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森妖種領土編

深い森の中で

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地上に師団の半分を送ってから早一ヶ月。
月日が経つのは以外と早いもので、アイテムの整理にチームワークの強化、召喚モンスターでの実験などをこなしていただけで、いつのまにかこんなにも経ってしまっていた。
敬語を使わない事にも徐々に慣れてきたが、改めて雷蔵やバロンに敬語を使わないのは無理そうだと自覚した。
なんというかあの二人は貫禄がありすぎてどう見ても年上にしか思えないし、事実年上だと思うので自然と敬語を使ってしまうのだ。

「西方領域の地図がこんな感じで、東部がこんな感じっと。人類がここら辺で……山がこんな感じか」

目の前で霊主が報告された情報から地図を作成していくのを見ながら、菜月も渡された報告者に目を通す。
どうやらこの世界、一般的なレベルとしてはそれほど高くないらしく、当初は兵士達の中にも少なくない犠牲者が出るかと思ったが、今のところ1人も犠牲者は出ていない。
それどころかインビジブルドラゴンが余りにも過剰戦力過ぎて、周辺動物が怯えてしまい現地調査にも支障が出ているとの事だった。
数日程前に庭に数匹ほど帰ってきており、どうしてなのかと思っていたがどうやらそういう事だったらしい。
まぁ普通に考えてドラゴンなんだから、多少は怯えられるのも想定内だったが、過剰戦略と言われるほどに向こうの生物は弱いのか……あまり警戒はしなくて良さそうか?

「結構森と山が多いね。自然が結構残ってる感じ」
「どうやら報告によるとエルフも居るようだし、人間も下手に木を切れないんだろう」
「なるほどねぇ、人間だけじゃないとそういう問題も出てくるのか」

人間種のみの世界であれば領地拡大の際に他の動物に気をつける必要はあるだろうが、人類に対して強い拘束力を持つほどの制限はない。
だが他の種族、エルフやドワーフなどが暮らすこの世界では、人権的にも戦争になる可能性があるという点からも、いきなり領地を広げるのはかなり難しいものがある。
だからこそ人と人以外の国は、近すぎず離れすぎずの微妙な距離感を取っているのだろう。

「とりあえずは人間と接触するのが一番の目標って事でいいかな?」
「亜人種は人間排除を優先する所もあるみたいだしね、人間のいる所に行って、それから行動していった方が良いだろう」
「誰が行く? さすがにこのメンバー全員で行くと威圧感ない?」
「それならマスターとアルライドに行って貰えばどうだ? 二人なら見た目も人に近いし、警戒されないだろう」

そう言いだしたのは、いつにも増して土が身体に付着しているバロンだ。
彼は最近この城の地下に、地下牢だったり倉庫だったりを手作りしだしたので、おそらくはそれの影響だろう。
確かにこの中で一番人間に近い見た目をしているのは、人間種である菜月と人間に少し角が生えているだけのアルライドだ。
アルライドの種族は仙角種という少々珍しい種族で、本気の戦闘時には角が更に伸びるが平常時ならば髪で隠すこともできる。

「確かに敵もかなり弱いみたいだし、僕等が行っても死ぬ事はないかな」
「一応はレイネスとライムちゃんも呼んで四人で行こうか。二人だとやれる事も少ないし」
「そうだね、じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい、協力者できたら私達も行くからそん時は呼んでね。なっちゃん忘れると思うからあーちゃんよろしく頼むよ!」
「任せて霊主さん! しっかりと僕が見張っておくから!」

/

周りが見えぬ程の深い森の中。
数日前に雨でも降ったのかかなりジメジメとしており、装備の効果である程度の不快感は無効化されてはいるものの多少の不快感が菜月を襲う。
上空から確認した際に街道が近くを通っているのは確認しているので、その方向へと向かって歩いていけば問題無いはずだ。
視界の端には街道にピンが刺された地図が表記されており、それを見ている限り道に迷う事はない。
黙々と歩いていると無言なのが暇になってきたのか、アルライドが菜月に話しかける。

「それにしてもあんな方法で降りると思ってなかったなあ。インビジブルドラゴンに乗って降りるのかと思ってた」
「敵が弱いと分かってても、上空にいる時は無防備だからあんまり痛くなかったんだ。それに転移系魔法の感覚も一応感じておきたかったし」

菜月が天空城から降りてくるのに使った方法は非常に簡単で、手頃なサイズの石に魔法陣を彫り空中から投下、その後地面に着いたのを確認してからその召喚陣を使い自分達を召喚したのだ。
結果は見事成功で、魔力はそれなりに使いはしたが、隠密行動を取るための手段としてはかなり有効なものを手に入れた。
ある程度歩くと獣道から開けた場所に出て、視界の端にも街道に到着した事が通知される。

「ここが街道か、整備はそれなりに出来てるみたいだな…レイネスは透明化して前を守って、俺は背後を守るから」
「そのまま一緒に歩かないの?」
「もし敵対生物が襲ってくるとしたら、アルライドとライム二人っきりの方が襲いやすいかなと思って。安全は保証するよ」
「ギルマスさん守って下さいね? 信用してます!」
「透明化の設定弄って、二人にはしっかりと姿は見えるようにしておくよ」

アメイジアでの透明化方法は色々あるが、今回菜月が行ったのはアイテム使用による透明化だ。
手の中に現れた小さい薬を口に含み飲み込むと、つま先から徐々に周囲の色に溶け込み透明になっていく。
忍びの七つ道具というアイテムのうちの一つ、隠し種というアイテムなのだが、単純な視界のみの認識阻害ではあるが消化が終わり体外に排出されるまで効果が続くので、かなりコストパフォーマンスはいい言えるだろう。
隠蔽系スキルを獲得していればここから更にいくつかの能力を使用するのだが、失われた能力を必要としたところでないものはないのだ、現状で満足する他あるまい。

「それでこれからどうするの菜月?」
『とりあえずは森の調査から開始かな。近隣の生命体と接触する前に、普段彼等が接触している物に触れておきたいから』
「もし仮に敵対生命体かどうか不確かな敵がいたらどうする? 殺る?」
『なるべくこちら側から手を出したくは無いけど、そこら辺の判断は命に関わるからアルライドに任せるよ』
「おっけー、とりあえず街道沿いに進んでみよっか」

電子の世界に浸かる前の、本当の人としての体を持っていたあの時と同じようなあぜ道を歩きながら、菜月達は街道沿いの木々の名前や情報などを纏めていく。
ふと、何処からか低い唸り声の様なものが聞こえてきた。
地の底から響く様な、本能的な恐怖を覚えさせる獣の声が。

「早速なんか獣を引っ掛けたかな?」
「いやこれはーー」
『どうやらこの生き物が正体だったようですね』

街道沿いに生えた身の丈程もある草の中にレイネスが無造作に手を突っ込むと、獣の声が消え中から声の主人が飛び出してくる。
その見た目は一番近しいものでいうと殿様蛙だろうか。
ただ通常の蛙との違いとしてまず足の指の間に本来あるはずの水かきが無く、また背中に大きな袋のようなものを背負っている。
視界の右上にある物体のステータスを見るための機能に、何か情報がないかと見てみるが名前すら記載もなく、これといった情報はつかめそうにない。

「びっくり動物一匹目ってところかな? これもこの世界の固有種なんだろうね、ちょっと貸してよ」
『どうぞ、どうやら毒などは持っていないようです』
「ありがと」

レイネスから目の前の蛙もどきを手渡されると、アルライドは顔の近くまで持っていきじっくりと観察を始める。
基本的に少年のような行動をする傾向のあるアルライドだが、どうやらこの世界に来てその特性が大きく出てきているようだ。
手のひらの上に乗せ、もう片方の手で軽くつんつんとしながらその感触が面白かったのか笑みを浮かべるアルライドの姿は、正に子供のそれ。
見ているだけでどこか微笑ましい気持ちになるのは、彼の長所のうちの一つと言えるだろう。
持っているのが見た目のグロテスクな蛙もどきでなければだが。

「うぇぇ、気持ち悪い。アルライドはなんでそれ触れるの? 私絶対無理」
「そういう女の子アピール良いから。ギルマスそういう子嫌いだからね」
「なーんだ、そうだったんだ。なら辞めます!」
『えぇ!?』
「まぁ嘘だけどね、菜月は意外と初心だから、そうやって分かりやすいくらいに失敗しないとなんとも思われないよ」
「アル~! そういうの辞めてよね! 私がなんか悪いみたいじゃない!」

女性の演技やそれに近い行動に対して、自分的にはかなり敏感だと思っていた菜月は、アルライドにそれを否定され目を丸くする。
だが確かに言われてみれば、性別は入れ替わっているとはいえ大元はアルライドとほとんど同じと言えるNPCが、あそこまで蛙に対して嫌悪感を抱くのはおかしな話だったのだ。
誰かに気に入られようと行動を起こすのは菜月にとって難しい事なので、微笑ましい事だなーと呑気に考えているが、事態は菜月が思っているより特殊だ。
それに気が付いたのは菜月ではなく、菜月のコピーであるレイネスだった。

(いくら人格形成段階で性別が変更され他のAIとは物が違うとは言え、ギルマスになんて、随分と人間らしい行動を取れるように作成されてましたかね……調査が必要ですか)

レイネス達戦闘用NPCに許された行動は、の感情の発露と、サポートまでだ。
あくまでも許されるのはそこまで、それ以上は完全なる越権行為。
禁止事項に触れれば必ず修正があるはず、問題はエネルギー不足によって世界を跨いで情報が飛ばせないところか。

『まぁまぁ、そんなこと気にしないし大丈夫だよ。素手でそれを鷲掴みにするのは少々どうかと思うけどねアルライド』
「そうは言うけどさ菜月。結局のところ生き物なんて、ぜーんぶ無くして臓器だけにしちゃえば、種族によって差異は有るだろうけど、だいたい全部おんなじようなもんだよ? そう考えるとこの蛙だってあそこに飛んでる綺麗な蝶と一緒だよ」
『アルライドには僕がそう見えてるんだね…ちょっとショックというか見損なったよ』
「ち、違うよ!? ギルマスと他のメンバーは別! そこの線引きはちゃんとしてるよ!」
『本当ですかね~』

焦ったような表情を浮かべるアルライドに冗談めかして声をかけながら、菜月達は街道を歩いていく。
それから少し歩き、太陽がちょうど真上に来た時間帯ーー頭上のアレが太陽かどうかは判断不可能だが太陽と仮定してーーになり菜月達は近くの川辺に腰を下ろす。
木々の間から吹く少し湿った空気も川の近くでは爽やかなものに変わり、照りつける太陽も木によって遮られているのでかなり心地いい。

「それにしても襲ってきませんね、狼くらいは来てもいいんじゃないかと思いますけど」
「基本的に動物はよっぽどお腹すいてない限り、他の動物は襲わないからね! もう少しすれば襲われると思うよ?」
『その程度の獣ならばいいですが、捕食者と呼ばれるような類の生き物がいた場合、多少面倒になりますね。龍など出てきたらいまの状況で勝てるかどうか』
『頼むからレイネス、フラグを立てないでくれ。せめて雷蔵さんがいる時じゃないと本当に龍相手はキツイ』

アメイジアでは龍と一概に言っても様々な種類がいた。
羽があるもの、無いもの、火を吐くもの、それ以外のもの。
竜と龍の違いなど気にすることすらなかった菜月からすれば、多種類に渡る龍という生物の多様性には驚きしかない。
その中で菜月がアルライドが居たとしても逃亡を決意するのは古龍、神龍、死龍に属される龍達だ。
古龍はアルライドと二人で頑張れば勝てない事も無いだろうが、菜月が確実に足を引っ張るので逃亡するしか無いし、死龍は特殊属性である死を扱うので安全性を取るために逃げるしか無い。
神龍に至ってはまともに戦えるのなど全力装備の雷蔵が単騎で、それ以外のギルドメンバーでも二人以上でなければ、かなりの苦戦を強いられることだろう。
そんな存在がいるかどうかはまだ現状では未確認なのでなんとも言えないが、近しい生命体がいてもおかしくは無い。

(何が嫌ってアメイジアの運営は古龍クラスまでは自然POPさせてたから、森の中でも安心できないんだよなぁ)

わざわざ透明化まで使って菜月が身体を隠しているのは、そう言った理由もかなり大きい。
改めて古龍が出てきたら速攻で逃げる準備を整えようと思いながら近くの川辺に腰を下ろすと、自分の顔が川に反射して眼に映る。
自分の顔を見る度にアメイジアに入る前の、本当の意味で人の身体を持っていた時のことを思い出す。
きっとだからこそ、他の人間達は自らの姿を変え己のなりたい姿になるのだろう。

「ーーギルマス危ないっ!!!!」

アルライドの悲鳴が木々の隙間を縫って、菜月の耳にこだまする。
考えるよりも先に数万回と重ねた動作が無意識に声に反応し、自らの身を守るために行動を起こす。
スキルを発動し手の中に刀を生成、そのまま横薙ぎに一線し、縦にも振り下ろす。
一撃目は空を切ったが、二撃目は確かな手ごたえがあった。

『ありがとうアルライド。危なかった、ワニかこいつ?』
『見た目はそうですね。透視化も無効化しているようですし、噛まれればかなり危なかったかと』
「ギルマスの剣すっごく早かった! 私全然見えなかった!」
「一撃目が開いた口の中を素通りしたの見たときは冷や汗かいたよ、今度からは水辺に近づかない様にしないとね」
『剣術スキルを強化しておいて正解だったなこれは…』

川から半分ほど身体を出したワニの様な見た目をしている目の前のそれを見て、菜月は自身の判断は間違っていなかったと再認識する。
何度も行なった緊急時の基本行動なので失敗することなどないが、剣術スキルをレベルアップさせていなければ、速度が足りずに噛まれていた可能性が高い。
先程まで大きく開いていた口は菜月の一撃によって綺麗に切断されており、縦に割られた口からは大量の血が吹き出している。
それでもまだなんとかして攻撃しようとしているのだろうが、菜月がいま手にしている刀には麻痺効果が付与されており、それが理由で全く動けていない。

『トドメを刺してあげましょう。痛みを与え続けるのはあまりいい事とは言えません』
『だね、ちょっと待ってて』

ワニの横に立ち、上段に刀を構えて精神を統一させる。
無駄な力みを捨てて体から力を抜き、刀の重みを感じながら刀を振り下ろす。
なんの抵抗もなくすんなりと、まるで豆腐でも切っているかの様にワニの首は宙を舞う。
ぼとりと鈍い音を立てて響く音を聞きながら、菜月は川にワニの頭を流す。

『これでそのうち川の生き物が食べ終えるだろう。さて、街を探しに行きますか』

刀をストレージに戻しながら、菜月達は再び街道へと戻り歩いていく。
その後姿を眺めるもの達がいることには気付かずに。
軽い足取りで進んでいくのだった。
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