Amber&Smoke

雪原

文字の大きさ
6 / 11

忠告

しおりを挟む
 リーフェルトは帰りの車に誘ってくれたので、レインは遠慮なく同乗させてもらうことにした。
 シガールームで車を待つ間、リーフェルトが手洗いに立った時だった。風のようにクジェルカがレインのところにやってきた。どこか、落ち着かない表情をしている。
「少しいいか」
「俺ですか」
 てっきりリーフェルトに用があったと思ったが、クジェルカはレインの腕を取り、シガールームから連れ出し、手近な空き部屋にレインを押し込んだ。有無を言わさぬその態度に、レインは驚きつつも不審に思った。
「クジェルカさん、いったい……」
「リーフェルトに惚れているのか」

 クジェルカは真顔でレインに聞いた。茶化している訳でも、脅かしているわけでもないようだったが、レインは一瞬呆然とした。
「いったい何を、そんな……」
 心に土足で上がられたことに、怒りを感じる間もなかった。クジェルカは急いで続けた。
「今日の君の態度を見ていればわかる。リーフェルトに惚れているな。これは忠告だ。深入りする前に身を引け、あいつに入れ込むな」
「あなたは……」
 嫉妬しているのか、とレインは思いかけた。クジェルカはレインが言いたいことを察したように、渋い表情を作って、首を横に振った。
「君のためだ。……奴は良い男だ、だが恋愛になると別だ。今までにあいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している」
 レインは絶句した。
 クジェルカの言っていることの意味が咄嗟に理解できなかった。

「あいつと付き合いが長いからわかる。他のことはともかく、あいつはそういう事に関してはまともではない。さっき、リーフェルトに詰め寄ったマダムの亭主が、奴にほれ込んだ末に首を吊っている。エヴァレット家の顧問弁護士だった男だ」
 廊下から、少尉?とリーフェルトが呼ぶ声が聞こえた。クジェルカは急いで言った。
「俺の口から聞いたとあいつには言うな。いいな、上官と部下の関係を守れ。破滅したくなかったら、リーフェルトには深入りするな」
 早口で、低くささやくように言い捨てると、クジェルカは扉を開けた。今までの切羽詰まった態度が嘘のように変わり、君の坊やはここだ、と明るい声でリーフェルトに言った。

 レインはまだ呆然としていた。言われたことが飲みこめなかった。三人?自殺?まともではない?
 真っ暗闇に吸い込まれて行くような気分になった。だが、リーフェルトが呼んでいる。
 自分は何か聞き間違ったのだろうか、とレインは無理矢理そう思おうとした。いや、クジェルカの言ったことが本当のこととは限らない。彼は何かの意図があって嘘をついているのかもしれない。 

「少尉。車の準備が出来たようだ。帰りますよ」
 リーフェルトがほほ笑んで言った。レインはリーフェルトの顔がまともに見られなかった。
「すみません、ちょっと酒と葉巻に酔ったようです」
 なんとかそれだけを絞りだした。



 聞きたくなかった。
 それがレインの感想だった。聞きたくなかった、あんなことは。
 クジェルカが自分の事を心配して言ってくれているのはわかる。だが聞きたくはなかった。放っておいてほしかった。夢を見ていたかった。
 上官と部下に徹しろと言われたところで、あんなことを聞かされた後に、平常心でリーフェルトの顔を見られる訳はない。かと言って、仕事に行けば否応なく顔を合わせる。
 そして顔を合わせれば、自分がこの男を諦めきれない、ということを再確認するだけなのだ。
 あいつに入れ込んだ人間が三人自殺している……。

「俺、四人目になるのかな」
 自分で口に出してゾッとした。いったいどういう理由で、リーフェルトと関わり合いになった後に、破滅の道をたどるのか。
 彼に失望するのか、それとも自分に失望するのか。でもそれだけで、命を絶つものだろうか。
 あの死んだ弁護士の奥さんだという女の「よく平気で顔を出せるわね」とリーフェルトを詰った声が耳から離れない。

 ……ふと思う。リーフェルトはなぜ顔を出せたのだろう。
 クジェルカが訳を知っているのだから、マキシム・エヴァレットも、それに近い人間もみな承知に違いない。しかしエヴァレット自身は何の屈託もなく、リーフェルトを迎えていた。
 死んだ理由は別にあるのではないか……たまたま、リーフェルトとの経緯があったから、奥さんは誤解しているが、何か別の理由で首を吊ったのでは?
 残りの二人も、そうかもしれない。たまたま、リーフェルトと離別した時期が一致していたというだけで……。
 それはごまかしだろう、と自分自身でも感じている、だけども、レインはクジェルカの言ったことを否定したかった。

 悶々とした日々が続いた。何事もなければ、レインの日常は代わり映えはない。自己鍛錬と、通常訓練と、ちょっとした事務仕事と、雑用をこなす日々。リーフェルトとは朝礼で顔を合わせて、向こうに用がなければ、それきり顔を合わせない日もある。彼は彼で、打ち合わせだ、会議だとどこかに呼ばれて行ったりで、姿を見かけない日もあった。
 レインの頭の中では同じ事がぐるぐると回っている。
 ……あいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している……。
 一人はエヴァレット家の弁護士だという。あとの二人は、誰なのだ。

 レインが考えたところで分かる訳はない。まさか本人に聞くわけにはいかない。知ったところでどうする、ともいえる。
 だが、どうしても気になった。
 ……リーフェルトに会いたかった。上官と部下としてではなく、個人として。「アヴァン」で高価なウイスキーと葉巻の吸い方を教えてもらった時のこと思い起こすと、なにか胸が苦しく、狂おしい気持ちになる。もう一度、彼とああして向き合いたかった。
 だが今はダメだ。
 レインは考えに考えた末に、電話をかけた。あの日の別れ際、何かあったら連絡を寄越せと、クジェルカはメモをそっと握らせたのだ。

「……ドレイクです。お話したいのですが、お時間を頂けますか」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【本編完結】再び巡り合う時 ~転生オメガバース~

一ノ瀬麻紀
BL
前世で恋人を失い、自身も命を落とした僕は──異世界で双子の兄として転生した。 新たな出会いと、再び芽生える恋心。 けれど、オメガとしての運命は、この世界でも僕を翻弄していく。 これは、前世の記憶を抱えた僕が、二度目の人生を懸命に生きる物語。 ✤✤✤ ハピエンです。Rシーンなしの全年齢BLです。 よろしくお願いします。

処理中です...