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きっちょむ
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きっちょむ
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人は誰しも、ある程度自分を取り巻く人間や物事、世間に対して、想定し、期待し、思い通りに展開することをどこかで願っている。どんなに己を律し、常に謙虚で自分に厳しく振舞おうとしている人でも。
そこには、一抹の望みがある。夢がある。恐れつつも叶うのではと信じている。
しかし想像通りになることは稀有である。そしてその結果少なからずがっかりし、あるいは傷付き、または悲しみ虚しさを覚え、腹立ちが混じることもある。似たような経験をしたことは、誰にでもあるのではないだろうか。
私にもある。傲慢な思い込みから、つい相手に頼りたくなる弱さから、楽をしたいという身体の欲求から、愚かな希望的観測を止めようとはしない。
でも人はその期待外れの展開をいつまでも引きずったりはしない。一時的にショックを覚えても、臨機応変、瞬時に立ち位置を立て直し、気持ちも新たに形を変え、色を変え場に呼応し当意する。
けれども必ずしもそう上手く折り合いの付かない時もある。特に幼い子供や、壊れてしまった精神を持つ人など。
多くの人にとっては当たり前の現実が当たり前ではなく、まるで現実が夢で夢が現実のように思えてしまう人たち。
私もかつては夢の国の住人だった。夢の中にいると、現実世界の苦しさや痛みは実際以上の大きさや威力を持つものに感じられる。暖かな毛布にくるまれた、穏やかで静かな世界から、冷たくて刺々しく騒々しい、自分とは全く言語もルールも異なる世界へと一歩踏み出すのは、途轍もなく勇気がいる。自分を再構築し、その上に堅固な鎧をまとい、他者という違和と共存するために慎重に歩みを進めねばならない。
有難いことに、人間には学習能力というものがある。経験を積み、学習することによって人は強くなり、もしくは弱くもなり、そして無感覚になれることに慣れ、嵐の中の荒波ですら乗り越えて行ける。
それが現実を受け入れるということなのだ。
夢の国では王様であった自分、ところが一歩外界へ出てみれば、嫌という程ちっぽけな己を思い知る。期待外れどころか、的外れ、見当違いもいいところだ。また毛布をかぶり夢の国へ戻るも良し、反発し抗ってみるも良し、「こんなものさ」と、諦めるのも自由。
けれども決して思い通りには運ばず、期待したようにはいかないのが現実。いつ何時足元をすくわれるかも分からず、予断を許さず、油断のならないものなのだ、現実とは。
これから書くのは、私の現実への船出と、意外性に満ちた現実と私の半生の記録だ。
1 真夜中の子供
僕は暗闇の中で上掛けの端をしっかりと握りしめ、いつものようにカーテンの隙間から差し入る月明りに仄白く浮かび上がる、天井板の繋ぎ目の数を数えながら夜の足音を聞いていた。
夜の足音――それはどんな音か。
雨も雪も降らず、風もない日の夜は、シンとした音がする。シンとした無音。それも僕にとっては音だ。
眠れず一人ベッドに横たわっていると、シンとした夜の気配がひたひたと周りを取り囲んで、余計に眠れなくなる。少し前まで壁には丸い掛け時計があり、枕元にはアニメのキャラクターの目覚まし時計が置いてあった。けれども、毎晩のように眠れないと訴える息子に頭を抱えた両親がとった苦肉の策が、部屋の時計を外してしまうことだった。
確かにコチコチと時を刻む針の音は、眠れないことへの焦りに拍車をかけたが、いざ取り外されてしまうと、途方もない孤独を感じた。同じ理由で兄達二人と部屋を引き離され、一人部屋を与えられた時は、うるさく威張っている二人から逃れられるとほっとしていたのに、一人の夜を迎えると切なくて涙が滲んできた。
家中が寝静まり、一人取り残された僕はさながら、夜という服に縫い付けられた深いポケットに落とされたバッタみたいだった。
下の兄が近所の畑で捕まえて来たバッタを、胸のポケットに入れて持ち帰って来たことがあった。バッタは何度も外へ出ようと、ポケットの生地を這い上がったが、その度兄に指でピンッと弾かれ、ポケットの底へと落とされた。
僕は満足な睡眠が取れず、昼間でもうとうとしてしまうので、幼稚園へは行かされなかった。日中は専業主婦だった母に絵本を読んでもらったり、眠気を覚えると、母の膝の上で丸くなって寝たりした。
そんなことだったので、近所では僕は少し変わった子供、兄達からは母を独占している妬みからか、からかわれたり苛められた。だがそれも小学校へ上がるまでの話だった。
さすがに小学校は義務教育であり、今のように不登校、自宅学習という言葉も一般的でなく、学校へ行かない子供も滅多にいなかった。それまで集団の中で生活した経験がない僕は、出来ればこのままずっと母と家に籠っていたかったが、当然ながら両親とも取り合ってはくれなかった。
学校生活に入るにあたって一番の問題が、僕の睡眠が充分に取れるか取れないかだった。これには両親は腐心した。僕を小児科へ受診させたり、眠りを誘うような静かな音楽をかけたり、眠る前に温めた牛乳を飲ませたりと、あれこれ試した。運動するのも良いと聞いた父が、朝のジョギングに付き添うようになった。その成果はといえば、半分上がり、半分は悪化を招いた。
確かに朝30分早く起床し、父が《散歩コース》と名付けた片道1キロの距離を走り――小学1年生の脚にはきつかった――その後歩いて25分の学校までの行きと帰りの往復で、夕食を食べ宿題をする頃になると、自然と目蓋が下がり、頭が舟を漕ぎ出した。何とか最後まで宿題を終わらせると母が僕を抱き上げ、部屋へと連れて行ってくれた。それを見て、兄達がまた囃し立てたが睡魔に襲われた僕には関係のない話だった。
運動の成果は上がったが、その反面僕は悪い夢にうなされるようになった。夜中に汗びっしょりになり飛び起きることが度々あったし、突然物凄い叫び声を上げ、何事かと家族全員を起こしてしまったことも何度もあった。両親が心配して、学校生活が楽しくないのかとか、困っていることがあるなら相談しなさいと尋ねるのだが、学校は普通に楽しかったし、初めて友達も出来た。勉強も程ほどに出来たし、先生に褒められることも時折あった。何も怖い訳はなかったし、苦しい訳もなかった。両親は溜息を吐いたが、納得には至らず安堵の息ではなかった。そして僕はやはり何かを恐れていたし、辛く苦しく寂しかったのだ。
2 《きっちょむ》
あれは幻だったのだろうか。今考えてみても、記憶があやふやで曖昧だ。幼い頃の朧に霞んだ記憶の中で、時間を経ることによって変容してしまった、幽かな子供の夢の残滓。子供の頃は何でも、見聞きするものがデフォルメされて捉えられる。夜店のリンゴ飴の何と大きく赤かったことか。近所の洋菓子店のアイスクリームの独特の風味とコクで美味しかったこと。黄色い澄んだスープが綺麗な塩ラーメンの丼ぶりの途方もない大きさ。考えてみると何でも食べ物に連結されている。それだけ幸せだったのだろう。食べられるということは。
いつかある時、花見の縁日の立つお堂の桜並木に立ち寄ってみたが、何の変哲もない裏寂れた狭くて草もまばらな、舗装もされていない境内の様子に軽く打ちのめされたことがある。両親に手を引かれて石段を上がった上に広がった、幻夢のような燈火の群。真っ赤な緋毛氈で飾られた夜店の、水風船や、金魚の色とりどりの賑やかさ。人がひしめき合う程詰めかけ、まるでおとぎの国に来たような気がしたが、夢から覚めてみれば幻のような気もする。
だからあれも純粋な子供だった自分が、父の戯言めいた嘘を純心から信じ込んでしまっただけなのかもしれないと思う。
僕と二人の兄、母と父が現在住んでいる家に移って来たのは、僕が産まれて2年程してだという。それまでは市営住宅の借家に住んでいたという。僕が家の中を歩き回りだし、兄達も部屋に勉強机が二つに増え手狭になったため、ローンを組み健売住宅のこの家を父が思い切って買ったのだ。3LDKの二階家で、当初は上の兄が一人部屋を貰い、下の兄と僕がもう一部屋を使うはずが、僕の不眠症のために予定が狂い、最終的に僕が一人部屋を割り当てられた。そのことでは兄達に耳にタコが出来るくらい嫌味を言われた。
けれども兄達は互いに仲が良く、特に僕が両親の関心を一身に集めていたこともあってか、より一層団結力が強まっていた。それは、僕への揶揄や、悪ふざけや存在の無視として形をとった。両親が僕にばかり気を取られていることについて、二人を気の毒に思う反面、僕に対するやり口を考えると、いい気味だという思いもあった。
二人は近所でも腕白で通っていたし、誰の目から見ても、『悪たれ』という言葉がぴたりと当て嵌まった。いつも戸外を飛び回っているので、肌は日に焼けて小麦色というより褐色で、膝や腕には生傷が絶えなかった。
兄達には二人だけの秘密基地が幾つもあって、そこには兄達に認められた仲間しか入れてもらえなかった。その内の一つが家のすぐ傍にあった。そこは秘密にするまでもなく、公然の場所なので僕も偶にそこにしゃがみ込んで考え事をしていたりした。
それは家のすぐ裏手を流れる川――1メートル半位の幅の川で、家の敷地よりも大分低い位置を流れており、昔のことで安全対策もさほど取られておらず、勝手口から外へ出ると、僕の太腿辺りまでのコンクリートの塀があるのみで、簡単に川面が覗き込めた。
それ程綺麗な水ではないし、今のように下水道というものも未普及で、トイレは殆どが汲み取り式トイレ、各家庭の生活排水は直接その川に流されていた。兄二人に至っては、川へ放尿したり、下の兄は大便まで流していた。しかし兄達が特別だった訳ではなく、今では考えられないが、当時は道端で立ちしょんする人も珍しくなかったし、道路に唾や痰を吐く人も大勢いた。しかし綺麗な水ではなかった割には水草が揺れ、夏になると蛍が飛び交った。(蚊も多いのが難だったが。)
その川の一部分に、元からか誰かが置いたのか、ごつごつとした石が流れに急な変化をつけていて、白い泡が立ち、渦が逆巻いて一見したところ、海の波が岩に打ち寄せているように見えなくもなかった。兄二人はそこを《海賊の墓場》と名付けて呼んでいた。そしてそこに飽きてしまった本や、壊れたおもちゃや、両親には内緒で買ったガチャガチャの空の容器などを放り込んで、捨て置く場にしていた。軽い物なら即流れていくが、重い物は川底の大きな石に引っ掛かり、転覆し海底に沈んだ船のようにとりどりの残骸を晒していた。
兄達が頻りに羨ましがった僕の部屋は、二階の東向きの部屋で、壁こそ地味な黄褐色の砂壁だったが、母が市街地の家具屋で選んでくれた、真っ白に塗られたふかふかのベッドに始まり、金の星の模様に銀の筋の入った、濃い青色の特注のカーテン。やはり真っ白な、絵本が何冊も入った本棚とタンス。ベッドの枕元には、青色が好きな僕のために父が作ってくれた、青いシェードの電気スタンド。天井には飛行機のモジュールが吊り下がり、部屋の隅にはカラフルなアフリカの動物柄のおもちゃ箱の中に、ありとあらゆる種類のおもちゃがぎっしり詰め込まれていた。この部屋は僕の城だった。
子供心に両親に大事にされていることを分かっていて、兄達に対し優越感を抱いていたし、またそれに増長し余計に両親に甘えた。しかし何の悩みもなさそうな生活の一方で、僕は極度に神経質な子供だった。
特に夜眠ることが、殊に苦手だった。眠るのが嫌いだったから眠れなかったのか、眠れないから寝るのが嫌いだったのか……。今思い返してもどちらともつかない。ただ夜になり、寝る時間が近付くと、もったいないような、惜しいような心持ちがしたことを覚えている。その日一日が終わってしまうことに、寂莫とした淋しさを感じた。まだまだこれから始まるのにといったような、わくわくとした期待が、眠らなければいけないという決まりごとに潰されてしまったような――。
シンと静まり返った家の中、コチコチ、ボーンボーンという階下の居間の振り子時計の音を耳にしながら、この家の人間で眠れていないのは自分一人だと思うと、置き去りにされたようでとても孤独だった。そんな時、両親が眠る階下の寝室へ行き、母を起こして本を読んで貰うのが常だった。
お気に入りは『ママン、ぼくねむれないよ』という外国の絵本で、自分と同じように眠れない主人公が出て来るのが、こそばゆく、また主人公に同調する念と親しみを抱いた。あくびを噛み殺し、眠たげな単調な声で絵本を読む母に安心し、そのまま眠れる日もあれば、朝の白々とした気配がカーテンの隙間から差し込むようになるまで眠れない日もあった。それでも悪夢を見るよりはましだったと思う。
10メートルの高さの極端にバランスの悪い大輪と小輪、僕の短い子供の脚には爪先がやっとペダルに届くか届かないか――僕はこってりと塗られたドウラン化粧の内側で、胃袋がぎゅっと縮まる程冷や汗をかいていた。師匠であるお爺さんピエロはまだ修行の充分に足らない僕を、無言の圧力で舞台に立たせた。騒がしい観客席ではへっぴり腰の僕の様子に、非難の声が高まっていた。お爺さんピエロは早く行けと言うように、顎を動かした。観客達も、だから子供は駄目なんだ、という怒りの溜息に会場内は一触即発の状態だった。
人々の怒りを恐れて僕は恐る恐るペダルを漕いだ。前の大きな車輪がゆっくりと回る手応えがあって、僕はほっとした。後ろの小さな後輪は、ただ前輪の慣性につられて動くのみで、ほぼ前輪だけの一輪車のような自転車だ。
自転車?僕は補助輪なしでは乗れないのに。そう思った瞬間、また胃袋が縮まる恐怖を感じた。師匠、助けて。お爺さんピエロの方を振り向いた。その途端僕はバランスを崩した。
身体の中の内臓の全てが浮き上がる感覚がして、観客も師匠もサーカスの紅のテントも消えた荒野の岩場に僕は叩き付けられた。
ゴツンと音がして、僕は目覚めた。何が起こったのか分からず自失していると、暗闇に慣れてきた目に、天井の丸い蛍光灯がぼんやりと判別出来た。
夢の中でも落ちたが、現実でもベッドから転げ落ちたことを理解した。さっきの場面が夢だったことに安堵の息を吐きながらも、家中が寝静まって静かなことが気に食わなかった。自分がこんなに怖い思いをしている時に家族は安眠を貪っている。そう思うと悔しくて、夢から覚めた安心感も手伝い僕は盛大な泣き声を上げた。
両親が慌てて二階に上って来ると、僕の部屋に飛び込んで来た。
「どうした?」
父が僕を抱き起すと、ベッドに寝かせ直した。
母は僕の額に手を当て熱を測った。兄達が隣の部屋から出て来て、目を擦りながら何事かという表情でこちらを見ている。
僕は家中の全員を起こしたことで満足した。
「すごく怖い夢を見たの。そしたらベッドから落ちたんだよ」
それを聞くと兄達は、即座に鼻を鳴らした。
「だっせーの」
「鈍臭すぎ」
「あなたたちはもう寝なさい」
母がそう言うと、兄達はぶつぶつと文句を垂れながら部屋に戻って行った。
「頭を打った?背中は痛くない?」
父と母は代わるがわる背中と頭を摩って慰めてくれた。
「お父さん、私は今夜はここで一緒に寝るから戻って。明日早いでしょ」
母が僕の目尻に溜まった涙を拭きながら言った。
父は僕の頭を大きな手でポンと撫でると、頷いて階下に降りて行った。
家の中はまたシーンと静まり返ったが、今夜は母がいてくれるので僕は嬉しくて飛び跳ねたい気分だった。
「ねえ、何かお話して」
僕がせがむと、母は少し考えるようにしてから話し始めた。
「昔昔、お母さんのお父さんが若い頃の話です」
「お祖父ちゃんのことだね」
「お父さんは晴耕雨読の人でした」
「せいこううどく、って何?」
「晴れた日は畑を耕し、雨の日は本を読んだり、勉強をしたりってことよ。それからお父さんは絵が上手でした。どうしても絵描きになりたくて、ある日有名な画家の先生に弟子入りしようと、自分の絵とお米一俵を持って汽車に乗りました」
「どうしてお米なんて持って行ったの」
「お父さんは貧乏で、入門金を払えなかったからよ。でも弟子入りは断られました。お父さんは三日三晩、先生のお宅の門の前で座り込みをしましたが、やはり駄目でした」
「可哀そうだね……」
僕はあくびをしながら目蓋を閉じた。
「――」
母の話は続いたが、僕の意識は徐々に眠りの底に引きずり込まれた。
その後も何度も落ちる夢は続き、その度ベッドからも勢いよく落ちた。床には絨毯を引いてあったが、万が一の事もあるかもしれないと、父がベッドからマットレスを取り外して床に置き、僕はそこで寝起きするようになった。
格段に落ちる衝撃は減ったが、それでも高所から落ちる感覚にびくりとして目覚めた。
落ちる夢以外にも悪夢の種類は幾つかあって、大分すると《異食の夢》、《首を絞められる夢》、《追われる夢》、《金縛りの夢》などがあった。そういう夢を見ると、必ず滝のように汗をかいて目覚めた。僕のマットレスはそのためいつも湿気っぽく、母がベランダで陽に当ててはくれたものの、汗染みで薄茶色に変色していた。それを見て兄達はわざと、あれはおねしょの跡だと近所に言い触らした。僕は胸が潰れそうな程傷付いた。
そんな僕を見かねて、夕食も風呂も済み寝支度をしていたある晩、父が僕の部屋に入って来た。
後ろ手に何かを抱えている父は、僕の隣りに胡坐をかいて座ると、気を持たせるようにフフッと笑った。
「なあに?何を持ってるの」
僕が父の後ろを覗き込もうとすると、漸く自慢げな顔で両手に抱えたものを前に出した。
「これ何?」
僕は初めて見る物体に目を丸くした。
「《きっちょむ》だよ」
「きっちょむ?それ何なの」
父から受け取った《きっちょむ》を繁々と矯めつ眇めつしながら、僕はそれから目を離せなかった。
見たところは木製の丸や三角や四角の積み木を合わせてあり、その繋ぎ目にギザギザの大小の歯車が付いていて、何となく時代劇の『水戸黄門』に出て来る、侍が正座をしているような形に見える。色は塗られておらず、木の木目がそのまま出ていて、けれども古びた風合いに自然な艶が出ている。いつも枕元に置いている熊のぬいぐるみ位の大きさで、けれどもこちらはかなりの重さがある。
「からくり人形だよ。これを寝る時頭のところに置いておけば、悪い夢を追い払ってくれるんだ。世界にたった一つしかない珍しい宝物だそうだよ」
大人になって考えてみれば、きっちょむは《吉呼夢》――もしくは《吉夜夢》という当て字ではなかったかと思う。悪い夢を追い払うだとか、世界にたった一つしかないだとか、子供を謀るまやかしだが、当時の僕はクリスマスのサンタクロースも信じる純真な子供だったから、父の話を頭から信じ込んだ。しかし意外にも暗示による効果か、あの頃の一時期、悪夢から解放されたことは確かだった。
早速その夜僕は、《きっちょむ》を頭の上に鎮座させて布団を被った。
眠りに就くと、程なく夢は始まった。その日の夢は異食の夢だった。
廃屋の納屋は古い樽や、藁葛、壊れて埃を被った農機具が所狭しと散乱していた。僕は誰かと喋りながら、その片隅の金属の容器の中の鉄屑やら錆びて折れ曲がった釘を手で掴むと、夢中で口に運んだ。腐食して割れたトタンの屋根の穴から、満月に近い黄色い月が照らしている。
何の味も触感もしない鉄屑を僕は貪るようにどんどんと胃に収めた。けれどもだんだん苦しくなってきた。なぜ尖った金属片を食べて何ともないのだろう。なぜ無味無臭なのだろう。明日ちゃんとうんちで出るのだろうか。考えれば考える程不安に胸が締め付けられる。手を休めたいのに僕は食べることを止められなかった。
誰か助けて――!
ギィ―、カタカタカタ。
どこか遠くで軋みを上げて、歯車が回る音が響いた。そして突如僕の頭の中で『カイヒ、カイヒ』という声が鳴り渡った。
それと共に胃の中に重くしこっていた金属片の重さが、お腹一杯食べてくちくなった後の満足感に変わった。口の中に甘い後味が残っている。手元を見ると、てっきり掴んだものは尖った鉄屑や釘だと思っていたら、チョコレートやポッキーに変化していた。金属の容器の中を覗き込むと、お菓子の山だった。
ドーナツ、ドロップ、綺麗な色のセロハン紙に包まれたラムネにチョココロネ、僕が大好きな千歳飴まである。
普段虫歯になるからと、母が食べさせてくれない物が詰まっている。僕は無我夢中でお菓子に飛びついた。普通の夢では美味しい物を食べようとするところで目覚めてしまうが、この夢は違った。僕は口の周りをべたべたに汚しながら、お腹がはち切れるまで味わった。そして幸せな気持ちのまま横たわり、眠りに就いた。
翌朝は母が起こしに来るまで、知らずに寝ていた。余りにすやすやとよく寝ているので、起こすのが気の毒だったと母は言った。
《きっちょむ》の話と見た夢の話を朝食の席ですると、兄達は小馬鹿にしたような顔でせせら笑った。
「ばーか。夢に色なんか付いてるわけねえだろ。しかも夢の中で眠る夢なんかある訳ない」
「だからよだれを垂らした跡が付いてたのか。食い意地が張った奴め」
しかし兄達は、父のくれた《きっちょむ》については何も言わなかった。内心兄達がものすごく羨んでいることが僕には分かっていた。しかも兄達が見る夢は白黒テレビで僕はカラーテレビだということも分かり、根拠のない優越感まで感じた。《きっちょむ》というお守りさえあれば、もう夜を恐れる理由は何もない――。僕はランドセルを背負うと勇んで家を出た。
その日は学校から帰宅すると珍しく母が買い物で出掛けていた。兄達は例によって戸外を駆け回っていて、家の中には僕一人だった。宿題を済ませると、クラスの子が面白いと言っていた図書館で借りて来た本を開いた。『みみなし ほういち』――図書館で借りた時はそうは思わなかったが、今一人で読もうとすると、表紙の赤と黒のおどろおどろしい抽象画に気が滅入った。
こんなの借りなければよかったな、そう思ったがせっかく借りて来たのだからと嫌々ページを捲った。
余りの怖さにきゅっと縮こまりながら、少し読んでは周囲を見回して、もしかして自分の背後にも怖いものが忍び寄ってはいないか確認した。最後に和尚がほういちの耳にだけ御経を書くのを忘れ、ほういちが耳を引き千切られる場面に至り、肌が粟立つ程ぞっとした。背筋が寒くなり、読まなければよかったとひどく後悔したが、時既に遅し。早く誰か帰って来ないか、そわそわと落ち着かないまま家族の帰りを待ち侘びた。意地の悪い兄達ですら待ち遠しかった。
夕食の席でも僕は言葉少なだった。もうその時には嫌なものが来ることが分かっていたからだ。歯磨きをしている間も、鏡の中の背後から目を離さなかった。廊下の照明の灯りが届かない辺りに、ちらっと影が動いた気がした。
僕はマットレスの上で丸くなると、枕元に置いてある《きっちょむ》に手を伸ばし、胸元に抱え込んだ。ごつごつとした本体の重みに心なし緊張が解れた。それ程身構えていたにも関わらず、僕は自然と目蓋が重くなり、いつしか眠りの淵をさ迷っていた。
目を覚ますと横向きに横たわっていたのが、仰向けに寝ていて、胸に抱えていた筈の《きっちょむ》も見当たらなかった。闇に目が慣れてきて、天井の板の朧な存在に気付くと急に不安を感じた。薄闇の狭間に何かいる。
カサコソと音こそしなかったが、大きな平べったい蟹のような影が布団の周りを横歩きしている。
僕は声にならない悲鳴を上げた。この影があの本に付いてきたものだという確信があった。僕は必死で目を瞑り寝たふりをした。如何にも自然に見えるようゆっくり、横向きになるよう寝返りを打とうとした。ところが幾ら横向きになろうとしても、固定されたように体がいうことを利かない。
影がお腹の上に馬乗りになっているせいだと分かった。薄目を開けて影を見ると、髪がぼさぼさに逆立った蟹のようにひしゃげた男が、僕の首に手を掛けて絞めてきた。圧迫される息苦しさにもがきながら、僕は渾身の願いを込めて念じた。
『《きっちょむ》助けて――』
ギィー、カタカタというゼンマイの回る音と共に、『カイヒ、カイヒ』という声がサイレンのように鳴り響いた。
突然寝ているマットレスが部屋いっぱいに広がった。遠くで賑やかな歌声がする。
『トンくるりん、パンくるりん、みんなで歌おう!』
このメロディーは聴いたことがある。確か下の兄の幼稚園の参観日に、母に付いて行った日のことだ。
いずみ先生――。兄はそう呼んでいた。先生がオルガンを弾きながら歌うと、園児達が一緒に手振り身振りしながら皆で歌っていた。今日はいずみ先生はオルガンを弾かずに、掌を叩いてリズムを取っている。
『さあ一緒に』
先生が頷くのに力を得て、僕も声を出した。
「トンくるりん、パンくるりん、みんなで遊ぼう!」
すると先生はどこからか布団叩きを取り出すと、リズムに合わせて僕の寝ているマットレスをボンボンと叩き出した。
マットレスは先生が一打ちするごとに、トランポリンのように勢いよく弾んだ。これには蟹男も一溜りもない。僕の首に掛けていた手も外れ、波打つマットレス――いや、トランポリンの上でバランスを取れず、のた打ち回っている。
『さあ、もう一度』
「トン、くるりん!」「パン、くるりん!」
いずみ先生は布団叩きで叩く手を休めずに、最後の追い打ちに入った。蟹男はもう小指の爪くらいの大きさに縮んでしまっている。そしてとうとう蚤のサイズになると、先生が摘まんで、親指と人差し指でプチンと捻り潰してしまった。
先生が頼もしく、僕は嬉しくなってトランポリンの上でぴょんぴょんと飛び跳ねた。いずみ先生は片目を瞑って僕にウインクをした。すると今まで隠れていた子供達が現れ、皆で一斉に飛び跳ね始めた。僕達は手に手を取り合って、弾むトランポリンを心行くまで楽しんだ。
気付くと僕はよく遊んだ、充足した気分で朝を迎えた。《きっちょむ》はと見ると、頭の横に確かにあった。僕はそっと《きっちょむ》を撫でた。
3 寄る辺なきさすらい
いつものように父が朝のジョギングに誘いに来た。僕も心得たもので、前日の夜にはジョギング用に買って貰った運動靴を玄関先に並べてあった。快眠のための運動はすっかり定着し、必須の朝の日課となっていた。
しかしその朝は、僕は何かがおかしいと感じた。父の充血した眼の所為か、ぞんざいな髭剃りの跡の所為かは分からない。
「お父さん眠れなかったの?」
《散歩コース》を僕の走る速度に合わせて伴走する父の顔を見上げながら、僕は父の様子を観察した。僕も睡眠不足については一過言ある。
「うん。ちょっと眠れなかった」
父は少々元気のない笑みを浮かべて見せた。
「《きっちょむ》、一晩くらいなら貸してあげてもいいよ」
「ありがとう。でもそこまでじゃないからいいよ」
僕の最大限の厚意に、父は漸くいつもの父らしい大らかな笑い方をした。
その話はそこまでだったが、その日の後も違和感を覚えることが何度もあった。父だけでなく、母の様子にも。幸せの足音が絶えなかった僕の家に、不和の足音が聞こえ出した。夏だというのに、隙間風が吹くのが身に染みる。僕の家の屋台骨は崩れ去ろうとしていた。
――いつ頃からだったろうか。夜中にふと目を覚ますと、父と母の言い争う声が天井裏を伝って届くようになったのは。父が宥め賺すような低い声で母の泣く声を鎮める時もあれば、母が押し殺した声で懇願するように父の憤りを静める時もあった。僕は物音を立てないよう、静かに身を起こすと自室のドアを開け、階段の天辺に腰掛けて両親の争いごとを不安な気持ちで聞いていた。
言い争いは10分程で終わる時もあれば、一時間も二時間も続く時もあった。僕はお気に入りの熊のぬいぐるみをぎゅっと抱えながら、階下が静かになるのを待っていた。
だからその晩、二人が疲れていたらしく早めに眠ってしまった時はほっとした。今夜は僕もよく眠れそうだ。
「気味悪いな」
目を開けると下の兄が僕の口を手で捻って、声が出ないようにしていた。僕が兄の手を払い除けると、下の兄は上の兄を振り返った。
「兄ちゃん聞いただろ。こいつ寝ながら笑ってるんだよ」
「今度はどんな夢を見たんだ?」
「トモ君が出て来たよ」
トモ君は上の兄と同学年の、近所に住む兄達の友達だった。今年の3月に父親の転勤で遠くへ引っ越して行った。
昨夜は例によって落ちる夢が始まり、長い垂直な梯子を上っていると、突然梯子が後ろに倒れ真っ逆様。胃の腑がせり上がる様な恐怖を感じた時、《きっちょむ》が作動した。
トモ君が天から下がった綱を握り、気合いも勇ましくまるでターザンのように現れた。いつもの悪戯めいたきらめく表情で、空から下がる何本ものロープの一つを、ゆらゆらと勢いをつけて僕に渡した。僕もロープからロープへと渡って、とうとう二人で天高く聳える山の頂上に降り立った。そこから橇に乗って、風を切る猛スピードで草の生えた山を滑降した。トモ君と僕は楽しくて楽しくて、顔が壊れる程笑い合った。
「そこで起きたんだよ」
僕は下の兄を横目で睨んだ。
上の兄は僕の夢の話を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「この間手紙が来たんだ。トモ君交通事故で、一生車椅子の生活になったって……」
僕と下の兄は思わず顔を見合わせた後、押し黙った。
「でも夢の中では元気そうで良かったよ」
上の兄はそう言うと、沈鬱な表情で僕の部屋を出て行った。
「お前が縁起でもない、変な夢を見るからだぞ。《きっちょむ》って実は不幸のからくり人形なんじゃないのか?」
『そんなことないよ!事故に遭ったのは僕が夢を見る前でしょ』――そう反論しようととしたが、下の兄はさっさと部屋を出て行ってしまった。僕は《きっちょむ》を引き寄せて脚の上に置いた。本当にそうなのだろうか。下の兄の言った通りなのだろうか。父と母の言い争う声が頭に浮かび、僕はチクチクと棘が刺さったような焦燥感に落ち着かない心持ちがした。さっきまでの楽しかった夢の名残りは跡形もなく雨散霧消してしまった。
夜、父は僕達が夕飯も入浴も済んで寝る頃、遅くに帰宅した。疲れた様子で僕の頭に黙って手を乗せた後、すぐに寝室に行ってしまった。母も口数少なく食器を洗ったり、片付け物をしたりで、何とも味気ない晩だった。家の雰囲気に僕も何だか気落ちして布団に入った。
――僕は玄関の扉を開けると、庭を通り過ぎ表の道路に出た。
街灯の乏しい夜の道を一人で走り出した。ところが家から遠ざかれば遠ざかる程、脚の速度は鈍くなっていく。後ろからパタパタという誰かの足音が近づいて来る。振り向きたくなかった。何度も後ろから付いて来る人物の指先が肩に触れる感覚がした。その度脚の速度を速めるが、すぐに亀の歩みの様に遅くなってしまう。足にゴムバンドの足枷を付けられたように、動きがままならない。
肩を掴まれ振り解く。しかし全身が泥沼に嵌ったように、スローモーションでしか動けない。また肩を掴まれ、後ろを向かされそうになる。その顔を見たくなかった。見てしまった途端、取り返しがつかない気がした。
怖い、助けて。何とか身をもがき前を向くと、脚を前に出そうとした。
ギィー。蝶番のきしむ様な音がした時は、安堵に膝が頽れそうになった。
先程よりも脚が軽くなった気がする。後ろからのパタパタという足音もしなくなった。僕は勇んでまた走り出した。するとふくらはぎに柔らかいふさふさとした、弾むような温かい生き物の体が当たる気配がした。それと同時にシャンシャンと空気を震わす澄んだ音と、ハッハッと規則正しい息遣いが聞こえて来た。
雲間から月明りが覗き、僕等を照らし出した。
それは黒っぽい茶色の毛並みの毛足の長い犬で、前肢が二本ともソックスを穿いたように白かった。後肢に星屑みたいな銀の拍車を付けていて、それがシャンシャンと澄んだ音色を響かせていた。そして体の後ろに、やはり銀の車輪付きの華奢な駕籠を引いていた。
「ハッピー……?」
僕が家族の話に唯一話に加われないのが、僕が物心付く前に死んでしまった飼い犬のハッピーについてだった。皆が当たり前のように、懐かしそうにハッピーの話をする時僕は疎外感を感じた。もちろんアルバムでハッピーの写真は見たことはあるが、僕にとっては知らない犬の話だった。
ハッピーは僕に名前を呼ばれると面を上げ、月の光を受けて煌めく瞳で嬉しそうな顔をした。僕が脚を止めるとハッピーも立ち止まり、物言いたげな眼で僕を見上げてくる。
「何?」
ハッピーはその湿った鼻面を僕の膝に押し当て、ハッハッと舌を出して喘ぐと再び僕の顔を見上げた。
「これに乗るの?」
僕はハッピーの引いている銀細工の小さな駕籠を、覚束ない面持ちで見やった。
ハッピーは任せとけと言うように進行方向を向き、僕が乗るのを促した。
おっかなびっくり、壊れでもしまいかと恐る恐る座席に腰掛けた。その途端ハッピーは星屑の拍車を地面に打ち付け、猛烈な勢いで駆け出した。
大型犬とはいえ、何て力があるのだろう。ぐんぐん加速し、みるみる家の近所の通りを離れ、周囲の景色は色を失い漆黒の影となった。そしていつしかかごは宙に浮かび、空を走り出した。髪と耳を嬲る風が心地よい。僕は振り落とされぬよう、駕籠の両脇を掴み固く握りしめた。
ハッピーはどこまで行くのだろう。そう思った時、前方の菫色の大きな綿菓子のような霞に突っ込んだ。最初は瞑った目蓋に、プチパチと口の中で弾けるお菓子のような刺激を感じたが、今までの疾走する風を切る感触がなくなったので、ゆっくりと目を開いてみた。
これはどこだろう――。
どこかの家の茶の間のようだ。6畳程の畳の部屋で、目線を上げるとすぐそこに仕切りもなく、付属の台所がある。卓袱台を壁際に押しやって、人間が二人、駕籠を引いている今より小さいハッピーを寝そべりながら見ている。
何となく見覚えがある男女に、漸く若い頃の父と母なのだと理解した。ではここは今の家に引っ越してくる前の市営住宅だ。
狭い庭の景色が見えるアルミサッシの窓から降り注ぐ日差しに、うとうとと微睡んで目を閉じている子犬のハッピーの様子を眺めながら、父と母は嬉しさを隠し切れない表情で微笑んでいる。
『私、《オルランド》の中でオルランドがプリンセスに出会って、彼女をメロン、エメラルド、雪の中の狐、と例えた意味がハッピーを見て解ったの』
母の言葉を聞きながら、父は黙って笑みを深くし、眠るハッピーの眉間を人差し指で撫でた。
『たんぽぽ、ふかふかの布団、お日様の匂い、ハリネズミちゃん』
母も愛情を隠し切れない、愛し気な声音で目を細くした。
そこで情景はさっと掻き消えて、またもやプチパチとした刺激が続いた。
今度の場面は冬で、父が立ってカーテンの隙間からチラチラと舞う雪を見ている。凍えるような外とは違い、部屋の中は暖色に満ちている。白色電球の滲んで目に沁みるような明るさに、石油ストーブのカッカと真っ赤に燃える熱に、母の頬もバラ色に染まっている。母は時代がかった柄のゆったりとしたジャンパースカートを着て、クリーム色の毛糸で小さな靴下を編んでいる。そのお腹はカーブを描いてふっくらしている。その足元には大きく成長したハッピーが、前肢に顎を乗せて蹲っている。
母はストーブの火灯りを受けて煌めく目をくるくるとさせて、ハッピーに話しかけた。
『ねえ、ハッピー。私いいお母さんになれるかな。ハッピーも弟の世話を手伝ってね』
ハッピーは耳をピクリと動かして、しっぽをパタンと振って応えた。
大儀そうに身動ぎすると、母はお腹を摩って今度はお腹の中の兄に話し掛けた。
『ハッピーの弟君、君も無事に生まれて来てね』
そして場面は再び変わった。
網戸になったサッシの外側では、賑やかな騒ぎが聞こえる。
父が小さい兄達と鬼ごっこをしているからだ。母はといえば、日の当たる茶の間の真ん中に敷かれている、畳半畳分程のベビー布団に寝かされた赤ん坊を覗き込んであやしている。
兄達二人が外で遊んでいるとすれば、差し当たりこの赤ん坊は僕ということになる。僕は不思議な感慨を持って、小さい自分の姿を観察した。と、壁際の折り畳まれた毛布の上で横たわっていたハッピーがつと起き上がると、僕達に近付いて来た。目の周りの毛には白い毛が噴き出て、毛艶も悪い。それでも老いた足取りで僕の横へ来ると、僕の胸元に鼻面を預けた。
『新しいハッピーの弟君。ハッピーが挨拶に来たわよ。宜しくね、って』
母は泣き笑いの顔で、ハッピーの頭を撫でた。
――突然またハッハッと規則正しいハッピーの息遣いが聞こえ、僕達は元の近所の通りに立っていた。
「ハッピー、ありがとう」
最後の情景で見た老いた姿から若返ったハッピーを見ながら僕は、幽霊になると若い時の姿になると言っていた、クラスの女子の言葉は本当だったんだと思った。
僕が温もりを感じる頭を撫でてやると、ハッピーは『ワン、ワン』と二声吠えてから、星屑の拍車を鳴らして走り去った。
僕は名残り惜しくて、いつまでもいつまでも夜陰に駆け去ったハッピーの背中を探した。
とうとう決定的な瞬間が訪れたのは、僕達の夏休みが終わる間近だった。
父が珍しく夕方早くに帰って来て、しかしすぐに寝室に引っ込んでしまった。僕と兄達は母が揚げる傍から、サツマイモの天ぷらをつまみ食いしていた。
盆の入りで、仏壇に供えるためのものだったが、母は何も言わずに僕達の好きなようにさせていた。
すると父達の寝室のドアが開き、大きなトランクケースを二つ抱えた父が出て来た。
父の様子に、扇風機の前に立ってTシャツの中へ風を送り込んでいた上の兄は目を丸くし、椅子に跨って背凭れに顎を乗っけていた下の兄は、はずみで顎を落とした。
「お父さん!」
僕は慌てて父に駆け寄った。
父は目の縁を赤くして、掌を僕の頭に乗せた。
「じゃ、元気で……」
父は目を落としたまま誰にともなく言うと、玄関へと向かった。
『お母さん!』と言おうとして、頑なにガス台の前で背を向けている母の姿に、開きかけた口を閉じた。兄達はあっけにとられた表情で、母と玄関の方を見比べている。
ここは――この場を収められるのは僕しかいない。
僕の言うことなら父は聞いてくれる筈だ。今までの父を考えれば当然のことだった。根拠のない自信ではない。僕は使命に燃えて、父の背を追った。
「お父さん待って。行かないで」
僕は父の腰に腕を回してしがみ付いた。
父が動きを止めて立ち止まった。父の身体から力が抜けるのが分かった。
ほら――。僕も安心して腕の力を緩めた。僕の言うことなら必ず聞いてくれる。
ところがそれは一瞬のことだった。大人の力には到底敵わない。あっという間に僕の腕は引き剥がされてしまった。父はさっさと靴を履くと、後を振り返りもせず出て行った。
バタンとドアが閉じる音がして、僕は茫然自失の状態で取り残された。
(行ってしまった。行ってしまった……)心の中で繰り返すうちに、やっとどういうことか飲み込めた。喉元の堰まで悲しみが込み上げて、泣き叫びたいような、怒りのあまり喚いて地団太を踏んで暴れたいような、大きな感情に襲われた。でも僕は黙って台所へ戻った。
兄達が物言いたげなふうにしていたが、結局は皆で押し黙り、台所は天ぷら油のはねる音以外静まり返った。
僕は毎日夜になると憂鬱になりもしたが、同時に期待もした。
《きっちょむ》を抱えて横になると、夜の翼は希望という名の褥となった。明日の朝には父がまたジョギングに誘いに現れるかも知れない。忙し気に牛乳だけ飲んで会社に出勤し、夜『ただいま』とお土産を買って帰ってくるかも知れない。僕は夕方になると表の石段に座って、暗くなるまで父を待った。
学校が始まり、帰宅するとランドセルを置く間もなく、石段で父の姿を待つのが習慣になった。しかし帰って来るのは兄達だけだった。
「お前まだ待ってるの?」
「お父さんには《べったく》が出来たんだよ」
友達と遊び疲れて腹を空かせた二人は、石段に座る僕を邪険に足で退かせると、自分達も一段上に腰掛けた。
「《べったく》って何?」
「《あいじん》だよ」
「外に女が出来たんだ」
その頃は今ほど離婚する家庭は多くは無かったが、小学校の生徒の中にも親が離婚した子はちらほらいた。兄達がどこからそんな知識を仕入れて来たのかは分からなかったが、僕は大いにショックを受けた。
その晩は気持ちがざわざわとして寝付かれなかった。そんなことが僕のお父さんに限ってある筈がないと思う一方で、状況の説明としてストンと腑に落ちる。しかしどうして兄達はあんなにもあっさりとした態度なのだろう。曲がりなりにも、たった一人の父親が出て行ったというのに……。僕には兄達の態度もショックだった。
次の日は日曜日で、前日寝付かれなかったため僕は遅くに起きた。階下に下りて行くと、居間は段ボールの山だった。
僕が目を見張っていると、母がまた一つ段ボール箱を抱えて部屋から出て来た。母は僕の姿を認めると、箱を置いて台所のテーブルを指差した。
「早く朝ご飯を食べてしまって。これから引っ越し屋さんが来るから」
「引っ越し屋さん……」
僕は目を白黒させて兄達を振り返った。
上の兄は諦めたように溜息を吐いた。
「お父さんの荷物を取りに来るんだって」
「……」
母は僕達の会話など意にも介さず、てきぱきと父のものを箱に詰めている。父のジョギングシューズも梱包された。
「あーあ、自転車に乗れるように練習手伝ってくれるって言ってたのになあ……」
下の兄が呟いた。
上の兄は二年程前に父が練習を手伝って自転車に乗れるが、下の兄はまだ乗れない。下の兄の方をそっと見ると、泣きそうな顔をしている。上の兄も物寂し気な表情で、次々積み上がる箱を眺めている。僕は急に二人が可哀そうになった。乱暴者の兄達だが、まだこんなにも子供なのだ。僕だって誰に自転車に乗るのを教えてもらえばいい?何もかも身勝手な父の所為だ。
その時初めて父に対して怒りが湧いた。
僕はそれから父を待つのをすっかり止めた。荷物も運びだして、もう戻る気がないのだ。《べったく》でも《あいじん》でも好きな所へ行ってしまえ。
そして《きっちょむ》――。
僕は《きっちょむ》を片手にぶら提げて、《海賊の墓場》の前に立っていた。
兄達は最近も何を捨てたのか、白く泡立つ渦の底に赤や黄色や青の影が川底に映っている。僕は《きっちょむ》を頭の位置まで持ち上げると、怒りのままに渾身の力を込めて、《海賊の墓場》へと叩き付けた。
木片がバラバラになるのが分かった。けれども僕は振り返りらずに背を向けた。
父がいなくなり、僕達一家の生活は一変した。母は外へ働きに出るようになり、僕達兄弟は『鍵っ子』になった。元々鍵を掛けるような家ではなかったが、僕達はそれぞれ家の鍵を持たされ、戸締りに気を付けるよう母から念押しされた。母は市街地の病院の看護助手の職に就いた。早い時は僕達が起き出す頃には出勤し、その前に僕達の朝食の支度も済ませてあった。夜遅い日や夜勤の日は、僕達は心許ない思いで母の帰りを待った。
あの頃上の兄の肩には、長兄としての重責が載っていたと思う。僕は何とかその重責を軽くしなければと感じていた。それには自分が強くならねばと思っていたようだ。同じクラスのボス的な存在のシン君を真似て、わざと言葉遣いを乱暴にしてみたのもその頃だった。
「兄ちゃん、今日このカップラーメン食おうぜ」
僕が言うと兄達は顔を見合わせた。
「この3分待つっていうのが、長くてうざいんだよな」
上の兄は黙って三つのカップにお湯を注いでくれたが、下の兄は思わずというように口をへの字にした。
「あのさ。似合わないよ、お前には」
「うん。似合わない。お前らしくないし、お母さんに怒られるから止めろ」
兄達に窘められて僕はしょぼんとした。自分では意外と板に付いていると思っていたからだ。
母は一人で三人の息子を育てようと休む暇なく働いた。けれども父の居なくなった穴は埋めようがない程大きかった。その影響はじわじわと僕達の生活に降り掛かって来た。食事はおかずの種類が減ったし、代わりにインスタント食品や冷凍食品の日が多くなった。着た服も以前は毎日洗濯してもらっていたが、今は二、三日着てから洗うようになった。母の口煩い干渉がなくなって兄達は羽を伸ばしていたが、それでも兄弟三人で侘しい食卓を囲む時には、何かを思わない訳ではなかったと思う。
ある夜僕はトイレに起きた。その直前まで何かに追われる夢を見て、汗びっしょりになって目覚めた。《きっちょむ》を手放してから、再び嫌な夢にうなされるようになったが、もう慰めてくれる父も居ず、仕事でくたくたになった母を起こす訳にもいかない。僕は一人で夢の中でもがき闘い、飛び起きることを繰り返していた。
トイレから出て、ふと玄関の方を見ると、框に亡霊のように蹲った影があった。
母だった。電気も点けず、玄関先に座り込んで放念している母の背中は、随分と細くなって悲哀と孤独と疲労を発散していた。
母は僕が見ているとも知らず、ハァーとすすり泣くように大きく溜息を吐くと、両手に顔を埋めて暫く動かなくなった。
僕は足音を立てないように二階に戻ると、布団を被って鼻先まで持ち上げた。胸が締め付けられるような寂寞を感じて、その後はよく寝付かれなかった。
4 新天地へ
僕ら一家は結局、僕が小学校3年生、上の兄が中学校へと上がる前年の夏休みに、母方の祖母のいる和歌山の美里町――現在の紀美野町――へと引っ越した。
引っ越すことが決まり、兄達はまたもや余計な一言を口にした。
「この家を《いじ》出来なくなったから引っ越すんだ」
「愛人に家まで乗っ取られるんだよ」
けれども僕はほっとしていた。あの夜の母の様子を見てから、ずっと心苦しかったからだ。僕達のために母が倒れてしまうのではと、いつも不安を感じていた。母が、母親である祖母に頼れるのなら安心出来る。
この引っ越しに当たって、母はペーパードライバーだった免許を取り直した。物凄い田舎だから、車がないと暮らして行かれないと。けれども母の運転で祖母の暮らす母の実家に近付くにつれ、僕達の顔色は曇った。
今まで住んでいた所も決して都会ではなかったが、ここは更に田舎も田舎、見渡す限り山に囲まれ、緑が生い茂っている。ファミリーレストランはおろか、コンビニエンスストアすら見当たらない。
「お母さん、『物凄い田舎』じゃなくて、ドが100個位付くド田舎だよね」
対向車が来ても擦れ違うのも大変そうな幅の道を向かいながら、兄が言った。
「ええー、俺こんな所で暮らせない」
「立派に暮らせます。文句ばっかり言うんじゃないの」
兄達の不平にも、母は顔色一つ変えなかった。確かに母はここで生まれ育って来たのだから言葉に嘘はない。しかし畑と田んぼ、今にも人間の領域まで侵食してきそうな勢いの緑地の他何も無いこの土地で、一体どうやって生活していくのだろう。
「お母さん、学校はどうするの?」
僕は自分の一番の疑問を母に投げ掛けた。
「来るときに見た町に小学校も、中学校もあるから大丈夫。ここからは少し遠いから、自転車に乗って通うことになるわ」
「えっ自転車?僕乗れないよ」
あれから運動神経の良い下の兄は自力で自転車を習得したが、僕は今だに乗れなかった。
「大丈夫よ。お隣りの利平さんが教えてくれるから」
母はきっぱりと言うと、前を向いたまま運転を続けた。
僕達は圧倒されたように車窓を流れる景色を眺めた。過疎化が進み、休耕地となった田畑もある中に、整地され水稲や農作物が植わっている、人の手が入った農地が山間にぽつぽつと垣間見える。民家はと言えば、あちらこちらに点在しているが、明らかに今は人間が住んでいない空き家も多い。これはえらいことだぞ――と僕は思った。
祖母の家は昔の農家の造りで、屋根裏のある広い木造の平屋で、聞けば築100年、母が子供の頃はまだ茅葺屋根だったという。僕達は車を降りると物珍し気に辺りを見回していたが、早くも兄達は縁側を飛び回り始めた。僕は庭の隅にある池の縁にしゃがみ込んで、オケラが泳いだり、カワニナが石の端に張り付いているのを飽かずに覗き込んだ。
「荷物の整理は大体済ませといたよ」
頭に手拭いを被り割烹着姿の祖母が、障子を開けはらった縁側に出て来て声を掛けた。「まあ賑やかだこと」
走り回る兄達に目を丸くしながら、祖母はクックと笑った。
「ばあちゃん、お腹空いたよ。何かない?」
「うん、丁度お昼時だから素麺をゆでておいたよ。食べなさい」
その一言に僕のお腹の虫もぐうっと鳴いた。僕も立ち上がり皆で家の中に入った。
真っ黒に黒光りする天井の梁や柱に、僕達は歓声を上げた。祖母がお膳を用意する間、兄と僕は家中の探検をした。家の中はとても広く、一つ襖を開けるとまた一つと、入れ子のように幾つも幾つも部屋が現れた。奥の東向きの小部屋には木製の古い机と、ガタガタする椅子があり、机の横には古い学生カバンが掛かっていた。
「ここお母さんの部屋じゃない?」
昼御飯の支度が出来て僕達を呼びに来た母に兄が訊いた。
「そうよ」
「この椅子座り心地悪いね」
下の兄が椅子の脚をガタガタさせながら、座面をポンポンと叩いた。
「これはね、馬の尻尾が入っているの」
「馬のしっぽ―?!」
「俺、この部屋気に入った。お母さん俺がこの部屋使っていい?」
「いいけど」
そこへ祖母もやって来た。
「さあさあ、お昼を食べましょ」
「ばあちゃん、青じそもある?俺、あれをつゆの中に入れるのが好きなんだ」
「ええ、ありますよ」
祖母は僕達の騒ぎを嬉しそうに聞いていた。この広い家にたった一人で話す人もなく暮らしていた祖母。その孤独を思うと、ここへ引っ越して来て本当に良かったと幼心に僕は思った。
祖母の家から300メートル離れたところに、お隣りの利平さん宅があった。昼食をとってから、僕は祖母に連れられて利平さんを訪ねた。
「この子なんですが、まだ自転車に乗れないそうで。娘のように教えてやって下さい」
利平さんと奥さんの睦子さん夫婦には子供がいなかった。60代の夫婦で、利平さんは口数は少なそうだが、睦子さん共々優しそうな人だった。しかし、そのまま祖母が僕一人を置いて帰ってしまうと、心細さが沸き上がった。
「あの、一日で乗れるようになるんですか」
僕は休み明けからここの小学校へ編入するようになっていた。
「うーん。もし乗れなかったら、私が軽トラで送ってあげるよ」
僕は庭先に停まっている、白い軽トラックを振り返った。
こんな田舎だから移動手段がなければ買い物に行くことも出来ない。祖母は車こそなかったが、それなりな齢にも関わらずバイクを乗りこなしていた。母の車はあるが、隣町の老人ホームに就職が決まっているので、毎日は乗せてもらえない。
「そんなに深く考えなくても大丈夫。コツを掴んでしまえばすぐ乗れるようになるよ」
利平さんはそう言うと、靴を履き僕を手招きした。
利平さんに付いて表に出て行くと、利平さんは納屋の中から錆びた子供用の自転車を引き出して来た。
「これシュウちゃん、お母さんが子供の頃乗ってた自転車だよ。これで練習してみよう」
よく見るとあちこち錆びているが、事前に油をくれて手入れをしてあるようで、プーンと機械油の匂いが漂った。
利平さんちの広い庭を、自転車の荷台を押さえてもらいながら、何度も行きつ戻りつした。運動が余り得意ではない僕は、勘の悪い生徒に利平さんが音を上げてしまうのではないかと気が気ではなかった。けれども利平さんは根気強かった。何度かこれは行けそうだと感じることが増えて来て、利平さんが手を離した状態でペダルを3漕ぎすることがあった。
「もう一回やってみようか」
僕は息を弾ませて頷いた。慎重に自転車のハンドルを水平に保ちながらペダルを漕いでいると、母屋から睦子さんが出て来るのが目の端に映った。睦子さんがサクマのフルーツドロップの缶を持った手を振り上げて万歳した。中でドロップがカチャンと鳴った。
「乗れた、乗れたねえ」
僕が狐に摘ままれた顔をして足を地面に着くと、遠い後ろの方で利平さんが笑っていた。
「俺今度パイナップル頂戴」
「俺はオレンジはやだな。ハッカをくれよ」
夕飯の後、僕達は茶の間の隣の16畳もある座敷で、睦子さんに貰ったドロップを舐めながらトランプで『神経衰弱』をしていた。
「お前もとうとう一人前か」
「俺、補助輪付けて俺らの後を走って来るんじゃないかと、恥ずかしくって冷や冷やしてたんだからな」
散々な言われようだったが、僕は気にならなかった。あれから利平さんの支え無しで何度も試してみたが、僕が自転車に乗れることは間違いなかった。僕はまるで翼を得たような軽々と浮き立つ気分だった。
だから初めてこの家で迎える夜については、すっかり失念していた。母がやって来て、もう遅いから寝なさいと促されてから、やっと僕は今日から枕が変わるのだということを思い出した。
「ねえお母さん、今日だけ一緒に寝たら駄目?」
傍で聞いていた兄達が早速囃し立てた。
「もう大きいんだから一人で寝なさい」
がっかりしたが、明日からもう仕事が始まる母に無理は言えなかった。
僕に割り当てられた部屋は、西側の池の前の部屋で、兄達の東側の部屋とは大分離れていた。網戸にしてある窓から、池に流れ込むせせらぎの音や、蛙がポチャンと池に飛び込む音や、水面に咲く睡蓮や水草の独特の匂いなど、あらゆる自然の気配が伝わって来て落ち着かない。僕はまた眠れなくなった。
ボーンボーン、と茶の間の壁掛け時計が鳴るのが聞こえた。悶々と眠れないことに焦っているうちに、もう2時のようだ。僕は水を飲んで気を落ち着けようと、台所に立つことにした。
古い茶色の重い襖を開けると、廊下は真っ暗だった。廊下の電気のスイッチを探そうと、手でペタペタと壁を手探りした。漸くスイッチを探り当てると、ほっとして電気を点けた。祖母が雨戸を閉めてしまった所為で、暗かったということが分かった。台所は北にある。僕は茶の間の障子を開けて、そちらへ向かった。
ひんやりとした暗い台所で、僕はコップに水を汲んでごくごくと飲み干した。壁の隅には黒い影がわだかまって、何か正体不明なものが潜んでいるような気がする。僕は怖くなって慌てて自分の部屋に帰ろうとした。しかし正体不明な影は後ろにもいた。
「わっ!」
「ひゃあ」
心臓が止まるかと思った。
「お祖母ちゃん?」
「ああ、心臓が口から飛び出るかと思った。あなただったの」
祖母は胸を押さえながら、台所の電灯を点けた。
「電気も点けずにどうしたの」
「電気のスイッチの場所が分からなかったから……水を飲もうと思って」
「こんな時間に一人で……」
祖母は言いかけた言葉を切り、思い当たったかのように僕を見つめた。
「眠れないのね。そうそう、お母さんから聞いてますよ」
「お祖母ちゃんも眠れないの?」
「私は年だから眠りが浅いの。あなたは子供なのに困ったわね。成長の鍵は睡眠なのに」
祖母は首を傾げて思案していたが、僕を見て頷いた。
「明日から私に付いて来なさい。眠れるようにするわ」
長柄の柄杓からきらきらと川の水が滴った。それにつられたように僕の額や顎の先からも汗が煌めいて草原の土手に散って落ちた。
「お祖母ちゃん、利平さんはモーターで水を汲み上げているよ」
僕が隣の畑の方を指差すと、祖母は茄子や胡瓜に水をくれる柄杓の手を休めて、断定するように言った。
「私は機械物は好かん」
僕は溜息を吐いて、再び川から柄杓で汲んだ水をバケツに移す作業に戻った。
祖母の畑を手伝わされるようになって、数日が経つ。日射病になるからと、農作業の時間は朝早くの午前中と、日が落ちる夕方と決まっていたが、真夏のこと、少し動けばすぐ汗が湧き出て来る。
「体を酷使してくたびれさせれば、眠れないなんて四の五の言ってられません。否が応でも眠れるようになります」
確かにここ何日、酷い筋肉痛で体中が痛かったが、その割に夕飯を食べればもう眠気に襲われた。兄達が野山で遊び惚けているのは癪に障ったが、僕は眠りのために祖母の手伝いを続けた。
5 やみくもなる青春
僕は中学生になった。
相変わらず夕方と、休みの日は部活の合間を縫って、祖母の畑の手伝いを継続していた。それでも夜中に何かに追われる夢で、汗びっしょりになって目覚めることが時々あった。しかし僕はもう頑是ない子供ではなかったし、それを一々言葉に出すことももう無かった。それにもう、夢よりも現実の方が恐ろしいということも分かりかける年齢でもあった。
僕達一家はすっかり田舎の暮らしに慣れ、以前の家での記憶は遠いものとなった。
けれども時々思い出したように、過去のあれこれが惜しいことのように顔を出す。
兄達の一番の悩みは食べ物に関することだった。ジュースを飲みたくても自販機一つないこの村で、自分の食べたい物を手に入れるのは至難の業だった。兄達は時々あれが食べたいこれが食べたいと、祖母を困らせた。ある時二人がすかいらーくのチーズハンバーグが食べたいと言い出した。
「私がこちらにお嫁に来て初めてですよ。こんなものを作るのは」
『私がこちらにお嫁に来て――』は祖母の口癖だった。
祖母が説明を聞いて作ったものは、チーズの代わりにとろろをかけたハンバーグだった。
兄達は一瞬言葉に詰まってから、「ばあちゃん、これじゃないよ。こういうのじゃないんだよ」と文句たらたら、しかしお腹が空いているのですぐにがっつきだした。意外に粘りが美味しかったらしく、ものの5分で食べ終わった二人に祖母は満足そうに自慢した。
「肉にもとろろを練り込んだんだよ」
それから秋には恒例のお楽しみがあった。
スナック菓子にも事を欠く兄達が生み出した秘策は、稲刈りの時期になると、利平さんに貸している祖母の田んぼの落ち穂を拾い、籾米を手でこいて、祖母から不要になった蓋つきのぼろ鍋を貰って、庭で火をおこしポップコーンならぬポップライスを作ることだった。
僕も仲間に入れてもらいおこぼれに与ったが、時々蓋を開けると熱く爆ぜた米が顔や手に飛んでくる中、口に入れるミニサイズのポップライスの味は香ばしく格別だった。
また兄達は数々の問題も起こした。毒キノコ中毒事件、イノシシの仔事件、どんぐりの木事件など色々、枚挙に暇がない。けれども僕達は青春時代をこの場所で平穏に暮らした。
だが忘れられない出来事が一つあった。
中学二年になった春のことだ。家に帰ると玄関に母の靴があった。
今日は遅くなると言っていたのに――。僕は茶の間の引き戸に手を掛けた。まず目に入ったのは、母の肩を抱く祖母の横顔だった。何かに耐えるように歯を食い縛って母の背中を撫でている。母は身を震わせながら滾々と泣いていた。
僕はみだりに入ることを許されない雰囲気に、庭へと引き返した。その数週間後、僕達はこれからは母の姓を名乗ることを告げられた。
確かに不思議には思っていたのだ。あの人が出て行ってから何年も経つのに、僕達は依然としてあの人の姓のままだったから。だから漸くそういう決着がついたのだと兄達と話し合った。
上の兄が大学へ進学して、家の中が少々寂しくなった。僕も高校へ無事入学した。和歌山市内の高校へ2時間近くかけて電車で通学した。僕は小学校時代から20センチ以上も身長が伸び、中背の兄は何かと牽制してきた。下の兄も僕も帰りが遅く、祖母はまた一人の時間が増えた。僕は頻りと異食の夢に悩まされた。食べている物はビニールだったり綿だったりしたが、それは突如として目の前に拓け出した前途に対する不安、大人になる過渡期に差し掛かった者の通過儀礼なのだろうと分かっていた。それ以外では気心の知れた悪友が沢山出来、僕は我が世の春とでもいうように青春を謳歌していた。
僕はどちらかというと優等生のように思われていたが、クラスに仲の良い6人組がいて、兄達に引けを取らない程、かなりな無茶をして先生方を心配させた。
入学して早々の1学期、グラウンドの野球場のフェンスに上る競争をしたり、日本の情緒を知りたいというEATの先生を、学校のお化け柳に呼び出して驚かせ、池に落としてしまったり、真冬にわざと薄着をしてバケツで水を被って町内を闊歩し、誰が一番最初に風邪を引くか賭けをしたりした。
くだらない馬鹿なことをしているという自覚はあったが、仲間といると余りにも楽しく、街頭を皆と肩で風を切って歩いていれば怖いもの無しだった。
高2になり、進路についての決断が迫られる頃合いになった。
しかし僕には自分の将来に対しての明確なヴィジョンがいっかな浮かばなかった。成績は悪くなかったので、大学にさえ受かればよいと考えていた。だから僕は呑気に構えていたし、学校生活も悠揚迫らざる、何も変わらない生活を続けていた。週末は相変わらず祖母の畑の手伝いをした。僕の余りにも長閑な学業への態度に、祖母の方が危機感を感じている程だった。
その日も僕は鍬柄を抱え、重圧を覚えるくらいの濃い蒼さの空に残る、端から消えていく白い航跡を眺めていた。
「ねえ、あなた勉強の方はどうなの?」
畑の土手を鎌で草刈りしていた祖母が、自分も手を休めて腰を下ろし聞いてきた。
「まずまずだよ。心配いらないって」
「そう……」
祖母がそう口籠ると、畑には静寂が広がった。少し離れた畑で利平さんの押す耕運機の唸り声が、眠たげな虻の羽音のように聴こえ、トンビの大きな影がサアっと頭上を通過した。
「……あなたはお父さんにそっくりね」
徐に祖母が口を開いて言うので、僕はそちらを振り向いた。
祖母は首を傾げ、まじまじと僕の横顔を見つめていた。
「お父さんて、お祖父ちゃん?」
「いいえ、あなたのお父さん」
祖母の言葉に僕は黙って頭を巡らすと、再び空の消えかかった飛行機雲に視線を据えた。
1学期の終わりに新たな出会いがあった。
写生の合同授業があり、その後の昼食目掛けて腹を空かせた生徒達で昇降口はごった返していた。
そんな中、下駄箱の横に立つ一人の生徒が目に入った。その生徒は何かの意志を持って僕の方を見ていた。
漸く人波が途切れると、彼は僕の方へと近づいて来た。
「絵、上手だね」
男子生徒は僕が肩に掛けた画板を指し示した。
「ありがとう……」
何を言いたいのだろうと僕は戸惑いつつ、彼の次の言葉を待った。
余り会話が得意では無さそうな大人しそうな外見には見合わず、いたずらそうに瞳が踊っている。
「僕のこと知ってるかな、隣のクラスなんだけれど……」
「はせお――」
僕は思わず呟いた。
男子生徒は驚くように目を丸くすると、面白そうに笑った。
「指輪物語、読んだ?」
僕はこくりと頷いた。男子生徒の顔は以前から見知っていた。名前も指輪物語に出て来る『馳夫』と同じなので記憶に残っていた。
「本当はとしお、って読むんだ。鹿谷馳夫、宜しく」
鹿谷は片手を差し出した。
「僕は――」
名乗ろうとすると鹿谷が遮った。
「知ってる。有名人だもの」
僕が困った顔をしたので鹿谷がプッと吹き出し、僕もつられて笑い出した。
「あのさ、先輩がいるんだけど、絵の上手そうな奴連れて来いって頼まれて……夏休みに駅のホームに一緒に壁画描かない?」
「壁画?」
思ってもみなかった誘いに、僕は大いに乗り気になった。
終業式が済んだ次の日、早速僕らは始発の数時間前の早朝、駅で待ち合わせをした。
駅前のロータリーに車が一台入って来た。紺のインプレッサで少々年季が入っている。降りて来た男はすぐに僕達に手を振ったので、僕と鹿谷も手を振って挨拶したところ、男は苛立たしそうに首を振り、大きく手招きした。
「荷物を一緒に運んで欲しいんだ」
先輩はトランクを開けると、せかせかと積んであったペンキの缶や刷毛やバケツを僕と鹿谷に次々と手渡した。
「作業時間は短い。駅が込み出す頃には撤収しないと。作業は5日を予定している。それでは宜しく」
小柄な体と、夢見るようなふわふわの天然パーマの髪に見合わない軍隊式の指示に、僕と鹿谷は気圧されたように慌てて駅の構内へと駆け出した。名前を名乗りあうどころではない。
任された壁画を描く部分は、陸橋の壁と階段の腰板部分だった。
「先輩何を描くか決まってるの?」
「うん、《きのくに和歌山》だから森を描こうと思って」
「下絵とかあるんですか?」
実際の描くことになる壁の広さに不安になった僕も尋ねた。
「一応和歌山の植生の資料は準備してきたけれど、もう即興で描きたい物を描いていいよ」
「ヤンバルクイナとか、ヒカゲヘゴとか描いてもいいの?」
「うーん、和歌山とは関係ない沖縄の動植物だけど、描けるならかいてもいいよ」
「コンゴウインコとかシロムネオオハシ、スマトラウサギは?」
先輩は眉根に漫画のような複雑な皺を寄せて考え込んだが、諦めたように言った。
「アマゾンでもインドでも好きな物を描いてくれ。駅の利用者に夢と憩いを与えられればそれでいいんだ」
僕達は保護用のブルーシートを敷くと、先輩の用意した資料を検討し、いよいよ作業に取り掛かった。
始めは扱いの難しいペンキに緊張しいしいだった僕等も、時間が経つにつれて会話も出来るようになった。先輩は同じ高校の3年生で、久世満春といい、美術部に所属しているという。
「それなら美術部の部員の人に手伝いを頼んだ方が良かったんじゃ」
「先輩は孤高の人と言えば聞こえはいいけど、友達少ないから」
鹿谷が混ぜ返すと、久世先輩はフンと鼻を鳴らした。
「でもどうして、駅の壁画制作を頼まれたんですか」
「うん。――小学校の頃さ、交通安全週間にドライバーの人に運転に気を付けて下さいって手紙と絵を学年で描いたんだ」
「ああ、僕達も書いた覚えがある」
「警察で児童の手紙を配ったんだけど、俺の手紙に学校宛に返事が来たんだ。有難うという言葉と、24色の色鉛筆が添えられて。その人が今の駅長さんで、それから俺が展覧会で入賞したりした時には必ず観に来てくれるんだ。以来、交流が続いている。今回のことも駅長さんが俺を推薦してくれて――」
「ふーん……」
思わず鹿谷と僕は唸ってしまったが、より責任重大になった。
「じゃあ先輩の名誉のために、下手な絵は描けないじゃないですか」
「そうだよ。だから精を出してくれ」
先輩は涼しい顔で刷毛を動かした。
初日は絵筆とは違う刷毛の質感に苦戦して余り捗らなかったが、2日目以降は徐々に扱いにも慣れて来た。難しかったのは両側の階段の斜めの腰板部分だった。それでも僕等は黙々と作業を熟した。
「完了!」
先輩が片足を上げたピンクのフラミンゴの、嘴の黒い部分を描き入れて叫んだ。
朝のラッシュ前、階段を降りかけて立ち止まり、僕達の様子を見ていた駅の利用者達が拍手で讃えてくれた。濃い緑の樹々とシダの生い茂る中に、赤や黄色の鮮やかな鳥や動物が木の間隠れに宝石のように潜んでいる。忙しい毎日の出勤と帰宅時に、どの位の人が目を留めてくれるかは分からないが、少しでもこの壁画に和んでくれれば良いと、達成感の快い疲れと共に僕はそう思った。
駅長室へ挨拶に行ってくるという久世先輩の代わりに、僕と鹿谷は後片付けを請け負った。先輩のインプレッサはここ数日の作業で、大分ペンキ臭くなってしまった。僕の体にもあちこちペンキの染みがこびり付いている。僕はこの5日の間、学校の宿直室を借りて寝泊まりしていた。始発のバスも電車もない早朝に、家から駅まで通う訳にはいかなかったからだ。
「片付けありがとう」
先輩が駐車場へ戻って来た。
「駅長さんもご苦労様と言ってたよ。実は報酬を貰ったんだ。これから打ち上げに行かないか」
僕達はまず風呂に入らないと、という話になり近くのスーパー銭湯へ向かった。
ほぼ貸し切り状態の湯船につかり、僕達はよもやま話をした。
「先輩は卒業したら美大に行くの?」
「そうだね。鹿谷は?」
「僕は和歌山大を受けようと思って……記者になるのが夢だから」
「記者?」
「そう、新聞記者。御覧の通り僕は口下手だけど、文章なら自信がある。実は常に頭の中に言葉が渦を巻いて飛び回っている状態なんだ。世界の出来事をその言葉で人に伝えるのが僕の夢だよ」
「夢か、俺も夢ならある。世界の有名天井画を観て回ること」
「天井画?《天地創造》とか?」
「うん。シャガールの《夢の花束》とか、北斎の《八方睨み鳳凰図》とか、あとスペインとかのあまり知られてない教会とかも巡りたい」
「ふーん。北斎の天井画って、日本にあるの?」
「長野県の小布施町ってところだ」
「そこならすぐ行けそうじゃないですか」
僕の一言に、久世先輩と鹿谷が同時にくるりとこちらを向いた。
「今から……」
「行ってみる……?夏休みなんだし」
僕らは揃って顔を見合わせた。
風呂上り早々、僕等は鹿谷のお母さんが作ってくれたおにぎりを頬張り、自販機で買った牛乳で流し込むと段取りを確認した。
「5時間後、また駅前で落ち合おう。俺は運転のために仮眠をとっておく」
「夜の運転は大丈夫なの」
「夜の方が高速道路も空いているし」
「じゃあ僕は地図を買って経路を頭に入れておくよ」
「僕も出来るだけ早くとって返します」
僕はどう頑張っても自宅に帰り、駅まで戻って来るには往復5時間はかかる。
「OK。じゃあそういうことで――」
先輩に一旦高校へ送ってもらい宿直室の荷物を纏めると、また駅で降ろしてもらった。
「時間は充分にあるから、慌てて事故など起こさないように帰れよ」
久世先輩はそう言って手を上げると、車をUターンした。
先輩は時間は充分にあると言ったが、僕は電車から降りると駐輪場へとダッシュした。せっかく風呂に入ったというのに、もう既に脇や背中にTシャツが汗で張り付いている。逸る気持ちを押さえながら、家までの道中を駆け通した。
「ただいま」
息を切らせながら自分の部屋へと飛び込むと、洗濯してあったジーンズとTシャツにさっと着替え、貯金箱代わりの『ヘンリー・ライクロフトの私記』の99ページ目から軍資金の5万円を取り出して財布に捻じ込んだ。
「ちょっと、壁画は終わったの?また出掛けるの?」
祖母が気配を聞きつけて、部屋の入り口までやって来た。
「お祖母ちゃん、これ洗濯お願い。僕これから友達と遠出するから夕飯はいらないよ」
僕は祖母に汚れ物の入ったスポーツバッグを押し付けた。
「洗濯お願いって、このペンキは落ちるのかしらね」
首を傾げながらペンキのこびり付いた服を取り出す祖母の傍らを擦り抜け、僕は玄関へ走った。
「ちょっと!遠出ってどこまで行くの」
「長野まで」
「そんな遠くまでどうやって行くっていうの」
「先輩の車で」
「先輩って――その人はいつ免許を取ったの?」
「7月に取ったばかりだって」
僕は急いでスニーカーを突っ掛けると、自転車のスタンドを上げてあっけにとられる祖母に手を振った。そしてその後は振り返ることもなく自転車を走らせた。
中央自動車道、長野自動車道、上信越道――途中のサービスエリアで2回ほど休憩と仮眠をとった外、先輩は一人で運転を熟した。翌朝の早朝には小布施町に着いていたが、そこから天井画のある岩松院に辿り着くまで少し迷った。
岩松院の入館時間までまだ時間があったが、境内をうろうろしている僕達三人を見兼ねてか、住職が中に入れてくれた。
天井画のある本堂は、擦り切れた畳の古色蒼然とした趣。ところが視線を上にあげると、想像以上に大きく鮮やかな彩色の鳳凰図が圧倒的な存在感で迫って来る。
僕と鹿谷は溜息を吐いた。すると久世先輩はまるで我が家の居間にでもいるように、突然畳の上に寝そべってしまった。
「先輩!」
僕と鹿谷は住職を憚って、小声で注意した。
「絵に対しては正対して観る。これが俺の哲学だよ。二人も横になりなよ」
堂々と腕組みまでして寝そべる久世先輩の姿に、住職は面白そうに笑んだ。
「どうぞ気になさらず、お好きなように観て下さい」
住職が気を使って本堂を下がって僕達だけにしてくれたので、僕と鹿谷も先輩に倣って、畳の上に巴の形に横たわった。
八方睨みと言うだけあって、どこから観ても隙がない。僕は尾羽の先までの力強い筆致に感心した。正直天井画に関心があった訳ではない。先輩と鹿谷、二人が行こうというからくっ付いて来た。けれども来て良かった――。二人の存在を頭越しに感じながら、しみじみと思った。
「近くに《北斎館》ていう美術館もあるんだよね……そこも行ってみる?」
久世先輩が頭の下に手を組み直して言った。
「いいですね、行きましょう」
脳裏をちらりと母と祖母の顔が過ったが、僕はすぐに打ち消した。今はこの興奮と連帯を壊したくない。鉄は熱いうちに打てと言うではないか。
結局僕達が帰途に就いたのは、和歌山市を出発して24時間経ってからだった。貧乏旅行だったが、三人で持ち寄った軍資金と駅長からの報酬で、可能な限りあちこちを見て回った。一番苦労したのは一人で運転した先輩だったろうに、久世さんは疲れを知らない子供のようだった。
二日後の午前中、和歌山駅に着いた。
「長丁場ご苦労様でした」
「いや二人もお疲れ様。楽しかったね。気を付けて帰って」
「はい」
帰りの電車に乗り込むと、クーラーのよく効いた車内に心地よい疲労感がどっと押し寄せた。シートに沈み込み、この1週間を振り返るうちに僕は眠ってしまった。自宅では盛大な小言が待ち構えているとも知らずに。
「なぜ連絡の一つも入れられなかったの。いいえ、どうして行く前に許しを得なかったの!」
母は仕事から帰って来るなりカンカンだった。
「お母さんも、どうして止めなかったの。そんな免許を取りたての人の運転でどこかへ行こうだなんて。もしも万が一のことがあったらどうするつもりだったの」
母の怒りは祖母へも向かった。
「ごめんね、私が考え無しだった」
仕事のストレスもあるのか、母の頭ごなしの非難に小さくなっている祖母が気の毒だった。
「お祖母ちゃんは悪くないよ。僕が勝手に出掛けただけだよ。責めるなら僕に言えよ。そんなにヒステリーを起こすことか?無事帰ったんだし」
僕の言葉に母は一瞬詰まったが、すぐに鼻白んだ。
祖母は僕を咄嗟に制止して母に向かって謝った。
「私が悪かったの。さ、この話はまた明日。二人とも疲れているんだしゆっくり休みなさい」
折角の旅の楽しい思い出に水をかけられたようで、僕は暗鬱とした気分で部屋に戻った。
暫くして襖をコトコトと叩いて祖母が姿を見せた。
「ちょっといいかしら」
「うん。お祖母ちゃんさっきはごめん、僕の所為で」
祖母は畑で採れたメロンの載ったお盆を僕の前に置くと、自分も座った。
「ねえ、お母さんの名前がなぜ朱布子っていうか分かる?」
「え?」
祖母が突然何の話を始めたのか分からなかった。
「裏の山の入り口に、古いお宮があるのは知っている?」
「うん」
自宅の裏には山が控えていて、途中までは人の踏み分け道が付けられていた。その踏み分け道の途中に、寂れた壊れかけの小さな堂があった。子供の頃は兄達と山に分け入り山菜を採ったりしたので存在は知っていた。祖母が定期的にお宮に酒を供えていることも。
「お宮の鈴の下がっている鈴緒が何色かも?」
僕はお宮の様子を思い浮かべた。錆びた鈴の下がった紐を引っ張りガラガラと鳴らしたこともある。褪色して色褪せた紐の元の色は朱色だったと思う。
「私はお母さんが産まれるまで何度も流産をしたの。お母さんを妊娠した時、今度こそはと藁にも縋る思いだった。それはお祖父さんも同じ。ある日陣痛が来て産婆さんを呼んだのだけど、逆子だと言われたの。お祖父さんはお宮に飛んで行って、『何とか子供が産まれますように』と、一晩中朱い鈴緒を引っ張って拝んだそう。二晩死に物狂いで苦しんで産まれたのが、あなた達のお母さん。その後結局、お母さんに兄弟を作ってあげることは叶わなかった。だからお母さんは私達の宝物なの。そんな大事な娘を心配させたあなたを私は許せないわ。そして気が狂う程あなたを心配していたお母さんの気持ちも痛い程分かる。お母さんにはあなた達しかいないの。だから兄弟仲良く、お母さんを大切にして頂戴」
そう言った祖母も、大学二年の春に眠るように亡くなった――。
6 中道と逸脱
「画風で言えば印象派ってことかな」
「いや、先輩は『久世派』って言ってる。誰かに似てるっていうのは模倣でしかないって。唯一無二でいてこそ価値があるって」
「相変わらず先輩らしいね」
「うん、僕達の中で一番地に足の付いた人だから」
「確かに」
僕と鹿谷は商店街の中ほどにある、小規模のギャラリーの中を見て回っていた。久世先輩の初の個展が開かれたからだ。
東京の美大に進んだ先輩は、卒業後すぐに結婚をした。僕と鹿谷は揃って和歌山大に入学し、鹿谷に誘われるまま就職も同じ所へ決めた。そして二年前故郷へ戻って来た先輩が丁度席が空いた風刺画家に納まり、僕達三人は紀伊報知新聞の三羽烏と呼ばれるようになった。その意は仲の良い三羽の小鴉くらいの意味合いだったが。
「もうすぐ終わるから、先に店に行っててくれ」
お客に絵の説明をし終えた先輩が歩み寄って来て言った。
僕と鹿谷はギャラリーを辞したその足で、《炉端焼き くろもり》へと向かった。
くろもりは、僕と鹿谷の四年間の涙と愚痴を余すところなく吸い込んだ店だ。僕と鹿谷は一緒に叱られ、一緒に詰られ、一緒に涙を呑んで成長してきた。その度この店で酌み交わす一杯のビールが一時の慰めになり、明日へ奮起するための原動力となった。
「はい、いらっしゃい。今日は何にします」
平素通りの店主の気の良い挨拶に、鹿谷が手早く注文を済ませた。
「まずビールを。後からいつもの連れが来るので、そしたら野菜のお好みコース、サザエのつぼ焼き、ホタテ、牡蠣、ホッケの干物をお願いします」
「今日は随分奮発するね。何か良いことでもあったの?」
「ええ、お祝い事があったので」
店内は香ばしい炭火の香りで充満している。活況のある店内を、少し腰の曲がった店主のお母さんがゆっくりと横切り、僕達の席までビールを運んで来てくれた。
僕と鹿谷はジョッキを持つと乾杯した。そこへ入り口の引き戸がカラカラと開いて、暖簾をかき分けた先輩が暮れかけた空を背景に到着した。
「お疲れ様。今日は中々の入りだったんじゃない」
「うん、まあね。明日が最終日だから、もう一踏ん張りだ」
「そうだ先輩、娘さんの喘息の方は良くなったの?」
久世先輩がこちらに戻って来た大きな理由の一つがそれだった。
「空気が良くなったせいか、あまり発作を起こさなくなったよ。この前は絵本のプレゼントありがとう。エリカも喜んでたよ」
「それにしても先輩、ライフワークと風刺画の作風が違い過ぎる。今日の佐藤外務相あまりにもデフォルメし過ぎでしょう。佐藤大臣のファンとしては本当に胸が痛むよ」
鹿谷が冗談半分、本音半分で久世に訴えた。
「ああ、『ハイッ!』っていうのね」
僕も久世先輩が描くようになってから毎日新聞をチェックするようになった。
「国会中継を観ていたらさ、二人が大学時代に仲間から代返を頼まれていたっていうのを思い出しちゃったんだよね」
今朝の画は閣僚達が国会の答弁でズラリと並ぶ中、後ろに何人もの数えきれない黒子の官僚が控えている構図だった。
「代返をしているのは、一体どちらなのかってことだよね」
僕が言うと二人はそれぞれ首を傾げて考え込み座は静まったが、先輩が気を取り直したように仕切り直した。
「ま、取り敢えずより良き日本の未来に乾杯!」
アルコールも徐々に入り、料理も次々に焼き上がり、僕等はすっかり高揚していた。
「なあ鹿谷、何でこいつを新聞記者に誘ったんだ?」
酒に弱い久世先輩が、茹でたタコのようにピンク色の顔をしながら鹿谷に質問した。
「こいつ東京まで電話をかけてきて、『先輩、僕何をしたらいいんでしょうか』なんて相談を何回受けたか」
鹿谷は面白そうに僕の方を見た。
「筆致かな……」
「筆致?」
「あの時三人で駅に壁画を描いたでしょ。その時思ったんだ。『彼は開拓者ではないけど、切り開かれた筋を平らにならして道にする人だ』って。要するに固い信念を感じたんだ」
僕は鹿谷の言葉に照れた。自分の中にそんな信念があるだろうかと胸の内を覗き込んでみたが、あるのはやっぱり極楽とんぼのような気楽さだけだった。
「それで、こいつは記者としてモノになったの?」
「うーん。それは分からない」
「鹿谷、無責任な」
僕はがっくり来た。確かに今だに文章のことで怒られる。
「越場キャップにはよく『お前の文章は小説が入ってる』って言われるんです。でもどこがおかしいのか全然分からないんですよ」
「想像力が過多なのかな」
鹿谷が混ぜ返した。
「この前も富川デスクに大雪の日の記事を提出したんです。『綿菓子のような雪を頭に戴いた二宮金次郎像――』、これは却下だったんです。それでその後に提出した『綿帽子のような白いものを頭に戴いた二宮金次郎像――』、これはOKだったんです。この違いは何か分かります?」
久世先輩は口の中で何度か文章を繰り返していたが、やがて酔いが醒めたようにすっきりした顔をして言った。
「え、どっちもどこがいけないの?俺には分からない」
「僕も実はよく分からない」
鹿谷も笑いを堪えながら続けるので、僕等は結局三人でハハハハと笑い出した。前で忙しくホタテを焼いていた店主も、つられてにこにこした。
「今日は先輩の初の個展開催を祝う席でもあるんだけど、僕も祝ってほしいことがあって――」
鹿谷が姿勢を正して改まった。
「本日付で会社に辞表を提出してきた」
「え?」
僕と先輩は驚いて顔を見合わせた。
「東京の新聞社に籍を置いて、戦場ジャーナリストになろうと思うんだ」
自宅のアパートに帰ってベッドに寝転がると、僕はさっきの鹿谷の突然の発表を思った。
今まで四年間――、いや高校時代、大学時代も含めれば九年間、鹿谷はそんなことは素振りにも見せなかった。あまり饒舌ではない鹿谷を思えば理解は出来るが、親友として、長い間温めて来たであろう夢を今夜突然明かされたことには、僅かながら寂しさを感じる。
そして新聞社に入社してから常々富川デスクに言われてきたことを思い出す。
「中道を守れ!記事に偏りがあってはならない」
中道――耳にタコが出来る程聞かされてきたその言葉は、いつの間にか僕の中で大きな位置を占めるようになっていた。
記事を書く時、どれほど自分の心情が傾く方があっても、常に中道を心掛けた。会社内の人間関係では、誰とでも当たらず触らず、バランスをとって上手く泳ぎ渡って来た。危ない橋は渡らず、人生も中道を歩むよう気を使っていた。それは鹿谷も同じだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
曲がりなりにも国立大を出、地方新聞とはいえ県の優良企業に就職し、安定と安全の将来設計――出だしとしては上々だった。けれども鹿谷は積み重ねて来た四年という月日を、いとも容易く飛び越え羽ばたいて行ってしまった。
僕は身を起こすとコートのポケットから携帯を取り出し、久世先輩の番号にかけた。
「先輩、酔いは醒めた?」
『うん。完全に醒めたな』
「……」
僕は自分が電話をかけたにも関わらず、何を言いたいのか分からず口籠った。
『……俺と鹿谷が同じ中学だってことは言ったよな』
そうだ、先輩と鹿谷は同じ学区内で実家は近所だと言っていた。
『学校に庄司さんていう雑用を任されている用務員さんがいたんだ……』
先輩が問わず語りに喋り出した。
『庄司さんは建設現場の事故か何かで片足を失い、義足でびっこを引いて歩いていたんだ。校内の落ち葉を掃いたり、駐輪場の整美が仕事だった。物静かな人で、いつも黙々と働いていた。……学生の中にはそんな庄司さんの歩き方をからかって真似したり、わざと駐輪場の自転車を倒したりする者もいた。自分の子供よりも年下の生徒にそんな扱いを受けて、内心心が痛かっただろうな』
僕は先輩の話を黙って聞いていた。
『鹿谷はそんな庄司さんを見かけると、倒れた自転車を一緒に立て直したりして手伝っていた。始業チャイムが鳴り終わってから教室へ着くことも度々あったらしい。でも遅刻の理由を一度も弁解したりしなかった。そういう優しい所がある奴なんだ、あいつは……』
一月後、鹿谷は業務の引継ぎを終えて東京へと旅立った。そしてその半年後、全国紙の第一面に隔週連載として、『世界の戦場から~』が掲載され、鹿谷馳夫の名が載った。
先輩と僕は鹿谷の活躍を喜びながら、鹿谷の記事が出る度新聞を買いにコンビニへ走った。鹿谷とは彼の偶の帰国時に、和歌山へ帰郷する時以外会うことは稀だったが、相変わらず三人の友情は続いていた。会うごとの鹿谷の変化に、僕も歳月という自分の変化を実感した。
鹿谷の活躍に触発された訳ではないが、僕も徐々に重要な記事を任されるようになり、仕事が面白くなってきていた。と同時に二律背反、仕事の難しさ、苦しみにも悩まされた。報道の倫理、誰もが傷付かぬ記事など無い。上司からの厳しい発破の声。昼夜を問わない取材のための待機に、睡眠時間は削られ体力は常に消耗していた。それでも遠い異国の地で、鹿谷が一人奮闘していることを思うとどこか晴れやかだった。
そんな折だった。久し振りに鹿谷が一時帰国したので会おうと連絡してきたのは――。
おとといからの驟雨で水嵩を増して濁流となった紀の川、その川面を見下ろすように河西橋の中央に鹿谷は佇んでいた。
漸く今日の明け方雨が止み、橋の所々はまだ黒く濡れていた。鹿谷は僕が近付いても顔を俯けたままじっと川の流れを見ていた。
「鹿谷」
肩を落とした姿に、何となし昨日の電話の声にも元気がなかったと思い至った。
「一年振りか?こっちへはいつ」
「一週間前かな」
鹿谷の答えに僕は一瞬詰まった。いつもなら日本に帰って来れば即座に連絡をくれた筈なのに。
「先輩には……」
「うん、これから」
歯切れの悪い鹿谷に僕は当惑した。
「何かあったのか?」
「……川を見ているとさ、身体が持って行かれて流れに飲み込まれそうな気がしないか」
僕の質問をはぐらかすかのような返答に、僕はまたもや困惑した。
「最近川を見ると、眩暈がして飛び込みそうになるんだ」
河西橋の低い欄干に不安になり、思わず僕は鹿谷の両肩をガシッと掴んだ。
そんな僕の様子に、鹿谷が自嘲するように力ない笑みを浮かべて、また川面に目を戻した。
「鹿谷、疲れているんじゃないのか」
隈の濃い憔悴した顔色に僕は心配になって言った。
「そうだね。よく眠れないんだ」
「何か悩みか?僕で良ければ聴くよ」
「悩み……悩みか」
鹿谷はぼんやりと僕の言葉を繰り返した。
「僕のやっていることって意味のある事なんだろうか」
相変わらず川面に目を据えたまま、鹿谷がポツリとこぼした。
「取材して、記事を書いて、知らせる――。これは手段だ。僕の目的は戦争を止めること。その為に人々に働きかけること、それが僕の仕事だ。でも世界という余りにも巨大な車輪を動かすには、世情は泥濘過ぎて、僕の力は微弱すぎる。毎日非力を痛感するんだ」
喋り出すと言葉に本人も知らず熱がこもった。鹿谷の欄干を握る手に力が入った。
「鹿谷、鹿谷……」
僕は宥めるように鹿谷の肩を叩いた。
「そんな大きなことを考えていたのか。僕だってそうだよ。僕もお前も小さい人間でしかないんだ。世の中を動かすのはもっと大きな力を持った人達だよ。そして時間だ、時間だけが全ての物事を動かせるんだ」
僕は大きく息を吐いた。
「鹿谷、休暇を取って少し仕事から離れてみたらどうだ。頭を休めてみるんだ」
「休む?じゃあ誰が、その間あの人達を救えるんだ?毎日死んでいく無辜の人達を。誰が助けてやれる」
僕の言葉に鹿谷は、キッと怖い顔になって睨んだ。
その視線のきつさと語調の激しさに僕はたじろいだ。
「鹿谷……家に帰ってちょっと眠った方がいい。やっぱり疲れているんだよ」
僕は心配で、まだここに残るという鹿谷を無理矢理自宅まで送った。
そして夜鹿谷の実家に電話した。鹿谷が携帯に出なかったためだ。鹿谷のお母さんが出て、僕は代わってもらえるよう頼んだ。
『それが、東京に戻ってしまったんですよ』
鹿谷のお母さんは困ったように電話口で謝った。
『実家のベッドは狭すぎる。ホテルのベッドに慣れたから、と言って』
「鹿谷にその……変わったところはありませんでしたか?」
『私の口出しが煩いのか、家にいると平和ボケすると言って――甘えてしまうんだとも』
「そうですか」
電話を切り僕はほっとした。鹿谷も常時神経を研ぎ澄ましていなければならない戦場を離れ、誰かに弱音を吐いてみたかったのかもしれない。けれども、そんな時に当たり障りのないことしか言えなかった自分に、鹿谷が愛想を尽かしていないか、それが気に掛った。
7 回遊魚
ジリリリリリ。ジリリリリリ。
電話が鳴っている。昔の黒電話の着信音を設定している訳は、この音が無視出来ないほど神経を苛立たせるからだ。
濃霧による複数台が絡む玉突き事故の取材で、未明に三日振りに部屋へ帰って来たところだった。夕飯ならぬ朝飯もそこそこに、ベッドにバタンキューした。
ジリリリリリ。
ああ頼む、もう少し寝かせてくれ。心地良い微睡みを破られまいと僕はきつく眉根を顰めた。
会社ではない筈だ。今日は元々非番だし、富川さんには休むと伝えた。台所のテーブルに置きっ放しのカバンの中の携帯は、しつこく鳴り続けている。
こんな早朝に誰だろう。ふと鹿谷の顔が思い浮かんだ。あちらとの時差は6時間。そう思うと鹿谷以外考えられなかった。
ジリリリリリ、ジリリリリリ。携帯は鳴り続けた。だが泥のような疲労感と眠気に身体の欲求には勝てず、僕は布団を引き被ると睡眠を優先させた。
夕方になってやっと僕は起き出した。今更だがカーテンを引いて窓の外の様子を暫し眺めた。曇天のむっとする暑さで、往来には風一つない。時計を確認すると16時過ぎだった。まる12時間寝ていたらしい。眠り過ぎて鈍く痛む後頭部を押さえながら、蛇口を捻りコップに水を一杯注いだ。口に運ぼうとした時、携帯が鳴った。
先輩からだった。
『すぐに速報を見ろ』
悲鳴にも近い先輩の緊迫した声に、僕は慌ててテレビのリモコンを手に取った。
《速報》という字幕が点滅した後、テロップが流れた。
画面に《戦場ジャーナリストの鹿谷馳夫さんが銃撃され死亡》の文字が躍った。
視覚から入った情報を飲み込むのに時間がかかった。そしてその事実は冷たく喉元を下り、やがて腹の底にわだかまり、張り付いた。言うなればそれは恐怖だった。
「生前は息子が大変お世話になりました」
鹿谷の両親とは葬儀の席でも挨拶を交わしたが、改めて二人は深々と頭を下げた。僕と先輩は僕のアパートで、鹿谷のご両親を迎えた。涙で目を潤ませた二人を見る
と、僕は何も言えなくなった。
先輩は気の利かない僕を鹿谷の両親と台所のテーブルに着かせると、勝手知ったる我が家とでもいうようにお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
鹿谷の両親も先程より落ち着いた様子で、お茶を啜った。そして鹿谷のお母さんが徐に持ってきた鞄から封筒を取り出し、僕等の前に置いた。
「馳夫の……遺体と一緒に届いたものです」
鹿谷のお母さんは一瞬涙を堪えた後続けた。
「これは馳夫と一緒に取材をしていらしたドイツ人の記者の方が、馳夫の最期の様子を知らせて下さった手紙です」
A4サイズの茶封筒の中から、洋式封筒にくるまれた手紙が出て来た。
僕等は恐る恐る封筒を受け取ると、英語で書かれた文面を読んだ。
“私はトシオと一緒に取材をしていた者です。この度は息子さんの悲報に際し、どれ程のご心痛のことでしょう。トシオの最期を見届けた者として、お二人に息子さんの死に際をお伝えしなければならないこと、誠に残念です。私とトシオは昨年の12月にメディアセンターで出会いました。私達は取材方面が同じことが多く、自然と会話を交わすようになりました。真面目で几帳面な性格の彼には見習うことが多かった。彼とは核兵器について、生活の自由を奪う地雷原について、銃の所持規制について、そしてお互いの家族、友人、趣味などについて、取材の合間を縫って語り合いました。そんなトシオの表情が曇ったのは、登校途中の子供達の列に砲弾が落ちた日からでした。その日を境に、思い悩む様な打ち沈んだ姿が見受けられました。彼が亡くなった当日ですが、私達は反政府軍に同行し、戦いの最前線まで取材の足を延ばしました。目の前には広い大通りがあり、兵士からはこの通りを挟んで敵と交戦中なので、出来るだけ建物の中にいるか、遮蔽物の陰にいろと命じられました。あの時、なぜトシオがあんなことになったのか――今考えても分かりません。激しい戦闘の最中、私も自分のことで精一杯だった。ふと気付くと、トシオの姿が通りの中央にあった。以前彼が話してくれたことが脳裏に浮かびました。3年前の夏、日本への帰国の前にアメリカに立ち寄ったと。どうしても先住民の儀式《サンダンス》が見たかったそうです。自然復活と和平を祈る踊り。トシオは緩やかにステップを踏みながら、石畳の通りをゆっくりと回りました。その場にいる全員がその十数秒を凍り付いたように固唾を呑んで見守った。その表情は苦しみから解放され、幸福を約束された者の表情でした。……”
僕と先輩は沈黙のうちに読み終えた手紙を鹿谷のお母さんに返した。
「それからこれはお二人に……」
お母さんは茶封筒から更に、角が擦り切れて土埃で汚れた白い封筒と、写真屋のロゴの入った封筒を取り出した。
鹿谷のお父さんが口を開いた。
「あなた方に買って頂いたデジタルカメラで撮った最後の写真です。一番高い最新式のを貰ったと息子がとても嬉しそうにしていました」
鹿谷が旅立つ日、先輩と僕でお金を出し合い餞別にと贈ったカメラのことだ。
僕は十数枚の写真を一枚一枚捲った。その中の一枚に僕の手は止まった。
学校と思しき、ガラスの嵌っていない窓枠に頬杖を突く男の子が二人、一人はカメラに向かって片手を振っている。その窓の下に制服を着た女の子が三人、学校の壁に寄り掛かっている。一人はピンクのゼラニウムの鉢を抱えてしゃがみ込んでいる。共通しているのは、どの子も皆一様に明るい笑みを浮かべて鹿谷の方を見ていることだ。もうこの世にはいない鹿谷の視点を通してこの世界を見るという奇妙な現象に、僕は喉にぐっと込み上げるものがあった。
鹿谷の両親と先輩が辞して、僕は漸く落ち着いて鹿谷の手紙を読む気になった。
久世先輩は僕が写真を見ている間に先に読んだからと、僕に手紙を置いて行った。封筒には鹿谷の几帳面な字で、《友へ》と書かれていた。僕は無意識のうちに深呼吸をすると手紙を開いた。
《友へ》
“この手紙を万が一の事があった場合に備えて書いておこうと思う。
僕は病んでしまったようだ。いつ頃からだったろう――戦場に対する慣れなのか、失望なのか、安全対策を怠るようになった。地雷原に向かって無防備に駆け出したくなる。装甲車の前に倒れ伏したくなる。防弾チョッキを脱ぎ捨てて、通りをのんびり闊歩したくなる。
何かに駆り立てられるように前に進んで来たが、人間は弱い生き物だ。喉の渇きだけでも苦しくて死んでしまう。代替の効かない、この世にたった一人の人々が毎日何百人と死んでいく。一つ一つから見れば皆稀有で貴重な価値のある人生が、戦争という非日常の出来事の前ではまるで無価値なもののように握り潰されていく。
破壊と死、怒りと憎悪。目の当たりにする悲惨な状況に、僕の精神は音を上げ始めた。
自分がこんなにも弱い人間だったとは知らなかった。自分のしてきたことに果たして意味があったのか。彼らのようにいつか僕も消えて行くこと。それが怖い。だから二人には僕の思いを知っていて欲しかった。報道に携わる僕の友人達に……。
僕の見た光景は、決して遠い国の見知らぬ人々の話ではない。どうか世界の片隅の一事象としてではなく、同じ星に住む、同じように命を繋ぐ人達の話なのだと捉えて欲しい。そしてそれを世界中の人に発信して欲しい。
それが僕の切なる願いだ“
店員が全員の前に重箱を運び終えた。僕等は一斉に漆器の蓋を取り上げた。
「!」
「うわあ」
僕等は揃って歓声を上げた。
重箱の端からはみ出る程大きな鰻からは、炭火で焼いた香ばしい匂いとたれの甘い香りが合わさり食欲を誘う。
僕は前に座る先輩と、更に横に座る鹿谷と顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
懐かしい夢だ――。久世先輩は若いし、鹿谷もいる。僕にはこれが夢だと分かっていた。駅の壁画を描いた後、長野まで北斎の天井画を観に行った帰りのことだ。
手持ちの資金が結構余ったので、最後に何か美味しいものを食べて帰ろうということになった。高速を下りて名古屋に立ち寄り、有名店で思い切って鰻重の特上を三人で頼んだ。
「僕、国産の天然鰻なんて初めて食べるよ」
僕が言うと、既にもぐもぐと食べ始めていた先輩が、俺もだと不明瞭な声で言った。
「ウナギは回遊魚だよ。マリアナ諸島や東アジア沿岸を3000キロも移動するんだ」
鹿谷は割り箸をぱちんと割ると、僕に向かってにこっと笑って見せた。
「だから国産ていうより地球産だね」
やっぱり夢だ。僕は残念な気持ちで友人達の若い姿を眺めた。ウナギの記事を読んだのは自分だし、研究結果が発表されたのはつい先頃のことだ。それでももう一度鹿谷に会えて嬉しい。先輩と冗談を交わしながら鰻重を夢中で頬張る鹿谷を見ると、胸が詰まった。
「鹿谷……」
そう言ったところで場面が変わった。
海辺だった。鹿谷は眩しい程白いシャツを着て、海の中へと入っていくところだった。
「鹿谷、危ないそっちへ行くな!」
制止しようとし、しかし僕の足は砂浜に縫い付けられたように一歩も動けなかった。
「僕達も地球産だよ。最後は塵となってこの星を漂う。命の営みは皆そう――」
「鹿谷、行くな。行かないでくれ」
僕は悲痛な思いで声を限りに叫んだ。
けれども鹿谷の背中はイルカのように見え隠れして、とうとう陽光の中に消えた。
僕は茫然としたまま、鹿谷の消えた光る波間を見つめた。ふと高校の昇降口で鹿谷から声を掛けられた時のことを思い出した。
鹿谷はタイルガラスの壁を背にして、やはり白い光を纏っていた。
顔の横側が冷たい。目蓋を開けると仄暗い部屋の様子が目に入った。僕は伝わった涙を拭い、身を起こした。
これが本当に最後なのだと思った。――四十九日だった。
ベランダに出るとひんやりとした夜気が体を包んだ。遮るもののない視界に遠くまで家並みが見渡せる。このマンションの部屋を選んだ理由の一つだ。チカチカと瞬く灯りが、まるでままごとのように健気でいじらしい。
これまでに人生の伴侶が得られそうな機会は幾度かあったが、その度に自分を押し留める力が働いた。
昔祖母に言われたことが、どこか引っ掛かっていたのかもしれない。しかし今思えばこれで良かったのだと思う。
僕はプシュッと缶ビールのプルタブを引っ張り、街の各営巣に乾杯をしてから一口飲んだ。
鹿谷の灯した火を絶やしてはいけない。それがどんなに小さな灯でも埋火でも、白く灰となるまでは闘い続けなければならないのだ。
僕は広がる夜景を眺めながら暫くの間、夜風に身を任せていた。
久方振りの実家の玄関を一歩入ると、長いことご無沙汰だった賑やかな気配がした。何やら美味しそうな匂いもしてくる。
「ただいま」
僕が上がり框で靴を脱いでいると、奥から母が上気した顔で出て来て僕の荷物を受け取った。
「またこんな高いお菓子を買って……手ぶらでいいのよ」
文句を言いながらも嬉しそうなのは、この最中が母の好物だからだ。
台所へ向かうと油のはねるピチピチという音がする。
「あれ、母さんが夕飯の用意してるんじゃないの?」
「ああ、凌介よ。トンカツを作ってくれているの」
「へえ」
下の兄は大学時代からの自炊生活で、かなり料理の腕を上げたらしい。
「兄さん久し振り」
「……うん」
真剣な表情でトンカツの揚げ具合を計っている下の兄に代わって、拙い手つきでレモンを切っていた上の兄が振り返って「おう」と言った。
「もう出来上がるから、手を洗って来いよ」
「うん、分かった」
僕は洗面所へ行こうとして、台所に集まる僕の家族三人を何となく見つめた。
兄弟それぞれの大学進学、祖母の死、そして就職、皆ばらばらとなってしまった。
上の兄の手元不案内な包丁使いをハラハラしながら見ている母の姿に、祖母の姿が重なった。こうして家族で集まるのも必要なことだと改めて感じる。
兄達の作ってくれたボリューム満点の夕食に、母がデザートにと出した葡萄を食べるとお腹がはち切れそうになった。腹ごなしにと、僕は食器の後片付けをかって出た。
皿を洗い終わって後ろを振り返ると、母も兄達も食卓に着いたまま手持無沙汰に座っていた。考えてみれば、皆家に帰って来てから一度も台所から離れていない。僕は可笑しくなって、つい吹き出してしまった。
「何だよ。お前が話があるっていうから、ずっと待っていたんだろ」
下の兄がむすっとして、眉を顰めた。
「うん、悪い……」
僕は一旦大きく息を吐くと、三人の顔を順繰りに見渡した。
「僕さ、戦場へ行こうと思うんだ。いや、もう決まったことだから……僕は戦場へ行く」
一瞬座が静まり返った後、下の兄が訊き返した。
「え、戦場へ行くってどういうことだよ」
「戦場の取材をするジャーナリストになる」
僕の発言に母の顔色はすうっと色を失った。そして唇を震わせ、押し殺した声音で言った。
「……許しませんよ。親の許可もなく勝手にそんなことを決めて!」
ぶるぶると細かく震える母の痩せた首に、青い筋が浮き上がっている。母が本当に怒っている時に出る兆候だ。
それを見て、黙していた上の兄が口を開いた。
「おふくろ、考えてみろよ。出国した後に事後報告することだって出来た筈だ。それを俺達に一応事前に伝えてくれた訳だろ。こいつだって相当な覚悟がなければ、危険な仕事に就こうだなんて思わないさ。こいつももう大人なんだ。黙って送り出してやろう」
「そうだよ、おふくろ。男にはこうと決めたら行かなくちゃならない時があるんだ」
僕は兄達二人に視線を移した。
上の兄はおととし結婚し家庭を持った。子供も生まれ、安泰なのか少々お腹がせり出し始めている。子供時代からは想像もつかない、しかつめらしく銀縁の眼鏡をかけている下の兄は、昔の腕白を知っている僕からすれば『馬子にも衣装』だが、こんな時は兄弟がいるということが誇らしく頼もしい。
「そういうことに男も女も関係ありません。女だって一緒です」
母はぴしゃりと言い放つと席を立ってしまった。
懐かしい実家の布団の匂いに反って目が冴えてしまった。寝付きの良い兄達も早々就寝したのか家の中は静かだ。僕は起き上がると襖をそっと開け廊下に出た。
茶の間に向かうと電気が点いていて、縁側の雨戸が開いていた。茶の間からこぼれる明かりに、縁側に座る母の背中が見えた。
「母さん、眠れないの?」
母に声を掛けると、僕も隣に腰を下ろした。
夏の終わり、少し前から蝉に取って代わって、秋虫の集く声が耳を聾するようになっていた。
「あなた、まだ蚊がいるわよ。テレビの下に蚊取り線香があるから点けなさい」
自分は無頓着なくせに、母は僕の心配をしている。
「うん」
僕はもう一度立ち上がり、蚊取り線香に火を点けた。
「私はいいから、あなたの方へ置きなさい。こんなお婆さんの血なんて吸われないから」
そのまま僕と母は静かに虫の声に耳を傾けた。
「……確かにあなたはもう、親の保護を必要とする子供ではないわね」
母がポツリと言った。
「分かってはいるのだけれど……。本当は新聞社になんて勤めてほしくなかった。もっと平凡な会社に就職して、普通の暮らしをしてほしかった。でも結局こうなるのね。私には止めるだけの度量も無ければ、気概もないの」
僕は母の細くなった背中と、眉間に刻まれた深い皺を見やった。
思えば大学生になるまで、アルバイト一つしたことが無かった。
「母さん、この家に一人でいるのが嫌なら兄さん達の家の近くにアパートでも借りたら?家賃と敷金礼金は僕が出すから」
「いいえ。まだお隣りに利平さん達もいるし、実は亜矢子さんがここに移り住んでも良いって言ってくれてるの。誠一には出来過ぎた人だわ。お祖母ちゃんの畑も守らないといけないしね」
「そう」
「だから私の心配はいいの。あなたこそくれぐれも気を付けるのよ」
合金、シャツ――。僕は形状記憶と呼ばれる物を思い浮かべた。家族、形状記憶家族。どれだけ喧嘩をしても、揉めても、処置を施せばまた元の姿を取り戻す。受け入れる。普段は何気なく見過ごしている、その温かい保護膜のような流動物が、僕の周囲にしかと網を張っているのをはっきり感じる。僕が何を言おうと、母はいずれ受け入れてくれたのだろう。僕のことも兄達のことも、それぞれの不均衡な形を流動的に。だからこそ裏切れないと思う。
和歌山空港の出立ロビーは平日ということもあり、それほどの混雑ではなかった。
久世先輩と僕は壁際で別れの挨拶を交わした。
「これ、鹿谷のご両親から預かって来た」
先輩が鹿谷の遺品であるデジカメを僕に手渡した。
思っていたよりも随分と小さく軽いカメラに、当時自分で買ったにも関わらず僕は驚いた。鹿谷はこんな小さなものに人生を預けていたのか――。いや、これくらいが丁度良いのかもしれない。僕はカメラのストラップを首に掛けた。
「鹿谷の……」
先輩が言い掛けて言葉を切った。
先輩の言葉の続きは分かっていたから、僕は力強く頷いた。
「先輩、天井画はまだ観に行っていないよね?いつか僕と行こう。お互いもう少し時間の余裕が出来たら、その時に」
先輩がニヤッと笑った。
「足腰が丈夫なうちにだぞ。俺は肝が短いからな!」
8 そして戦場にて
遠雷のような爆撃機の音がやっと遠のいて来た。明け方まで続いたロケット砲とミサイルの砲声も小康状態だ。戦闘の中心部は南部の方へ移ったようだ。
昨夜までいたモスクが被弾し、身を寄せていた多くの市民と共に、半壊状態のこの建物に逃れて来た。外壁の一面は爆破され、瓦礫が堆く散乱する焦土が朝靄の中に広がるのを遮るものとて無い。
人々はそろそろと、静けさを取り戻しそうな外界の様子を探ろうとして、建物の入り口に集まって来た。慎重な人、連日続く攻撃の苛烈さに怯えから抜け出せなくなった人達は、奥の壁際に固まり膝を抱えている。子供を抱えた女性のすすり泣く声が時折耳を打つ。
この状況はまだ序の口と言える。僕は戦争というものの渦中に飛び込んだが、グラグラと煮え立つ釜の深淵を、縁から覗き込んでいるに過ぎない。
子供の頃に見た悪夢など、文字通り子供騙しだ。酸鼻を極める悲惨な現場に、何度《きっちょむ》がここにあればと願ったか数えきれない。僕はあの時《きっちょむ》を捨てた決断をその都度後悔した。この世界全体にこそ《きっちょむ》が必要だ。
僕は子供の頃、何がそれ程恐ろしかったのだろう――。
瓦礫の輪郭をなぞるように朝日が差し込むのを見つめながら、ふと考えた。
その答えは戦場に身を置くようになって得られた気がする。
まだ見ぬ世界の果てが怖かった。
容易く露と消えてしまう、命の軽さと重さが怖かった。
生存本能という自己優先の、他者を顧みることのない人間の利己主義が怖かった。
世界はどれほどの出来事にも、何事もなかったように収束し進んでいく。死への忘却と、そして対極の怨嗟を生み出しながら。
「――」
僕の袖を後ろから引く者がいる。
顔をそちらに向けると、天井からの落下物に杖を支えに腰掛けた老女だった。
「――……」
何かを一生懸命に説明しようとしている。そして顔を覆ったヒジャブを払い除けて、掌で自分の顔を指し示した。
僕は自分の拙いアラビア語を総動員して理解に努めた。
(あなたにそっくりな人を、昔見たことがある)
僕の頭の片隅に、うすぼんやりとした明かりが灯った。
(私の息子とよく遊んでくれた。自分にも息子が三人いると言って、写真を見せてくれた)
僕は虚を突かれたような面持ちで老女を見返した。老女は微笑んだ。
そう、全てはここに帰結するのだ。僕の今まで歩んで来た道は、この場に至るためのものだったのかもしれない。差し染める淡い太陽の光に照らされ、白日の下となった戦禍の爪痕の如く。
終
あとがき
未熟な文章を読んで頂き、有難うございました。
内容は虚虚実入り混じっておりますが、創作として読んで頂けましたら助かります。
重ねてお礼を申し上げます……。
0
人は誰しも、ある程度自分を取り巻く人間や物事、世間に対して、想定し、期待し、思い通りに展開することをどこかで願っている。どんなに己を律し、常に謙虚で自分に厳しく振舞おうとしている人でも。
そこには、一抹の望みがある。夢がある。恐れつつも叶うのではと信じている。
しかし想像通りになることは稀有である。そしてその結果少なからずがっかりし、あるいは傷付き、または悲しみ虚しさを覚え、腹立ちが混じることもある。似たような経験をしたことは、誰にでもあるのではないだろうか。
私にもある。傲慢な思い込みから、つい相手に頼りたくなる弱さから、楽をしたいという身体の欲求から、愚かな希望的観測を止めようとはしない。
でも人はその期待外れの展開をいつまでも引きずったりはしない。一時的にショックを覚えても、臨機応変、瞬時に立ち位置を立て直し、気持ちも新たに形を変え、色を変え場に呼応し当意する。
けれども必ずしもそう上手く折り合いの付かない時もある。特に幼い子供や、壊れてしまった精神を持つ人など。
多くの人にとっては当たり前の現実が当たり前ではなく、まるで現実が夢で夢が現実のように思えてしまう人たち。
私もかつては夢の国の住人だった。夢の中にいると、現実世界の苦しさや痛みは実際以上の大きさや威力を持つものに感じられる。暖かな毛布にくるまれた、穏やかで静かな世界から、冷たくて刺々しく騒々しい、自分とは全く言語もルールも異なる世界へと一歩踏み出すのは、途轍もなく勇気がいる。自分を再構築し、その上に堅固な鎧をまとい、他者という違和と共存するために慎重に歩みを進めねばならない。
有難いことに、人間には学習能力というものがある。経験を積み、学習することによって人は強くなり、もしくは弱くもなり、そして無感覚になれることに慣れ、嵐の中の荒波ですら乗り越えて行ける。
それが現実を受け入れるということなのだ。
夢の国では王様であった自分、ところが一歩外界へ出てみれば、嫌という程ちっぽけな己を思い知る。期待外れどころか、的外れ、見当違いもいいところだ。また毛布をかぶり夢の国へ戻るも良し、反発し抗ってみるも良し、「こんなものさ」と、諦めるのも自由。
けれども決して思い通りには運ばず、期待したようにはいかないのが現実。いつ何時足元をすくわれるかも分からず、予断を許さず、油断のならないものなのだ、現実とは。
これから書くのは、私の現実への船出と、意外性に満ちた現実と私の半生の記録だ。
1 真夜中の子供
僕は暗闇の中で上掛けの端をしっかりと握りしめ、いつものようにカーテンの隙間から差し入る月明りに仄白く浮かび上がる、天井板の繋ぎ目の数を数えながら夜の足音を聞いていた。
夜の足音――それはどんな音か。
雨も雪も降らず、風もない日の夜は、シンとした音がする。シンとした無音。それも僕にとっては音だ。
眠れず一人ベッドに横たわっていると、シンとした夜の気配がひたひたと周りを取り囲んで、余計に眠れなくなる。少し前まで壁には丸い掛け時計があり、枕元にはアニメのキャラクターの目覚まし時計が置いてあった。けれども、毎晩のように眠れないと訴える息子に頭を抱えた両親がとった苦肉の策が、部屋の時計を外してしまうことだった。
確かにコチコチと時を刻む針の音は、眠れないことへの焦りに拍車をかけたが、いざ取り外されてしまうと、途方もない孤独を感じた。同じ理由で兄達二人と部屋を引き離され、一人部屋を与えられた時は、うるさく威張っている二人から逃れられるとほっとしていたのに、一人の夜を迎えると切なくて涙が滲んできた。
家中が寝静まり、一人取り残された僕はさながら、夜という服に縫い付けられた深いポケットに落とされたバッタみたいだった。
下の兄が近所の畑で捕まえて来たバッタを、胸のポケットに入れて持ち帰って来たことがあった。バッタは何度も外へ出ようと、ポケットの生地を這い上がったが、その度兄に指でピンッと弾かれ、ポケットの底へと落とされた。
僕は満足な睡眠が取れず、昼間でもうとうとしてしまうので、幼稚園へは行かされなかった。日中は専業主婦だった母に絵本を読んでもらったり、眠気を覚えると、母の膝の上で丸くなって寝たりした。
そんなことだったので、近所では僕は少し変わった子供、兄達からは母を独占している妬みからか、からかわれたり苛められた。だがそれも小学校へ上がるまでの話だった。
さすがに小学校は義務教育であり、今のように不登校、自宅学習という言葉も一般的でなく、学校へ行かない子供も滅多にいなかった。それまで集団の中で生活した経験がない僕は、出来ればこのままずっと母と家に籠っていたかったが、当然ながら両親とも取り合ってはくれなかった。
学校生活に入るにあたって一番の問題が、僕の睡眠が充分に取れるか取れないかだった。これには両親は腐心した。僕を小児科へ受診させたり、眠りを誘うような静かな音楽をかけたり、眠る前に温めた牛乳を飲ませたりと、あれこれ試した。運動するのも良いと聞いた父が、朝のジョギングに付き添うようになった。その成果はといえば、半分上がり、半分は悪化を招いた。
確かに朝30分早く起床し、父が《散歩コース》と名付けた片道1キロの距離を走り――小学1年生の脚にはきつかった――その後歩いて25分の学校までの行きと帰りの往復で、夕食を食べ宿題をする頃になると、自然と目蓋が下がり、頭が舟を漕ぎ出した。何とか最後まで宿題を終わらせると母が僕を抱き上げ、部屋へと連れて行ってくれた。それを見て、兄達がまた囃し立てたが睡魔に襲われた僕には関係のない話だった。
運動の成果は上がったが、その反面僕は悪い夢にうなされるようになった。夜中に汗びっしょりになり飛び起きることが度々あったし、突然物凄い叫び声を上げ、何事かと家族全員を起こしてしまったことも何度もあった。両親が心配して、学校生活が楽しくないのかとか、困っていることがあるなら相談しなさいと尋ねるのだが、学校は普通に楽しかったし、初めて友達も出来た。勉強も程ほどに出来たし、先生に褒められることも時折あった。何も怖い訳はなかったし、苦しい訳もなかった。両親は溜息を吐いたが、納得には至らず安堵の息ではなかった。そして僕はやはり何かを恐れていたし、辛く苦しく寂しかったのだ。
2 《きっちょむ》
あれは幻だったのだろうか。今考えてみても、記憶があやふやで曖昧だ。幼い頃の朧に霞んだ記憶の中で、時間を経ることによって変容してしまった、幽かな子供の夢の残滓。子供の頃は何でも、見聞きするものがデフォルメされて捉えられる。夜店のリンゴ飴の何と大きく赤かったことか。近所の洋菓子店のアイスクリームの独特の風味とコクで美味しかったこと。黄色い澄んだスープが綺麗な塩ラーメンの丼ぶりの途方もない大きさ。考えてみると何でも食べ物に連結されている。それだけ幸せだったのだろう。食べられるということは。
いつかある時、花見の縁日の立つお堂の桜並木に立ち寄ってみたが、何の変哲もない裏寂れた狭くて草もまばらな、舗装もされていない境内の様子に軽く打ちのめされたことがある。両親に手を引かれて石段を上がった上に広がった、幻夢のような燈火の群。真っ赤な緋毛氈で飾られた夜店の、水風船や、金魚の色とりどりの賑やかさ。人がひしめき合う程詰めかけ、まるでおとぎの国に来たような気がしたが、夢から覚めてみれば幻のような気もする。
だからあれも純粋な子供だった自分が、父の戯言めいた嘘を純心から信じ込んでしまっただけなのかもしれないと思う。
僕と二人の兄、母と父が現在住んでいる家に移って来たのは、僕が産まれて2年程してだという。それまでは市営住宅の借家に住んでいたという。僕が家の中を歩き回りだし、兄達も部屋に勉強机が二つに増え手狭になったため、ローンを組み健売住宅のこの家を父が思い切って買ったのだ。3LDKの二階家で、当初は上の兄が一人部屋を貰い、下の兄と僕がもう一部屋を使うはずが、僕の不眠症のために予定が狂い、最終的に僕が一人部屋を割り当てられた。そのことでは兄達に耳にタコが出来るくらい嫌味を言われた。
けれども兄達は互いに仲が良く、特に僕が両親の関心を一身に集めていたこともあってか、より一層団結力が強まっていた。それは、僕への揶揄や、悪ふざけや存在の無視として形をとった。両親が僕にばかり気を取られていることについて、二人を気の毒に思う反面、僕に対するやり口を考えると、いい気味だという思いもあった。
二人は近所でも腕白で通っていたし、誰の目から見ても、『悪たれ』という言葉がぴたりと当て嵌まった。いつも戸外を飛び回っているので、肌は日に焼けて小麦色というより褐色で、膝や腕には生傷が絶えなかった。
兄達には二人だけの秘密基地が幾つもあって、そこには兄達に認められた仲間しか入れてもらえなかった。その内の一つが家のすぐ傍にあった。そこは秘密にするまでもなく、公然の場所なので僕も偶にそこにしゃがみ込んで考え事をしていたりした。
それは家のすぐ裏手を流れる川――1メートル半位の幅の川で、家の敷地よりも大分低い位置を流れており、昔のことで安全対策もさほど取られておらず、勝手口から外へ出ると、僕の太腿辺りまでのコンクリートの塀があるのみで、簡単に川面が覗き込めた。
それ程綺麗な水ではないし、今のように下水道というものも未普及で、トイレは殆どが汲み取り式トイレ、各家庭の生活排水は直接その川に流されていた。兄二人に至っては、川へ放尿したり、下の兄は大便まで流していた。しかし兄達が特別だった訳ではなく、今では考えられないが、当時は道端で立ちしょんする人も珍しくなかったし、道路に唾や痰を吐く人も大勢いた。しかし綺麗な水ではなかった割には水草が揺れ、夏になると蛍が飛び交った。(蚊も多いのが難だったが。)
その川の一部分に、元からか誰かが置いたのか、ごつごつとした石が流れに急な変化をつけていて、白い泡が立ち、渦が逆巻いて一見したところ、海の波が岩に打ち寄せているように見えなくもなかった。兄二人はそこを《海賊の墓場》と名付けて呼んでいた。そしてそこに飽きてしまった本や、壊れたおもちゃや、両親には内緒で買ったガチャガチャの空の容器などを放り込んで、捨て置く場にしていた。軽い物なら即流れていくが、重い物は川底の大きな石に引っ掛かり、転覆し海底に沈んだ船のようにとりどりの残骸を晒していた。
兄達が頻りに羨ましがった僕の部屋は、二階の東向きの部屋で、壁こそ地味な黄褐色の砂壁だったが、母が市街地の家具屋で選んでくれた、真っ白に塗られたふかふかのベッドに始まり、金の星の模様に銀の筋の入った、濃い青色の特注のカーテン。やはり真っ白な、絵本が何冊も入った本棚とタンス。ベッドの枕元には、青色が好きな僕のために父が作ってくれた、青いシェードの電気スタンド。天井には飛行機のモジュールが吊り下がり、部屋の隅にはカラフルなアフリカの動物柄のおもちゃ箱の中に、ありとあらゆる種類のおもちゃがぎっしり詰め込まれていた。この部屋は僕の城だった。
子供心に両親に大事にされていることを分かっていて、兄達に対し優越感を抱いていたし、またそれに増長し余計に両親に甘えた。しかし何の悩みもなさそうな生活の一方で、僕は極度に神経質な子供だった。
特に夜眠ることが、殊に苦手だった。眠るのが嫌いだったから眠れなかったのか、眠れないから寝るのが嫌いだったのか……。今思い返してもどちらともつかない。ただ夜になり、寝る時間が近付くと、もったいないような、惜しいような心持ちがしたことを覚えている。その日一日が終わってしまうことに、寂莫とした淋しさを感じた。まだまだこれから始まるのにといったような、わくわくとした期待が、眠らなければいけないという決まりごとに潰されてしまったような――。
シンと静まり返った家の中、コチコチ、ボーンボーンという階下の居間の振り子時計の音を耳にしながら、この家の人間で眠れていないのは自分一人だと思うと、置き去りにされたようでとても孤独だった。そんな時、両親が眠る階下の寝室へ行き、母を起こして本を読んで貰うのが常だった。
お気に入りは『ママン、ぼくねむれないよ』という外国の絵本で、自分と同じように眠れない主人公が出て来るのが、こそばゆく、また主人公に同調する念と親しみを抱いた。あくびを噛み殺し、眠たげな単調な声で絵本を読む母に安心し、そのまま眠れる日もあれば、朝の白々とした気配がカーテンの隙間から差し込むようになるまで眠れない日もあった。それでも悪夢を見るよりはましだったと思う。
10メートルの高さの極端にバランスの悪い大輪と小輪、僕の短い子供の脚には爪先がやっとペダルに届くか届かないか――僕はこってりと塗られたドウラン化粧の内側で、胃袋がぎゅっと縮まる程冷や汗をかいていた。師匠であるお爺さんピエロはまだ修行の充分に足らない僕を、無言の圧力で舞台に立たせた。騒がしい観客席ではへっぴり腰の僕の様子に、非難の声が高まっていた。お爺さんピエロは早く行けと言うように、顎を動かした。観客達も、だから子供は駄目なんだ、という怒りの溜息に会場内は一触即発の状態だった。
人々の怒りを恐れて僕は恐る恐るペダルを漕いだ。前の大きな車輪がゆっくりと回る手応えがあって、僕はほっとした。後ろの小さな後輪は、ただ前輪の慣性につられて動くのみで、ほぼ前輪だけの一輪車のような自転車だ。
自転車?僕は補助輪なしでは乗れないのに。そう思った瞬間、また胃袋が縮まる恐怖を感じた。師匠、助けて。お爺さんピエロの方を振り向いた。その途端僕はバランスを崩した。
身体の中の内臓の全てが浮き上がる感覚がして、観客も師匠もサーカスの紅のテントも消えた荒野の岩場に僕は叩き付けられた。
ゴツンと音がして、僕は目覚めた。何が起こったのか分からず自失していると、暗闇に慣れてきた目に、天井の丸い蛍光灯がぼんやりと判別出来た。
夢の中でも落ちたが、現実でもベッドから転げ落ちたことを理解した。さっきの場面が夢だったことに安堵の息を吐きながらも、家中が寝静まって静かなことが気に食わなかった。自分がこんなに怖い思いをしている時に家族は安眠を貪っている。そう思うと悔しくて、夢から覚めた安心感も手伝い僕は盛大な泣き声を上げた。
両親が慌てて二階に上って来ると、僕の部屋に飛び込んで来た。
「どうした?」
父が僕を抱き起すと、ベッドに寝かせ直した。
母は僕の額に手を当て熱を測った。兄達が隣の部屋から出て来て、目を擦りながら何事かという表情でこちらを見ている。
僕は家中の全員を起こしたことで満足した。
「すごく怖い夢を見たの。そしたらベッドから落ちたんだよ」
それを聞くと兄達は、即座に鼻を鳴らした。
「だっせーの」
「鈍臭すぎ」
「あなたたちはもう寝なさい」
母がそう言うと、兄達はぶつぶつと文句を垂れながら部屋に戻って行った。
「頭を打った?背中は痛くない?」
父と母は代わるがわる背中と頭を摩って慰めてくれた。
「お父さん、私は今夜はここで一緒に寝るから戻って。明日早いでしょ」
母が僕の目尻に溜まった涙を拭きながら言った。
父は僕の頭を大きな手でポンと撫でると、頷いて階下に降りて行った。
家の中はまたシーンと静まり返ったが、今夜は母がいてくれるので僕は嬉しくて飛び跳ねたい気分だった。
「ねえ、何かお話して」
僕がせがむと、母は少し考えるようにしてから話し始めた。
「昔昔、お母さんのお父さんが若い頃の話です」
「お祖父ちゃんのことだね」
「お父さんは晴耕雨読の人でした」
「せいこううどく、って何?」
「晴れた日は畑を耕し、雨の日は本を読んだり、勉強をしたりってことよ。それからお父さんは絵が上手でした。どうしても絵描きになりたくて、ある日有名な画家の先生に弟子入りしようと、自分の絵とお米一俵を持って汽車に乗りました」
「どうしてお米なんて持って行ったの」
「お父さんは貧乏で、入門金を払えなかったからよ。でも弟子入りは断られました。お父さんは三日三晩、先生のお宅の門の前で座り込みをしましたが、やはり駄目でした」
「可哀そうだね……」
僕はあくびをしながら目蓋を閉じた。
「――」
母の話は続いたが、僕の意識は徐々に眠りの底に引きずり込まれた。
その後も何度も落ちる夢は続き、その度ベッドからも勢いよく落ちた。床には絨毯を引いてあったが、万が一の事もあるかもしれないと、父がベッドからマットレスを取り外して床に置き、僕はそこで寝起きするようになった。
格段に落ちる衝撃は減ったが、それでも高所から落ちる感覚にびくりとして目覚めた。
落ちる夢以外にも悪夢の種類は幾つかあって、大分すると《異食の夢》、《首を絞められる夢》、《追われる夢》、《金縛りの夢》などがあった。そういう夢を見ると、必ず滝のように汗をかいて目覚めた。僕のマットレスはそのためいつも湿気っぽく、母がベランダで陽に当ててはくれたものの、汗染みで薄茶色に変色していた。それを見て兄達はわざと、あれはおねしょの跡だと近所に言い触らした。僕は胸が潰れそうな程傷付いた。
そんな僕を見かねて、夕食も風呂も済み寝支度をしていたある晩、父が僕の部屋に入って来た。
後ろ手に何かを抱えている父は、僕の隣りに胡坐をかいて座ると、気を持たせるようにフフッと笑った。
「なあに?何を持ってるの」
僕が父の後ろを覗き込もうとすると、漸く自慢げな顔で両手に抱えたものを前に出した。
「これ何?」
僕は初めて見る物体に目を丸くした。
「《きっちょむ》だよ」
「きっちょむ?それ何なの」
父から受け取った《きっちょむ》を繁々と矯めつ眇めつしながら、僕はそれから目を離せなかった。
見たところは木製の丸や三角や四角の積み木を合わせてあり、その繋ぎ目にギザギザの大小の歯車が付いていて、何となく時代劇の『水戸黄門』に出て来る、侍が正座をしているような形に見える。色は塗られておらず、木の木目がそのまま出ていて、けれども古びた風合いに自然な艶が出ている。いつも枕元に置いている熊のぬいぐるみ位の大きさで、けれどもこちらはかなりの重さがある。
「からくり人形だよ。これを寝る時頭のところに置いておけば、悪い夢を追い払ってくれるんだ。世界にたった一つしかない珍しい宝物だそうだよ」
大人になって考えてみれば、きっちょむは《吉呼夢》――もしくは《吉夜夢》という当て字ではなかったかと思う。悪い夢を追い払うだとか、世界にたった一つしかないだとか、子供を謀るまやかしだが、当時の僕はクリスマスのサンタクロースも信じる純真な子供だったから、父の話を頭から信じ込んだ。しかし意外にも暗示による効果か、あの頃の一時期、悪夢から解放されたことは確かだった。
早速その夜僕は、《きっちょむ》を頭の上に鎮座させて布団を被った。
眠りに就くと、程なく夢は始まった。その日の夢は異食の夢だった。
廃屋の納屋は古い樽や、藁葛、壊れて埃を被った農機具が所狭しと散乱していた。僕は誰かと喋りながら、その片隅の金属の容器の中の鉄屑やら錆びて折れ曲がった釘を手で掴むと、夢中で口に運んだ。腐食して割れたトタンの屋根の穴から、満月に近い黄色い月が照らしている。
何の味も触感もしない鉄屑を僕は貪るようにどんどんと胃に収めた。けれどもだんだん苦しくなってきた。なぜ尖った金属片を食べて何ともないのだろう。なぜ無味無臭なのだろう。明日ちゃんとうんちで出るのだろうか。考えれば考える程不安に胸が締め付けられる。手を休めたいのに僕は食べることを止められなかった。
誰か助けて――!
ギィ―、カタカタカタ。
どこか遠くで軋みを上げて、歯車が回る音が響いた。そして突如僕の頭の中で『カイヒ、カイヒ』という声が鳴り渡った。
それと共に胃の中に重くしこっていた金属片の重さが、お腹一杯食べてくちくなった後の満足感に変わった。口の中に甘い後味が残っている。手元を見ると、てっきり掴んだものは尖った鉄屑や釘だと思っていたら、チョコレートやポッキーに変化していた。金属の容器の中を覗き込むと、お菓子の山だった。
ドーナツ、ドロップ、綺麗な色のセロハン紙に包まれたラムネにチョココロネ、僕が大好きな千歳飴まである。
普段虫歯になるからと、母が食べさせてくれない物が詰まっている。僕は無我夢中でお菓子に飛びついた。普通の夢では美味しい物を食べようとするところで目覚めてしまうが、この夢は違った。僕は口の周りをべたべたに汚しながら、お腹がはち切れるまで味わった。そして幸せな気持ちのまま横たわり、眠りに就いた。
翌朝は母が起こしに来るまで、知らずに寝ていた。余りにすやすやとよく寝ているので、起こすのが気の毒だったと母は言った。
《きっちょむ》の話と見た夢の話を朝食の席ですると、兄達は小馬鹿にしたような顔でせせら笑った。
「ばーか。夢に色なんか付いてるわけねえだろ。しかも夢の中で眠る夢なんかある訳ない」
「だからよだれを垂らした跡が付いてたのか。食い意地が張った奴め」
しかし兄達は、父のくれた《きっちょむ》については何も言わなかった。内心兄達がものすごく羨んでいることが僕には分かっていた。しかも兄達が見る夢は白黒テレビで僕はカラーテレビだということも分かり、根拠のない優越感まで感じた。《きっちょむ》というお守りさえあれば、もう夜を恐れる理由は何もない――。僕はランドセルを背負うと勇んで家を出た。
その日は学校から帰宅すると珍しく母が買い物で出掛けていた。兄達は例によって戸外を駆け回っていて、家の中には僕一人だった。宿題を済ませると、クラスの子が面白いと言っていた図書館で借りて来た本を開いた。『みみなし ほういち』――図書館で借りた時はそうは思わなかったが、今一人で読もうとすると、表紙の赤と黒のおどろおどろしい抽象画に気が滅入った。
こんなの借りなければよかったな、そう思ったがせっかく借りて来たのだからと嫌々ページを捲った。
余りの怖さにきゅっと縮こまりながら、少し読んでは周囲を見回して、もしかして自分の背後にも怖いものが忍び寄ってはいないか確認した。最後に和尚がほういちの耳にだけ御経を書くのを忘れ、ほういちが耳を引き千切られる場面に至り、肌が粟立つ程ぞっとした。背筋が寒くなり、読まなければよかったとひどく後悔したが、時既に遅し。早く誰か帰って来ないか、そわそわと落ち着かないまま家族の帰りを待ち侘びた。意地の悪い兄達ですら待ち遠しかった。
夕食の席でも僕は言葉少なだった。もうその時には嫌なものが来ることが分かっていたからだ。歯磨きをしている間も、鏡の中の背後から目を離さなかった。廊下の照明の灯りが届かない辺りに、ちらっと影が動いた気がした。
僕はマットレスの上で丸くなると、枕元に置いてある《きっちょむ》に手を伸ばし、胸元に抱え込んだ。ごつごつとした本体の重みに心なし緊張が解れた。それ程身構えていたにも関わらず、僕は自然と目蓋が重くなり、いつしか眠りの淵をさ迷っていた。
目を覚ますと横向きに横たわっていたのが、仰向けに寝ていて、胸に抱えていた筈の《きっちょむ》も見当たらなかった。闇に目が慣れてきて、天井の板の朧な存在に気付くと急に不安を感じた。薄闇の狭間に何かいる。
カサコソと音こそしなかったが、大きな平べったい蟹のような影が布団の周りを横歩きしている。
僕は声にならない悲鳴を上げた。この影があの本に付いてきたものだという確信があった。僕は必死で目を瞑り寝たふりをした。如何にも自然に見えるようゆっくり、横向きになるよう寝返りを打とうとした。ところが幾ら横向きになろうとしても、固定されたように体がいうことを利かない。
影がお腹の上に馬乗りになっているせいだと分かった。薄目を開けて影を見ると、髪がぼさぼさに逆立った蟹のようにひしゃげた男が、僕の首に手を掛けて絞めてきた。圧迫される息苦しさにもがきながら、僕は渾身の願いを込めて念じた。
『《きっちょむ》助けて――』
ギィー、カタカタというゼンマイの回る音と共に、『カイヒ、カイヒ』という声がサイレンのように鳴り響いた。
突然寝ているマットレスが部屋いっぱいに広がった。遠くで賑やかな歌声がする。
『トンくるりん、パンくるりん、みんなで歌おう!』
このメロディーは聴いたことがある。確か下の兄の幼稚園の参観日に、母に付いて行った日のことだ。
いずみ先生――。兄はそう呼んでいた。先生がオルガンを弾きながら歌うと、園児達が一緒に手振り身振りしながら皆で歌っていた。今日はいずみ先生はオルガンを弾かずに、掌を叩いてリズムを取っている。
『さあ一緒に』
先生が頷くのに力を得て、僕も声を出した。
「トンくるりん、パンくるりん、みんなで遊ぼう!」
すると先生はどこからか布団叩きを取り出すと、リズムに合わせて僕の寝ているマットレスをボンボンと叩き出した。
マットレスは先生が一打ちするごとに、トランポリンのように勢いよく弾んだ。これには蟹男も一溜りもない。僕の首に掛けていた手も外れ、波打つマットレス――いや、トランポリンの上でバランスを取れず、のた打ち回っている。
『さあ、もう一度』
「トン、くるりん!」「パン、くるりん!」
いずみ先生は布団叩きで叩く手を休めずに、最後の追い打ちに入った。蟹男はもう小指の爪くらいの大きさに縮んでしまっている。そしてとうとう蚤のサイズになると、先生が摘まんで、親指と人差し指でプチンと捻り潰してしまった。
先生が頼もしく、僕は嬉しくなってトランポリンの上でぴょんぴょんと飛び跳ねた。いずみ先生は片目を瞑って僕にウインクをした。すると今まで隠れていた子供達が現れ、皆で一斉に飛び跳ね始めた。僕達は手に手を取り合って、弾むトランポリンを心行くまで楽しんだ。
気付くと僕はよく遊んだ、充足した気分で朝を迎えた。《きっちょむ》はと見ると、頭の横に確かにあった。僕はそっと《きっちょむ》を撫でた。
3 寄る辺なきさすらい
いつものように父が朝のジョギングに誘いに来た。僕も心得たもので、前日の夜にはジョギング用に買って貰った運動靴を玄関先に並べてあった。快眠のための運動はすっかり定着し、必須の朝の日課となっていた。
しかしその朝は、僕は何かがおかしいと感じた。父の充血した眼の所為か、ぞんざいな髭剃りの跡の所為かは分からない。
「お父さん眠れなかったの?」
《散歩コース》を僕の走る速度に合わせて伴走する父の顔を見上げながら、僕は父の様子を観察した。僕も睡眠不足については一過言ある。
「うん。ちょっと眠れなかった」
父は少々元気のない笑みを浮かべて見せた。
「《きっちょむ》、一晩くらいなら貸してあげてもいいよ」
「ありがとう。でもそこまでじゃないからいいよ」
僕の最大限の厚意に、父は漸くいつもの父らしい大らかな笑い方をした。
その話はそこまでだったが、その日の後も違和感を覚えることが何度もあった。父だけでなく、母の様子にも。幸せの足音が絶えなかった僕の家に、不和の足音が聞こえ出した。夏だというのに、隙間風が吹くのが身に染みる。僕の家の屋台骨は崩れ去ろうとしていた。
――いつ頃からだったろうか。夜中にふと目を覚ますと、父と母の言い争う声が天井裏を伝って届くようになったのは。父が宥め賺すような低い声で母の泣く声を鎮める時もあれば、母が押し殺した声で懇願するように父の憤りを静める時もあった。僕は物音を立てないよう、静かに身を起こすと自室のドアを開け、階段の天辺に腰掛けて両親の争いごとを不安な気持ちで聞いていた。
言い争いは10分程で終わる時もあれば、一時間も二時間も続く時もあった。僕はお気に入りの熊のぬいぐるみをぎゅっと抱えながら、階下が静かになるのを待っていた。
だからその晩、二人が疲れていたらしく早めに眠ってしまった時はほっとした。今夜は僕もよく眠れそうだ。
「気味悪いな」
目を開けると下の兄が僕の口を手で捻って、声が出ないようにしていた。僕が兄の手を払い除けると、下の兄は上の兄を振り返った。
「兄ちゃん聞いただろ。こいつ寝ながら笑ってるんだよ」
「今度はどんな夢を見たんだ?」
「トモ君が出て来たよ」
トモ君は上の兄と同学年の、近所に住む兄達の友達だった。今年の3月に父親の転勤で遠くへ引っ越して行った。
昨夜は例によって落ちる夢が始まり、長い垂直な梯子を上っていると、突然梯子が後ろに倒れ真っ逆様。胃の腑がせり上がる様な恐怖を感じた時、《きっちょむ》が作動した。
トモ君が天から下がった綱を握り、気合いも勇ましくまるでターザンのように現れた。いつもの悪戯めいたきらめく表情で、空から下がる何本ものロープの一つを、ゆらゆらと勢いをつけて僕に渡した。僕もロープからロープへと渡って、とうとう二人で天高く聳える山の頂上に降り立った。そこから橇に乗って、風を切る猛スピードで草の生えた山を滑降した。トモ君と僕は楽しくて楽しくて、顔が壊れる程笑い合った。
「そこで起きたんだよ」
僕は下の兄を横目で睨んだ。
上の兄は僕の夢の話を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「この間手紙が来たんだ。トモ君交通事故で、一生車椅子の生活になったって……」
僕と下の兄は思わず顔を見合わせた後、押し黙った。
「でも夢の中では元気そうで良かったよ」
上の兄はそう言うと、沈鬱な表情で僕の部屋を出て行った。
「お前が縁起でもない、変な夢を見るからだぞ。《きっちょむ》って実は不幸のからくり人形なんじゃないのか?」
『そんなことないよ!事故に遭ったのは僕が夢を見る前でしょ』――そう反論しようととしたが、下の兄はさっさと部屋を出て行ってしまった。僕は《きっちょむ》を引き寄せて脚の上に置いた。本当にそうなのだろうか。下の兄の言った通りなのだろうか。父と母の言い争う声が頭に浮かび、僕はチクチクと棘が刺さったような焦燥感に落ち着かない心持ちがした。さっきまでの楽しかった夢の名残りは跡形もなく雨散霧消してしまった。
夜、父は僕達が夕飯も入浴も済んで寝る頃、遅くに帰宅した。疲れた様子で僕の頭に黙って手を乗せた後、すぐに寝室に行ってしまった。母も口数少なく食器を洗ったり、片付け物をしたりで、何とも味気ない晩だった。家の雰囲気に僕も何だか気落ちして布団に入った。
――僕は玄関の扉を開けると、庭を通り過ぎ表の道路に出た。
街灯の乏しい夜の道を一人で走り出した。ところが家から遠ざかれば遠ざかる程、脚の速度は鈍くなっていく。後ろからパタパタという誰かの足音が近づいて来る。振り向きたくなかった。何度も後ろから付いて来る人物の指先が肩に触れる感覚がした。その度脚の速度を速めるが、すぐに亀の歩みの様に遅くなってしまう。足にゴムバンドの足枷を付けられたように、動きがままならない。
肩を掴まれ振り解く。しかし全身が泥沼に嵌ったように、スローモーションでしか動けない。また肩を掴まれ、後ろを向かされそうになる。その顔を見たくなかった。見てしまった途端、取り返しがつかない気がした。
怖い、助けて。何とか身をもがき前を向くと、脚を前に出そうとした。
ギィー。蝶番のきしむ様な音がした時は、安堵に膝が頽れそうになった。
先程よりも脚が軽くなった気がする。後ろからのパタパタという足音もしなくなった。僕は勇んでまた走り出した。するとふくらはぎに柔らかいふさふさとした、弾むような温かい生き物の体が当たる気配がした。それと同時にシャンシャンと空気を震わす澄んだ音と、ハッハッと規則正しい息遣いが聞こえて来た。
雲間から月明りが覗き、僕等を照らし出した。
それは黒っぽい茶色の毛並みの毛足の長い犬で、前肢が二本ともソックスを穿いたように白かった。後肢に星屑みたいな銀の拍車を付けていて、それがシャンシャンと澄んだ音色を響かせていた。そして体の後ろに、やはり銀の車輪付きの華奢な駕籠を引いていた。
「ハッピー……?」
僕が家族の話に唯一話に加われないのが、僕が物心付く前に死んでしまった飼い犬のハッピーについてだった。皆が当たり前のように、懐かしそうにハッピーの話をする時僕は疎外感を感じた。もちろんアルバムでハッピーの写真は見たことはあるが、僕にとっては知らない犬の話だった。
ハッピーは僕に名前を呼ばれると面を上げ、月の光を受けて煌めく瞳で嬉しそうな顔をした。僕が脚を止めるとハッピーも立ち止まり、物言いたげな眼で僕を見上げてくる。
「何?」
ハッピーはその湿った鼻面を僕の膝に押し当て、ハッハッと舌を出して喘ぐと再び僕の顔を見上げた。
「これに乗るの?」
僕はハッピーの引いている銀細工の小さな駕籠を、覚束ない面持ちで見やった。
ハッピーは任せとけと言うように進行方向を向き、僕が乗るのを促した。
おっかなびっくり、壊れでもしまいかと恐る恐る座席に腰掛けた。その途端ハッピーは星屑の拍車を地面に打ち付け、猛烈な勢いで駆け出した。
大型犬とはいえ、何て力があるのだろう。ぐんぐん加速し、みるみる家の近所の通りを離れ、周囲の景色は色を失い漆黒の影となった。そしていつしかかごは宙に浮かび、空を走り出した。髪と耳を嬲る風が心地よい。僕は振り落とされぬよう、駕籠の両脇を掴み固く握りしめた。
ハッピーはどこまで行くのだろう。そう思った時、前方の菫色の大きな綿菓子のような霞に突っ込んだ。最初は瞑った目蓋に、プチパチと口の中で弾けるお菓子のような刺激を感じたが、今までの疾走する風を切る感触がなくなったので、ゆっくりと目を開いてみた。
これはどこだろう――。
どこかの家の茶の間のようだ。6畳程の畳の部屋で、目線を上げるとすぐそこに仕切りもなく、付属の台所がある。卓袱台を壁際に押しやって、人間が二人、駕籠を引いている今より小さいハッピーを寝そべりながら見ている。
何となく見覚えがある男女に、漸く若い頃の父と母なのだと理解した。ではここは今の家に引っ越してくる前の市営住宅だ。
狭い庭の景色が見えるアルミサッシの窓から降り注ぐ日差しに、うとうとと微睡んで目を閉じている子犬のハッピーの様子を眺めながら、父と母は嬉しさを隠し切れない表情で微笑んでいる。
『私、《オルランド》の中でオルランドがプリンセスに出会って、彼女をメロン、エメラルド、雪の中の狐、と例えた意味がハッピーを見て解ったの』
母の言葉を聞きながら、父は黙って笑みを深くし、眠るハッピーの眉間を人差し指で撫でた。
『たんぽぽ、ふかふかの布団、お日様の匂い、ハリネズミちゃん』
母も愛情を隠し切れない、愛し気な声音で目を細くした。
そこで情景はさっと掻き消えて、またもやプチパチとした刺激が続いた。
今度の場面は冬で、父が立ってカーテンの隙間からチラチラと舞う雪を見ている。凍えるような外とは違い、部屋の中は暖色に満ちている。白色電球の滲んで目に沁みるような明るさに、石油ストーブのカッカと真っ赤に燃える熱に、母の頬もバラ色に染まっている。母は時代がかった柄のゆったりとしたジャンパースカートを着て、クリーム色の毛糸で小さな靴下を編んでいる。そのお腹はカーブを描いてふっくらしている。その足元には大きく成長したハッピーが、前肢に顎を乗せて蹲っている。
母はストーブの火灯りを受けて煌めく目をくるくるとさせて、ハッピーに話しかけた。
『ねえ、ハッピー。私いいお母さんになれるかな。ハッピーも弟の世話を手伝ってね』
ハッピーは耳をピクリと動かして、しっぽをパタンと振って応えた。
大儀そうに身動ぎすると、母はお腹を摩って今度はお腹の中の兄に話し掛けた。
『ハッピーの弟君、君も無事に生まれて来てね』
そして場面は再び変わった。
網戸になったサッシの外側では、賑やかな騒ぎが聞こえる。
父が小さい兄達と鬼ごっこをしているからだ。母はといえば、日の当たる茶の間の真ん中に敷かれている、畳半畳分程のベビー布団に寝かされた赤ん坊を覗き込んであやしている。
兄達二人が外で遊んでいるとすれば、差し当たりこの赤ん坊は僕ということになる。僕は不思議な感慨を持って、小さい自分の姿を観察した。と、壁際の折り畳まれた毛布の上で横たわっていたハッピーがつと起き上がると、僕達に近付いて来た。目の周りの毛には白い毛が噴き出て、毛艶も悪い。それでも老いた足取りで僕の横へ来ると、僕の胸元に鼻面を預けた。
『新しいハッピーの弟君。ハッピーが挨拶に来たわよ。宜しくね、って』
母は泣き笑いの顔で、ハッピーの頭を撫でた。
――突然またハッハッと規則正しいハッピーの息遣いが聞こえ、僕達は元の近所の通りに立っていた。
「ハッピー、ありがとう」
最後の情景で見た老いた姿から若返ったハッピーを見ながら僕は、幽霊になると若い時の姿になると言っていた、クラスの女子の言葉は本当だったんだと思った。
僕が温もりを感じる頭を撫でてやると、ハッピーは『ワン、ワン』と二声吠えてから、星屑の拍車を鳴らして走り去った。
僕は名残り惜しくて、いつまでもいつまでも夜陰に駆け去ったハッピーの背中を探した。
とうとう決定的な瞬間が訪れたのは、僕達の夏休みが終わる間近だった。
父が珍しく夕方早くに帰って来て、しかしすぐに寝室に引っ込んでしまった。僕と兄達は母が揚げる傍から、サツマイモの天ぷらをつまみ食いしていた。
盆の入りで、仏壇に供えるためのものだったが、母は何も言わずに僕達の好きなようにさせていた。
すると父達の寝室のドアが開き、大きなトランクケースを二つ抱えた父が出て来た。
父の様子に、扇風機の前に立ってTシャツの中へ風を送り込んでいた上の兄は目を丸くし、椅子に跨って背凭れに顎を乗っけていた下の兄は、はずみで顎を落とした。
「お父さん!」
僕は慌てて父に駆け寄った。
父は目の縁を赤くして、掌を僕の頭に乗せた。
「じゃ、元気で……」
父は目を落としたまま誰にともなく言うと、玄関へと向かった。
『お母さん!』と言おうとして、頑なにガス台の前で背を向けている母の姿に、開きかけた口を閉じた。兄達はあっけにとられた表情で、母と玄関の方を見比べている。
ここは――この場を収められるのは僕しかいない。
僕の言うことなら父は聞いてくれる筈だ。今までの父を考えれば当然のことだった。根拠のない自信ではない。僕は使命に燃えて、父の背を追った。
「お父さん待って。行かないで」
僕は父の腰に腕を回してしがみ付いた。
父が動きを止めて立ち止まった。父の身体から力が抜けるのが分かった。
ほら――。僕も安心して腕の力を緩めた。僕の言うことなら必ず聞いてくれる。
ところがそれは一瞬のことだった。大人の力には到底敵わない。あっという間に僕の腕は引き剥がされてしまった。父はさっさと靴を履くと、後を振り返りもせず出て行った。
バタンとドアが閉じる音がして、僕は茫然自失の状態で取り残された。
(行ってしまった。行ってしまった……)心の中で繰り返すうちに、やっとどういうことか飲み込めた。喉元の堰まで悲しみが込み上げて、泣き叫びたいような、怒りのあまり喚いて地団太を踏んで暴れたいような、大きな感情に襲われた。でも僕は黙って台所へ戻った。
兄達が物言いたげなふうにしていたが、結局は皆で押し黙り、台所は天ぷら油のはねる音以外静まり返った。
僕は毎日夜になると憂鬱になりもしたが、同時に期待もした。
《きっちょむ》を抱えて横になると、夜の翼は希望という名の褥となった。明日の朝には父がまたジョギングに誘いに現れるかも知れない。忙し気に牛乳だけ飲んで会社に出勤し、夜『ただいま』とお土産を買って帰ってくるかも知れない。僕は夕方になると表の石段に座って、暗くなるまで父を待った。
学校が始まり、帰宅するとランドセルを置く間もなく、石段で父の姿を待つのが習慣になった。しかし帰って来るのは兄達だけだった。
「お前まだ待ってるの?」
「お父さんには《べったく》が出来たんだよ」
友達と遊び疲れて腹を空かせた二人は、石段に座る僕を邪険に足で退かせると、自分達も一段上に腰掛けた。
「《べったく》って何?」
「《あいじん》だよ」
「外に女が出来たんだ」
その頃は今ほど離婚する家庭は多くは無かったが、小学校の生徒の中にも親が離婚した子はちらほらいた。兄達がどこからそんな知識を仕入れて来たのかは分からなかったが、僕は大いにショックを受けた。
その晩は気持ちがざわざわとして寝付かれなかった。そんなことが僕のお父さんに限ってある筈がないと思う一方で、状況の説明としてストンと腑に落ちる。しかしどうして兄達はあんなにもあっさりとした態度なのだろう。曲がりなりにも、たった一人の父親が出て行ったというのに……。僕には兄達の態度もショックだった。
次の日は日曜日で、前日寝付かれなかったため僕は遅くに起きた。階下に下りて行くと、居間は段ボールの山だった。
僕が目を見張っていると、母がまた一つ段ボール箱を抱えて部屋から出て来た。母は僕の姿を認めると、箱を置いて台所のテーブルを指差した。
「早く朝ご飯を食べてしまって。これから引っ越し屋さんが来るから」
「引っ越し屋さん……」
僕は目を白黒させて兄達を振り返った。
上の兄は諦めたように溜息を吐いた。
「お父さんの荷物を取りに来るんだって」
「……」
母は僕達の会話など意にも介さず、てきぱきと父のものを箱に詰めている。父のジョギングシューズも梱包された。
「あーあ、自転車に乗れるように練習手伝ってくれるって言ってたのになあ……」
下の兄が呟いた。
上の兄は二年程前に父が練習を手伝って自転車に乗れるが、下の兄はまだ乗れない。下の兄の方をそっと見ると、泣きそうな顔をしている。上の兄も物寂し気な表情で、次々積み上がる箱を眺めている。僕は急に二人が可哀そうになった。乱暴者の兄達だが、まだこんなにも子供なのだ。僕だって誰に自転車に乗るのを教えてもらえばいい?何もかも身勝手な父の所為だ。
その時初めて父に対して怒りが湧いた。
僕はそれから父を待つのをすっかり止めた。荷物も運びだして、もう戻る気がないのだ。《べったく》でも《あいじん》でも好きな所へ行ってしまえ。
そして《きっちょむ》――。
僕は《きっちょむ》を片手にぶら提げて、《海賊の墓場》の前に立っていた。
兄達は最近も何を捨てたのか、白く泡立つ渦の底に赤や黄色や青の影が川底に映っている。僕は《きっちょむ》を頭の位置まで持ち上げると、怒りのままに渾身の力を込めて、《海賊の墓場》へと叩き付けた。
木片がバラバラになるのが分かった。けれども僕は振り返りらずに背を向けた。
父がいなくなり、僕達一家の生活は一変した。母は外へ働きに出るようになり、僕達兄弟は『鍵っ子』になった。元々鍵を掛けるような家ではなかったが、僕達はそれぞれ家の鍵を持たされ、戸締りに気を付けるよう母から念押しされた。母は市街地の病院の看護助手の職に就いた。早い時は僕達が起き出す頃には出勤し、その前に僕達の朝食の支度も済ませてあった。夜遅い日や夜勤の日は、僕達は心許ない思いで母の帰りを待った。
あの頃上の兄の肩には、長兄としての重責が載っていたと思う。僕は何とかその重責を軽くしなければと感じていた。それには自分が強くならねばと思っていたようだ。同じクラスのボス的な存在のシン君を真似て、わざと言葉遣いを乱暴にしてみたのもその頃だった。
「兄ちゃん、今日このカップラーメン食おうぜ」
僕が言うと兄達は顔を見合わせた。
「この3分待つっていうのが、長くてうざいんだよな」
上の兄は黙って三つのカップにお湯を注いでくれたが、下の兄は思わずというように口をへの字にした。
「あのさ。似合わないよ、お前には」
「うん。似合わない。お前らしくないし、お母さんに怒られるから止めろ」
兄達に窘められて僕はしょぼんとした。自分では意外と板に付いていると思っていたからだ。
母は一人で三人の息子を育てようと休む暇なく働いた。けれども父の居なくなった穴は埋めようがない程大きかった。その影響はじわじわと僕達の生活に降り掛かって来た。食事はおかずの種類が減ったし、代わりにインスタント食品や冷凍食品の日が多くなった。着た服も以前は毎日洗濯してもらっていたが、今は二、三日着てから洗うようになった。母の口煩い干渉がなくなって兄達は羽を伸ばしていたが、それでも兄弟三人で侘しい食卓を囲む時には、何かを思わない訳ではなかったと思う。
ある夜僕はトイレに起きた。その直前まで何かに追われる夢を見て、汗びっしょりになって目覚めた。《きっちょむ》を手放してから、再び嫌な夢にうなされるようになったが、もう慰めてくれる父も居ず、仕事でくたくたになった母を起こす訳にもいかない。僕は一人で夢の中でもがき闘い、飛び起きることを繰り返していた。
トイレから出て、ふと玄関の方を見ると、框に亡霊のように蹲った影があった。
母だった。電気も点けず、玄関先に座り込んで放念している母の背中は、随分と細くなって悲哀と孤独と疲労を発散していた。
母は僕が見ているとも知らず、ハァーとすすり泣くように大きく溜息を吐くと、両手に顔を埋めて暫く動かなくなった。
僕は足音を立てないように二階に戻ると、布団を被って鼻先まで持ち上げた。胸が締め付けられるような寂寞を感じて、その後はよく寝付かれなかった。
4 新天地へ
僕ら一家は結局、僕が小学校3年生、上の兄が中学校へと上がる前年の夏休みに、母方の祖母のいる和歌山の美里町――現在の紀美野町――へと引っ越した。
引っ越すことが決まり、兄達はまたもや余計な一言を口にした。
「この家を《いじ》出来なくなったから引っ越すんだ」
「愛人に家まで乗っ取られるんだよ」
けれども僕はほっとしていた。あの夜の母の様子を見てから、ずっと心苦しかったからだ。僕達のために母が倒れてしまうのではと、いつも不安を感じていた。母が、母親である祖母に頼れるのなら安心出来る。
この引っ越しに当たって、母はペーパードライバーだった免許を取り直した。物凄い田舎だから、車がないと暮らして行かれないと。けれども母の運転で祖母の暮らす母の実家に近付くにつれ、僕達の顔色は曇った。
今まで住んでいた所も決して都会ではなかったが、ここは更に田舎も田舎、見渡す限り山に囲まれ、緑が生い茂っている。ファミリーレストランはおろか、コンビニエンスストアすら見当たらない。
「お母さん、『物凄い田舎』じゃなくて、ドが100個位付くド田舎だよね」
対向車が来ても擦れ違うのも大変そうな幅の道を向かいながら、兄が言った。
「ええー、俺こんな所で暮らせない」
「立派に暮らせます。文句ばっかり言うんじゃないの」
兄達の不平にも、母は顔色一つ変えなかった。確かに母はここで生まれ育って来たのだから言葉に嘘はない。しかし畑と田んぼ、今にも人間の領域まで侵食してきそうな勢いの緑地の他何も無いこの土地で、一体どうやって生活していくのだろう。
「お母さん、学校はどうするの?」
僕は自分の一番の疑問を母に投げ掛けた。
「来るときに見た町に小学校も、中学校もあるから大丈夫。ここからは少し遠いから、自転車に乗って通うことになるわ」
「えっ自転車?僕乗れないよ」
あれから運動神経の良い下の兄は自力で自転車を習得したが、僕は今だに乗れなかった。
「大丈夫よ。お隣りの利平さんが教えてくれるから」
母はきっぱりと言うと、前を向いたまま運転を続けた。
僕達は圧倒されたように車窓を流れる景色を眺めた。過疎化が進み、休耕地となった田畑もある中に、整地され水稲や農作物が植わっている、人の手が入った農地が山間にぽつぽつと垣間見える。民家はと言えば、あちらこちらに点在しているが、明らかに今は人間が住んでいない空き家も多い。これはえらいことだぞ――と僕は思った。
祖母の家は昔の農家の造りで、屋根裏のある広い木造の平屋で、聞けば築100年、母が子供の頃はまだ茅葺屋根だったという。僕達は車を降りると物珍し気に辺りを見回していたが、早くも兄達は縁側を飛び回り始めた。僕は庭の隅にある池の縁にしゃがみ込んで、オケラが泳いだり、カワニナが石の端に張り付いているのを飽かずに覗き込んだ。
「荷物の整理は大体済ませといたよ」
頭に手拭いを被り割烹着姿の祖母が、障子を開けはらった縁側に出て来て声を掛けた。「まあ賑やかだこと」
走り回る兄達に目を丸くしながら、祖母はクックと笑った。
「ばあちゃん、お腹空いたよ。何かない?」
「うん、丁度お昼時だから素麺をゆでておいたよ。食べなさい」
その一言に僕のお腹の虫もぐうっと鳴いた。僕も立ち上がり皆で家の中に入った。
真っ黒に黒光りする天井の梁や柱に、僕達は歓声を上げた。祖母がお膳を用意する間、兄と僕は家中の探検をした。家の中はとても広く、一つ襖を開けるとまた一つと、入れ子のように幾つも幾つも部屋が現れた。奥の東向きの小部屋には木製の古い机と、ガタガタする椅子があり、机の横には古い学生カバンが掛かっていた。
「ここお母さんの部屋じゃない?」
昼御飯の支度が出来て僕達を呼びに来た母に兄が訊いた。
「そうよ」
「この椅子座り心地悪いね」
下の兄が椅子の脚をガタガタさせながら、座面をポンポンと叩いた。
「これはね、馬の尻尾が入っているの」
「馬のしっぽ―?!」
「俺、この部屋気に入った。お母さん俺がこの部屋使っていい?」
「いいけど」
そこへ祖母もやって来た。
「さあさあ、お昼を食べましょ」
「ばあちゃん、青じそもある?俺、あれをつゆの中に入れるのが好きなんだ」
「ええ、ありますよ」
祖母は僕達の騒ぎを嬉しそうに聞いていた。この広い家にたった一人で話す人もなく暮らしていた祖母。その孤独を思うと、ここへ引っ越して来て本当に良かったと幼心に僕は思った。
祖母の家から300メートル離れたところに、お隣りの利平さん宅があった。昼食をとってから、僕は祖母に連れられて利平さんを訪ねた。
「この子なんですが、まだ自転車に乗れないそうで。娘のように教えてやって下さい」
利平さんと奥さんの睦子さん夫婦には子供がいなかった。60代の夫婦で、利平さんは口数は少なそうだが、睦子さん共々優しそうな人だった。しかし、そのまま祖母が僕一人を置いて帰ってしまうと、心細さが沸き上がった。
「あの、一日で乗れるようになるんですか」
僕は休み明けからここの小学校へ編入するようになっていた。
「うーん。もし乗れなかったら、私が軽トラで送ってあげるよ」
僕は庭先に停まっている、白い軽トラックを振り返った。
こんな田舎だから移動手段がなければ買い物に行くことも出来ない。祖母は車こそなかったが、それなりな齢にも関わらずバイクを乗りこなしていた。母の車はあるが、隣町の老人ホームに就職が決まっているので、毎日は乗せてもらえない。
「そんなに深く考えなくても大丈夫。コツを掴んでしまえばすぐ乗れるようになるよ」
利平さんはそう言うと、靴を履き僕を手招きした。
利平さんに付いて表に出て行くと、利平さんは納屋の中から錆びた子供用の自転車を引き出して来た。
「これシュウちゃん、お母さんが子供の頃乗ってた自転車だよ。これで練習してみよう」
よく見るとあちこち錆びているが、事前に油をくれて手入れをしてあるようで、プーンと機械油の匂いが漂った。
利平さんちの広い庭を、自転車の荷台を押さえてもらいながら、何度も行きつ戻りつした。運動が余り得意ではない僕は、勘の悪い生徒に利平さんが音を上げてしまうのではないかと気が気ではなかった。けれども利平さんは根気強かった。何度かこれは行けそうだと感じることが増えて来て、利平さんが手を離した状態でペダルを3漕ぎすることがあった。
「もう一回やってみようか」
僕は息を弾ませて頷いた。慎重に自転車のハンドルを水平に保ちながらペダルを漕いでいると、母屋から睦子さんが出て来るのが目の端に映った。睦子さんがサクマのフルーツドロップの缶を持った手を振り上げて万歳した。中でドロップがカチャンと鳴った。
「乗れた、乗れたねえ」
僕が狐に摘ままれた顔をして足を地面に着くと、遠い後ろの方で利平さんが笑っていた。
「俺今度パイナップル頂戴」
「俺はオレンジはやだな。ハッカをくれよ」
夕飯の後、僕達は茶の間の隣の16畳もある座敷で、睦子さんに貰ったドロップを舐めながらトランプで『神経衰弱』をしていた。
「お前もとうとう一人前か」
「俺、補助輪付けて俺らの後を走って来るんじゃないかと、恥ずかしくって冷や冷やしてたんだからな」
散々な言われようだったが、僕は気にならなかった。あれから利平さんの支え無しで何度も試してみたが、僕が自転車に乗れることは間違いなかった。僕はまるで翼を得たような軽々と浮き立つ気分だった。
だから初めてこの家で迎える夜については、すっかり失念していた。母がやって来て、もう遅いから寝なさいと促されてから、やっと僕は今日から枕が変わるのだということを思い出した。
「ねえお母さん、今日だけ一緒に寝たら駄目?」
傍で聞いていた兄達が早速囃し立てた。
「もう大きいんだから一人で寝なさい」
がっかりしたが、明日からもう仕事が始まる母に無理は言えなかった。
僕に割り当てられた部屋は、西側の池の前の部屋で、兄達の東側の部屋とは大分離れていた。網戸にしてある窓から、池に流れ込むせせらぎの音や、蛙がポチャンと池に飛び込む音や、水面に咲く睡蓮や水草の独特の匂いなど、あらゆる自然の気配が伝わって来て落ち着かない。僕はまた眠れなくなった。
ボーンボーン、と茶の間の壁掛け時計が鳴るのが聞こえた。悶々と眠れないことに焦っているうちに、もう2時のようだ。僕は水を飲んで気を落ち着けようと、台所に立つことにした。
古い茶色の重い襖を開けると、廊下は真っ暗だった。廊下の電気のスイッチを探そうと、手でペタペタと壁を手探りした。漸くスイッチを探り当てると、ほっとして電気を点けた。祖母が雨戸を閉めてしまった所為で、暗かったということが分かった。台所は北にある。僕は茶の間の障子を開けて、そちらへ向かった。
ひんやりとした暗い台所で、僕はコップに水を汲んでごくごくと飲み干した。壁の隅には黒い影がわだかまって、何か正体不明なものが潜んでいるような気がする。僕は怖くなって慌てて自分の部屋に帰ろうとした。しかし正体不明な影は後ろにもいた。
「わっ!」
「ひゃあ」
心臓が止まるかと思った。
「お祖母ちゃん?」
「ああ、心臓が口から飛び出るかと思った。あなただったの」
祖母は胸を押さえながら、台所の電灯を点けた。
「電気も点けずにどうしたの」
「電気のスイッチの場所が分からなかったから……水を飲もうと思って」
「こんな時間に一人で……」
祖母は言いかけた言葉を切り、思い当たったかのように僕を見つめた。
「眠れないのね。そうそう、お母さんから聞いてますよ」
「お祖母ちゃんも眠れないの?」
「私は年だから眠りが浅いの。あなたは子供なのに困ったわね。成長の鍵は睡眠なのに」
祖母は首を傾げて思案していたが、僕を見て頷いた。
「明日から私に付いて来なさい。眠れるようにするわ」
長柄の柄杓からきらきらと川の水が滴った。それにつられたように僕の額や顎の先からも汗が煌めいて草原の土手に散って落ちた。
「お祖母ちゃん、利平さんはモーターで水を汲み上げているよ」
僕が隣の畑の方を指差すと、祖母は茄子や胡瓜に水をくれる柄杓の手を休めて、断定するように言った。
「私は機械物は好かん」
僕は溜息を吐いて、再び川から柄杓で汲んだ水をバケツに移す作業に戻った。
祖母の畑を手伝わされるようになって、数日が経つ。日射病になるからと、農作業の時間は朝早くの午前中と、日が落ちる夕方と決まっていたが、真夏のこと、少し動けばすぐ汗が湧き出て来る。
「体を酷使してくたびれさせれば、眠れないなんて四の五の言ってられません。否が応でも眠れるようになります」
確かにここ何日、酷い筋肉痛で体中が痛かったが、その割に夕飯を食べればもう眠気に襲われた。兄達が野山で遊び惚けているのは癪に障ったが、僕は眠りのために祖母の手伝いを続けた。
5 やみくもなる青春
僕は中学生になった。
相変わらず夕方と、休みの日は部活の合間を縫って、祖母の畑の手伝いを継続していた。それでも夜中に何かに追われる夢で、汗びっしょりになって目覚めることが時々あった。しかし僕はもう頑是ない子供ではなかったし、それを一々言葉に出すことももう無かった。それにもう、夢よりも現実の方が恐ろしいということも分かりかける年齢でもあった。
僕達一家はすっかり田舎の暮らしに慣れ、以前の家での記憶は遠いものとなった。
けれども時々思い出したように、過去のあれこれが惜しいことのように顔を出す。
兄達の一番の悩みは食べ物に関することだった。ジュースを飲みたくても自販機一つないこの村で、自分の食べたい物を手に入れるのは至難の業だった。兄達は時々あれが食べたいこれが食べたいと、祖母を困らせた。ある時二人がすかいらーくのチーズハンバーグが食べたいと言い出した。
「私がこちらにお嫁に来て初めてですよ。こんなものを作るのは」
『私がこちらにお嫁に来て――』は祖母の口癖だった。
祖母が説明を聞いて作ったものは、チーズの代わりにとろろをかけたハンバーグだった。
兄達は一瞬言葉に詰まってから、「ばあちゃん、これじゃないよ。こういうのじゃないんだよ」と文句たらたら、しかしお腹が空いているのですぐにがっつきだした。意外に粘りが美味しかったらしく、ものの5分で食べ終わった二人に祖母は満足そうに自慢した。
「肉にもとろろを練り込んだんだよ」
それから秋には恒例のお楽しみがあった。
スナック菓子にも事を欠く兄達が生み出した秘策は、稲刈りの時期になると、利平さんに貸している祖母の田んぼの落ち穂を拾い、籾米を手でこいて、祖母から不要になった蓋つきのぼろ鍋を貰って、庭で火をおこしポップコーンならぬポップライスを作ることだった。
僕も仲間に入れてもらいおこぼれに与ったが、時々蓋を開けると熱く爆ぜた米が顔や手に飛んでくる中、口に入れるミニサイズのポップライスの味は香ばしく格別だった。
また兄達は数々の問題も起こした。毒キノコ中毒事件、イノシシの仔事件、どんぐりの木事件など色々、枚挙に暇がない。けれども僕達は青春時代をこの場所で平穏に暮らした。
だが忘れられない出来事が一つあった。
中学二年になった春のことだ。家に帰ると玄関に母の靴があった。
今日は遅くなると言っていたのに――。僕は茶の間の引き戸に手を掛けた。まず目に入ったのは、母の肩を抱く祖母の横顔だった。何かに耐えるように歯を食い縛って母の背中を撫でている。母は身を震わせながら滾々と泣いていた。
僕はみだりに入ることを許されない雰囲気に、庭へと引き返した。その数週間後、僕達はこれからは母の姓を名乗ることを告げられた。
確かに不思議には思っていたのだ。あの人が出て行ってから何年も経つのに、僕達は依然としてあの人の姓のままだったから。だから漸くそういう決着がついたのだと兄達と話し合った。
上の兄が大学へ進学して、家の中が少々寂しくなった。僕も高校へ無事入学した。和歌山市内の高校へ2時間近くかけて電車で通学した。僕は小学校時代から20センチ以上も身長が伸び、中背の兄は何かと牽制してきた。下の兄も僕も帰りが遅く、祖母はまた一人の時間が増えた。僕は頻りと異食の夢に悩まされた。食べている物はビニールだったり綿だったりしたが、それは突如として目の前に拓け出した前途に対する不安、大人になる過渡期に差し掛かった者の通過儀礼なのだろうと分かっていた。それ以外では気心の知れた悪友が沢山出来、僕は我が世の春とでもいうように青春を謳歌していた。
僕はどちらかというと優等生のように思われていたが、クラスに仲の良い6人組がいて、兄達に引けを取らない程、かなりな無茶をして先生方を心配させた。
入学して早々の1学期、グラウンドの野球場のフェンスに上る競争をしたり、日本の情緒を知りたいというEATの先生を、学校のお化け柳に呼び出して驚かせ、池に落としてしまったり、真冬にわざと薄着をしてバケツで水を被って町内を闊歩し、誰が一番最初に風邪を引くか賭けをしたりした。
くだらない馬鹿なことをしているという自覚はあったが、仲間といると余りにも楽しく、街頭を皆と肩で風を切って歩いていれば怖いもの無しだった。
高2になり、進路についての決断が迫られる頃合いになった。
しかし僕には自分の将来に対しての明確なヴィジョンがいっかな浮かばなかった。成績は悪くなかったので、大学にさえ受かればよいと考えていた。だから僕は呑気に構えていたし、学校生活も悠揚迫らざる、何も変わらない生活を続けていた。週末は相変わらず祖母の畑の手伝いをした。僕の余りにも長閑な学業への態度に、祖母の方が危機感を感じている程だった。
その日も僕は鍬柄を抱え、重圧を覚えるくらいの濃い蒼さの空に残る、端から消えていく白い航跡を眺めていた。
「ねえ、あなた勉強の方はどうなの?」
畑の土手を鎌で草刈りしていた祖母が、自分も手を休めて腰を下ろし聞いてきた。
「まずまずだよ。心配いらないって」
「そう……」
祖母がそう口籠ると、畑には静寂が広がった。少し離れた畑で利平さんの押す耕運機の唸り声が、眠たげな虻の羽音のように聴こえ、トンビの大きな影がサアっと頭上を通過した。
「……あなたはお父さんにそっくりね」
徐に祖母が口を開いて言うので、僕はそちらを振り向いた。
祖母は首を傾げ、まじまじと僕の横顔を見つめていた。
「お父さんて、お祖父ちゃん?」
「いいえ、あなたのお父さん」
祖母の言葉に僕は黙って頭を巡らすと、再び空の消えかかった飛行機雲に視線を据えた。
1学期の終わりに新たな出会いがあった。
写生の合同授業があり、その後の昼食目掛けて腹を空かせた生徒達で昇降口はごった返していた。
そんな中、下駄箱の横に立つ一人の生徒が目に入った。その生徒は何かの意志を持って僕の方を見ていた。
漸く人波が途切れると、彼は僕の方へと近づいて来た。
「絵、上手だね」
男子生徒は僕が肩に掛けた画板を指し示した。
「ありがとう……」
何を言いたいのだろうと僕は戸惑いつつ、彼の次の言葉を待った。
余り会話が得意では無さそうな大人しそうな外見には見合わず、いたずらそうに瞳が踊っている。
「僕のこと知ってるかな、隣のクラスなんだけれど……」
「はせお――」
僕は思わず呟いた。
男子生徒は驚くように目を丸くすると、面白そうに笑った。
「指輪物語、読んだ?」
僕はこくりと頷いた。男子生徒の顔は以前から見知っていた。名前も指輪物語に出て来る『馳夫』と同じなので記憶に残っていた。
「本当はとしお、って読むんだ。鹿谷馳夫、宜しく」
鹿谷は片手を差し出した。
「僕は――」
名乗ろうとすると鹿谷が遮った。
「知ってる。有名人だもの」
僕が困った顔をしたので鹿谷がプッと吹き出し、僕もつられて笑い出した。
「あのさ、先輩がいるんだけど、絵の上手そうな奴連れて来いって頼まれて……夏休みに駅のホームに一緒に壁画描かない?」
「壁画?」
思ってもみなかった誘いに、僕は大いに乗り気になった。
終業式が済んだ次の日、早速僕らは始発の数時間前の早朝、駅で待ち合わせをした。
駅前のロータリーに車が一台入って来た。紺のインプレッサで少々年季が入っている。降りて来た男はすぐに僕達に手を振ったので、僕と鹿谷も手を振って挨拶したところ、男は苛立たしそうに首を振り、大きく手招きした。
「荷物を一緒に運んで欲しいんだ」
先輩はトランクを開けると、せかせかと積んであったペンキの缶や刷毛やバケツを僕と鹿谷に次々と手渡した。
「作業時間は短い。駅が込み出す頃には撤収しないと。作業は5日を予定している。それでは宜しく」
小柄な体と、夢見るようなふわふわの天然パーマの髪に見合わない軍隊式の指示に、僕と鹿谷は気圧されたように慌てて駅の構内へと駆け出した。名前を名乗りあうどころではない。
任された壁画を描く部分は、陸橋の壁と階段の腰板部分だった。
「先輩何を描くか決まってるの?」
「うん、《きのくに和歌山》だから森を描こうと思って」
「下絵とかあるんですか?」
実際の描くことになる壁の広さに不安になった僕も尋ねた。
「一応和歌山の植生の資料は準備してきたけれど、もう即興で描きたい物を描いていいよ」
「ヤンバルクイナとか、ヒカゲヘゴとか描いてもいいの?」
「うーん、和歌山とは関係ない沖縄の動植物だけど、描けるならかいてもいいよ」
「コンゴウインコとかシロムネオオハシ、スマトラウサギは?」
先輩は眉根に漫画のような複雑な皺を寄せて考え込んだが、諦めたように言った。
「アマゾンでもインドでも好きな物を描いてくれ。駅の利用者に夢と憩いを与えられればそれでいいんだ」
僕達は保護用のブルーシートを敷くと、先輩の用意した資料を検討し、いよいよ作業に取り掛かった。
始めは扱いの難しいペンキに緊張しいしいだった僕等も、時間が経つにつれて会話も出来るようになった。先輩は同じ高校の3年生で、久世満春といい、美術部に所属しているという。
「それなら美術部の部員の人に手伝いを頼んだ方が良かったんじゃ」
「先輩は孤高の人と言えば聞こえはいいけど、友達少ないから」
鹿谷が混ぜ返すと、久世先輩はフンと鼻を鳴らした。
「でもどうして、駅の壁画制作を頼まれたんですか」
「うん。――小学校の頃さ、交通安全週間にドライバーの人に運転に気を付けて下さいって手紙と絵を学年で描いたんだ」
「ああ、僕達も書いた覚えがある」
「警察で児童の手紙を配ったんだけど、俺の手紙に学校宛に返事が来たんだ。有難うという言葉と、24色の色鉛筆が添えられて。その人が今の駅長さんで、それから俺が展覧会で入賞したりした時には必ず観に来てくれるんだ。以来、交流が続いている。今回のことも駅長さんが俺を推薦してくれて――」
「ふーん……」
思わず鹿谷と僕は唸ってしまったが、より責任重大になった。
「じゃあ先輩の名誉のために、下手な絵は描けないじゃないですか」
「そうだよ。だから精を出してくれ」
先輩は涼しい顔で刷毛を動かした。
初日は絵筆とは違う刷毛の質感に苦戦して余り捗らなかったが、2日目以降は徐々に扱いにも慣れて来た。難しかったのは両側の階段の斜めの腰板部分だった。それでも僕等は黙々と作業を熟した。
「完了!」
先輩が片足を上げたピンクのフラミンゴの、嘴の黒い部分を描き入れて叫んだ。
朝のラッシュ前、階段を降りかけて立ち止まり、僕達の様子を見ていた駅の利用者達が拍手で讃えてくれた。濃い緑の樹々とシダの生い茂る中に、赤や黄色の鮮やかな鳥や動物が木の間隠れに宝石のように潜んでいる。忙しい毎日の出勤と帰宅時に、どの位の人が目を留めてくれるかは分からないが、少しでもこの壁画に和んでくれれば良いと、達成感の快い疲れと共に僕はそう思った。
駅長室へ挨拶に行ってくるという久世先輩の代わりに、僕と鹿谷は後片付けを請け負った。先輩のインプレッサはここ数日の作業で、大分ペンキ臭くなってしまった。僕の体にもあちこちペンキの染みがこびり付いている。僕はこの5日の間、学校の宿直室を借りて寝泊まりしていた。始発のバスも電車もない早朝に、家から駅まで通う訳にはいかなかったからだ。
「片付けありがとう」
先輩が駐車場へ戻って来た。
「駅長さんもご苦労様と言ってたよ。実は報酬を貰ったんだ。これから打ち上げに行かないか」
僕達はまず風呂に入らないと、という話になり近くのスーパー銭湯へ向かった。
ほぼ貸し切り状態の湯船につかり、僕達はよもやま話をした。
「先輩は卒業したら美大に行くの?」
「そうだね。鹿谷は?」
「僕は和歌山大を受けようと思って……記者になるのが夢だから」
「記者?」
「そう、新聞記者。御覧の通り僕は口下手だけど、文章なら自信がある。実は常に頭の中に言葉が渦を巻いて飛び回っている状態なんだ。世界の出来事をその言葉で人に伝えるのが僕の夢だよ」
「夢か、俺も夢ならある。世界の有名天井画を観て回ること」
「天井画?《天地創造》とか?」
「うん。シャガールの《夢の花束》とか、北斎の《八方睨み鳳凰図》とか、あとスペインとかのあまり知られてない教会とかも巡りたい」
「ふーん。北斎の天井画って、日本にあるの?」
「長野県の小布施町ってところだ」
「そこならすぐ行けそうじゃないですか」
僕の一言に、久世先輩と鹿谷が同時にくるりとこちらを向いた。
「今から……」
「行ってみる……?夏休みなんだし」
僕らは揃って顔を見合わせた。
風呂上り早々、僕等は鹿谷のお母さんが作ってくれたおにぎりを頬張り、自販機で買った牛乳で流し込むと段取りを確認した。
「5時間後、また駅前で落ち合おう。俺は運転のために仮眠をとっておく」
「夜の運転は大丈夫なの」
「夜の方が高速道路も空いているし」
「じゃあ僕は地図を買って経路を頭に入れておくよ」
「僕も出来るだけ早くとって返します」
僕はどう頑張っても自宅に帰り、駅まで戻って来るには往復5時間はかかる。
「OK。じゃあそういうことで――」
先輩に一旦高校へ送ってもらい宿直室の荷物を纏めると、また駅で降ろしてもらった。
「時間は充分にあるから、慌てて事故など起こさないように帰れよ」
久世先輩はそう言って手を上げると、車をUターンした。
先輩は時間は充分にあると言ったが、僕は電車から降りると駐輪場へとダッシュした。せっかく風呂に入ったというのに、もう既に脇や背中にTシャツが汗で張り付いている。逸る気持ちを押さえながら、家までの道中を駆け通した。
「ただいま」
息を切らせながら自分の部屋へと飛び込むと、洗濯してあったジーンズとTシャツにさっと着替え、貯金箱代わりの『ヘンリー・ライクロフトの私記』の99ページ目から軍資金の5万円を取り出して財布に捻じ込んだ。
「ちょっと、壁画は終わったの?また出掛けるの?」
祖母が気配を聞きつけて、部屋の入り口までやって来た。
「お祖母ちゃん、これ洗濯お願い。僕これから友達と遠出するから夕飯はいらないよ」
僕は祖母に汚れ物の入ったスポーツバッグを押し付けた。
「洗濯お願いって、このペンキは落ちるのかしらね」
首を傾げながらペンキのこびり付いた服を取り出す祖母の傍らを擦り抜け、僕は玄関へ走った。
「ちょっと!遠出ってどこまで行くの」
「長野まで」
「そんな遠くまでどうやって行くっていうの」
「先輩の車で」
「先輩って――その人はいつ免許を取ったの?」
「7月に取ったばかりだって」
僕は急いでスニーカーを突っ掛けると、自転車のスタンドを上げてあっけにとられる祖母に手を振った。そしてその後は振り返ることもなく自転車を走らせた。
中央自動車道、長野自動車道、上信越道――途中のサービスエリアで2回ほど休憩と仮眠をとった外、先輩は一人で運転を熟した。翌朝の早朝には小布施町に着いていたが、そこから天井画のある岩松院に辿り着くまで少し迷った。
岩松院の入館時間までまだ時間があったが、境内をうろうろしている僕達三人を見兼ねてか、住職が中に入れてくれた。
天井画のある本堂は、擦り切れた畳の古色蒼然とした趣。ところが視線を上にあげると、想像以上に大きく鮮やかな彩色の鳳凰図が圧倒的な存在感で迫って来る。
僕と鹿谷は溜息を吐いた。すると久世先輩はまるで我が家の居間にでもいるように、突然畳の上に寝そべってしまった。
「先輩!」
僕と鹿谷は住職を憚って、小声で注意した。
「絵に対しては正対して観る。これが俺の哲学だよ。二人も横になりなよ」
堂々と腕組みまでして寝そべる久世先輩の姿に、住職は面白そうに笑んだ。
「どうぞ気になさらず、お好きなように観て下さい」
住職が気を使って本堂を下がって僕達だけにしてくれたので、僕と鹿谷も先輩に倣って、畳の上に巴の形に横たわった。
八方睨みと言うだけあって、どこから観ても隙がない。僕は尾羽の先までの力強い筆致に感心した。正直天井画に関心があった訳ではない。先輩と鹿谷、二人が行こうというからくっ付いて来た。けれども来て良かった――。二人の存在を頭越しに感じながら、しみじみと思った。
「近くに《北斎館》ていう美術館もあるんだよね……そこも行ってみる?」
久世先輩が頭の下に手を組み直して言った。
「いいですね、行きましょう」
脳裏をちらりと母と祖母の顔が過ったが、僕はすぐに打ち消した。今はこの興奮と連帯を壊したくない。鉄は熱いうちに打てと言うではないか。
結局僕達が帰途に就いたのは、和歌山市を出発して24時間経ってからだった。貧乏旅行だったが、三人で持ち寄った軍資金と駅長からの報酬で、可能な限りあちこちを見て回った。一番苦労したのは一人で運転した先輩だったろうに、久世さんは疲れを知らない子供のようだった。
二日後の午前中、和歌山駅に着いた。
「長丁場ご苦労様でした」
「いや二人もお疲れ様。楽しかったね。気を付けて帰って」
「はい」
帰りの電車に乗り込むと、クーラーのよく効いた車内に心地よい疲労感がどっと押し寄せた。シートに沈み込み、この1週間を振り返るうちに僕は眠ってしまった。自宅では盛大な小言が待ち構えているとも知らずに。
「なぜ連絡の一つも入れられなかったの。いいえ、どうして行く前に許しを得なかったの!」
母は仕事から帰って来るなりカンカンだった。
「お母さんも、どうして止めなかったの。そんな免許を取りたての人の運転でどこかへ行こうだなんて。もしも万が一のことがあったらどうするつもりだったの」
母の怒りは祖母へも向かった。
「ごめんね、私が考え無しだった」
仕事のストレスもあるのか、母の頭ごなしの非難に小さくなっている祖母が気の毒だった。
「お祖母ちゃんは悪くないよ。僕が勝手に出掛けただけだよ。責めるなら僕に言えよ。そんなにヒステリーを起こすことか?無事帰ったんだし」
僕の言葉に母は一瞬詰まったが、すぐに鼻白んだ。
祖母は僕を咄嗟に制止して母に向かって謝った。
「私が悪かったの。さ、この話はまた明日。二人とも疲れているんだしゆっくり休みなさい」
折角の旅の楽しい思い出に水をかけられたようで、僕は暗鬱とした気分で部屋に戻った。
暫くして襖をコトコトと叩いて祖母が姿を見せた。
「ちょっといいかしら」
「うん。お祖母ちゃんさっきはごめん、僕の所為で」
祖母は畑で採れたメロンの載ったお盆を僕の前に置くと、自分も座った。
「ねえ、お母さんの名前がなぜ朱布子っていうか分かる?」
「え?」
祖母が突然何の話を始めたのか分からなかった。
「裏の山の入り口に、古いお宮があるのは知っている?」
「うん」
自宅の裏には山が控えていて、途中までは人の踏み分け道が付けられていた。その踏み分け道の途中に、寂れた壊れかけの小さな堂があった。子供の頃は兄達と山に分け入り山菜を採ったりしたので存在は知っていた。祖母が定期的にお宮に酒を供えていることも。
「お宮の鈴の下がっている鈴緒が何色かも?」
僕はお宮の様子を思い浮かべた。錆びた鈴の下がった紐を引っ張りガラガラと鳴らしたこともある。褪色して色褪せた紐の元の色は朱色だったと思う。
「私はお母さんが産まれるまで何度も流産をしたの。お母さんを妊娠した時、今度こそはと藁にも縋る思いだった。それはお祖父さんも同じ。ある日陣痛が来て産婆さんを呼んだのだけど、逆子だと言われたの。お祖父さんはお宮に飛んで行って、『何とか子供が産まれますように』と、一晩中朱い鈴緒を引っ張って拝んだそう。二晩死に物狂いで苦しんで産まれたのが、あなた達のお母さん。その後結局、お母さんに兄弟を作ってあげることは叶わなかった。だからお母さんは私達の宝物なの。そんな大事な娘を心配させたあなたを私は許せないわ。そして気が狂う程あなたを心配していたお母さんの気持ちも痛い程分かる。お母さんにはあなた達しかいないの。だから兄弟仲良く、お母さんを大切にして頂戴」
そう言った祖母も、大学二年の春に眠るように亡くなった――。
6 中道と逸脱
「画風で言えば印象派ってことかな」
「いや、先輩は『久世派』って言ってる。誰かに似てるっていうのは模倣でしかないって。唯一無二でいてこそ価値があるって」
「相変わらず先輩らしいね」
「うん、僕達の中で一番地に足の付いた人だから」
「確かに」
僕と鹿谷は商店街の中ほどにある、小規模のギャラリーの中を見て回っていた。久世先輩の初の個展が開かれたからだ。
東京の美大に進んだ先輩は、卒業後すぐに結婚をした。僕と鹿谷は揃って和歌山大に入学し、鹿谷に誘われるまま就職も同じ所へ決めた。そして二年前故郷へ戻って来た先輩が丁度席が空いた風刺画家に納まり、僕達三人は紀伊報知新聞の三羽烏と呼ばれるようになった。その意は仲の良い三羽の小鴉くらいの意味合いだったが。
「もうすぐ終わるから、先に店に行っててくれ」
お客に絵の説明をし終えた先輩が歩み寄って来て言った。
僕と鹿谷はギャラリーを辞したその足で、《炉端焼き くろもり》へと向かった。
くろもりは、僕と鹿谷の四年間の涙と愚痴を余すところなく吸い込んだ店だ。僕と鹿谷は一緒に叱られ、一緒に詰られ、一緒に涙を呑んで成長してきた。その度この店で酌み交わす一杯のビールが一時の慰めになり、明日へ奮起するための原動力となった。
「はい、いらっしゃい。今日は何にします」
平素通りの店主の気の良い挨拶に、鹿谷が手早く注文を済ませた。
「まずビールを。後からいつもの連れが来るので、そしたら野菜のお好みコース、サザエのつぼ焼き、ホタテ、牡蠣、ホッケの干物をお願いします」
「今日は随分奮発するね。何か良いことでもあったの?」
「ええ、お祝い事があったので」
店内は香ばしい炭火の香りで充満している。活況のある店内を、少し腰の曲がった店主のお母さんがゆっくりと横切り、僕達の席までビールを運んで来てくれた。
僕と鹿谷はジョッキを持つと乾杯した。そこへ入り口の引き戸がカラカラと開いて、暖簾をかき分けた先輩が暮れかけた空を背景に到着した。
「お疲れ様。今日は中々の入りだったんじゃない」
「うん、まあね。明日が最終日だから、もう一踏ん張りだ」
「そうだ先輩、娘さんの喘息の方は良くなったの?」
久世先輩がこちらに戻って来た大きな理由の一つがそれだった。
「空気が良くなったせいか、あまり発作を起こさなくなったよ。この前は絵本のプレゼントありがとう。エリカも喜んでたよ」
「それにしても先輩、ライフワークと風刺画の作風が違い過ぎる。今日の佐藤外務相あまりにもデフォルメし過ぎでしょう。佐藤大臣のファンとしては本当に胸が痛むよ」
鹿谷が冗談半分、本音半分で久世に訴えた。
「ああ、『ハイッ!』っていうのね」
僕も久世先輩が描くようになってから毎日新聞をチェックするようになった。
「国会中継を観ていたらさ、二人が大学時代に仲間から代返を頼まれていたっていうのを思い出しちゃったんだよね」
今朝の画は閣僚達が国会の答弁でズラリと並ぶ中、後ろに何人もの数えきれない黒子の官僚が控えている構図だった。
「代返をしているのは、一体どちらなのかってことだよね」
僕が言うと二人はそれぞれ首を傾げて考え込み座は静まったが、先輩が気を取り直したように仕切り直した。
「ま、取り敢えずより良き日本の未来に乾杯!」
アルコールも徐々に入り、料理も次々に焼き上がり、僕等はすっかり高揚していた。
「なあ鹿谷、何でこいつを新聞記者に誘ったんだ?」
酒に弱い久世先輩が、茹でたタコのようにピンク色の顔をしながら鹿谷に質問した。
「こいつ東京まで電話をかけてきて、『先輩、僕何をしたらいいんでしょうか』なんて相談を何回受けたか」
鹿谷は面白そうに僕の方を見た。
「筆致かな……」
「筆致?」
「あの時三人で駅に壁画を描いたでしょ。その時思ったんだ。『彼は開拓者ではないけど、切り開かれた筋を平らにならして道にする人だ』って。要するに固い信念を感じたんだ」
僕は鹿谷の言葉に照れた。自分の中にそんな信念があるだろうかと胸の内を覗き込んでみたが、あるのはやっぱり極楽とんぼのような気楽さだけだった。
「それで、こいつは記者としてモノになったの?」
「うーん。それは分からない」
「鹿谷、無責任な」
僕はがっくり来た。確かに今だに文章のことで怒られる。
「越場キャップにはよく『お前の文章は小説が入ってる』って言われるんです。でもどこがおかしいのか全然分からないんですよ」
「想像力が過多なのかな」
鹿谷が混ぜ返した。
「この前も富川デスクに大雪の日の記事を提出したんです。『綿菓子のような雪を頭に戴いた二宮金次郎像――』、これは却下だったんです。それでその後に提出した『綿帽子のような白いものを頭に戴いた二宮金次郎像――』、これはOKだったんです。この違いは何か分かります?」
久世先輩は口の中で何度か文章を繰り返していたが、やがて酔いが醒めたようにすっきりした顔をして言った。
「え、どっちもどこがいけないの?俺には分からない」
「僕も実はよく分からない」
鹿谷も笑いを堪えながら続けるので、僕等は結局三人でハハハハと笑い出した。前で忙しくホタテを焼いていた店主も、つられてにこにこした。
「今日は先輩の初の個展開催を祝う席でもあるんだけど、僕も祝ってほしいことがあって――」
鹿谷が姿勢を正して改まった。
「本日付で会社に辞表を提出してきた」
「え?」
僕と先輩は驚いて顔を見合わせた。
「東京の新聞社に籍を置いて、戦場ジャーナリストになろうと思うんだ」
自宅のアパートに帰ってベッドに寝転がると、僕はさっきの鹿谷の突然の発表を思った。
今まで四年間――、いや高校時代、大学時代も含めれば九年間、鹿谷はそんなことは素振りにも見せなかった。あまり饒舌ではない鹿谷を思えば理解は出来るが、親友として、長い間温めて来たであろう夢を今夜突然明かされたことには、僅かながら寂しさを感じる。
そして新聞社に入社してから常々富川デスクに言われてきたことを思い出す。
「中道を守れ!記事に偏りがあってはならない」
中道――耳にタコが出来る程聞かされてきたその言葉は、いつの間にか僕の中で大きな位置を占めるようになっていた。
記事を書く時、どれほど自分の心情が傾く方があっても、常に中道を心掛けた。会社内の人間関係では、誰とでも当たらず触らず、バランスをとって上手く泳ぎ渡って来た。危ない橋は渡らず、人生も中道を歩むよう気を使っていた。それは鹿谷も同じだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
曲がりなりにも国立大を出、地方新聞とはいえ県の優良企業に就職し、安定と安全の将来設計――出だしとしては上々だった。けれども鹿谷は積み重ねて来た四年という月日を、いとも容易く飛び越え羽ばたいて行ってしまった。
僕は身を起こすとコートのポケットから携帯を取り出し、久世先輩の番号にかけた。
「先輩、酔いは醒めた?」
『うん。完全に醒めたな』
「……」
僕は自分が電話をかけたにも関わらず、何を言いたいのか分からず口籠った。
『……俺と鹿谷が同じ中学だってことは言ったよな』
そうだ、先輩と鹿谷は同じ学区内で実家は近所だと言っていた。
『学校に庄司さんていう雑用を任されている用務員さんがいたんだ……』
先輩が問わず語りに喋り出した。
『庄司さんは建設現場の事故か何かで片足を失い、義足でびっこを引いて歩いていたんだ。校内の落ち葉を掃いたり、駐輪場の整美が仕事だった。物静かな人で、いつも黙々と働いていた。……学生の中にはそんな庄司さんの歩き方をからかって真似したり、わざと駐輪場の自転車を倒したりする者もいた。自分の子供よりも年下の生徒にそんな扱いを受けて、内心心が痛かっただろうな』
僕は先輩の話を黙って聞いていた。
『鹿谷はそんな庄司さんを見かけると、倒れた自転車を一緒に立て直したりして手伝っていた。始業チャイムが鳴り終わってから教室へ着くことも度々あったらしい。でも遅刻の理由を一度も弁解したりしなかった。そういう優しい所がある奴なんだ、あいつは……』
一月後、鹿谷は業務の引継ぎを終えて東京へと旅立った。そしてその半年後、全国紙の第一面に隔週連載として、『世界の戦場から~』が掲載され、鹿谷馳夫の名が載った。
先輩と僕は鹿谷の活躍を喜びながら、鹿谷の記事が出る度新聞を買いにコンビニへ走った。鹿谷とは彼の偶の帰国時に、和歌山へ帰郷する時以外会うことは稀だったが、相変わらず三人の友情は続いていた。会うごとの鹿谷の変化に、僕も歳月という自分の変化を実感した。
鹿谷の活躍に触発された訳ではないが、僕も徐々に重要な記事を任されるようになり、仕事が面白くなってきていた。と同時に二律背反、仕事の難しさ、苦しみにも悩まされた。報道の倫理、誰もが傷付かぬ記事など無い。上司からの厳しい発破の声。昼夜を問わない取材のための待機に、睡眠時間は削られ体力は常に消耗していた。それでも遠い異国の地で、鹿谷が一人奮闘していることを思うとどこか晴れやかだった。
そんな折だった。久し振りに鹿谷が一時帰国したので会おうと連絡してきたのは――。
おとといからの驟雨で水嵩を増して濁流となった紀の川、その川面を見下ろすように河西橋の中央に鹿谷は佇んでいた。
漸く今日の明け方雨が止み、橋の所々はまだ黒く濡れていた。鹿谷は僕が近付いても顔を俯けたままじっと川の流れを見ていた。
「鹿谷」
肩を落とした姿に、何となし昨日の電話の声にも元気がなかったと思い至った。
「一年振りか?こっちへはいつ」
「一週間前かな」
鹿谷の答えに僕は一瞬詰まった。いつもなら日本に帰って来れば即座に連絡をくれた筈なのに。
「先輩には……」
「うん、これから」
歯切れの悪い鹿谷に僕は当惑した。
「何かあったのか?」
「……川を見ているとさ、身体が持って行かれて流れに飲み込まれそうな気がしないか」
僕の質問をはぐらかすかのような返答に、僕はまたもや困惑した。
「最近川を見ると、眩暈がして飛び込みそうになるんだ」
河西橋の低い欄干に不安になり、思わず僕は鹿谷の両肩をガシッと掴んだ。
そんな僕の様子に、鹿谷が自嘲するように力ない笑みを浮かべて、また川面に目を戻した。
「鹿谷、疲れているんじゃないのか」
隈の濃い憔悴した顔色に僕は心配になって言った。
「そうだね。よく眠れないんだ」
「何か悩みか?僕で良ければ聴くよ」
「悩み……悩みか」
鹿谷はぼんやりと僕の言葉を繰り返した。
「僕のやっていることって意味のある事なんだろうか」
相変わらず川面に目を据えたまま、鹿谷がポツリとこぼした。
「取材して、記事を書いて、知らせる――。これは手段だ。僕の目的は戦争を止めること。その為に人々に働きかけること、それが僕の仕事だ。でも世界という余りにも巨大な車輪を動かすには、世情は泥濘過ぎて、僕の力は微弱すぎる。毎日非力を痛感するんだ」
喋り出すと言葉に本人も知らず熱がこもった。鹿谷の欄干を握る手に力が入った。
「鹿谷、鹿谷……」
僕は宥めるように鹿谷の肩を叩いた。
「そんな大きなことを考えていたのか。僕だってそうだよ。僕もお前も小さい人間でしかないんだ。世の中を動かすのはもっと大きな力を持った人達だよ。そして時間だ、時間だけが全ての物事を動かせるんだ」
僕は大きく息を吐いた。
「鹿谷、休暇を取って少し仕事から離れてみたらどうだ。頭を休めてみるんだ」
「休む?じゃあ誰が、その間あの人達を救えるんだ?毎日死んでいく無辜の人達を。誰が助けてやれる」
僕の言葉に鹿谷は、キッと怖い顔になって睨んだ。
その視線のきつさと語調の激しさに僕はたじろいだ。
「鹿谷……家に帰ってちょっと眠った方がいい。やっぱり疲れているんだよ」
僕は心配で、まだここに残るという鹿谷を無理矢理自宅まで送った。
そして夜鹿谷の実家に電話した。鹿谷が携帯に出なかったためだ。鹿谷のお母さんが出て、僕は代わってもらえるよう頼んだ。
『それが、東京に戻ってしまったんですよ』
鹿谷のお母さんは困ったように電話口で謝った。
『実家のベッドは狭すぎる。ホテルのベッドに慣れたから、と言って』
「鹿谷にその……変わったところはありませんでしたか?」
『私の口出しが煩いのか、家にいると平和ボケすると言って――甘えてしまうんだとも』
「そうですか」
電話を切り僕はほっとした。鹿谷も常時神経を研ぎ澄ましていなければならない戦場を離れ、誰かに弱音を吐いてみたかったのかもしれない。けれども、そんな時に当たり障りのないことしか言えなかった自分に、鹿谷が愛想を尽かしていないか、それが気に掛った。
7 回遊魚
ジリリリリリ。ジリリリリリ。
電話が鳴っている。昔の黒電話の着信音を設定している訳は、この音が無視出来ないほど神経を苛立たせるからだ。
濃霧による複数台が絡む玉突き事故の取材で、未明に三日振りに部屋へ帰って来たところだった。夕飯ならぬ朝飯もそこそこに、ベッドにバタンキューした。
ジリリリリリ。
ああ頼む、もう少し寝かせてくれ。心地良い微睡みを破られまいと僕はきつく眉根を顰めた。
会社ではない筈だ。今日は元々非番だし、富川さんには休むと伝えた。台所のテーブルに置きっ放しのカバンの中の携帯は、しつこく鳴り続けている。
こんな早朝に誰だろう。ふと鹿谷の顔が思い浮かんだ。あちらとの時差は6時間。そう思うと鹿谷以外考えられなかった。
ジリリリリリ、ジリリリリリ。携帯は鳴り続けた。だが泥のような疲労感と眠気に身体の欲求には勝てず、僕は布団を引き被ると睡眠を優先させた。
夕方になってやっと僕は起き出した。今更だがカーテンを引いて窓の外の様子を暫し眺めた。曇天のむっとする暑さで、往来には風一つない。時計を確認すると16時過ぎだった。まる12時間寝ていたらしい。眠り過ぎて鈍く痛む後頭部を押さえながら、蛇口を捻りコップに水を一杯注いだ。口に運ぼうとした時、携帯が鳴った。
先輩からだった。
『すぐに速報を見ろ』
悲鳴にも近い先輩の緊迫した声に、僕は慌ててテレビのリモコンを手に取った。
《速報》という字幕が点滅した後、テロップが流れた。
画面に《戦場ジャーナリストの鹿谷馳夫さんが銃撃され死亡》の文字が躍った。
視覚から入った情報を飲み込むのに時間がかかった。そしてその事実は冷たく喉元を下り、やがて腹の底にわだかまり、張り付いた。言うなればそれは恐怖だった。
「生前は息子が大変お世話になりました」
鹿谷の両親とは葬儀の席でも挨拶を交わしたが、改めて二人は深々と頭を下げた。僕と先輩は僕のアパートで、鹿谷のご両親を迎えた。涙で目を潤ませた二人を見る
と、僕は何も言えなくなった。
先輩は気の利かない僕を鹿谷の両親と台所のテーブルに着かせると、勝手知ったる我が家とでもいうようにお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
鹿谷の両親も先程より落ち着いた様子で、お茶を啜った。そして鹿谷のお母さんが徐に持ってきた鞄から封筒を取り出し、僕等の前に置いた。
「馳夫の……遺体と一緒に届いたものです」
鹿谷のお母さんは一瞬涙を堪えた後続けた。
「これは馳夫と一緒に取材をしていらしたドイツ人の記者の方が、馳夫の最期の様子を知らせて下さった手紙です」
A4サイズの茶封筒の中から、洋式封筒にくるまれた手紙が出て来た。
僕等は恐る恐る封筒を受け取ると、英語で書かれた文面を読んだ。
“私はトシオと一緒に取材をしていた者です。この度は息子さんの悲報に際し、どれ程のご心痛のことでしょう。トシオの最期を見届けた者として、お二人に息子さんの死に際をお伝えしなければならないこと、誠に残念です。私とトシオは昨年の12月にメディアセンターで出会いました。私達は取材方面が同じことが多く、自然と会話を交わすようになりました。真面目で几帳面な性格の彼には見習うことが多かった。彼とは核兵器について、生活の自由を奪う地雷原について、銃の所持規制について、そしてお互いの家族、友人、趣味などについて、取材の合間を縫って語り合いました。そんなトシオの表情が曇ったのは、登校途中の子供達の列に砲弾が落ちた日からでした。その日を境に、思い悩む様な打ち沈んだ姿が見受けられました。彼が亡くなった当日ですが、私達は反政府軍に同行し、戦いの最前線まで取材の足を延ばしました。目の前には広い大通りがあり、兵士からはこの通りを挟んで敵と交戦中なので、出来るだけ建物の中にいるか、遮蔽物の陰にいろと命じられました。あの時、なぜトシオがあんなことになったのか――今考えても分かりません。激しい戦闘の最中、私も自分のことで精一杯だった。ふと気付くと、トシオの姿が通りの中央にあった。以前彼が話してくれたことが脳裏に浮かびました。3年前の夏、日本への帰国の前にアメリカに立ち寄ったと。どうしても先住民の儀式《サンダンス》が見たかったそうです。自然復活と和平を祈る踊り。トシオは緩やかにステップを踏みながら、石畳の通りをゆっくりと回りました。その場にいる全員がその十数秒を凍り付いたように固唾を呑んで見守った。その表情は苦しみから解放され、幸福を約束された者の表情でした。……”
僕と先輩は沈黙のうちに読み終えた手紙を鹿谷のお母さんに返した。
「それからこれはお二人に……」
お母さんは茶封筒から更に、角が擦り切れて土埃で汚れた白い封筒と、写真屋のロゴの入った封筒を取り出した。
鹿谷のお父さんが口を開いた。
「あなた方に買って頂いたデジタルカメラで撮った最後の写真です。一番高い最新式のを貰ったと息子がとても嬉しそうにしていました」
鹿谷が旅立つ日、先輩と僕でお金を出し合い餞別にと贈ったカメラのことだ。
僕は十数枚の写真を一枚一枚捲った。その中の一枚に僕の手は止まった。
学校と思しき、ガラスの嵌っていない窓枠に頬杖を突く男の子が二人、一人はカメラに向かって片手を振っている。その窓の下に制服を着た女の子が三人、学校の壁に寄り掛かっている。一人はピンクのゼラニウムの鉢を抱えてしゃがみ込んでいる。共通しているのは、どの子も皆一様に明るい笑みを浮かべて鹿谷の方を見ていることだ。もうこの世にはいない鹿谷の視点を通してこの世界を見るという奇妙な現象に、僕は喉にぐっと込み上げるものがあった。
鹿谷の両親と先輩が辞して、僕は漸く落ち着いて鹿谷の手紙を読む気になった。
久世先輩は僕が写真を見ている間に先に読んだからと、僕に手紙を置いて行った。封筒には鹿谷の几帳面な字で、《友へ》と書かれていた。僕は無意識のうちに深呼吸をすると手紙を開いた。
《友へ》
“この手紙を万が一の事があった場合に備えて書いておこうと思う。
僕は病んでしまったようだ。いつ頃からだったろう――戦場に対する慣れなのか、失望なのか、安全対策を怠るようになった。地雷原に向かって無防備に駆け出したくなる。装甲車の前に倒れ伏したくなる。防弾チョッキを脱ぎ捨てて、通りをのんびり闊歩したくなる。
何かに駆り立てられるように前に進んで来たが、人間は弱い生き物だ。喉の渇きだけでも苦しくて死んでしまう。代替の効かない、この世にたった一人の人々が毎日何百人と死んでいく。一つ一つから見れば皆稀有で貴重な価値のある人生が、戦争という非日常の出来事の前ではまるで無価値なもののように握り潰されていく。
破壊と死、怒りと憎悪。目の当たりにする悲惨な状況に、僕の精神は音を上げ始めた。
自分がこんなにも弱い人間だったとは知らなかった。自分のしてきたことに果たして意味があったのか。彼らのようにいつか僕も消えて行くこと。それが怖い。だから二人には僕の思いを知っていて欲しかった。報道に携わる僕の友人達に……。
僕の見た光景は、決して遠い国の見知らぬ人々の話ではない。どうか世界の片隅の一事象としてではなく、同じ星に住む、同じように命を繋ぐ人達の話なのだと捉えて欲しい。そしてそれを世界中の人に発信して欲しい。
それが僕の切なる願いだ“
店員が全員の前に重箱を運び終えた。僕等は一斉に漆器の蓋を取り上げた。
「!」
「うわあ」
僕等は揃って歓声を上げた。
重箱の端からはみ出る程大きな鰻からは、炭火で焼いた香ばしい匂いとたれの甘い香りが合わさり食欲を誘う。
僕は前に座る先輩と、更に横に座る鹿谷と顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
懐かしい夢だ――。久世先輩は若いし、鹿谷もいる。僕にはこれが夢だと分かっていた。駅の壁画を描いた後、長野まで北斎の天井画を観に行った帰りのことだ。
手持ちの資金が結構余ったので、最後に何か美味しいものを食べて帰ろうということになった。高速を下りて名古屋に立ち寄り、有名店で思い切って鰻重の特上を三人で頼んだ。
「僕、国産の天然鰻なんて初めて食べるよ」
僕が言うと、既にもぐもぐと食べ始めていた先輩が、俺もだと不明瞭な声で言った。
「ウナギは回遊魚だよ。マリアナ諸島や東アジア沿岸を3000キロも移動するんだ」
鹿谷は割り箸をぱちんと割ると、僕に向かってにこっと笑って見せた。
「だから国産ていうより地球産だね」
やっぱり夢だ。僕は残念な気持ちで友人達の若い姿を眺めた。ウナギの記事を読んだのは自分だし、研究結果が発表されたのはつい先頃のことだ。それでももう一度鹿谷に会えて嬉しい。先輩と冗談を交わしながら鰻重を夢中で頬張る鹿谷を見ると、胸が詰まった。
「鹿谷……」
そう言ったところで場面が変わった。
海辺だった。鹿谷は眩しい程白いシャツを着て、海の中へと入っていくところだった。
「鹿谷、危ないそっちへ行くな!」
制止しようとし、しかし僕の足は砂浜に縫い付けられたように一歩も動けなかった。
「僕達も地球産だよ。最後は塵となってこの星を漂う。命の営みは皆そう――」
「鹿谷、行くな。行かないでくれ」
僕は悲痛な思いで声を限りに叫んだ。
けれども鹿谷の背中はイルカのように見え隠れして、とうとう陽光の中に消えた。
僕は茫然としたまま、鹿谷の消えた光る波間を見つめた。ふと高校の昇降口で鹿谷から声を掛けられた時のことを思い出した。
鹿谷はタイルガラスの壁を背にして、やはり白い光を纏っていた。
顔の横側が冷たい。目蓋を開けると仄暗い部屋の様子が目に入った。僕は伝わった涙を拭い、身を起こした。
これが本当に最後なのだと思った。――四十九日だった。
ベランダに出るとひんやりとした夜気が体を包んだ。遮るもののない視界に遠くまで家並みが見渡せる。このマンションの部屋を選んだ理由の一つだ。チカチカと瞬く灯りが、まるでままごとのように健気でいじらしい。
これまでに人生の伴侶が得られそうな機会は幾度かあったが、その度に自分を押し留める力が働いた。
昔祖母に言われたことが、どこか引っ掛かっていたのかもしれない。しかし今思えばこれで良かったのだと思う。
僕はプシュッと缶ビールのプルタブを引っ張り、街の各営巣に乾杯をしてから一口飲んだ。
鹿谷の灯した火を絶やしてはいけない。それがどんなに小さな灯でも埋火でも、白く灰となるまでは闘い続けなければならないのだ。
僕は広がる夜景を眺めながら暫くの間、夜風に身を任せていた。
久方振りの実家の玄関を一歩入ると、長いことご無沙汰だった賑やかな気配がした。何やら美味しそうな匂いもしてくる。
「ただいま」
僕が上がり框で靴を脱いでいると、奥から母が上気した顔で出て来て僕の荷物を受け取った。
「またこんな高いお菓子を買って……手ぶらでいいのよ」
文句を言いながらも嬉しそうなのは、この最中が母の好物だからだ。
台所へ向かうと油のはねるピチピチという音がする。
「あれ、母さんが夕飯の用意してるんじゃないの?」
「ああ、凌介よ。トンカツを作ってくれているの」
「へえ」
下の兄は大学時代からの自炊生活で、かなり料理の腕を上げたらしい。
「兄さん久し振り」
「……うん」
真剣な表情でトンカツの揚げ具合を計っている下の兄に代わって、拙い手つきでレモンを切っていた上の兄が振り返って「おう」と言った。
「もう出来上がるから、手を洗って来いよ」
「うん、分かった」
僕は洗面所へ行こうとして、台所に集まる僕の家族三人を何となく見つめた。
兄弟それぞれの大学進学、祖母の死、そして就職、皆ばらばらとなってしまった。
上の兄の手元不案内な包丁使いをハラハラしながら見ている母の姿に、祖母の姿が重なった。こうして家族で集まるのも必要なことだと改めて感じる。
兄達の作ってくれたボリューム満点の夕食に、母がデザートにと出した葡萄を食べるとお腹がはち切れそうになった。腹ごなしにと、僕は食器の後片付けをかって出た。
皿を洗い終わって後ろを振り返ると、母も兄達も食卓に着いたまま手持無沙汰に座っていた。考えてみれば、皆家に帰って来てから一度も台所から離れていない。僕は可笑しくなって、つい吹き出してしまった。
「何だよ。お前が話があるっていうから、ずっと待っていたんだろ」
下の兄がむすっとして、眉を顰めた。
「うん、悪い……」
僕は一旦大きく息を吐くと、三人の顔を順繰りに見渡した。
「僕さ、戦場へ行こうと思うんだ。いや、もう決まったことだから……僕は戦場へ行く」
一瞬座が静まり返った後、下の兄が訊き返した。
「え、戦場へ行くってどういうことだよ」
「戦場の取材をするジャーナリストになる」
僕の発言に母の顔色はすうっと色を失った。そして唇を震わせ、押し殺した声音で言った。
「……許しませんよ。親の許可もなく勝手にそんなことを決めて!」
ぶるぶると細かく震える母の痩せた首に、青い筋が浮き上がっている。母が本当に怒っている時に出る兆候だ。
それを見て、黙していた上の兄が口を開いた。
「おふくろ、考えてみろよ。出国した後に事後報告することだって出来た筈だ。それを俺達に一応事前に伝えてくれた訳だろ。こいつだって相当な覚悟がなければ、危険な仕事に就こうだなんて思わないさ。こいつももう大人なんだ。黙って送り出してやろう」
「そうだよ、おふくろ。男にはこうと決めたら行かなくちゃならない時があるんだ」
僕は兄達二人に視線を移した。
上の兄はおととし結婚し家庭を持った。子供も生まれ、安泰なのか少々お腹がせり出し始めている。子供時代からは想像もつかない、しかつめらしく銀縁の眼鏡をかけている下の兄は、昔の腕白を知っている僕からすれば『馬子にも衣装』だが、こんな時は兄弟がいるということが誇らしく頼もしい。
「そういうことに男も女も関係ありません。女だって一緒です」
母はぴしゃりと言い放つと席を立ってしまった。
懐かしい実家の布団の匂いに反って目が冴えてしまった。寝付きの良い兄達も早々就寝したのか家の中は静かだ。僕は起き上がると襖をそっと開け廊下に出た。
茶の間に向かうと電気が点いていて、縁側の雨戸が開いていた。茶の間からこぼれる明かりに、縁側に座る母の背中が見えた。
「母さん、眠れないの?」
母に声を掛けると、僕も隣に腰を下ろした。
夏の終わり、少し前から蝉に取って代わって、秋虫の集く声が耳を聾するようになっていた。
「あなた、まだ蚊がいるわよ。テレビの下に蚊取り線香があるから点けなさい」
自分は無頓着なくせに、母は僕の心配をしている。
「うん」
僕はもう一度立ち上がり、蚊取り線香に火を点けた。
「私はいいから、あなたの方へ置きなさい。こんなお婆さんの血なんて吸われないから」
そのまま僕と母は静かに虫の声に耳を傾けた。
「……確かにあなたはもう、親の保護を必要とする子供ではないわね」
母がポツリと言った。
「分かってはいるのだけれど……。本当は新聞社になんて勤めてほしくなかった。もっと平凡な会社に就職して、普通の暮らしをしてほしかった。でも結局こうなるのね。私には止めるだけの度量も無ければ、気概もないの」
僕は母の細くなった背中と、眉間に刻まれた深い皺を見やった。
思えば大学生になるまで、アルバイト一つしたことが無かった。
「母さん、この家に一人でいるのが嫌なら兄さん達の家の近くにアパートでも借りたら?家賃と敷金礼金は僕が出すから」
「いいえ。まだお隣りに利平さん達もいるし、実は亜矢子さんがここに移り住んでも良いって言ってくれてるの。誠一には出来過ぎた人だわ。お祖母ちゃんの畑も守らないといけないしね」
「そう」
「だから私の心配はいいの。あなたこそくれぐれも気を付けるのよ」
合金、シャツ――。僕は形状記憶と呼ばれる物を思い浮かべた。家族、形状記憶家族。どれだけ喧嘩をしても、揉めても、処置を施せばまた元の姿を取り戻す。受け入れる。普段は何気なく見過ごしている、その温かい保護膜のような流動物が、僕の周囲にしかと網を張っているのをはっきり感じる。僕が何を言おうと、母はいずれ受け入れてくれたのだろう。僕のことも兄達のことも、それぞれの不均衡な形を流動的に。だからこそ裏切れないと思う。
和歌山空港の出立ロビーは平日ということもあり、それほどの混雑ではなかった。
久世先輩と僕は壁際で別れの挨拶を交わした。
「これ、鹿谷のご両親から預かって来た」
先輩が鹿谷の遺品であるデジカメを僕に手渡した。
思っていたよりも随分と小さく軽いカメラに、当時自分で買ったにも関わらず僕は驚いた。鹿谷はこんな小さなものに人生を預けていたのか――。いや、これくらいが丁度良いのかもしれない。僕はカメラのストラップを首に掛けた。
「鹿谷の……」
先輩が言い掛けて言葉を切った。
先輩の言葉の続きは分かっていたから、僕は力強く頷いた。
「先輩、天井画はまだ観に行っていないよね?いつか僕と行こう。お互いもう少し時間の余裕が出来たら、その時に」
先輩がニヤッと笑った。
「足腰が丈夫なうちにだぞ。俺は肝が短いからな!」
8 そして戦場にて
遠雷のような爆撃機の音がやっと遠のいて来た。明け方まで続いたロケット砲とミサイルの砲声も小康状態だ。戦闘の中心部は南部の方へ移ったようだ。
昨夜までいたモスクが被弾し、身を寄せていた多くの市民と共に、半壊状態のこの建物に逃れて来た。外壁の一面は爆破され、瓦礫が堆く散乱する焦土が朝靄の中に広がるのを遮るものとて無い。
人々はそろそろと、静けさを取り戻しそうな外界の様子を探ろうとして、建物の入り口に集まって来た。慎重な人、連日続く攻撃の苛烈さに怯えから抜け出せなくなった人達は、奥の壁際に固まり膝を抱えている。子供を抱えた女性のすすり泣く声が時折耳を打つ。
この状況はまだ序の口と言える。僕は戦争というものの渦中に飛び込んだが、グラグラと煮え立つ釜の深淵を、縁から覗き込んでいるに過ぎない。
子供の頃に見た悪夢など、文字通り子供騙しだ。酸鼻を極める悲惨な現場に、何度《きっちょむ》がここにあればと願ったか数えきれない。僕はあの時《きっちょむ》を捨てた決断をその都度後悔した。この世界全体にこそ《きっちょむ》が必要だ。
僕は子供の頃、何がそれ程恐ろしかったのだろう――。
瓦礫の輪郭をなぞるように朝日が差し込むのを見つめながら、ふと考えた。
その答えは戦場に身を置くようになって得られた気がする。
まだ見ぬ世界の果てが怖かった。
容易く露と消えてしまう、命の軽さと重さが怖かった。
生存本能という自己優先の、他者を顧みることのない人間の利己主義が怖かった。
世界はどれほどの出来事にも、何事もなかったように収束し進んでいく。死への忘却と、そして対極の怨嗟を生み出しながら。
「――」
僕の袖を後ろから引く者がいる。
顔をそちらに向けると、天井からの落下物に杖を支えに腰掛けた老女だった。
「――……」
何かを一生懸命に説明しようとしている。そして顔を覆ったヒジャブを払い除けて、掌で自分の顔を指し示した。
僕は自分の拙いアラビア語を総動員して理解に努めた。
(あなたにそっくりな人を、昔見たことがある)
僕の頭の片隅に、うすぼんやりとした明かりが灯った。
(私の息子とよく遊んでくれた。自分にも息子が三人いると言って、写真を見せてくれた)
僕は虚を突かれたような面持ちで老女を見返した。老女は微笑んだ。
そう、全てはここに帰結するのだ。僕の今まで歩んで来た道は、この場に至るためのものだったのかもしれない。差し染める淡い太陽の光に照らされ、白日の下となった戦禍の爪痕の如く。
終
あとがき
未熟な文章を読んで頂き、有難うございました。
内容は虚虚実入り混じっておりますが、創作として読んで頂けましたら助かります。
重ねてお礼を申し上げます……。
1
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だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
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