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小さなトラブル
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エヴァレット家主催のパーティの名目は当主マキシムの五歳になる息子の誕生日祝いだったが、集まった人間の数と面々を見れば、実質大統領選に向けた、票固めのパーティだった。
クラウンの屋敷というのを、レインは初めて見た。まず敷地自体がとてつもなく広く、家は屋敷というより城のレベルの豪奢さだった。華やかな生花がいけられたテーブルが並べてあり、次から次へと、どこからともなく魔法のように料理と酒が運ばれてくる。天幕が張られ、その中にバーがしつらえてあった。庭に面したテラスでは、管弦楽団が優雅な音楽を演奏している。
イズワルドの下町で育ったレインから見れば、まるで映画の中に入り込んだようだった。住む世界が違う、といったリーフェルトの言葉を思い出した。これでもエヴァレット家は十三家では末席に近い方だという。
レイン・ドレイク陸軍少尉は礼装用の軍服を着込んでいた。姿見で自分のなりを確認した時はなかなかのものだと思ったが、同じように軍礼装を身につけたリーフェルトを見て、ため息をついた。絵に描いたように完璧な立ち姿だった。今日はあの綺麗な手は礼装用の白い手袋に包まれている。その手袋の下の艶めかしい手を思い起こすと、心がざわめく。
「少尉、一人で来たんですか?例の彼女は?」
「こんなところには連れてこれません、立場も考えずにはしゃぐに決まってます。恥をかくのはごめんですから」
「なかなか辛辣ですね」
「少佐こそお一人ですか」
リーフェルトは肩をすくめた。
「連れてくる相手を探すのが面倒です」
と言うことは、リーフェルトに決まった相手はいないのだろう。意外と言えば意外だが、レインはなんとなくホッとした。もしもリーフェルトが誰か連れてきたら、それが彼の母親でもない限り、自分は嫉妬したと思うのだ……レインはそれを認めてもやむを得ないくらいには、自分の気分を自覚していた。
☆
主賓のマキシム・エヴァレットは花とリボンで飾られた一段と豪華な天幕の中で、国王よろしく取り巻きに囲まれていた。天幕の前に立っていた理知的な顔立ちの、眼鏡をかけたスラリと背の高い男が二人を出迎え、リーフェルトに向かって言った。
「閣下がお待ちだ……やあ、少尉。君がリーフェルト自慢の狙撃手だな。イーライ・クジェルカだ。閣下の補佐官を務めている。君の上官とは幼馴染でね」
「悪友だよ」
リーフェルトは朗らかに笑った。
それをレインは新鮮な気持ちで聞いた。リーフェルトにも私生活があって、自分と同じように友がいて、思い出があるのだ、というその事実がなにか奇妙なことのように思えたのである。
エヴァレットはリーフェルトを見ると立ち上がり、破顔一笑した。
「来てくれたな、友よ!お前ときたら私が呼ばぬと来ないのだから」
そう言って、リーフェルトの肩を抱く。
レインはエヴァレットを見つめた。生まれながらの王者というのはこういう人間を言うのだろう。背は高く、上等の三つ揃いのスーツを着た身体は胸板が厚く、布地の上からでも筋肉の張りが分かるくらいに鍛え上げられている。がっしりした顎の、陽に焼けた男らしい精悍な顔は、自信がみなぎっていた。
リーフェルトがレインを紹介した。エヴァレットは年端のいかない甥っ子を見守るような目を向けた。
「例の狙撃手殿だな、活躍は聞いているよ。凛々しいな、君たちが並び立つと見栄えがする。新聞記者に写真を撮ってもらえ」
「面が割れたら仕事に差し支えます。勘弁してください」
「少尉、君の上官を見張っていてくれ、飲みすぎないようにな」
リーフェルトが笑って、エヴァレットと二、三言葉を交わした後、その前を下がった。
凄い人ですね、と思わずレインは口に出した。リーフェルトは笑った。
「あのくらい自信満々でなければ大統領選には出られないさ。さて、うまいものでも食べていくとしよう」
☆
来客と歓談するリーフェルトの背中を見つめる。広い背中、任官以来、自分がずっとついてきた背中だった。今まではなんとも思っていなかったのに、急にこの背中を自分のものにしたくなったのはなぜだろう?
恋というものはそういうものかもしれない。レインは今まで、同性にそういう気持ちになったことはなかったが、相手が女性でも、こんな風な、自分では止めることができない、切羽詰まった気持ちになったのは初めてだった。ガールフレンドはいたけれど、それはいつでも取り替えがきく、誰であっても同じというような存在だった。
ふと視線を感じて周囲を見回した。エヴァレットの側近、リーフェルトの旧友だと言ったクジェルカがこちらを見ていたが、真顔でまっすぐこちらに向かって来た。
不意にリーフェルトの立っている方向から棘のある声が響いた。
「よく平気で顔を出せるわね、あなた」
レインは声の主を見た。五十半ばの女性が、顔を歪めてリーフェルトを睨みつけている。リーフェルトは何も言わない。レインの位置からはリーフェルトの表情は見えない。
女性が再び口を開きかけた時、横からやって来たクジェルカが割って入った。
「マダム、皆さんの前です」
「それはこの男に言った方がよくありませんこと!?」
憎々しい声が響き渡ったが、あっという間に女性は、警備員たちに囲まれ、さりげなくその場から離された。クジェルカがリーフェルトの前に立って、牽制するように女性を見ている。
リーフェルトはふっとその女性から目をそらし、クジェルカと何か言葉を交わすと、レインの方に向き直った。その顔には特にこれと言って感慨のようなものは浮かんでなかった。
「長く生きていれば色々ありますね」
そう言ったその声には、何の感情も籠っていなかった。そうして続けた。
「シガールームで閣下がお待ちだそうです。葉巻の吸い方を覚えていますか?」
そう言って微笑んだ。いつものリーフェルトだった。
クラウンの屋敷というのを、レインは初めて見た。まず敷地自体がとてつもなく広く、家は屋敷というより城のレベルの豪奢さだった。華やかな生花がいけられたテーブルが並べてあり、次から次へと、どこからともなく魔法のように料理と酒が運ばれてくる。天幕が張られ、その中にバーがしつらえてあった。庭に面したテラスでは、管弦楽団が優雅な音楽を演奏している。
イズワルドの下町で育ったレインから見れば、まるで映画の中に入り込んだようだった。住む世界が違う、といったリーフェルトの言葉を思い出した。これでもエヴァレット家は十三家では末席に近い方だという。
レイン・ドレイク陸軍少尉は礼装用の軍服を着込んでいた。姿見で自分のなりを確認した時はなかなかのものだと思ったが、同じように軍礼装を身につけたリーフェルトを見て、ため息をついた。絵に描いたように完璧な立ち姿だった。今日はあの綺麗な手は礼装用の白い手袋に包まれている。その手袋の下の艶めかしい手を思い起こすと、心がざわめく。
「少尉、一人で来たんですか?例の彼女は?」
「こんなところには連れてこれません、立場も考えずにはしゃぐに決まってます。恥をかくのはごめんですから」
「なかなか辛辣ですね」
「少佐こそお一人ですか」
リーフェルトは肩をすくめた。
「連れてくる相手を探すのが面倒です」
と言うことは、リーフェルトに決まった相手はいないのだろう。意外と言えば意外だが、レインはなんとなくホッとした。もしもリーフェルトが誰か連れてきたら、それが彼の母親でもない限り、自分は嫉妬したと思うのだ……レインはそれを認めてもやむを得ないくらいには、自分の気分を自覚していた。
☆
主賓のマキシム・エヴァレットは花とリボンで飾られた一段と豪華な天幕の中で、国王よろしく取り巻きに囲まれていた。天幕の前に立っていた理知的な顔立ちの、眼鏡をかけたスラリと背の高い男が二人を出迎え、リーフェルトに向かって言った。
「閣下がお待ちだ……やあ、少尉。君がリーフェルト自慢の狙撃手だな。イーライ・クジェルカだ。閣下の補佐官を務めている。君の上官とは幼馴染でね」
「悪友だよ」
リーフェルトは朗らかに笑った。
それをレインは新鮮な気持ちで聞いた。リーフェルトにも私生活があって、自分と同じように友がいて、思い出があるのだ、というその事実がなにか奇妙なことのように思えたのである。
エヴァレットはリーフェルトを見ると立ち上がり、破顔一笑した。
「来てくれたな、友よ!お前ときたら私が呼ばぬと来ないのだから」
そう言って、リーフェルトの肩を抱く。
レインはエヴァレットを見つめた。生まれながらの王者というのはこういう人間を言うのだろう。背は高く、上等の三つ揃いのスーツを着た身体は胸板が厚く、布地の上からでも筋肉の張りが分かるくらいに鍛え上げられている。がっしりした顎の、陽に焼けた男らしい精悍な顔は、自信がみなぎっていた。
リーフェルトがレインを紹介した。エヴァレットは年端のいかない甥っ子を見守るような目を向けた。
「例の狙撃手殿だな、活躍は聞いているよ。凛々しいな、君たちが並び立つと見栄えがする。新聞記者に写真を撮ってもらえ」
「面が割れたら仕事に差し支えます。勘弁してください」
「少尉、君の上官を見張っていてくれ、飲みすぎないようにな」
リーフェルトが笑って、エヴァレットと二、三言葉を交わした後、その前を下がった。
凄い人ですね、と思わずレインは口に出した。リーフェルトは笑った。
「あのくらい自信満々でなければ大統領選には出られないさ。さて、うまいものでも食べていくとしよう」
☆
来客と歓談するリーフェルトの背中を見つめる。広い背中、任官以来、自分がずっとついてきた背中だった。今まではなんとも思っていなかったのに、急にこの背中を自分のものにしたくなったのはなぜだろう?
恋というものはそういうものかもしれない。レインは今まで、同性にそういう気持ちになったことはなかったが、相手が女性でも、こんな風な、自分では止めることができない、切羽詰まった気持ちになったのは初めてだった。ガールフレンドはいたけれど、それはいつでも取り替えがきく、誰であっても同じというような存在だった。
ふと視線を感じて周囲を見回した。エヴァレットの側近、リーフェルトの旧友だと言ったクジェルカがこちらを見ていたが、真顔でまっすぐこちらに向かって来た。
不意にリーフェルトの立っている方向から棘のある声が響いた。
「よく平気で顔を出せるわね、あなた」
レインは声の主を見た。五十半ばの女性が、顔を歪めてリーフェルトを睨みつけている。リーフェルトは何も言わない。レインの位置からはリーフェルトの表情は見えない。
女性が再び口を開きかけた時、横からやって来たクジェルカが割って入った。
「マダム、皆さんの前です」
「それはこの男に言った方がよくありませんこと!?」
憎々しい声が響き渡ったが、あっという間に女性は、警備員たちに囲まれ、さりげなくその場から離された。クジェルカがリーフェルトの前に立って、牽制するように女性を見ている。
リーフェルトはふっとその女性から目をそらし、クジェルカと何か言葉を交わすと、レインの方に向き直った。その顔には特にこれと言って感慨のようなものは浮かんでなかった。
「長く生きていれば色々ありますね」
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