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序章

AIと人類

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「えっと、、、それでコピーってどういうこと?」

一旦装備していた武具をストレージにしまい込み、菜月は思った事をそのまま口にする。
武器をしまってしまうのは、目の前の存在が敵なのか味方なのかはっきりとして居ないいま、かなり危険な行動ではある。
だが敵対行動をこちらが取る気がないというのを示すのならば、これが一番確実なのもまた確かだ。

「すいません説明不足でした。この者達は皆様のアメイジアにおける記録を元に作成されたNPCであり、アメイジアにおける皆様のコピーといっても差し支えのない存在、という意味です」

メビウスの言葉を聞きながら、菜月は目の前に立っている戦闘用NPC達を見る。
目の前の彼等を見れば、確かになんとなくではあるがギルドメンバー達と同じような空気を持っており、親戚だと言われても納得はするだろう。
それ程までに雰囲気的に似通った彼等だが、とはいえコピーだと言われてもすぐに納得できるほど状況に対する対応能力が高いわけではない。
少しでも理解できる様にと、菜月はメビウスに対して情報の開示を求める。

「アメイジアでの記録っていうと大会とかのも含まれるの?」
「はい。皆様の大会での記録を元に、皆様の戦闘における優先順位の高い行動を基礎行動として、そこから皆様が行う行動を予測して行います。つまり皆様と同程度の実力を有しているはずです」

プロのゲームプレイヤーと同じくらいの実力。
あまり現実感が湧かず、目の前のそれの凄さを今の今まで曖昧にしか認識できていなかった菜月だが、もしいまメビウスが言ったことが本当だとするのならとんでもないことだ。
プロプレイヤーと同じ実力を持つNPCが量産出来るのだとすれば、過半数以上のゲームプレイヤーは存在する事を許されない。
ーー正確にいうのならば別にゲームをプレイする分には、強いコピーがいたところでなんら支障はない。
だがアメイジア内でプロを目指し努力を重ねているゲームプレイヤー達は、その心をへし折られることだろう。
人相手と機械相手に負けるのでは、心に与えられるダメージが違う。
スーパーコンピューターによって対ゲーム用に作成された。特化型NPCに負けたのならば諦めはつく。
だがたかだか量産型のNPCに負けたとなれば、プライドなど簡単に折られてしまう。
人とはそういうものだ。

「それはつまり俺達と戦ったら引き分けにできるってことか?」
「いえ。引き分けではなく勝利です。AIは常に進化する機械、皆様の成長性すら計算に入れて行動いたしますので、万に一つも勝ちの目はありません」

メビウスのもはや挑発とも取れるそんな言葉。
本人に悪気がないのは言葉に悪意がこもってないのでなんとなくは分かるが、それにしてもな言い方だ。
ふと、目の前に立っていたNPCと目が合った。
その紅い瞳の中にある瞳孔が怪しく揺らめいたかと思うと、菜月の周りから威圧と同時に誰が出したのか分からないほど低い声が響く。

「「ーーーーはぁ?」」

声の主人は菜月の周りにいるギルドメンバー達だ。
表情こそ落ち着いているものの先程までの楽しそうな雰囲気はどこかへと消えていき、いつもは少しおちゃらけた雰囲気を持っているアルライドですら少しピリついている。
最初こそ何故かと驚いたものの数秒もすれば多少は理解できるもので、彼等はプロプレイヤーとしてのプライドを深く傷つけられたのだ。
考えてみればそれこそ当たり前の話で、プロとして気が遠くなるほどの時間を鍛錬に費やした彼等が、ぽっと出のAIに同じ実力を持っているなど言われれば怒るのも無理はない。
しかもこちら側の方が進化の速度が高く、戦えば確実に勝てるとも言われれば世界一位としての自負が深く傷つけられるだろう。

「AI如きが私と同じ実力を持てるとでも思ってるの? 潰すよ?」
「霊主さん人格変わってきてるよ? まぁ気持ちはわかるけどね?」
「すいません。私共の何処かに失礼な点でもございましたでしょうか?」
「失礼、、、というわけじゃないんだがな。ただ全員がプライドを傷つけられただけさ」
「ーーこうなる事は分かっていました。メビウス殿、お下がりください。チームワークを鍛えるとおっしゃっていましたね、私共がその手伝いをさせていただきましょう」
「それは…戦うって事で…いい?」
「ええ。もちろんそのつもりです。皆様のお気持ちは我々も察するところではありますが手は抜きませんよ」

先程までよりもーーいや、先程までと比較することの方が難しいほどのーー重い重圧が全身を強く押さえつける。
圧倒的上位者同士が対峙した時に起こる一種の現象の一つ、弱者には傍観すらも許されないほどの圧倒的な暴力の奔流が辺りを駆け巡っていく。
そんな重圧の中で先程菜月と目があったNPCは、場の空気に耐えられないとでも言いたげに苦笑いを浮かべながら、菜月達に向かって言葉をかけてきた。

「僕は参加する気ないのでパスで。戦闘用NPCとはいえ戦うの苦手なので」
「わ、ちょ、いきなり引っ張らないでよ」

菜月の手を引っ張りながら一触即発の両者から離れようとするのは、紅い目が特徴的な彼だ。
先程からよくこちらを見ているので何かしたいことがあるのだろうかと思っていたが、どうやら二人っきりになれる時間を作りたかったらしい。
紅い目にアメイジアでは特徴的な菜月と同じ黒い髪、服装は騎士が来ている様な鎧で、普段まともな装備をしていない菜月からすれば重量的にも邪魔そうに見える。
ある程度歩くと満足したのか彼は倒れこむ様にして草原に腰を下ろすと、目で菜月にも座る様に示す。

「もしかしなくても俺のコピーだよね、君」
「あ、やっぱり分かります? あの五人の戦闘に合わせるのなんて、僕には無理ですよ無理。逆にいままで良くやってましたよね~、

ニヤリと笑みを浮かべながら、目の前それは楽しそうにそう言った。
アメイジア内における全ての行動を情報化し、そしてAIに同じ行動を同じ様に行わせたのだから、目の前のそれは菜月の考えを全て理解している。
だが性格すらも完璧に似せる事は不可能だった様で、だからこそいま菜月の目の前にいるそれは菜月とは別の何かだ。
人格形成すらも終わり、一種の人間とも言える目の前のそれはもはや別の世界の菜月といっても過言ではなく、だからこそ目の前のそれは

「ルールは単純。どちらかのメンバーが三人以上倒れたら終わり。倒れる判定はHPが四割以上削れたらだ。基本装備は同じ程度の能力の物とする」
「じゃあ開始しますか。三十秒後にスタートで」
「人が勝つか、人が作ったものが勝つのか…どっちが勝つか賭けません?」
「本当に俺のコピーなの君? 賭け事は嫌いだって認識されなかったの?」
「認識はしてますけど俺は好きなんでね。関係ないじゃないですか」
「割と自由に生きてるんだな…そう言えば君、名前は?」
「まぁ戦闘見ながらそこら辺の詳しい話はしましょうよ。あ、名前はレイネスって言います。よろしく」

会話をしている間にいつのまにか三十秒経過していたのか、目の前でプロ級の力を持つもの達の試合が開始される。
先程までのゴーレム戦など比べ物にならない程の轟音が辺りに響き渡り、それぞれの武器が描く線だけが菜月の目にうっすらと見えた。
数十手以上先を読みあい、数多の戦術の中から必要なものだけを取り出し、いくつもの駆け引きを重ね合わせたその戦闘は、見ているだけでも学べるものが多くある。

「さて、なんの話でしたっけ、、。あ、そっか僕らがコピーかどうかでしたっけ」
「そう。初めて見るからね、自分のコピーなんて」
「まぁ証明するなら貴方が得意な事で証明するのが一番ですよね」

そう言うと彼は、目の前で激戦を繰り広げているギルドメンバー達の方を見る。
その紅い目を先程までよりも更に輝かせ、傍目から見ても集中しているのがよく分かった。

「右から袈裟懸け、避けて切り返し、紙一重でそれを回避して二撃目の準備ーーこんな感じですか」

彼がそう言い終わった瞬間に、目の前で彼が言ったのと全く同じ行動が行われる。
雷蔵が渾身の力を込めて放った一撃は、敵対していたNPCがすんでのところで回避した事で空を切り、反撃の一撃を放ったNPCの一撃はだが雷蔵の完璧な見切りによって、NPCが行ったものよりもギリギリのところで刀が空を切った。
予測と言うよりは予知に近いそれ。
能力によって強化された空間把握能力と彼等の修練と同じ程の時間を費やした事によって得た、各武器の癖のつき方と次に行う可能性の高い行動を予測する事で得る予知。
彼らに追いつく為に菜月が培った唯一の能力。
戦闘用ではなく、指示出しのためだけの菜月の能力。
戦いを捨て、せめて彼等の役に立てばと無くなった肉体が痛む程に重ねたあの修練は、誰にも真似されない唯一の自分の能力は、だがAIによって簡単に真似されてしまった。

「先程の彼等と同じ表情をしてるよ? 自分が今まで努力を重ねて得てきた力が無残にも奪われ、まるでそれを自らの力の様にして行使されるのだから怒りは最もだ」
「別にそんな事ーー」
「ーー強がらなくていい。オリジナルの僕よ。僕に嘘を付く必要はない、君は僕では無いが僕は君だ、君の気持ちは分かる」

ガキィィインと少し鈍い音が響いたかと思うと、目の前であまり想像したくなかった光景が浮かび上がる。
バロンの盾が大太刀による一撃で半分ほど切り込みが入っており、彼の表情にも余裕がある様には見えなかった。
後衛の戦闘ならば同程度の力を持つもの同士で、急にどちらかに軍配があがる様な事はない。
だが前衛の戦闘は一瞬の隙を突き合うので、同じ実力であろうとも集中力を切らした方がこうして負ける。
頭では理解していても、菜月にとってはもはや英雄とすら思える彼等が膝をつく光景などなんとも耐え難くーー辛い。
何も出来ない自分が、力を持たない自分が、心の底から嫌になる。
耐え難い苦痛に顔を歪ませる菜月に対して、ふと横に座っているレイネスが口を開いた。

「安心しなよ。無限に学習を重ねるAIだからこそ、僕達AI君達人間に伝えなければいけない事がある。人の可能性は無限であると」

キィィィィンと、甲高い音が辺りに響き渡った。
雷蔵の刀が彼と対峙していたNPCの刀を弾き飛ばし、人間の反撃は開始される。
AIが読み取れる数十手先の更にその向こうへ、一秒前の自分を超える為に、疾く、強く、ミリ単位の誤差すら許さずに、ただ強くある為に。
己のプライドをかけて、彼等はその力を更に上の段階へと押し進める。

「試合終了! 勝者人間チーム!」

メビウスがそう言うと同時に、肩の力が抜けた様な気がした。
試合はこれにて終わりを迎える。
異世界に来て初めての一日は、まるで映画のワンシーンかの様で。
現実味もなく、少し早急に事が運びすぎている様な気もするのだけれど、とりあえず人類は勝利することができたのだった、

「さすがですね皆さん、まさか我々が負けてしまうとは。装備の性能もわざわざ会わせていただいたのに、、どうでしょう? チームとしての戦闘経験にはなりましたか?」
「十分なったわよ、十分すぎるほどにね。フェイク混ぜても何しても綺麗に防御されたのは腹が立ったけどね」
「私的には不安げなギルマスの顔が観れたから満足…良くやった。えっと……レイネス」
「お褒めに預かり光栄です。皆様なら勝利を収めるだろうとは思っていましたが、まさかあれほど余裕を見せられるとは、、正直驚いています」

そういうレイネスの口ぶりは、まるで雷蔵達が勝つ事を見越していたかの様だ。
菜月からすれば両者共に圧倒的実力者である事は変わらず、故に力の差はそこまでない様に思えるのだが、当人達からすれば確かな差があるらしい。

『システムエラーを確認。エラー時の録画データをアップロード、、、アップロードに必要なエネルギーを確保に失敗、、保留とします』
「ーー!? 誰だ!?」
「ど、どうしたのギルマス?」
「敵か?」

何処からか聞こえた機械的な音声。
確かにこの場にいる誰のものでもなく、まるでアメイジア公式サイトの音声案内の様な声が、菜月の耳に聞こえた。
だが菜月以外の誰にも聞こえなかった様で、周りを見ても聞こえたような人は居ない。

「いや、ごめんちょっと神経質になってただけ見たい。気にしないで」
「それならいいが、、それにしても本当に強かったな。AIとはいえあれ程の戦闘は久しぶりだ」
「ちゃんとした装備渡せば特級戦力になるかもね。今日はもう夕方になってきたし、明日装備整える感じでどう?」
「よろしいのですか? 我々に装備を与えてしまって」
「なんで? 裏切るの?」
「あ、いえ、決してそういう訳ではありませんが…しかし」
「なら大丈夫じゃん。気にしない気にしない、ギルマスのコピーでしょ? もっと気楽に行こーよ」

アルライドにああ言われてしまえば、もはやレイネスに返す言葉は一つもない。
地平線の向こう側に沈んでいく太陽を眺めながら、菜月は目の前で慌てふためくレイネスを見て、結局コピーとはいえ大差はないのだという事を再確認するのだった。
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