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告白
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知っていなければこんなことは言わない。そんな気がない相手に、ましてや同性にそんなことを言ったら、リーフェルトはとんだピエロになる。この男が、そんなことをする訳はない。
「……クジェルカから聞きましたね?マダムのご主人と、残りの二人の話も」
リーフェルトのその低い囁き声は、レインの臓腑を貫いた。どうすればいい、と心の中で誰かに問いかける。しらばっくれたほうがいいのか。
しかしこの沈黙が、何よりも雄弁に物語ってしまっている。レインは諦めた。リーフェルトにはわかっているのだ。
「……聞きました」
声が震える。自分は悪いことはしていないはずなのに、裁かれている気分だった。
ふっとリーフェルトが息を吐き、ワインを飲み干して言った。
「軽蔑しますか、私のことを」
淡々とリーフェルトは言った。あいつは台風の目のように凪いでいて、周囲は嵐だ、と言ったクジェルカの言葉を思い出す。
「まさか、そんな……そんな風には思っていません」
リーフェルトの空気がふと緩んだ。苦笑気味の声色で言った。
「クジェルカに私には深入りするなと言われましたね」
レインは口から心臓が飛び出しそうだった。動悸が止まらない。リーフェルトに聞こえるのではないか、と思うほどだった。
逃げるか、飛び込んでいくかの二択だった。ここで引けば、ここで終わる。この先は上官と部下というだけだ。
だけど、それで自分の心が収まるのかと言われたら、違うと心が叫んでいる。
聞いてもいいですか、とレインは震える心を抑えて言った。どうぞ、とリーフェルトが促す。
「クジェルカさんが言ったこと、俺には真偽がわからないのに、なぜ今、話したのですか」
リーフェルトはじっと考えていた。端正な横顔は彫像のように冷たい。あの男はまともではない、という台詞を思い出す。
そうですね、とリーフェルトはつぶやいて、空になったワイングラスを見つめながらいった。
「話したかったからですよ」
「俺に、なぜ」
リーフェルトはグラスをテーブルに置き、そのレインを魅了してやまない手を脚の上で組んだ。
「自惚れかもしれませんが、私は君が思っているような、良い人間ではないと、知っておいて欲しかったんですよ」
ずるい、とレインは反射的に口にした。
「少佐はずるいです」
一瞬躊躇ったが、レインは口にした。
「優しくて、いい男を見せておいて、俺が信じたら、そんな事を言う。そんなふうに言われても、あなたについて行ったら、信じた俺が悪いというんですか。自分は忠告したじゃないかと言うつもりなんですか」
リーフェルトは無表情でそれを聞いていたが、やがてポツリと言った。
「あなたを四人目にしたくないんですよ」
レインは息を呑んだ。
リーフェルトは長いため息をついてから言った。
「クジェルカは言いましたよ。一人目はたまたまそういうことになっただけかもしれない。だけど三人と言うのは、お前に原因がある、と。そう言われても私には心当たりがないので、どうしょうもないと言うのが本当のところです」
淡々とリーフェルトは続けた。
「最近のあなたを見ていると、やはり私が間違っていたかと思うのですよ。だからクジェルカの忠告が正しいんですよ、少尉」
嫌です、とレインの口から思わずこぼれた。忠告に従えば、永遠にリーフェルトを失う。瞬時にそれは耐えられない、とレインは思った。
「嫌です。お前が勝手に惚れたんだろうと言われたら、その通りです。でも仕方ないじゃないですか」
リーフェルトはソファの肘掛けに肘をつき、あの形の良い手で顎を支えて、レインを見つめている。その灰色の目は奇妙に陰って、内心は窺えない。
教えてください、とレインは迫った。
「その三人のこと、好きでしたか。彼らが向ける愛情の何分の一かでも、気持ちはありましたか」
薄暗がりの中でリーフェルトの灰色の目が、空虚に揺らいだ。聞くまでもない、とレインは思った。案の定、リーフェルトは言った。
「いいえ」
では俺は?
聞くのが怖い。自分が勝手に惚れただけなのだ。リーフェルトにとって自分は、気に入りの部下というだけだと、わかっている。
リーフェルトは首を横に振った。
「私は基本的にあまり他人に興味がないんですよ。昔からです。だからと言って慕ってくる人間を邪険にはしませんが。それが悪いと言えばそうなのかもしれませんが、無視するのも違うでしょう」
淡々と言うリーフェルトの顔を、レインは見返した。そこには何の感慨も浮かんでいなかった。
「嘘でしょう……嘘です。少佐は何かをごまかしています。他人に興味のない人間が、わざわざ車を止めて俺を約束の場所まで送ったりしないです。いい店に呼んで、高いウイスキーを飲ませて葉巻を教えたりしないです。それが邪険にしないという事なら、少佐は感情の定義を間違ってます」
リーフェルトは呆れたような表情を見せた。
「君に私の何が分かるというのです」
その声に若干の苛立ちが混ざっている。レインは初めて感情的になったリーフェルトを見た。
「少佐は……自分は他人に興味がないと思いたいんじゃないですか。そう思っておけば自分は傷つかないから」
リーフェルトの顔が暗がりの中で引き攣ったように見えた。
「一回りも年下の坊やにやり込められるとはね」
怒りをこらえるようにリーフェルトは言った。
「やり込めようとした訳じゃないです……ただ……」
ただ、何だ。
レインは自分の心の中を探った。ひどく乱れていて、情緒が散らばっていて、自分でもかき集めるのが難しかった。だが、必死で掬い上げた気持ちの破片を握りしめた。
「少佐は今、珍しく苛立って、怒ってる。俺はそういうのを味わいたい。あなたを引き摺り出して、食べ尽くしたい」
「何を馬鹿なことを」
「惚れるってそういうことじゃないですか」
二人の間に沈黙が落ちた。リーフェルトはとっくに空になったワイングラスを見つめている。表情は消えている。リーフェルトが何を考えているか、レインにはわからなかった。
「でも少佐は俺を四人目にはしたくないんですよね?俺はそれが、俺に対する気持ちだと思うことにします」
リーフェルトは一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、ふっと息を吐くと席を立った。
「……クジェルカから聞きましたね?マダムのご主人と、残りの二人の話も」
リーフェルトのその低い囁き声は、レインの臓腑を貫いた。どうすればいい、と心の中で誰かに問いかける。しらばっくれたほうがいいのか。
しかしこの沈黙が、何よりも雄弁に物語ってしまっている。レインは諦めた。リーフェルトにはわかっているのだ。
「……聞きました」
声が震える。自分は悪いことはしていないはずなのに、裁かれている気分だった。
ふっとリーフェルトが息を吐き、ワインを飲み干して言った。
「軽蔑しますか、私のことを」
淡々とリーフェルトは言った。あいつは台風の目のように凪いでいて、周囲は嵐だ、と言ったクジェルカの言葉を思い出す。
「まさか、そんな……そんな風には思っていません」
リーフェルトの空気がふと緩んだ。苦笑気味の声色で言った。
「クジェルカに私には深入りするなと言われましたね」
レインは口から心臓が飛び出しそうだった。動悸が止まらない。リーフェルトに聞こえるのではないか、と思うほどだった。
逃げるか、飛び込んでいくかの二択だった。ここで引けば、ここで終わる。この先は上官と部下というだけだ。
だけど、それで自分の心が収まるのかと言われたら、違うと心が叫んでいる。
聞いてもいいですか、とレインは震える心を抑えて言った。どうぞ、とリーフェルトが促す。
「クジェルカさんが言ったこと、俺には真偽がわからないのに、なぜ今、話したのですか」
リーフェルトはじっと考えていた。端正な横顔は彫像のように冷たい。あの男はまともではない、という台詞を思い出す。
そうですね、とリーフェルトはつぶやいて、空になったワイングラスを見つめながらいった。
「話したかったからですよ」
「俺に、なぜ」
リーフェルトはグラスをテーブルに置き、そのレインを魅了してやまない手を脚の上で組んだ。
「自惚れかもしれませんが、私は君が思っているような、良い人間ではないと、知っておいて欲しかったんですよ」
ずるい、とレインは反射的に口にした。
「少佐はずるいです」
一瞬躊躇ったが、レインは口にした。
「優しくて、いい男を見せておいて、俺が信じたら、そんな事を言う。そんなふうに言われても、あなたについて行ったら、信じた俺が悪いというんですか。自分は忠告したじゃないかと言うつもりなんですか」
リーフェルトは無表情でそれを聞いていたが、やがてポツリと言った。
「あなたを四人目にしたくないんですよ」
レインは息を呑んだ。
リーフェルトは長いため息をついてから言った。
「クジェルカは言いましたよ。一人目はたまたまそういうことになっただけかもしれない。だけど三人と言うのは、お前に原因がある、と。そう言われても私には心当たりがないので、どうしょうもないと言うのが本当のところです」
淡々とリーフェルトは続けた。
「最近のあなたを見ていると、やはり私が間違っていたかと思うのですよ。だからクジェルカの忠告が正しいんですよ、少尉」
嫌です、とレインの口から思わずこぼれた。忠告に従えば、永遠にリーフェルトを失う。瞬時にそれは耐えられない、とレインは思った。
「嫌です。お前が勝手に惚れたんだろうと言われたら、その通りです。でも仕方ないじゃないですか」
リーフェルトはソファの肘掛けに肘をつき、あの形の良い手で顎を支えて、レインを見つめている。その灰色の目は奇妙に陰って、内心は窺えない。
教えてください、とレインは迫った。
「その三人のこと、好きでしたか。彼らが向ける愛情の何分の一かでも、気持ちはありましたか」
薄暗がりの中でリーフェルトの灰色の目が、空虚に揺らいだ。聞くまでもない、とレインは思った。案の定、リーフェルトは言った。
「いいえ」
では俺は?
聞くのが怖い。自分が勝手に惚れただけなのだ。リーフェルトにとって自分は、気に入りの部下というだけだと、わかっている。
リーフェルトは首を横に振った。
「私は基本的にあまり他人に興味がないんですよ。昔からです。だからと言って慕ってくる人間を邪険にはしませんが。それが悪いと言えばそうなのかもしれませんが、無視するのも違うでしょう」
淡々と言うリーフェルトの顔を、レインは見返した。そこには何の感慨も浮かんでいなかった。
「嘘でしょう……嘘です。少佐は何かをごまかしています。他人に興味のない人間が、わざわざ車を止めて俺を約束の場所まで送ったりしないです。いい店に呼んで、高いウイスキーを飲ませて葉巻を教えたりしないです。それが邪険にしないという事なら、少佐は感情の定義を間違ってます」
リーフェルトは呆れたような表情を見せた。
「君に私の何が分かるというのです」
その声に若干の苛立ちが混ざっている。レインは初めて感情的になったリーフェルトを見た。
「少佐は……自分は他人に興味がないと思いたいんじゃないですか。そう思っておけば自分は傷つかないから」
リーフェルトの顔が暗がりの中で引き攣ったように見えた。
「一回りも年下の坊やにやり込められるとはね」
怒りをこらえるようにリーフェルトは言った。
「やり込めようとした訳じゃないです……ただ……」
ただ、何だ。
レインは自分の心の中を探った。ひどく乱れていて、情緒が散らばっていて、自分でもかき集めるのが難しかった。だが、必死で掬い上げた気持ちの破片を握りしめた。
「少佐は今、珍しく苛立って、怒ってる。俺はそういうのを味わいたい。あなたを引き摺り出して、食べ尽くしたい」
「何を馬鹿なことを」
「惚れるってそういうことじゃないですか」
二人の間に沈黙が落ちた。リーフェルトはとっくに空になったワイングラスを見つめている。表情は消えている。リーフェルトが何を考えているか、レインにはわからなかった。
「でも少佐は俺を四人目にはしたくないんですよね?俺はそれが、俺に対する気持ちだと思うことにします」
リーフェルトは一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、ふっと息を吐くと席を立った。
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