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忠告
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リーフェルトは帰りの車に誘ってくれたので、レインは遠慮なく同乗させてもらうことにした。
シガールームで車を待つ間、リーフェルトが手洗いに立った時だった。風のようにクジェルカがレインのところにやってきた。どこか、落ち着かない表情をしている。
「少しいいか」
「俺ですか」
てっきりリーフェルトに用があったと思ったが、クジェルカはレインの腕を取り、シガールームから連れ出し、手近な空き部屋にレインを押し込んだ。有無を言わさぬその態度に、レインは驚きつつも不審に思った。
「クジェルカさん、いったい……」
「リーフェルトに惚れているのか」
クジェルカは真顔でレインに聞いた。茶化している訳でも、脅かしているわけでもないようだったが、レインは一瞬呆然とした。
「いったい何を、そんな……」
心に土足で上がられたことに、怒りを感じる間もなかった。クジェルカは急いで続けた。
「今日の君の態度を見ていればわかる。リーフェルトに惚れているな。これは忠告だ。深入りする前に身を引け、あいつに入れ込むな」
「あなたは……」
嫉妬しているのか、とレインは思いかけた。クジェルカはレインが言いたいことを察したように、渋い表情を作って、首を横に振った。
「君のためだ。……奴は良い男だ、だが恋愛になると別だ。今までにあいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している」
レインは絶句した。
クジェルカの言っていることの意味が咄嗟に理解できなかった。
「あいつと付き合いが長いからわかる。他のことはともかく、あいつはそういう事に関してはまともではない。さっき、リーフェルトに詰め寄ったマダムの亭主が、奴にほれ込んだ末に首を吊っている。エヴァレット家の顧問弁護士だった男だ」
廊下から、少尉?とリーフェルトが呼ぶ声が聞こえた。クジェルカは急いで言った。
「俺の口から聞いたとあいつには言うな。いいな、上官と部下の関係を守れ。破滅したくなかったら、リーフェルトには深入りするな」
早口で、低くささやくように言い捨てると、クジェルカは扉を開けた。今までの切羽詰まった態度が嘘のように変わり、君の坊やはここだ、と明るい声でリーフェルトに言った。
レインはまだ呆然としていた。言われたことが飲みこめなかった。三人?自殺?まともではない?
真っ暗闇に吸い込まれて行くような気分になった。だが、リーフェルトが呼んでいる。
自分は何か聞き間違ったのだろうか、とレインは無理矢理そう思おうとした。いや、クジェルカの言ったことが本当のこととは限らない。彼は何かの意図があって嘘をついているのかもしれない。
「少尉。車の準備が出来たようだ。帰りますよ」
リーフェルトがほほ笑んで言った。レインはリーフェルトの顔がまともに見られなかった。
「すみません、ちょっと酒と葉巻に酔ったようです」
なんとかそれだけを絞りだした。
☆
聞きたくなかった。
それがレインの感想だった。聞きたくなかった、あんなことは。
クジェルカが自分の事を心配して言ってくれているのはわかる。だが聞きたくはなかった。放っておいてほしかった。夢を見ていたかった。
上官と部下に徹しろと言われたところで、あんなことを聞かされた後に、平常心でリーフェルトの顔を見られる訳はない。かと言って、仕事に行けば否応なく顔を合わせる。
そして顔を合わせれば、自分がこの男を諦めきれない、ということを再確認するだけなのだ。
あいつに入れ込んだ人間が三人自殺している……。
「俺、四人目になるのかな」
自分で口に出してゾッとした。いったいどういう理由で、リーフェルトと関わり合いになった後に、破滅の道をたどるのか。
彼に失望するのか、それとも自分に失望するのか。でもそれだけで、命を絶つものだろうか。
あの死んだ弁護士の奥さんだという女の「よく平気で顔を出せるわね」とリーフェルトを詰った声が耳から離れない。
……ふと思う。リーフェルトはなぜ顔を出せたのだろう。
クジェルカが訳を知っているのだから、マキシム・エヴァレットも、それに近い人間もみな承知に違いない。しかしエヴァレット自身は何の屈託もなく、リーフェルトを迎えていた。
死んだ理由は別にあるのではないか……たまたま、リーフェルトとの経緯があったから、奥さんは誤解しているが、何か別の理由で首を吊ったのでは?
残りの二人も、そうかもしれない。たまたま、リーフェルトと離別した時期が一致していたというだけで……。
それはごまかしだろう、と自分自身でも感じている、だけども、レインはクジェルカの言ったことを否定したかった。
悶々とした日々が続いた。何事もなければ、レインの日常は代わり映えはない。自己鍛錬と、通常訓練と、ちょっとした事務仕事と、雑用をこなす日々。リーフェルトとは朝礼で顔を合わせて、向こうに用がなければ、それきり顔を合わせない日もある。彼は彼で、打ち合わせだ、会議だとどこかに呼ばれて行ったりで、姿を見かけない日もあった。
レインの頭の中では同じ事がぐるぐると回っている。
……あいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している……。
一人はエヴァレット家の弁護士だという。あとの二人は、誰なのだ。
レインが考えたところで分かる訳はない。まさか本人に聞くわけにはいかない。知ったところでどうする、ともいえる。
だが、どうしても気になった。
……リーフェルトに会いたかった。上官と部下としてではなく、個人として。「アヴァン」で高価なウイスキーと葉巻の吸い方を教えてもらった時のこと思い起こすと、なにか胸が苦しく、狂おしい気持ちになる。もう一度、彼とああして向き合いたかった。
だが今はダメだ。
レインは考えに考えた末に、電話をかけた。あの日の別れ際、何かあったら連絡を寄越せと、クジェルカはメモをそっと握らせたのだ。
「……ドレイクです。お話したいのですが、お時間を頂けますか」
シガールームで車を待つ間、リーフェルトが手洗いに立った時だった。風のようにクジェルカがレインのところにやってきた。どこか、落ち着かない表情をしている。
「少しいいか」
「俺ですか」
てっきりリーフェルトに用があったと思ったが、クジェルカはレインの腕を取り、シガールームから連れ出し、手近な空き部屋にレインを押し込んだ。有無を言わさぬその態度に、レインは驚きつつも不審に思った。
「クジェルカさん、いったい……」
「リーフェルトに惚れているのか」
クジェルカは真顔でレインに聞いた。茶化している訳でも、脅かしているわけでもないようだったが、レインは一瞬呆然とした。
「いったい何を、そんな……」
心に土足で上がられたことに、怒りを感じる間もなかった。クジェルカは急いで続けた。
「今日の君の態度を見ていればわかる。リーフェルトに惚れているな。これは忠告だ。深入りする前に身を引け、あいつに入れ込むな」
「あなたは……」
嫉妬しているのか、とレインは思いかけた。クジェルカはレインが言いたいことを察したように、渋い表情を作って、首を横に振った。
「君のためだ。……奴は良い男だ、だが恋愛になると別だ。今までにあいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している」
レインは絶句した。
クジェルカの言っていることの意味が咄嗟に理解できなかった。
「あいつと付き合いが長いからわかる。他のことはともかく、あいつはそういう事に関してはまともではない。さっき、リーフェルトに詰め寄ったマダムの亭主が、奴にほれ込んだ末に首を吊っている。エヴァレット家の顧問弁護士だった男だ」
廊下から、少尉?とリーフェルトが呼ぶ声が聞こえた。クジェルカは急いで言った。
「俺の口から聞いたとあいつには言うな。いいな、上官と部下の関係を守れ。破滅したくなかったら、リーフェルトには深入りするな」
早口で、低くささやくように言い捨てると、クジェルカは扉を開けた。今までの切羽詰まった態度が嘘のように変わり、君の坊やはここだ、と明るい声でリーフェルトに言った。
レインはまだ呆然としていた。言われたことが飲みこめなかった。三人?自殺?まともではない?
真っ暗闇に吸い込まれて行くような気分になった。だが、リーフェルトが呼んでいる。
自分は何か聞き間違ったのだろうか、とレインは無理矢理そう思おうとした。いや、クジェルカの言ったことが本当のこととは限らない。彼は何かの意図があって嘘をついているのかもしれない。
「少尉。車の準備が出来たようだ。帰りますよ」
リーフェルトがほほ笑んで言った。レインはリーフェルトの顔がまともに見られなかった。
「すみません、ちょっと酒と葉巻に酔ったようです」
なんとかそれだけを絞りだした。
☆
聞きたくなかった。
それがレインの感想だった。聞きたくなかった、あんなことは。
クジェルカが自分の事を心配して言ってくれているのはわかる。だが聞きたくはなかった。放っておいてほしかった。夢を見ていたかった。
上官と部下に徹しろと言われたところで、あんなことを聞かされた後に、平常心でリーフェルトの顔を見られる訳はない。かと言って、仕事に行けば否応なく顔を合わせる。
そして顔を合わせれば、自分がこの男を諦めきれない、ということを再確認するだけなのだ。
あいつに入れ込んだ人間が三人自殺している……。
「俺、四人目になるのかな」
自分で口に出してゾッとした。いったいどういう理由で、リーフェルトと関わり合いになった後に、破滅の道をたどるのか。
彼に失望するのか、それとも自分に失望するのか。でもそれだけで、命を絶つものだろうか。
あの死んだ弁護士の奥さんだという女の「よく平気で顔を出せるわね」とリーフェルトを詰った声が耳から離れない。
……ふと思う。リーフェルトはなぜ顔を出せたのだろう。
クジェルカが訳を知っているのだから、マキシム・エヴァレットも、それに近い人間もみな承知に違いない。しかしエヴァレット自身は何の屈託もなく、リーフェルトを迎えていた。
死んだ理由は別にあるのではないか……たまたま、リーフェルトとの経緯があったから、奥さんは誤解しているが、何か別の理由で首を吊ったのでは?
残りの二人も、そうかもしれない。たまたま、リーフェルトと離別した時期が一致していたというだけで……。
それはごまかしだろう、と自分自身でも感じている、だけども、レインはクジェルカの言ったことを否定したかった。
悶々とした日々が続いた。何事もなければ、レインの日常は代わり映えはない。自己鍛錬と、通常訓練と、ちょっとした事務仕事と、雑用をこなす日々。リーフェルトとは朝礼で顔を合わせて、向こうに用がなければ、それきり顔を合わせない日もある。彼は彼で、打ち合わせだ、会議だとどこかに呼ばれて行ったりで、姿を見かけない日もあった。
レインの頭の中では同じ事がぐるぐると回っている。
……あいつに入れ込んだ人間が三人、皆自殺している……。
一人はエヴァレット家の弁護士だという。あとの二人は、誰なのだ。
レインが考えたところで分かる訳はない。まさか本人に聞くわけにはいかない。知ったところでどうする、ともいえる。
だが、どうしても気になった。
……リーフェルトに会いたかった。上官と部下としてではなく、個人として。「アヴァン」で高価なウイスキーと葉巻の吸い方を教えてもらった時のこと思い起こすと、なにか胸が苦しく、狂おしい気持ちになる。もう一度、彼とああして向き合いたかった。
だが今はダメだ。
レインは考えに考えた末に、電話をかけた。あの日の別れ際、何かあったら連絡を寄越せと、クジェルカはメモをそっと握らせたのだ。
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