婚約破棄を告げた俺は、幼なじみと一緒に新天地を目指す!~村も国も捨てて新しい土地でゆっくりと暮らしますね~

長尾 隆生

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決着、そして旅立ち

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 意識を今更集中させたとしてどうなるというのか。
 眼前に迫る勇者の拳を俺は――。

「……あれ? 遅い……」

 俺は軽く体を斜めにずらしその拳を避けると、あの日と逆の立場で空振りしたせいでよろめいた勇者の腹に膝蹴りを叩き込む。
 あの日、自分が受けた攻撃を忘れられずに夢にまで見ていたおかげだろうか。
 とっさのことで軽く当てる程度にしかならなかったはずだが、その膝に何かを砕いた感触が伝わる。
 人体ではない……これは堅い物を砕いた感触だ。

「ゲハァァツ」

 俺の横を通り過ぎ、膝を受けた勇者が血反吐を吐いてゆっくりと倒れ込む。
 遠くから観戦していた人たちも、一体何が起こったのかわからず戸惑いの表情を浮かべている中、一人キュレナだけがこちらに向けて走り出す姿が見えた。

「タイガァァァ」

 どうやらエルモは勝負が付いた瞬間に防御結界を解いていたようで、キュレナは何に妨げられること無く俺の足下でピクピクと四肢をけいれんさせている勇者に駆け寄ると聖女の力を発動させた。
 その力はすさまじく、みるみるうちに苦悶の表情を浮かべ青白くなっていた勇者の顔色が戻っていく。

「ルギー! あんたなんてことをするのよ!!」

 勇者の様子を見て一安心したのだろう。
 キュレナは勇者の頭を抱きかかえながら俺を見上げ叫んだ。

「この世界を救った勇者様が優しく相手をしてくれたのにどんな卑怯な手を使ったの!!」
「いや、俺は卑怯な手なんて……」
「貴方、私たちがこの村に来る事を知っててこの草原に何か仕掛けておいたんでしょ! そうじゃなきゃ勇者様が貴方みたいな貧弱な村人に倒されるわけ無いじゃ無い!!」
「……」

 キュレナのあまりの剣幕に俺は何も言い返すことが出来ずにいた。
 そんな俺の元に小さな足音が近づいてくる。
 エルモだ。

「キュレナ。君って本当に昔と何も変わらないね」
「エルモ? 王都に帰っていたんじゃ……?」
「ううん。君たちに置いて行かれたせいで帰れなくなったんだ。だから今までずっとルギーの家にお世話になってたんだよ」
「そんな……ルギーの家で二人で暮らしてたって言うの? 二年間も?」
「うん、そうだよ」

 キュレナはその言葉を聞くなり俺を殺意を込めた目で睨み付けてくる。
 自分の婚約者が自分の居ない間に別の女性と二年間も同居していたと聞けば、普通に怒るのも無理は無いとは思う。
 だがキュレナは俺との婚約を破棄して勇者と結婚するつもりだったはずで、むしろ彼女にとっては願ったり叶ったりの状況のはずだ。
 つまり彼女がこれほど怒りをあらわにしている理由はエルモの話は関係なく、大好きな勇者様を叩きのめしたことに対してだろう。

「おいおい嘘だろ」
「まったく。ただの村人だと侮っているからそういうことになるんですよ。弱者はどんな卑劣な手でも使ってくると旅で散々学んだでしょうに」

 遅れて様子を見に来た勇者一行が勇者の様子を覗き込みながらキュレナの肩を叩く。
 そして先ほどまで野次馬の村人たちが居た場所を指さしてキュレナになにやらささやきかけた。

「そう、ありがとう」

 キュレナはそう答えると抱きかかえていた勇者の頭を地面におろして立ち上がる。
 野次馬がいた方を見ると、いつの間にかそこには誰も居なくなっていた。
 多分聖騎士たちが野次馬たちを解散させたか村に戻させたのだろう。

「決闘は俺の勝ちってことでかまわないな」
「そんなわけ無いでしょう」
「どうしてだよ。現に俺はこいつを――」
「それは貴方が正々堂々と戦った場合です」

 キュレナの横から魔法使いの最高級ローブをまとった女が進み出る。
 たしかこの国で最強と呼ばれている魔法使いだったか。

「どんな手を使ったのかわからないが。この勇者に油断していたとはいえここまでダメージを与えた手段は知っておかねばならない」

 キュレナと魔法使いの前に、巨体の男が大剣を構えて立ち塞がる。
 元聖騎士団団長と聞くその男から発する殺気に俺は思わず一歩退いてしまう。

「さぁ、どうやって勇者にこのようなダメージを与えたのか教えてもらおうか」
「いや、俺は普通によけて腹を蹴っただけで」
「ふざけているのか? 素直に吐かないというなら本意では無いが拷問してでも吐かせる事も出来るのだぞ」
「そうね、今までだって体を死なない程度に切り刻んで私が回復してあげればどんな密偵でも口を割ったものよ」

 こいつら、そんな非道なことまでしていたのか。
 俺は背筋に寒気を覚えた。

「お前が口を割らなければそちらのお嬢さんに聞くしか無いが」
「っ」

 男の殺気を受けて俺の後ろでエルモが小さく悲鳴を上げる。

「ちょっと貴方たち、エルモは関係ないじゃ無い。悪いのは全部ルギーよ」

 何故かキュレナが勇者パーティを止めようと口を挟む。
 さすがの彼女も仲が悪かったとはいえ幼馴染の少女が傷つくのは見ていられなかったのかもしれない。
 その優しさを俺にも分けてほしかったと少しだけ思う。

「ちょいとした冗談だよ。だが、そいつがいつまで経っても口を割らないって言うなら……」
「少しくらい痛い目に遭ってもらうかもしれないね」

 キュレナに冗談だと口にしながらも二人の目はまた解く笑っていない。
 それどころか俺の返答次第では確実にことを起こすだろう。
 ここで退いたらエルモがこいつらの餌食になる、そう思った瞬間俺の体は動いた。

「こいつ!!」
「……」

 俺の動きを見て男がその手に持った大剣を盾代わりにしてガードしようとする。
 だが。

 バキッ!!

 俺の拳は一瞬でその大剣を突き破ると男の鎧をも砕きその巨体を遠く弾き飛ばす。
 それを見た魔法使いが慌てて杖を掲げ魔法を放とうとする。
 たしかあの杖は魔法の力を何倍にも引き上げるという伝説級の物だったはずだ。

「ちっ」

 俺は振り返るとその魔法使いに向けて一歩踏み出そうとした。
 しかし。

「やらせないよ!!」

 それより早くエルモがその小さな両手を前に突き出し魔法を放っていた。
 彼女の手から黒い光が一直線に魔法使いへ放たれる。

「なっ、その光は」

 魔法使いの叫びはそこで途切れた。
 黒い光を体に浴びた彼女は一瞬で白目をむいてその場に倒れ込む。

「おいキュレナ」
「ひっ」

 キュレナは俺が声をかけただけでその身をすくめ小さく悲鳴を上げる。

「これ以上俺たちを怒らせないでくれないか」

 しかしそんな俺の言葉には怒りは一切含まれていなかった。

「な、なんなのあなたたち。おかしい。おかしいわよ!!」
「そうだな、俺たちはおかしい。いや、お前たちのせいでおかしくなってしまったんだ」
「私たちの……せい?」

 呆然と俺を見上げるキュレナに俺は別れの言葉を投げつける。

「望み通り婚約を破棄してやるよ。これでお前は自由にその勇者と結婚できるな」
「私はっ……」

 俺は何か言いかけた少し前までは婚約者だった幼なじみに背を向ける。
 そこには複雑な表情を浮かべ俺を見つめるもう一人の幼馴染が立っていて――。

「どうやら俺たちは強くなりすぎたみたいだな」
「うん、そうだね」

 辺りに惨めに転がる勇者一行を見渡しながら俺は大きくため息を吐く。

「しかしこりゃ大変なことになったぞ」
「そんなこと少しも思ってないくせに」
「だって勇者をボコっちゃったんだぜ。確実に俺はお尋ね者だ」
「そうだね、でももうそんなことを気にする必要は無いんじゃ無いかな」

 あれほど強いと思っていた勇者も、今の俺たちからすればまるで赤子も同然だ。
 今の俺達なら王国から指名手配されてもなんとかできるだけの力はあるはずだ。
 勇者の力を勝手に高く見積もりすぎたのは自分たちだが、それにしても俺たちはこんな奴らに勝つために気が狂いそうになるほどの修行を重ねたのかと思うと悲しくなってくる。

「それでも世界を救った勇者様たちを倒しちまった以上、このまま村に居たら村のみんなにも迷惑がかかるだろうな。巻き込んでしまってごめんな」
「ううん、これも僕が選んだことだもの。それでルギー、これからどうするの?」

 エルモのその問いかけに俺は少しだけ考えてから答えた。

「そうだな。これだけのことをした以上、この国にはもう居られないと思うんだ」
「そうだね。それじゃあこの国を出てどこか他のところへ行こうよ」
「ああ、そうしよう。今の俺たちなら何処でだって生きていけるからな」

 その時だった。
 キュレナの腕の中で勇者が目を覚ました。
 どうやら今の状態が理解できていないらしく、しばらく周りを見回し、やがてその目が俺に向く。

「大丈夫か? いきなり殴りかかってくるからつい蹴っちゃったよ。でもちょっと内臓をやっちゃったみたいだから聖女様に直して貰って置いたぜ」

 あの日勇者にもらった言葉を少し改変して返す俺に、勇者は未だ状況を理解できてないまま疑問を口にする。

「何故だ?」
「は?」
「何故俺がお前なんかに負けるんだ。ありえないだろ」
「何を言ってるんだ。現に今お前は俺に一発で倒されて死にかけてただろ」

 少し馬鹿にしたように答えた俺に、怒りを覚えたのか勇者が怒鳴り声を上げる。

「そんなわけ無い! 俺はレベルをカンストの99まで上げたんだぞ!! 冒険者ランクだってこの世界で最高のSランクだぞ!! それ以上の村人がいるなんてバグってる!!」

 こいつは一体何を言っているのだろうか。
 俺は勇者の言葉に首を傾げる。

「レベル? カンスト? バグ? なんだそりゃ」
「ルギー、僕が読んだ本の中にそんな言葉が書いてあったよ」
「知ってるのかエルモ」

 エルモが言うには、あの洞窟の中で賢者オリジが集めた資料の中に同じような言葉が書かれていた物があったらしい。
 それによると、異世界から召喚された者にはこの世界の者と違う『自己評価基準』のようなものがあるらしい。
 勇者タイガが今口にしたレベルやカンスト以外にもスキルやフラグ等多岐にわたる。

「なんだ。つまりこいつは自分は限界まで力を強化したのに何故俺に勝てないんだって騒いでいるだけか」
「そういうことになるね」

 未だ完全に回復しきっていないのか上体だけを起こした状態で騒ぎ続ける勇者を俺は睥睨する。
 そんな俺の視線に恐怖を感じたのか、勇者が少し青ざめて口をつぐんだ。

「お前が俺に勝てない理由は簡単なことだ」
「なんだと……」
「レベルだのカンストだの自分の限界を自分で最初から決めてる様な奴に限界を超えた修行をしてきた俺たちが負けるわけがない。そうだろ」
「お前らはいったいどんな修行をしたというんだ」
「それは企業秘密ってやつだ。それに、教えたとしてもお前のような甘ちゃんには到底同じような修行なんて出来るわけがねぇだろうけどな」

 少しだけ殺意を込めた俺の視線に勇者は口をパクパクさせるだけで声が出ないようだ。
 情けない。
 本当に情けない姿だ。
 もうこれ以上こんな奴と話をする時間すら無駄に思えてくる。

「おいキュレナ」

 俺は勇者との会話を切り上げ、後ろでまだ呆けて震えている元幼なじみで元婚約者の女に声をかける。

「はやくこいつらを回復してやれ。それくらいならお前にも出来るだろ」

 それだけ言い残すと俺はエルモと二人、村と反対方向へ向けて歩き出した。

 俺たちが目指すのは新天地だ。

 それが何処にあるのかなんて今はわからない。
 しかし俺たちの体と頭には賢者が残してくれた知識が詰め込まれている。
 だから何処でもどんな所ででも生きていけるはずだ。

「まさかこんな事で村を出るはめになるなんてな」
「ルギーならいつか何もなくても村を出ていったと僕は思うよ」
「そうか……そうだな」

 俺は首からぶら下げた鍵を優しくなでながらまだ見ぬ世界に思いを馳せるのだった。
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