いけにえ令嬢と魔獣の王

長尾 隆生

文字の大きさ
9 / 20

アシュリーのお説教。

しおりを挟む
「戦闘にはほとんど使えないレベルだけど、初期魔法って少しでも使えると結構便利なんだよ」

 簡単な火魔法意外にも水魔法が使えるらしい彼女は、自ら生み出した水でどんどん食器類を洗浄していく。
 その手際もなかなかのもので料理も片付けも出来ないディアナとフォルディスは関心したようにそれを眺めていた。

「それであんたらはこれからどうするつもりなんだい?」

 アシュリーは食事の後片付けをしながらそう問いかける。

『先ほど話したように我らはこれからいろいろな町を回って美味しい物を探すつもりだが』
「そうそう。そのために家から宝石も一杯もってきたしね。途中の村じゃ換金出来なかったけど大きな町に行けばそれなりになると思うし」

 無邪気に笑うディアナを見て、風魔法で食器に着いた水気を飛ばしながらアシュリーは大きくため息をつく。

「本当にあんたらって世間をまったく知らないんだね」

 ある程度水気を飛ばした食器を、今度は火魔法と風魔法を使い乾かしつつアシュリーは二人の物知らずに言い聞かせるように語り出した。

「ディアナ、アンタのその宝石は町では売らない方がいい」
「どうしてよ」
「お前、貴族の家から逃げてきたんだろ? そんな珍しい宝石なんぞ売り払ったらあっという間に足が着くぞ」

 せっかく山の魔獣に食べられたという偽装をしてきた意味が全て無くなるとアシュリーに言われ、ディアナはがっくりと肩を落とす。
 幸い先日村で売り払う事が出来た物は一般流通で売られている程度の物だったため危険性は少ないだろうが、今ディアナが持っている宝石類はどれもこれも一品物である。
 それもこれもディアナがなるべく高く売れそうな物を選んで持って来てしまったせいなのだが。

『我には物の価値はわからぬ』

 がっくりと肩を落とすディアナに対してフォルディスは横になりつつ大きく欠伸をして我関せずの態度だ。
 確かに山奥でずっと生まれ育ち、長い間封印されていた彼に人の世界の価値観はわかるはずも無い。

「フォルディスも聞いておけ。これからお主たちはこの世界を旅するのだろう? だったら世間的な一般常識くらいは覚えておかないととんでもないことに巻き込まれかねない」
「フォルディスがいれば大抵のことは大丈夫じゃないかな」
『うむ。どんな輩が襲いかかってこようとも我は負ける事は無いだろう』

 無駄に自信満々に鼻を鳴らすフォルディスと、その体に飛びついて「さすがフォル!」と飛び跳ねているディアナをアシュリーは軽く頭痛を覚えた頭を押さえながら首を振る。

「力だけでどうにかなるほど世間は甘くない。そもそもお前たちはつい今し方餓死しかけてただろうに」
『むぅ。お主がいなければ普通に森の獣を狩って糧にしていただけだぞ』
「果物だってフォルの鼻で直ぐに見つけられたはずだもん」

 全ての食器を片付け終えたアシュリーが、最後にご自慢のフライパンを背中に担ぐとディアナたちの前にどっかりと座り込み二人の目を見つめる。
 その目にはあからさまな呆れが浮かんでいたのだった。


 アシュリーによるお説教は続く。

「それは偶然ここが森の近くだったからだろ。もし森から離れた場所だったらどうするんだ。あと町の近くだと本業ハンターや冒険者たちもうろうろしているんだぞ。その中をフォルディスのような魔獣がそのまま彷徨いていたら襲われても文句も言えない」
「でも使い魔を使って狩りをしている人も一杯居るって学校で習ったわよ」
「話を聞く限りお前はフォルディスの『使い魔登録』をしていないんじゃ無いのか?」
「使い魔登録……って何?」
「学校で習わなかったのか?」
「うん。そういう物があるから町中で魔物を見かけても驚かないようにって話だけだったわね」

 ディアナのように政略結婚で嫁ぐために育てられたような娘に学校が用意するカリキュラムは、そういった知識では無く社交界での振る舞い方や貴族としての礼儀作法、ダンスやお茶会などが主であった。
 簡単な一般教養は教えられる物の、一般庶民のような知識は必要とされないのである。
 むしろ余計な知識は与えないというのが学園の貴族という世界の方針だった。

「はぁ……お前ら。このまま大きな町に行けば直ぐに捕まって牢屋送りだぞ。フォルディスにいたってはその場で退治されてもおかしくは無い」
『我が脆弱な種族ごときに倒されるわけが無かろう』
「そういう話をしているんじゃない! 本当に常識知らずにもほどがある」

 アシュリーは大きくため息をつくとフォルディスの目を真剣な瞳で見据えながら説教を始めた。

「お前が簡単に倒されるタマでないのは簡単にあしらわれた私にはよくわかっている。だが一度でもお前が人に敵対する危険な魔獣と判断されれば、その時はもう二度と人の町にお前は入ることは出来ない。それどころかギルドに討伐指令を出され、延々と追い回されることになるだろう」
『全て蹴散らせば良いだろう』
「そんなことをすればお主と一緒に旅をしているディアナは処刑されるぞ」
「ええっ、せっかく逃げてきたのに捕まって処刑されるんじゃ意味ないじゃない」
『お主、我に喰われて死ぬつもりでは無かったのか?』
「それとこれとは話が別よ。それに今の私はもう貴女に食べられたいとか死にたいなんて思ってないわ」
『そうなのか?』
「だって私たちはこれから世界中を旅して美味しい物を食べまくるって決めたじゃ無い。だから町に入れなくなったりお尋ね者にされるなんてごめんだわ」

 ディアナはそう宣言するとアシュリーに「それじゃあ使い魔登録ってどうすればいいのか教えて」と詰め寄る。
 今にも顔がくっつきそうなくらい迫られたアシュリーはディアナの肩を掴むと「とりあえず落ち着け」と押し返し、腰に下げた袋から一枚の羊皮紙を取り出すとその場に広げた。
 そして、その地図にディアナとフォルディスが興味深げに目を向けたのを確認してからアシュリーは地図を指さす。

「これがこのエンバス王国の地図だ。そしてここが今我々がいる森。そしてお前たちが住んでいたメンバクの町と山はここだな」

 右から左へ指を動かすアシュリーに、ディアナたちは頷き答える。
 勢いに任せかなり遠くまで来た気がしていたのだが、地図で見るとたいした距離をまだ移動していないように見える。

「地図で見ると近く見えるだろうが、実際はこの地図は私の人差し指の幅、大体一サンチメルで徒歩一日分の距離だ」
「とするとメンバクから途中に寄った村までで実際は徒歩二日以上かかるのね。ここまでだと三日かな。だとすれば追っ手はもうさすがに大丈夫そうよね」
『お主はずっと我の背で眠っておったからな』

 あの日、疲れ切ってフォルディスの柔らかな背中に埋もれたディアナはそのまま熟睡してしまったために、フォルディスがどれだけの距離を駆けたのかわからず、この時初めて自分が今居る場所を知ったのだった。
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

処理中です...