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序章

スキルツリー

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二日目の朝がやってくる。
カーテンにより直射日光は遮られているが、それでも眩しさを与えてくる光に目を細めながら、菜月はベットで寝そべりとある作業をしていた。
彼が今行なっているのは、昨日消失していたスキルを穴埋めする為のスキルツリー編集作業。
アメイジアでは基礎ポイントとしてゲーム開始時には10ポイントが配られ、レベルの上昇に比例していくつかのポイントが配布される仕様であり、そのゲームをやめた際には獲得ポイントの十分の一が、アメイジアでの基礎ポイントととして獲得できる。
プロゲーマーの称号を手に入れた人達はスキルツリーの枠組みからは外され、また別のスキル構成システムに変化するのだが、プロゲーマーでは無い菜月はアメイジアのスキルツリーをそのまま使用可能だ。
この世界でもスキルツリーが編集可能なのか不安はあったが、どうやら出来そうで安堵しながら編集画面を見つめる。

(AIである彼等は人間の可能性を見せてくれた。昨日、彼等があのタイミングでああして出てきた事までは、おそらく運営側の意図するものだ。だが彼等が人類の可能性を示唆し、そして彼等を超える力を人類が得るのは運営側は想定していなかった…筈だ)

昨日の、ギルドメンバーの誰にも聞こえていなかったが、確かに菜月には聞こえたあの声『システムエラーを確認』という短くも、確かに機械的なそれを。
菜月は頭の中で何度も思い返しながら、思考を積み重ねていく。

(彼女達メイドNPCがこの世界にいるのにも何か理由があるはずだ。戦闘用NPCが人格コピーといういっそ簡略的とすら言えるそれなのに対して、身の回りの世話をするメイド達が公式側で緻密に作成された物であるというその差異。そこに何かがあるはずーー)
「主人、スキルツリーを作成するという本来の趣旨から大きくずれているぞ」

不意に耳元でそんな声が聞こえた。
中世的というには若干男性寄りな、そんな声が耳元で聞こえ意識が自分の体へと戻ってくる。
声の主人は菜月の首の周りでとぐろを巻いている、菜月が自らの手で一から作成したフィリスと言う名の使い魔だ。
フィリスとは思考域だけでなく記憶までも共有しており、レイネスよりも一歩先に菜月のコピーとして存在していた生物とも言える。
見た目はフェネックの様ではあるが、普通のそれより少し太っているし、体毛も濃いので、どちらかと言うと狐に近いのだろうか。
こうして菜月と二人の時しか基本的に言葉を口にしないのだが、菜月が何かに迷っていれば的確なアドバイスをくれる良き相棒でもある。

「そも仲間達にすら伝えずに、一人で考えれる程の規模のものではないだろう。この問題は。異世界に転移する権限を与えたのは、アメイジア管理プログラム。つまりは国連だ。一国を相手にする程の力を持たない主人が国の集合体を相手に知略を巡らせたところで、結局は力不足で終わるのがオチだぞ」
「だけど何かできることはあるはずだろう? 国に敵わずとも、国の力から逃れることはできるはずだ。この世界に転移できた理由を考えるのは確かに力の及ばないものかもしれないが、先日の機械音声をどうにかする程度なら出来るはずだ」
「確かに、、、あれならばなんとかなるかもしれんな。あれが言っていた言葉を思い出せ主人よ、システムエラーと、そう言っていた。報告に際して必要なエネルギー不足で、動画データを送信できないとも言っていたな。つまりあの機械音声はなんらかのシステムに則ってNPC達を管理しており、エラーが出た場合に限り録画データを送信するという風に作られているのだろう」

考えられる理由としては、ギルドの監視とこちら側の世界の人間の監視などだろうか。
そう考えればあの状況で出たシステムエラー表記は、監視対象であるギルドメンバー達に対する敵対行動を取ったこと、もしくは監視に際してAI達の思考域の増大が想像以上だった事などが考えられる。
まだ録画データ自体はは送信されていないらしいので、止められる可能性があるというのが今のところの希望か。

「我も同じだがNPCにはいくつかの禁止コマンドが用意されており、それを破れば人格に多少の調整が入る様になっているーーつまりはそこに抜け道が用意されていると考えるべきだろう」
「確かに君を作る時にもいろんな条件があったな。思考域と記憶の共有を運営にバレないようにするためにどれだけ危ない橋を渡ったかーーん? ああ、そう言うことか」
「うまく調整元を断てればーーの話ではあるがな。一度NPC達の人格形成を全て無に帰してから主人やその仲間達の人格を戻し、今いる分の記憶をこちら側でも保持しておけば運営の監視だけ切れるかもしれん」

もしかすれば自分の記憶や人格すら全て消える可能性があるのに、そんな判断を下せるのは機会だからか、はたまたそういう性格だからなのか。
話している感じからして後者のような気がするが。
一旦は現状持ち得る情報だけで落ち着ける着眼点を見つけられたので、それを落とし所とし手書きメモである程度情報を書きまとめて、スキルツリーの編集作業へと戻る。

「それでどうするのだ主人よ。主人の考えがもしあっているとすれば、スキルツリーすら彼等の監視下に置かれているはずだ。いっそのこと隠蔽スキルでも取ってみるか?」
「くだらない冗談はやめてくれフィリス。もし本当に見られているのだとすれば、隠蔽スキルなんて持っていたところで意味がない」
「それもそうだが、ならどうするのだ? 前までと同じ様に器用貧乏のままで過ごすか、、それとも特化型にするか」
「今回は特化型でスキルを組もうと思っている」
「なるほど、、考えはよく理解出来るよ。仲間達に遅れを取りたくない気持ちはひしひしと伝わってきている」
「レイネスにもそれ言われたんだけど、俺そんなに気にしてる節ある?」
「それはもう。主人殿の仲間達に追いつけないことに対するコンプレックスと言えば、我等の人格形成に少なくない影響を与えるほどだぞ。我の性格があやつレイネスに似ておらんのもそういった面が深く関わっておる」

自覚症状はなかったのだが、どうやらフィリスが言うには相当らしい。
性格形成面においてもそういったのが関わってくるというのは、一つの情報たり得るなと無駄な事を考えながらスキルツリーとのにらめっこを続ける。
菜月が今までの様な器用貧乏構成にしないのは、しっかりとした理由がある。
それはもちろんフィリスに言われた理由もあるが、戦闘用NPCの参入によってギルドメンバーの数が今までより圧倒的に増えたので、中途半端な戦力は逆に足を引っ張る原因になってしまうからだ。
昨日の戦闘でもーーというより元より分かっていたことではあったが、菜月がいなかろうともパーティーとして、ギルドメンバー達は効率的に動くことができる。
いっそのこと邪魔であるかもしれないほどにだ。
ならどうすればいいか、それは単純な事で、彼等と同じく何かに特化した能力構成にすればいい。
菜月が現在所有を許されており、なおかつまともに使え成長する可能性があるアメイジアでの戦闘用スキルは〈ガンナーⅨ〉〈自己再生Ⅷ〉〈上級剣術Ⅸ〉〈弓術Ⅷ〉〈槍術Ⅶ〉〈上位召喚術Ⅵ〉〈武器種操作Ⅹ〉の七つだ。
剣術と召喚術は既に上位職を解放できているが、自己再生と弓術、槍術に関していえばまだまだレベルが上がる余地がある。
ならばいま菜月がポイントを消費して強化しなければ行けないのは召喚術と剣術、ガンナーの三つ。
スキルポイントを使用してスキルのレベルを上げる事は可能だがかなり大量のスキルポイントを消費し、上位職ともなれば一レベル上げるだけで二千は最低でも持っていく。
画面表記されている自身のスキルポイントの表記は一万と五千九百七十ポイント。
〈上位召喚術〉並びに〈上級剣術〉をレベルⅩまで上げたとしても、いくばかのお釣りが帰ってくるほどの値だ。
〈ガンナー〉は上位スキルではないのでそれ程ポイントを消費しないし、これならばなんとかなるだろう。
迷う事なくスキル強化ボタンを押し、菜月は限界まで三つのスキルを強化する。

『システムメッセージ:〈上位召喚術〉が強化限界に達した事で〈超位召喚術I〉〈召喚時間短縮I〉〈契約I〉の三つのスキルを獲得しました』
『システムメッセージ:〈上級剣術〉が強化限界に達したことで〈超級剣術I〉〈我流剣術 I〉〈攻撃補正Ⅹ〉〈見切り I〉の四つのスキルを獲得しました』
『システムメッセージ:〈ガンナー〉が強化限界に達した事で〈視覚領域拡大〉〈集中〉〈気配把握〉の三つのスキルを獲得しました〉
「一気に10個もスキルを手に入れるとは、よかったじゃないか主人よ」
「この三つのスキルを限界まで強化すれば、手に入るのくらい知ってただろう? それに雷蔵さんが持っている剣術スキルは超級のさらに上のスキルと同等のものだ。まだまだ背は遠いな…」
「ここからどうやって特化型にするのだ?」
「とりあえず〈見切り〉は自力でどうにでもなるから放置して、〈我流剣術〉主体に進めるつもり。後は〈契約〉を強化して壁の確保と戦力確保かな」
「なるほど、、時間はたっぷりあるし、それがいいかもしれんな。それで残ったスキルポイントはどうするんだ? 四千ほど残っているが、〈自己再生〉でも上限まで上げるか?」
「いや、残ったポイントを全部使って基礎ステータスを底上げする」
「基礎ステータスの底上げ、、? 可能なのかそんな事?」
「どうやらこの世界だと出来るらしいね」

そう言いながら菜月がシステムウインドウからとある項目を押すと、先程まで目の前に出ていたシステムツリーと同じ様なものが目の前に浮かびだす。
アメアイジアではこういったステータス自体を上げるシステムは存在していなかったが、どうやら人間種救済用に公式側が用意してくれたらしい。
若干信用に足りていない公式から用意されたものを使用するのは少々不安ではあるが、とはいえ彼等に少しでも近づくにはそれなりの危険は背負う覚悟が必要になる。
十分の一程度のレートでスキルポイントから交換できる様で、残っている4600ポイントを全て変換し、460ポイントを手に入れた。

「それでどうするのだ主人よ。主人の基礎ステータスは五百前後、手に入れたそのポイントを全て一つのステータスに振れば今の二倍の力を手に入れられる訳だが」
「うーん、、どうしようかな」

アメイジアのステータスは力、敏捷性、器用さ、耐久力、魔力、運の六つで構成されており、魔法耐久力や武器の所持できる重さなどもこれらのステータスを強化する事で強化することが可能になる。
この内のどれかを現状の二倍にするか、もしくは大体100ポイントずつ配り均等に強化するか…それ以外の方法をとるか。

「ひとまず必要ないものから消していけばいいだろう。運と器用さとかな」
「確かにその二つは自前でどうとでもなるしね。そうなると力、素早さ、耐久力、魔力だけど」
「オススメとしては、力と魔力の二つに残ったポイントを全て降る事だな。主人の戦闘スタイル的にいえばその二つが欠けているものだろう」
「魔力を上げる必要あるかな? 今は召喚術しか使わないわけだし、あってもあんまり意味がない気がするんだけど」
「対魔法の防御力が上がるので必要だと思ったのだが、主人はそれに対抗する何かを持っていたか?」
「フィリスがいるから大丈夫じゃない? 信用してるからね」
「……そうか、なら大丈夫だな。それなら後は二つだがーー撫でるな鬱陶しい!」
「照れてるから、紛らわせてやろうと珍しく気遣いしてあげてるんじゃん。耐久力とったところでって感じだし、力と敏捷性かなやっぱり」

フィリスに対してそう言いながら、迷う事なく菜月は230ポイントずつ割り振る。
途端に力が付いたような錯覚が起きたりはしないが、先程までよりは何かが出来そうな実感はあった。
強化の余韻に浸りながらやる事も終わり、菜月は二度寝の準備に入る。
部屋にかかった魔法のおかげで最適化された室温と、もふもふとしたフィリスの暖かさを感じながら、菜月は睡魔に誘われ眠りにつくのだった。
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