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そんな日々が続き、街の人たちの体から完全に病魔が消え去ったころ、急報が街に届いたのです。
なんと、死霊の王と名乗る者が軍を挙げ、王都に向けて進軍を開始したらしいのです。
その情報を伝えてくれた行商人によれば、死霊の王が現れたのはこの街から王都を挟んで反対側にある死の山と呼ばれる地で、昔からその辺りはゾンビやスケルトンなどアンデッドが徘徊する場所で有名でした。
そして定期的に国が軍や、雇った傭兵部隊などを送り込んで、数が増えないように『駆除』を行っていたはずです。
聖女である私は、彼らに聖なる加護と呼ばれる光属性を付与する役目を与えられて、いつも魔力切れ寸前まで力を使って彼らに加護を与えていたのを思い出します。
「それが、ここ数年国の駆除が上手くいってなかったみたいなんだよ」
行商人は語ります。
「兵士や傭兵たちが酒場で愚痴ってたのを聞いたんだけどよ。前はあっさりアンデッドを一刀で倒せていたのに、アンデッドが強くなったのか数人がかりでやっと一匹倒せるくらいになってたらしいんだ」
その話を聞いて私は悟りました。
それは確実に聖女の力が弱すぎるからに違いないと。
私を追放し、新しく聖女になったティアラの力は、私に比べるとかなり弱く、その力で与えられる加護では到底アンデッドに太刀打ちできなかったのでしょう。
「そうこうしてるうちに死の山のアンデッドが進化して死霊の王が誕生してしまったって話さ」
私は昔、教会学校の図書室で読んだ本の内容を思い出します。
聖なる力と相反する闇の力。
その力を持つ最悪の魔物で、アンデッドといえばリッチーという魔物だと書かれていたはず。
「もう既に死の山に近い村や街は何ヵ所も襲われて、住人たちは全員アンデッドにされたって話だ」
リッチーは殺した相手をアンデッド化して自らの配下にすると書かれていました。
行商人の話からするとそれは事実で、アンデッドたちは進軍すればするほどその規模をどんどん大きくしていくはずです。
このままではこの国だけでなく、周辺諸国すら巻き込んで悲劇が連鎖していくことでしょう。
「行かないと」
「え?」
「今ならまだ……王都が落ちていなければ止める事が出来ると思うんです」
そう告げた私に行商人が呆れたように口を開きます。
「こんな状態で王都に行こうだなんて、あの男と一緒だな」
「あの男?」
「ああ、この街に来る途中の村で、お嬢ちゃんと同じように俺の話を聞いて逃げるんじゃなく王都に向かうって言ったやつがいてな」
「そのようなお方がいらっしゃるのですか」
「ああ、なんつったっけな……たしか……そうだ、レオンとか名乗ってたな」
レオン。
その名前を聞いたとき、私の胸は大きく鼓動を打ちました。
「もしかして黒い眼鏡を掛けた背の高い痩せ型の人でしたか?」
私は行商人の肩を掴んで揺さぶりながら尋ねました。
すると行商人は目を白黒させながら「ああ、そうだ。その通りだ」と答えます。
「なんだ、お嬢ちゃんの知り合いかい?」
「ええ、昔とても……とてもお世話になったお方なのです」
レオン先生は異端者として追放される前は聖女教の高位神官という立場でした。
教会学校で生徒たちに様々な教義を教え導くことを自らの使命とし、聖女認定においては強い発言力をもっていたのです。
本当は私は聖女なんかになりたくはありませんでした。
ですがレオン先生が私を選んでくれた以上、それを断る訳にはいきません。
私はレオン先生に報いるために一生懸命聖女としての役目を果たし続けました。
そうすることで私を選んだ彼の評価が上がることを信じて。
しかし現実は違いました。
レオン先生は私を聖女に推薦したせいでティアラとその仲間たちによって罠にはめられ、誰よりも聖女教を信じていたはずの彼が異端者として追放されてしまうことになろうとは。
私がその事を知ったとき、既に彼は高位神官の地位を剥奪され、王都から追放された後でした。
そして私もこの辺境の地へ飛ばされると知って、もう二度と会えないと思っていたのです。
「その方は。レオン先生は『王都に行く』と仰っていたのですよね?」
「あ、ああ。死にに行く気かって止めたんだけどよ」
「そうですか。でしたらやはり私も王都へ行かねばなりません」
私が決意に満ちた表情でそう伝えると、行商人は少し呆れた顔をしながらも、優しく今の王都の状況を教えてくれました。
どうやら王都に住む人々や、貴族、王族は死霊の王をかなり甘く見ている様子でいるらしいのです。
今まで聖女の力のおかげもあってアンデッドを軽々と排除してきた歴史が彼らをそこまでにしているのでしょうか。
しかし私とレオン先生は知っています。
今の聖女であるティアラ = コーウェルの力は、聖女とするにはあまりにも弱いものでしかないと。
一般人に比べれば強い癒やしの力を持ってはいますし、平時であれば少しアンデッドに苦戦する程度で問題は無かったかもしれません。
ですが、死霊の王が軍隊化させたアンデッドの群れを彼女の力で排除することは不可能でしょう。
そして、同じく光の力、癒やしの力を使えるレオン先生が力を貸したとしても、王都の陥落が少し伸びるだけに違いありません。
「私はどうしても王都に向かわねばなりません。貴方もご存じの通り、私にはこの街を治療するほどの聖なる力があります」
「ああ、それは知っているが。それでも死霊の王の軍団に勝てるのか?」
「はい。今ならまだ……王都に王国軍と冒険者が存在している今なら十分対抗できるはずです」
私は行商人に、この街から出るお手伝いをお願いしました。
この街の出入り口には国から派遣されてきた兵士が常駐し、私のように辺境へ追放された者が、この地から逃げ出さないように見張っているのです。
「わかった。街のみんなに『聖女様』って呼ばれてるほどのお嬢ちゃんの力に賭けてみるぜ」
「ありがとうございます」
私は行商人に頭を深く一度下げると、旅立つための準備をするため修道院へ駆け戻ったのでした。
なんと、死霊の王と名乗る者が軍を挙げ、王都に向けて進軍を開始したらしいのです。
その情報を伝えてくれた行商人によれば、死霊の王が現れたのはこの街から王都を挟んで反対側にある死の山と呼ばれる地で、昔からその辺りはゾンビやスケルトンなどアンデッドが徘徊する場所で有名でした。
そして定期的に国が軍や、雇った傭兵部隊などを送り込んで、数が増えないように『駆除』を行っていたはずです。
聖女である私は、彼らに聖なる加護と呼ばれる光属性を付与する役目を与えられて、いつも魔力切れ寸前まで力を使って彼らに加護を与えていたのを思い出します。
「それが、ここ数年国の駆除が上手くいってなかったみたいなんだよ」
行商人は語ります。
「兵士や傭兵たちが酒場で愚痴ってたのを聞いたんだけどよ。前はあっさりアンデッドを一刀で倒せていたのに、アンデッドが強くなったのか数人がかりでやっと一匹倒せるくらいになってたらしいんだ」
その話を聞いて私は悟りました。
それは確実に聖女の力が弱すぎるからに違いないと。
私を追放し、新しく聖女になったティアラの力は、私に比べるとかなり弱く、その力で与えられる加護では到底アンデッドに太刀打ちできなかったのでしょう。
「そうこうしてるうちに死の山のアンデッドが進化して死霊の王が誕生してしまったって話さ」
私は昔、教会学校の図書室で読んだ本の内容を思い出します。
聖なる力と相反する闇の力。
その力を持つ最悪の魔物で、アンデッドといえばリッチーという魔物だと書かれていたはず。
「もう既に死の山に近い村や街は何ヵ所も襲われて、住人たちは全員アンデッドにされたって話だ」
リッチーは殺した相手をアンデッド化して自らの配下にすると書かれていました。
行商人の話からするとそれは事実で、アンデッドたちは進軍すればするほどその規模をどんどん大きくしていくはずです。
このままではこの国だけでなく、周辺諸国すら巻き込んで悲劇が連鎖していくことでしょう。
「行かないと」
「え?」
「今ならまだ……王都が落ちていなければ止める事が出来ると思うんです」
そう告げた私に行商人が呆れたように口を開きます。
「こんな状態で王都に行こうだなんて、あの男と一緒だな」
「あの男?」
「ああ、この街に来る途中の村で、お嬢ちゃんと同じように俺の話を聞いて逃げるんじゃなく王都に向かうって言ったやつがいてな」
「そのようなお方がいらっしゃるのですか」
「ああ、なんつったっけな……たしか……そうだ、レオンとか名乗ってたな」
レオン。
その名前を聞いたとき、私の胸は大きく鼓動を打ちました。
「もしかして黒い眼鏡を掛けた背の高い痩せ型の人でしたか?」
私は行商人の肩を掴んで揺さぶりながら尋ねました。
すると行商人は目を白黒させながら「ああ、そうだ。その通りだ」と答えます。
「なんだ、お嬢ちゃんの知り合いかい?」
「ええ、昔とても……とてもお世話になったお方なのです」
レオン先生は異端者として追放される前は聖女教の高位神官という立場でした。
教会学校で生徒たちに様々な教義を教え導くことを自らの使命とし、聖女認定においては強い発言力をもっていたのです。
本当は私は聖女なんかになりたくはありませんでした。
ですがレオン先生が私を選んでくれた以上、それを断る訳にはいきません。
私はレオン先生に報いるために一生懸命聖女としての役目を果たし続けました。
そうすることで私を選んだ彼の評価が上がることを信じて。
しかし現実は違いました。
レオン先生は私を聖女に推薦したせいでティアラとその仲間たちによって罠にはめられ、誰よりも聖女教を信じていたはずの彼が異端者として追放されてしまうことになろうとは。
私がその事を知ったとき、既に彼は高位神官の地位を剥奪され、王都から追放された後でした。
そして私もこの辺境の地へ飛ばされると知って、もう二度と会えないと思っていたのです。
「その方は。レオン先生は『王都に行く』と仰っていたのですよね?」
「あ、ああ。死にに行く気かって止めたんだけどよ」
「そうですか。でしたらやはり私も王都へ行かねばなりません」
私が決意に満ちた表情でそう伝えると、行商人は少し呆れた顔をしながらも、優しく今の王都の状況を教えてくれました。
どうやら王都に住む人々や、貴族、王族は死霊の王をかなり甘く見ている様子でいるらしいのです。
今まで聖女の力のおかげもあってアンデッドを軽々と排除してきた歴史が彼らをそこまでにしているのでしょうか。
しかし私とレオン先生は知っています。
今の聖女であるティアラ = コーウェルの力は、聖女とするにはあまりにも弱いものでしかないと。
一般人に比べれば強い癒やしの力を持ってはいますし、平時であれば少しアンデッドに苦戦する程度で問題は無かったかもしれません。
ですが、死霊の王が軍隊化させたアンデッドの群れを彼女の力で排除することは不可能でしょう。
そして、同じく光の力、癒やしの力を使えるレオン先生が力を貸したとしても、王都の陥落が少し伸びるだけに違いありません。
「私はどうしても王都に向かわねばなりません。貴方もご存じの通り、私にはこの街を治療するほどの聖なる力があります」
「ああ、それは知っているが。それでも死霊の王の軍団に勝てるのか?」
「はい。今ならまだ……王都に王国軍と冒険者が存在している今なら十分対抗できるはずです」
私は行商人に、この街から出るお手伝いをお願いしました。
この街の出入り口には国から派遣されてきた兵士が常駐し、私のように辺境へ追放された者が、この地から逃げ出さないように見張っているのです。
「わかった。街のみんなに『聖女様』って呼ばれてるほどのお嬢ちゃんの力に賭けてみるぜ」
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