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空見 大

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序章

伝説の始まり

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十数メートルはありそうな巨大な扉が鈍い音を立てながら開き、向こう側の景色に菜月は少し気圧されそうになる。
数にして丁度3500人にも及ぶ戦闘用NPC達が、一斉に頭を下げるその光景は壮観だ。
見てみれば学校の校長などが立つ様なお立ち台の上に立ち、上から眺めてみればその凄さがよく分かる。

「えっと…こういう時ってどうするのバロンさん」
「俺に聞くのか? 全くもってわからんぞ。と言うかちょっとビビってる」
「人前でプレイするのは慣れてるけど人前で喋るのはね~。僕も無理かなーー」
「ーー面を上げなさい!!」

誰が最初に言葉を投げかけるか迷っていると、不意に隣から大声で指示を出され菜月の身体も硬直する。
声の主人は霊主だ。
霊主の指示によって目の前にいる者達が一秒たりとも誤差なく一斉に顔を上げ、こちらに視線を向ける。
数にして7000個もの目がこちらを眺めている。
たかだか視線、だがその視線に慣れていない菜月からすれば視線だけでもかなりの重圧だ。
こう言った場面でどう言う言葉を投げかけるのが正解なのか分かっていなかった菜月達と違い、霊主は自信満々といった風貌でそう言いながらお立ち台の真ん中に立つ。

「貴方達はこれから道の地へと調査に向かってもらう! 道中死が貴方達を襲うかもしれない、だが私は貴方達ならば死を打ち倒し無事にこの地へと戻ってきてくれると信じている!」

それだけ言って言いたいことを言い終えたのか、どうだと言わんばかりの顔をしながら霊主は菜月に向かってニッコリと笑みを浮かべる。
だが二、三秒して兵士達の反応がないと少々不安になってきたのか、徐々に顔が困惑に染まり泣きそうな顔になった。
なるほど確かに不安そうな顔は面白い、ハーミルンが昨日ああ言っていたのも理解できる。

「え、ちょ、私失敗した? 失敗したのもしかして? あんなに自信満々にやったのに? 死にたーー」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

霊主が後悔と羞恥の感情に悶えそうになった瞬間、菜月が手を高く掲げると体が震える程の爆音で雄叫びが上がる。
その雄叫びは自分達の力を認め、自分達の力を信じ送り出してくれる霊主に対しての感謝のものだ。

「凄いねこれ、肌にビリビリくる」
「良かった…私の演説失敗してなかったのね。それにしてもさっきまで反応してくれなかったのになんでいきなり?」
「それはなーー」
「ーーちょバロンさんやめてくださいよ」
「じゃあ僕が代わりに! 菜月が後ろでまだだって合図出してたからだよ!」
「アルライド!? ち、違うんだ霊主。仲良い子には悪戯したくなるっていうそういうアレだから許してくれーーなさそうですね。すいませんでした」
「罰として菜月にはなんか一個後で言う事聞いてもらうからね」
「はい、すいませんでした」
「いっけないんだー菜月、そうやって女の子怒らせちゃ」
「元はと言えば個人チャットでやろうって言い出したのバロンさんとアルライドだけどね!?」
「なんで俺まで巻き込むんだ!?」

死なば諸共、自分達だけ助かろうなどと許すか。
悪戯の元凶が発覚し霊主に怒られているアルライドとバロンを無視し、菜月は次の作業を始める為に霊主の代わりにお立ち台の真ん中に立つ。
やはりこれだけの人数に見られるのは緊張するが、とはいえノリがいいのはもう把握できているので先程までではない。

「協力してくれてありがとう! 武器や防具を支給するから各小隊の隊長は前に!」

先頭にたっていた人物達が各小隊の隊長だった様で、菜月の指示に従い一歩前に出る。
見てみれば他のメンバーよりも少し強そうなもの達ばかりで、どうやら師団の中にもある程度強さの差はあるらしい。
彼らが着用している装備は昨日レイネス達が来ていたものと同じで、見た目はいいが控えめに言っても装備としての性能はお話にならない程度の物だ。
この程度の装備を着せて無理に出撃させ犠牲者など出よう者ならば、それは栄枯盛衰の恥になる。
ギルドホームに貯蔵された大量の装備と自分が持つ装備から必要の無いものを全て目の前の彼らに付与していく。

「小隊長は付与された武具を均等に小隊内に配布するように。消費系アイテムに関しては必要だと思うものを自分達で持って行ってくれ」
「「了解致しました!!」」

菜月の指示に直ぐに従い、小隊長達は自らの仕事をこなしていく。
装備を変更すると小隊長達の顔が確認でき、各人がどの種族なのかと言うこともなんとなく把握できる。
基本的にはギルドメンバーと同じ種族が多い様だが、一部天使や悪魔なども確認でき、特急戦力としては無理でも戦力として期待できそうなものがかなり多かった。
小隊長達が菜月と同じ様にシステムウインドウを開けると、列の前に立つ者から順に装備が更新されていく。
列によって和服だったり洋服だったりと色々で、得られる能力も当たり外れ様々あるはずだ。

「あの和服の列って絶対雷蔵さんか菜月の装備だよね」
「あの黒色集団はハーミルンだな。あれ昔来てたの見た事あるし」
「ちゃんと女子が来てた服は女子に、男子が来てた服は男子に配布してるあたり小隊長さん達の苦労が垣間見えるよ」
「それが面倒で小隊長に全部投げたってわけか…やるなマスター」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。僕がやるより公平になると思ったからそうしただけです、他意はありません」
「ってあそこにいる人ヴァルキュリーシリーズ着てるし、なんであんなレアな物渡したの?」
「ああ、あれ俺のだ。ガチャ引いて当たったはいいもののハーミルンや霊主はあれよりいいものいっぱい持ってるし、どうしようかと思って倉庫に眠らせてたんだよね」
「こうしてみるとチラホラレア装備持ちがいるな。運が良いってことか」

一瞬平均化するために回収しようかとも思ったが、不満を抱えている様な者は居なさそうだし戦力が上がる分には別に問題ではないので問題ないかと無視しておく。
それから数分して装備が配布され終わると、先程までと同じ様に小隊長は列に戻りこちらを見据える。
先程までは一個の個体として統一感があったが、今は列ごとに特色が出ていた。
狙撃手が多い部隊や近接戦が得意そうな部隊など、一応バランス良く配備されてはいるが、それでも多少は人数に偏りが出るのも仕方ない。

「それじゃあ後は移動手段の確保か。えっと運搬系モンスターのスクロールは…」
「ここだよ菜月」
「ありがとアルライド」

運搬系スクロールの場所を探していると、アルライドが場所を示してくれた。
そのおかげで場所を思い出し、菜月は必要だと思われるモンスターのスクロールをいくつか取り出す。
基本的にモンスターをスクロールで召喚する時には、スクロールの消費だけで済むのだが一部のモンスターは召喚時に金銭を要求される。
残高が減っていく自分の財布を眺めながら、とはいえ必要経費なので割り切りモンスターを全て召喚する。
召喚したのはインビジブルドラゴンが20体、スレイプニルが40体、月狼種げつろうしゅが30体だ。

「遠方を担当する班にはインビジブルドラゴンを、中距離班はスレイプニルを近距離班には月狼種げつろうしゅを預ける。足として、攻撃手段として、運搬手段として、有効に活用してくれ。」
「大盤振る舞いだなマスター。これだけの召喚モンスターを見るのは久しぶりだ」
「人的被害が出るくらいなら、金で召喚できるモンスターを犠牲にした方が幾分かマシですから」
「なっちゃんは優しいねぇ。それじゃあ締めも私が行かせてもらおうかな!」
「なっちゃん言うな。よろしくお願いしますよ」
「それじゃあお言葉に甘えて。栄枯盛衰に仕える勇者達よ! 貴方達の健闘を祈ります、解散!」

遠方に向かう班はドラゴンに乗って、それ以外の者達は菜月が地上へと召喚陣を使い送る。
いずれ彼等は世界各地にて強大な力を持つ兵団として名を馳せるのだが、それはまだまだ先の話。
いまの菜月達には知る由もなかった。
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