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運命
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わかんねぇ、とレインは口の中でつぶやいた。リーフェルトは本当に心の中が読めない。さっきは珍しく感情が昂ぶったようだが、レインの言葉に心を動かされたのか、それとも、年下の部下にわかったような口をきかれたことに腹を立てたのか、わからなかった。
ややあってから、表情を消したリーフェルトが戻ってきた。
レインの方を見ずにソファにかけた。一瞬、レインは永遠にリーフェルトを失ったのではないか、とヒヤリとした。
だが、すぐにウエイターが銀の盆にワイングラスを二つ乗せて持ってきた。二人の前にそれぞれグラスが置かれた。グラスの底三分の一ほどまで薄い琥珀色の液体が注がれている。
ウエイターがワインの名前と産地と醸造年を言ったが、レインにはわからない。ウエイターが去ってから、リーフェルトがいつもの調子に戻って言った。
「ウイスキーのように見えますが白ワインですよ。ワインの名前は”ルジース“。イルス語の古語で”死神”」
リーフェルトに勧められてレインはそのワイングラスを手にした。ブドウの香りが鼻腔をくすぐる。あえて、こんな名前のワインを持って来させたリーフェルトの真意を測りかねる。
リーフェルトは静かに口を開いた。
「いいでしょう……君がそれでいいと言うならそれで。でも私には愛などではないですが」
レインはポカンとしてリーフェルトの顔を見た。
「なんて顔してるんです」
「意味がわからないのですが」
「別に、聞いた通りの意味ですよ。君の好きにすればいい。君だってそこまで言って、もう引き下がれないでしょう」
リーフェルトは自分のワイングラスを、レインのグラスにコツンと合わせた。
「我々の”死神”に」
そう言ってリーフェルトは毒杯を仰ぐかのように、ワインを一気に喉に流し込んだ。
レインは複雑な気分でそれを眺めていたが、やがてワインを口した。甘い香りに反して、辛さと後から苦味を感じる。
「どっちが死神なんですか?」
レインの問いにリーフェルトは答えた。
「どちらでも。私かもしれないし、君かもしれない」
「俺はそんな投げやりなあなたが欲しい訳じゃない」
リーフェルトは自嘲的な微笑みを浮かべた。
「じゃあ、私をその気にさせて下さい……でも、仮にだめだとしても死なないでくださいよ」
レインはリーフェルトの顔を見た。
自分に惚れた人間を三人殺した男の顔を。その誰もを愛していなかったと当たり前のように言う男を。優しく穏やかな甘い笑顔を向けるのに、人を人とも思っていない男。
あなたを好きだという人間に、じゃあお前が自分をその気にさせて見ろと言い放つ男……。
冷たく静まり返り、目の前にいるのに北極星のように遠いところにいる男。
なのに、この男は、なぜこんなに美しいのだろう。
死んだ三人がどんな人間だったかは知らない。どのようにこの男を愛したのかも。
しかし、どのようにこの男に憑りつかれたかはわかるような気がした……リーフェルトに一度魅入られたら、どうしても無視できないのだ。その何も映っていないガラスのような灰色の目の中に飛び込んで行きたくなる。自分の存在を刻みつけたくなるのだ。
「俺は四人目にはなりません」
レインも“死神”を飲み干した。今のレインには苦みしか感じなかった。
いつか自分もこの男に絶望するのだろうか。いや、今だって決して希望がある訳ではない。むしろ、絶望の縁に立っているという方が正しい。リーフェルトに惚れるという事が、すでになにかの決断を迫られているようなものだ。
過去の三人がどのようにリーフェルトから死を与えられたとしても……自分がいつかそれを見ることになっても……。
今は引けない。この男を前にして、背を向けることがどうしてもできない。この気持ちから引きはがされるのが、例えようもなく苦しい。
「俺はしぶといですよ」
レインは無理矢理笑って見せた。リーフェルトは穏やかに、どこか遠くを見るような目でレインを見返している。
「もしも俺が誰かを殺さなきゃならないとしたら、それは俺ではなく、あなたです」
レインの心臓がドクンと鳴った。
「その時は俺があなたを殺します」
ややあってから、表情を消したリーフェルトが戻ってきた。
レインの方を見ずにソファにかけた。一瞬、レインは永遠にリーフェルトを失ったのではないか、とヒヤリとした。
だが、すぐにウエイターが銀の盆にワイングラスを二つ乗せて持ってきた。二人の前にそれぞれグラスが置かれた。グラスの底三分の一ほどまで薄い琥珀色の液体が注がれている。
ウエイターがワインの名前と産地と醸造年を言ったが、レインにはわからない。ウエイターが去ってから、リーフェルトがいつもの調子に戻って言った。
「ウイスキーのように見えますが白ワインですよ。ワインの名前は”ルジース“。イルス語の古語で”死神”」
リーフェルトに勧められてレインはそのワイングラスを手にした。ブドウの香りが鼻腔をくすぐる。あえて、こんな名前のワインを持って来させたリーフェルトの真意を測りかねる。
リーフェルトは静かに口を開いた。
「いいでしょう……君がそれでいいと言うならそれで。でも私には愛などではないですが」
レインはポカンとしてリーフェルトの顔を見た。
「なんて顔してるんです」
「意味がわからないのですが」
「別に、聞いた通りの意味ですよ。君の好きにすればいい。君だってそこまで言って、もう引き下がれないでしょう」
リーフェルトは自分のワイングラスを、レインのグラスにコツンと合わせた。
「我々の”死神”に」
そう言ってリーフェルトは毒杯を仰ぐかのように、ワインを一気に喉に流し込んだ。
レインは複雑な気分でそれを眺めていたが、やがてワインを口した。甘い香りに反して、辛さと後から苦味を感じる。
「どっちが死神なんですか?」
レインの問いにリーフェルトは答えた。
「どちらでも。私かもしれないし、君かもしれない」
「俺はそんな投げやりなあなたが欲しい訳じゃない」
リーフェルトは自嘲的な微笑みを浮かべた。
「じゃあ、私をその気にさせて下さい……でも、仮にだめだとしても死なないでくださいよ」
レインはリーフェルトの顔を見た。
自分に惚れた人間を三人殺した男の顔を。その誰もを愛していなかったと当たり前のように言う男を。優しく穏やかな甘い笑顔を向けるのに、人を人とも思っていない男。
あなたを好きだという人間に、じゃあお前が自分をその気にさせて見ろと言い放つ男……。
冷たく静まり返り、目の前にいるのに北極星のように遠いところにいる男。
なのに、この男は、なぜこんなに美しいのだろう。
死んだ三人がどんな人間だったかは知らない。どのようにこの男を愛したのかも。
しかし、どのようにこの男に憑りつかれたかはわかるような気がした……リーフェルトに一度魅入られたら、どうしても無視できないのだ。その何も映っていないガラスのような灰色の目の中に飛び込んで行きたくなる。自分の存在を刻みつけたくなるのだ。
「俺は四人目にはなりません」
レインも“死神”を飲み干した。今のレインには苦みしか感じなかった。
いつか自分もこの男に絶望するのだろうか。いや、今だって決して希望がある訳ではない。むしろ、絶望の縁に立っているという方が正しい。リーフェルトに惚れるという事が、すでになにかの決断を迫られているようなものだ。
過去の三人がどのようにリーフェルトから死を与えられたとしても……自分がいつかそれを見ることになっても……。
今は引けない。この男を前にして、背を向けることがどうしてもできない。この気持ちから引きはがされるのが、例えようもなく苦しい。
「俺はしぶといですよ」
レインは無理矢理笑って見せた。リーフェルトは穏やかに、どこか遠くを見るような目でレインを見返している。
「もしも俺が誰かを殺さなきゃならないとしたら、それは俺ではなく、あなたです」
レインの心臓がドクンと鳴った。
「その時は俺があなたを殺します」
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