か言われた名前を頭の中で反芻していると十一階層に着く。
何十トンもありそうな重厚な扉は部屋の主人である菜月が来た事で自動的に開き、前住んでいたギルドホームがすっぽりと収まってしまうほどの大きな部屋が姿を見せる。

「うっわ、広すぎるだろこの部屋」

意図してでは無くそんな言葉が口から漏れ出る。
道中歩いてきたからこの階層より他の階層の方が圧倒的に広いのはもちろん分かっているのだが、それでも菜月からとってみればかなり広い。
十一階層までは階層間にある転移魔法陣を踏む事で移動することができるのだが、十二階層だけは梯子で上がるかジャンプして無理やり上がるかの二択になっており物理的手段でしか行くことができない。
防犯には丁度いいなと思いながら部屋の中に何を置くか考えていると、いつのまにかメイドがメビウス以外にも八人ほど控えていた。

「菜月様、こちらの方で菜月様の手持ちから必要そうなものは運び込ませていただきますので、何か要望がありましたら指示の方を出していただけるでしょうか?」
「ありがとう、あと様なんかつけなくていいよ、来客があるわけでも無いし。敬語も無理に使ってるのなら使わなくていい。全部のメイドさんや兵士にもそう言っておいて、俺も君たち相手には使わないから」
「ーーそうですか、ではこれからは主人と呼ばせていただきます」
「うーん、まぁそれでいいよ。それでなんだけど、武器類はこっちでやっておくから、資源とかそう言ったものの分別をしておいてもらえるかな。召喚系スクロールはこっちで持つから触らなくて良いよ」
「了解致しました」

支持された仕事をテキパキとこなすメビウス達の後ろ姿を見ながら、菜月も自身の仕事に取り掛かる。
菜月の主とする攻撃手段は素手による殴打なのだが、サポート面で様々な立ち回りをする際にいろいろと使うため、大体の武器は所持している。
得意な武器としては刀・槍・弓・銃の四種が主だが、もちろんそれ以外も使用するには使用する。
具体例を挙げるなら盾や鎌、あとは戦鎚などだろうか。
扱えない事はないが、とはいえ得意ではないのでやはり得意な武器より動きは悪くなってしまうし、それに武器自体も強くないものが多い。
とりあえずはメインの武器さえ有れば当面は問題なさそうなので、サブ武器などの使えなさそうな武器はストレージに必要ない武器は入れておく。
これだけでかなりストレージに空きが生まれてたので、後は持っていくアイテム類の厳選だ。
消費系アイテムは使用する事で様々な恩恵を得られるアイテムであり、基本的にはストレージの大半を占めるのはこのアイテム。
主な効果としては移動系・攻撃系・魔法系と三種あり、移動系は使用すると移動用動物の召喚やテレポートなどが行われ、攻撃系はその名の通り攻撃するもので、最後の魔法系は魔法が使えないスキル構成の者達が良く使用しているアイテムで、ある程度の魔法ならば詠唱なしで使えるのでかなり重宝されている。
その代わり威力が低いのが難点ではあるが。
数十分して必要なアイテムを弄っていると、不意に視界の端にチャットルームの招待の通知が届く。
送り主はハーメルン、普段は彼女から通知が届く事などないので疑問に思いながらチャットルームに入ると、予定を早めて一階層に至急来て欲しいとの事だった。

「メビウス! ちょっと呼ばれたから下行ってくる、もう休んでていいよ!」
「主人、窓から飛び降りるのは行儀が悪いのでおやめください。そう言う事でしたらドアの前に立ちシステムメニューを開いてください」
「あ、ごめん。えっと……こう?」
「はい。そこから行きたい階層の行きたい部屋を選んでください」

部屋の扉の前に立ちシステムメニューを開くと、いくつかの項目の下に部屋移動と書かれた機能があった。
それを押すと一階層から順に異動先が表記され、誰かの私室の場合は誰々の部屋とまで書いてある。
便利な機能ができたものだと思いながら菜月が一階層と書かれた場所をタップすると、扉が少し光輝き完了と画面に表示された。

「おっ、きたきた。おっはーギルマス!」
「おはようございますアルライドさん」

恐る恐る扉を開けると、扉の前で待っていたアルライドが菜月に向かって手を振りながら挨拶をしてくる。
どうやら菜月と同じでアルライドも昨日は戦闘衣装のまま寝てしまったらしく、いつもの楽な服装と違い、いろいろと装飾のついた着づらそうな服を着ている。
(この分じゃ全員こんな感じだろうなぁ…二日三日は休みの日を作ったほうがいいかな)
そんな事を考えているとアルライドが菜月の手を引っ張り、どこかへと連れて行こうとする。

「こっちにみんな集まってますから早く行きましょ!」

そう言われ引っ張られるがままに進んでいくと、アルライドはある一室の前で止まった。
霊主のデザインであろう龍の紋章が大きく描かれたその扉を押し上げると、部屋の大半を占めるように置かれた円卓に座るギルドメンバーたちの姿が目に入る。

「おはようございますみなさん」
「おはよーギルマス! どう? あの絵、いいセンスでしょ」
「ええ、さすが霊主さんですね。あの若葉と老木の表現がまた良い味出してますよ」
「おはようマスター、調子はどうだい?」
「ちょっと身体がいつもと感覚が違いますね。これも電子の体から生物になったからなんですかね?」
「かもな、おはよう菜月殿。菜月殿の事なのだから最上階層は和室になっているのだろう? あとでお邪魔させてくれ」
「雷蔵さんには勝てませんね…分かりました、お菓子程度は出させていただきますよ」
「ギルマス…んっ」
「はいはい分かりましたよ。ギルメンの前くらいならまだ良いですけど他の人の前では我慢してくださいね?」
「善処する」
「ハーちゃんいつも思うけどハグは辞めた方が良いんじゃない…? 一応ギルマス男の人な訳だし」
「私は気にしないから…大丈夫。それにギルマスも嫌がってない」
「ハーメルンさん、結構ずれてるよねぇ僕が言えたもんじゃないけど」

軽くメンバー達と挨拶を交わしながら席に着くと、雑談をしていた先程までのゆったりとした空気が一変し、真面目な空気が辺りに漂い始める。
そこら辺の切り替えはさすがにプロか。
最初に言葉を発したのはハーメルンだった。

「みんなをわざわざ呼んだのは、もちろんちゃんと理由がある」

その言葉を聞いて菜月はかなり驚いた。
先程ハーメルンから招待が来るのは珍しいと言ったように、基本的に彼女はギルド内で行動を起こすことは無い。
理由としては彼女が単純に目立つのが嫌なのと面倒臭がりだからなのだが、それ故に菜月はつい先程まで誰かに呼んでと言われてハーメルンは菜月のことを呼んだのだとばかり思っていた。
だがそうでは無いとなると、一体どう言う理由で彼女は菜月達を呼び出したのだろうか。

「理由は……」
「ーーごくり」
「ちょっと霊主さんセルフSE辞めてくれない、雰囲気崩れる」
「ごめんごめん」
「気を取り直して、理由は……私達のチームワークの無さ!」
「が、がびーん!」
「だからセルフSE辞めて! っていうか表現が古い歳がバレるよ!?」

漫画であれば背景にビックリマークでも出ていそうな霊主の反応とは裏腹に、他のギルドメンバーの頭の上にはハテナマークが浮かんでいた。
チームワークが無いと言うが、それは果たして本当にそうだろうか? …と。
もちろん普段からギルドメンバーとパーティーを組んで何十時間も戦闘しているようなギルドに比べれば、チームワークは無いに等しいかもしれない。
だが比較対象もなしにチームワークが無いと言われるほどに、このギルドはチームワークが無かっただろうかと菜月は過去を振り返る。
何度かアメイジアの公式ボスと遊びで戦ったことがあったが、戦闘中に窮屈だと感じたことは無かった。
ならば彼女は一体何を持ってそう思ったのだろうか?

「まずギルマス…前から思ってたけど指示が曖昧、みんなの技ちゃんと分かってる?」
「うっ!? それは…まぁよく使う技なら…」

各自の行動パターンや必殺技、癖などは完全に把握しているが、全て把握しているかと聞かれれば正直微妙だ。
使いたがらない技やあまり使わない技に関しては基礎的な知識としてはもちろんあるが、とはいえ戦闘中に急に指示を出せと言われても正直無理だろう。
更に言ってしまえ箱人の動きは分かっても、集団戦となればみんないつもと違う動きをするので全くもって行動が読めない。

「次バレンさん…突撃しすぎ、雷蔵さんも」
「しかし普段からああしているから勝手が分からんのだ…」
「後は私もそうだけど霊ちゃん、アルライド君、前衛の人達の攻撃に合わせられてない」
「雷蔵さんと同じ意見…」
「確かにそう言われるとハーちゃんの言う通りチームワーク無いね」

誰かに言われてようやく気づくことのできた、チームとしての行動力の無さ。
これにはもちろん理由がある。
雷蔵の言葉にもあったが、ハーミルンを除きギルドメンバーの全員がチームではなく個人で行動するゲームのプロだ。
一つのゲームのプロである彼らはそのゲームに専念する必要があり、しかもこの中で誰かと連携するゲームをしているのはハーメルンのみなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、そんな彼女の目から見て今のチームワークはどうやら問題があるらしい。

「そう、それが大問題。チームワークの無いチームは個人技で格下の相手にも普通に負ける、早急にこの問題は解決しないと」
「とは言ったってチームワークなんてどうやって鍛えるのさ? 適当な相手ここら辺には居ないと思うよ?」
「とりあえずは味方の装備の確認と能力の確認。ここじゃ危ないから外に行こう、こう言うことは早くした方がいい」
「ハーちゃん珍しく熱いねぇ、よし、私も頑張るよぅ!」

足早に庭へと駆けていくハーメルンと霊主の背中を追って、他のギルドメンバー達も後に続いていく。
こうしてこの世界に来ての初めての朝は徐々に過ぎていくのだった。
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