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森妖種領土編

ようこそ栄枯盛衰へ

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転移を司る指輪の効果を使い、カフェから天空城までテレポートしてきたのがつい数十分前。
中庭でお互いの力量を把握する為に戦闘訓練を行っていた仲間達を招集し、菜月は急遽草原で緊急会議を開いていた。

「ーーと言う事です。だいたい理解していただけましたか?」
「えっとね、なっちゃんがやっぱり口下手なのは分かったけど、それ以外はあんまり」

あっははーと笑いながらそう言うのは、またしても服装の変わっている霊主だ。
この前の厚木の服装とは違いら今は背中に大きく神絵師と書かれた白いTシャツを着用している。
おそらくはハーメルンの影響だろうが、この数日の間にどういった心境の変化があったのかは菜月からすれば謎だ。
きっと推しに推され一度くらいならば着ても構わないかと来てみたら、意外と動きやすくて気に入ったのだろう。
現に今の霊主の格好は前々のものよりも随分と楽そうだ。

「口下手なのも悠の良いところ。その割によく喋るのも魅力的」
「ハーミルンちょっとそれは酷くない!?」
「酷くない、事実。下手な鉄砲をいっぱい撃つから失敗して、それで後から後悔する」

ーーなんだか今日は嫌に心に物を突き立てられる日だ。
確かに口下手な上に言葉が多いのは否定しないーーというか口下手だから口数が多いのも勿論あるのだがーーとはいえそうバッサリと言われてしまえば少々心も傷つく。
助けを求めるようにして近くにいるバロンに目線を送ると、やれやれといった風に手を振りながらこちらへと近づいてくる。

「言葉も大切だが、結局は心の中にある相手に対しての思いさ。それで新しくこの世界にも仲間出来たんだろう? マスター」
「ええ。仲間…そうですね、仲間です。栄枯盛衰への新規加入メンバーという事なるんでしょうか?」
「まぁそうなるな。良いじゃないか新しい子が増えて、おじさん的にはかなり嬉しいな」
「そうは言うがバロン。絶対にその中に鉱石堀が趣味な女子は存在しないぞ。断言しても良い」
「何をいってるんだ雷蔵! べ、別に見合い相手を探しているとかそんな事はない」

おっさん二人が盛り上がっているのを横目に、菜月はとりあえず彼女達が拒絶されなくてよかったと安堵する。
ギルドメンバー達のことだ、そんな事は万に一つも無いだろうとは思っていたが、とは言え人と関わる以上何が起きるかーーそこまで考えて菜月は頭を振るい思考を追い払う。
答えのない思考をしても意味がないとわかっているのに、それでもしてしまうのは何故なのだろうか。
無駄な事など考えず、自分の心に素直に、目の前の人達をただ信じれば良いのだ。
いやまぁ本当に何の話題で盛り上がっているんだとは思うが。

「そも貴方達は人じゃないんだから、人相手に求婚しても無駄でしょうに。とりあえずは今後のすり合わせもしたいので、ここにその人達を呼んでも構いませんか?」
「ここにいきなり呼ぶのなっちゃん!?」
「いや、ライネスに連絡を取ってから転移でここに送ってもらうから、まだかなり時間はあるかな」
「だよねちょっと待ってて! 私化粧とか色々あるから! ハーちゃんもそんなカッコしてないで行くわよ!」
「怠いから連れてって霊ちゃん」
「どうせやるなら派手に行こうぜマスター。おーい霊主ちゃん! 本気装備で来る様にしてくれ!」

ニヒルな笑みを浮かべながら、立ち去る霊主にそう叫び、こちらを見ながら親指を突き立てているバロンの姿は、どこからどう見ても悪巧みをしようとしている悪の親玉だ。
どうせろくな事を考えてはいないだろうが、とは言えギルドマスターとして仲間のすることくらいは知っておく義務がある。

「一体何する気なんですかバロンさん」
「なに、新しい子達を驚かせようと思ってね。マスターも本気の装備で来てくれ、謁見の間で後で合流しよう」

言いながら笑う彼の表情は、いつまでたっても悪役のそれだ。
それなのにその姿が似合うのだから、余計タチが悪い。
どうせやるのなら最後まで、いつか誰かが言っていたそんな言葉を実行に移す為に、菜月も自室へと戻るのだった。

####

突然の事だった。
菜月殿の代わりとして一時の間、街の作りや周辺地域の譲歩などを伝えていたレイネス殿が急に菜月殿が呼び出していると言い出したのだ。
通話ボイスメッセージ〉か〈手紙メッセージ〉か、そのどちらでもない未知の手段によってか判断しかねるが、どうやらなんらかの手段で連絡を取り合っているらしい。
それが五分も前の出来事だろうか。
本拠地までの転移の魔法があるとの事で、その転移魔法によって転移したのが二分程前ーーだっただろうか。
ほんの少し前の出来事であった筈なのに、だが数十年も前の事かのように思えるのは目の前の光景があるからこそだ。

「綺麗…!」

人の言葉では表現できない程の美しき物を見たときの人間の感想など、いくら高貴で素晴らしい人間だろうと泥水をすすりゴミの様な生活をしている人間だろうと同じだ。
ただ自らが知る言葉の中で一番それに合うと思う物を、心の中を満たす思い全てを込めてこぼれ落ちる様に吐き出される。

「皆さまお帰りなさいませ。そちらの方々はナーセナリー様のパーティーですね。お話は主人様から聞いております」
「こ、これは丁寧にどうもありがとうございます! 私がラングロイド・ナーセナリーです!」
「アルライド様、ライム様もこの先でお待ちです。付いてきてください」
「はいっ!」

自分の声が上擦るのが恥ずかしくて仕方がない。
だがそれを笑うものはこの場には誰もいないのだ。
自らの仲間達を横目に見てみれば、未だに建造物のあまりの素晴らしさに言葉を失っているのか、何も話そうとせず放心していた。
かつて絵画を見て、今の仲間達と同じ様に放心している人物を見たことがあった。
昔はあの人物がとっている行動がわからなかったが、今ならば何故あの人物があそこでああして立ち止まっていたのかが理解できる。
情報量が多すぎるのだ。
この建物はかつて見たどの建造物よりも荘厳で美しく、そして豪華絢爛だ。
踏みしめる絨毯からは柔らかさが感じられ、等間隔に配備された灯りは優しい光を感じさせ、暑さは微塵も伝わってこない。
掲げられている旗には様々な紋様が描かれており、その獣達の力強さと雄大さが感じられた。

「この扉の先に栄枯盛衰の皆様がお控えです。御無礼のなきよう、お願いいたします」

そう言われてふと目の前を見てみれば、大男が数十人いても開けられなさそうな巨大な扉が鎮座していた。
壁には火を噴く巨大な龍の紋章が描かれており、青々とした若葉と朽ちかけている老木の姿が描かれている。
もちろん彼女達が栄枯盛衰という言葉の意味を知っている訳は無いので、後ろに書かれた若葉と老木の意味は分かっていないが、それでも美しさだけは知らなくても伝わる。
重い、鈍い音を立てながら扉が開くと、扉の向こう側に徐々に人影が見えてくる。

「ようこそ、我等のギルドホームへ。歓迎しよう」

階段の頂上、一際高い場所に作られた玉座に座るのは、先程までとは全く違う雰囲気を纏う菜月だ。
着用している服は見ただけでその価値を思い知らされ、腰に備え付けられた二振りの刀剣は川で振るっていた物とは雲泥の差がある。
武器を扱うことに関してはプロ級である自身と自負があるが、あの武器は伝説級の、下手をすれば神代に存在した武器よりもーー

(いや、そんなはずが無い。そもそも神代の武具など見たこともないのに、などと思ってしまうのはおかしい!)

自分に言い聞かせる様にして、いや事実自分に言い聞かせながらナーセナリーは目の前の現実を直視する。
だがそれは暗に彼女が目の前で菜月が腰に挿すその武器を、神代のそれと同等以上のものだと無意識のうちに認めてしまっているのだ。
旗に目をやれば顎鬚を蓄え体格のいい大男が寂れた片手剣と盾を持ち、その一段下の階段には騎士団が身につけているプレートアーマーの様な、だがそれとは違う鎧を身に付けたこちらも大男が立っていた。
片手剣を持つ大男と同じ段には黒髪長身の女性が立っており、背中には黒い筒の様な物を背負っている。
それと同じ様なものが腰にも二つ皮で作られているであろう物で留められており、腰のベルトにはいくつか小さい玉の様な物が付いていた。
その下の段、鎧の男と同じ段には、遠くは極東の島国の姫君が来ていたとされる着物を着た人物が立っており、その出で立ちは正に姫のそれだ。
そしてその段から一つ下がってアルライドがニコニコと笑顔を浮かべながら、少し灰色がかった四角いキューブを腰に括り付けて階段に座り込んでいた。

「右側から見て上からバロン、雷蔵。左側はハーミルンに霊主」

透き通る様なそんな声が聞こえ、ナーセナリー達の意識は引き戻される。
見てみれば仲間達も同じだったのか少し驚いた様な顔をしており、自分もおそらくこんな顔をしているのだろうと思えた。

「そして下にいるのが左からフルネームでマティーニ・リシュブール。次がアートでエマ・ベイカーにライム・スピル・ズベリ。後は如月鶯にレイネス・トマス・ムーン」

菜月の紹介の言葉が終わると、まるで練習でもしていたかの様に一斉に揃って頭を下げる。
あまりにも綺麗なその姿に一瞬見ほれてしまいそうになりながら、教えてもらった名前を覚えようと必死に顔と名前を頭の中でくっつけていく。

「さて、自己紹介も終わったところで改めて。ようこそ我等のギルドホームへ、今日からここは君達のギルドホームでもある。しっかりとくつろいでこれから仲良くしていってほしい」

立ち位置的に見下される形になりながら、ナーセナリー達は一方的にそう告げられる。
だがそこに不快感や嫌悪感といった感情は一切ない。
あるのは献身的な敬神と崇拝の心のみだ。
ここが今日から自分達のギルドホーム? くつろいで仲良く過ごす? さすがにいくら何でも無理がある。
もはや先程までの菜月と接した時の様な対応を取る事は不可能だ。
人は大きな物に縋り付く、強き者に惹かれてしまう。
彼等を前にすれば王国貴族の持つカリスマ性などカスも同然だ。
何せ彼等は今となってはナーセナリー達からすれば、この身を捧げてもいいと思えてしまえる相手なのだから。
だがそんな神達はどうやら空気を読むという行動が嫌いな人種の様だった。

「と言うわけでこれからよろしくねナーセナリーちゃん! 私のことは気軽に霊でも霊ちゃんでもどっちでもいいよ!」
「冒険者をしているんだって? 偉いねぇまだ若いのに。おじさんが小さい時なんて君達くらいの時は何も考えていなかったのに」

ガラスの割れる様な音が、ナーセナリー達の頭の中に響き渡る。
理想と現実のギャップ。
この場合は良い方向のギャップと言えるだろうが、まぁとりあえずこうしてナーセナリー達はギルド栄枯盛衰への正式な加入が決まったのだった。
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