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7.真昼のベッド
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昼間の情事は背徳的、レインはそれには同意した。
最初はなんだか落ち着かなかった。あからさますぎて羞恥を感じる。だが、次第に慣れると、羞恥をさらけ出していることそのものが、快楽だということに気が付く。
リーフェルトは綺麗だ、とレインは思う。この男は彫像のように完璧に均等が取れいてる。しなやかな腰、一息ごとに波打つ身体の筋肉。この身体をストイックに制服に包んで澄ましている男が、今は白昼の光の中で与えられた快感に喘ぎながら、のけぞって身悶えしている。首から顎へ、喉のラインが優美な曲線を描く。頬を紅潮させ、薄く開いた口からは、苦しそうな浅い喘ぎが漏れているが、身体の深いところで感じている快感が喘ぎの端に混ざる。
この男を思うがまま、まるでいたぶるように思う存分愛し尽くしても、まだ足りない……レインは追い立てられるように彼を抱いた。その肌の感触をくまなく掌で味わい、唇を滑らせて、その度にリーフェルトの甘い呻きを心地よく味わう。
レインは自分が彼の身体に散らした花弁のような跡を眺め、互いの欲望を極限まで昂らせた。リーフェルトに覆いかぶさって、彼の耳元でささやく。
「……少佐は……ずるい……」
「……何が、ですか……」
「俺を……ここまで追い込んでも……あなたは、これが、ただの……情事だと……言い張る……」
レインのその言葉に、リーフェルトは声もなく笑い、次に一瞬顔を歪めた。快楽が苦痛に転じたような表情だったが、大きく息を吐き、喉の奥から軽く呻いた。
「……何が……いいんですか……?情事じゃないなら……」
何が?
今この瞬間はそれしか望んでいない。もう限界が来そうだった。レインは呻いてリーフェルトの首元に顔を埋めた。リーフェルトがその腕でレインの頭を抱いて、煽情的な吐息をひとつすると身体を震わせた。
いつ陽が落ちて海が暗くなったのか、レインは覚えていなかった。
この邸宅には客人の世話をする人間が見えないところにいて、見えないうちにすべてを整えているらしい。
レインがゾッとしたのは、情事の後のバスルームで、二人でシャワーを浴びながら余韻を楽しみ、部屋に戻ってきた時だった。
部屋のテーブルの上には冷えたシャンパンと軽食が用意され、寝乱れたベッドのシーツは取り替えられ、きっちり整えられていたのである。
「まさか見てたんじゃないでしょうね」
呆気に取られてレインが言うと、リーフェルトは笑った。
「内線一本入れれば、全部やってくれるんですよ、こういうところは……」
そう言えば、バスルームに行く前、リーフェルトがどこかに電話をしていたのを思い出した。
「俺と少佐がまっ昼間っから何をしてたか、承知という訳で?」
「もちろん百も承知ですよ。そういう場所ですから」
リーフェルトはシャンパンの栓を開けて言った。
「こういうところはね、何をしてたどころか、誰が来たかも絶対に漏らしません。そうでしょう。クラウンのお偉方も品行方正って訳じゃありませんからね」
なるほど……とレインはつぶやき、複雑な気分で料理を見やった。が、昼間の情事で腹が減っていたのは事実であった。食欲に負けて、レインはきれいに並べられた鶏ハムを一枚口に入れた。
シャンパンを飲み、食事をあらかた食べ終え、夜も更けた頃、昼に情事を楽しんだベッドに再び二人でもぐりこんだ。レインはまだ一戦でも二戦でもいけたが、リーフェルトが拒んだ。
「勘弁してください。明後日からの訓練、指揮官が足元おぼつかないんじゃ様になりません」
それで二人で毛布にくるまるだけでレインは満足することにした。
今日は満月で、ガラス張りの窓から月の光が差し込み、室内をぼんやりと照らしていた。窓の外は紺色の海が、空と溶け合うまで見渡せた。どこにも、誰の気配もない。宇宙で二人きりのような感じがした。
「君が欲しいものは何です」
リーフェルトが薄暗がりの中、レインの顔を見て言った。
「何の話です?」
「昼間、私がずるいと、君は言ったでしょう。私が情事だと言い張っていると」
ああ……とレインは思い出した。正直、行為の最中にうなされるようにして言った言葉に、それほど深い意味があったわけではないように思える。
しかし、レインは自分の心の中に、澱のような気分がある。……最初から承知だった。リーフェルトにとってこれは単なる情事なのだ。自分の気持ちとは温度差がある。レイン自身は、リーフェルト以外の男とこんなことをしようと思わないし、そもそもできない。
「でも……俺が勝手に自分で追い込んで、勝手に盛り上がってるだけなんですから、あなたを責めるのは違うかもしれません」
欲しいものは何です、とリーフェルトは繰り返した。
「言ったところで少佐がくれるとは思えません」
「言うだけ言ってみたらどうです……あげるかどうかは私が決めます」
コツンとリーフェルトの額が、レインの額にあたった。
レインは腕を伸ばし、リーフェルトを抱き寄せた。リーフェルトは抵抗もせずレインの首元に顔を寄せ、脚を絡めてくる。暗がりの中でレインは苦笑した。もう駄目だと言って、こんなことをしてくる。この人は無意識のうちに、誘惑してくる。
「少佐、俺は……俺はこんな風に人を好きになったことは今まで一度もないです。その人の全部丸ごと、全てが欲しいと思うような」
リーフェルトの頭を抱く。柔らかで少し癖のある髪が、レインの顔をくすぐる。その耳元に囁いた。
「たぶん、男同士って終わりがないからだと思います」
「終わり?」
「ええ。……例えば相手が女の子だったら、パターンがあるじゃないですか。いい感じになって、それから悪くないと思ったらプロポーズして、結婚して、子供作って……でも男同士ってそういう現実的な落としどころがないでしょう。だから、俺は少佐を全部自分のものにするまで終わらないというか……」
顔を見ていたら言えないような事でも、暗がりの中では言える。相手の体温だけが感じることのできる、夜の中では。
「多分その全部は、普通のやり方じゃないんですよ。こうやって肌を合わせて、このままあなたを吸収してしましたい。俺とあなたと一つに溶け合って、二人が一つの身体にいるような……」
「……グロテスクですね……」
リーフェルトがくぐもった声で言った。レインはそうですね、とうなずいた。
「でも、そんなグロテスクなのが本当に惚れたってことなのかって……だから、俺が欲しいものは、少佐がくれるとは思えないんですよ」
リーフェルトがどんな表情でそれを聞いているのか、レインには見えない。やがてリーフェルトは口を開いた。
「いつか君が私に失望しなければいい……私のためではなく、君のためにね」
「どういうことです」
「私の悪評は今さらです……でも君が、なぜ自分はこんな男に惚れていたのかと……自分に失望しなければいいと思うんですよ」
「それは……ないです」
レインはリーフェルトを抱き寄せた。彼の肌の手触りと匂いが好きだ、とレインは思う。
「君は知らないんですよ。私が真実、どういう男なのかを」
「じゃあ、教えてください……大丈夫、俺はタフですよ。ちょっとやそっとのことじゃへこたれません」
そうは言ったが、心の中で思う……“あの三人”はそれを知り、なぜ、と思いながら死を選んだのだろうかと。
だが、リーフェルトの返事はなかった。彼はいつの間にか、レインのぬくもりの中で静かに寝息を立てていた。
最初はなんだか落ち着かなかった。あからさますぎて羞恥を感じる。だが、次第に慣れると、羞恥をさらけ出していることそのものが、快楽だということに気が付く。
リーフェルトは綺麗だ、とレインは思う。この男は彫像のように完璧に均等が取れいてる。しなやかな腰、一息ごとに波打つ身体の筋肉。この身体をストイックに制服に包んで澄ましている男が、今は白昼の光の中で与えられた快感に喘ぎながら、のけぞって身悶えしている。首から顎へ、喉のラインが優美な曲線を描く。頬を紅潮させ、薄く開いた口からは、苦しそうな浅い喘ぎが漏れているが、身体の深いところで感じている快感が喘ぎの端に混ざる。
この男を思うがまま、まるでいたぶるように思う存分愛し尽くしても、まだ足りない……レインは追い立てられるように彼を抱いた。その肌の感触をくまなく掌で味わい、唇を滑らせて、その度にリーフェルトの甘い呻きを心地よく味わう。
レインは自分が彼の身体に散らした花弁のような跡を眺め、互いの欲望を極限まで昂らせた。リーフェルトに覆いかぶさって、彼の耳元でささやく。
「……少佐は……ずるい……」
「……何が、ですか……」
「俺を……ここまで追い込んでも……あなたは、これが、ただの……情事だと……言い張る……」
レインのその言葉に、リーフェルトは声もなく笑い、次に一瞬顔を歪めた。快楽が苦痛に転じたような表情だったが、大きく息を吐き、喉の奥から軽く呻いた。
「……何が……いいんですか……?情事じゃないなら……」
何が?
今この瞬間はそれしか望んでいない。もう限界が来そうだった。レインは呻いてリーフェルトの首元に顔を埋めた。リーフェルトがその腕でレインの頭を抱いて、煽情的な吐息をひとつすると身体を震わせた。
いつ陽が落ちて海が暗くなったのか、レインは覚えていなかった。
この邸宅には客人の世話をする人間が見えないところにいて、見えないうちにすべてを整えているらしい。
レインがゾッとしたのは、情事の後のバスルームで、二人でシャワーを浴びながら余韻を楽しみ、部屋に戻ってきた時だった。
部屋のテーブルの上には冷えたシャンパンと軽食が用意され、寝乱れたベッドのシーツは取り替えられ、きっちり整えられていたのである。
「まさか見てたんじゃないでしょうね」
呆気に取られてレインが言うと、リーフェルトは笑った。
「内線一本入れれば、全部やってくれるんですよ、こういうところは……」
そう言えば、バスルームに行く前、リーフェルトがどこかに電話をしていたのを思い出した。
「俺と少佐がまっ昼間っから何をしてたか、承知という訳で?」
「もちろん百も承知ですよ。そういう場所ですから」
リーフェルトはシャンパンの栓を開けて言った。
「こういうところはね、何をしてたどころか、誰が来たかも絶対に漏らしません。そうでしょう。クラウンのお偉方も品行方正って訳じゃありませんからね」
なるほど……とレインはつぶやき、複雑な気分で料理を見やった。が、昼間の情事で腹が減っていたのは事実であった。食欲に負けて、レインはきれいに並べられた鶏ハムを一枚口に入れた。
シャンパンを飲み、食事をあらかた食べ終え、夜も更けた頃、昼に情事を楽しんだベッドに再び二人でもぐりこんだ。レインはまだ一戦でも二戦でもいけたが、リーフェルトが拒んだ。
「勘弁してください。明後日からの訓練、指揮官が足元おぼつかないんじゃ様になりません」
それで二人で毛布にくるまるだけでレインは満足することにした。
今日は満月で、ガラス張りの窓から月の光が差し込み、室内をぼんやりと照らしていた。窓の外は紺色の海が、空と溶け合うまで見渡せた。どこにも、誰の気配もない。宇宙で二人きりのような感じがした。
「君が欲しいものは何です」
リーフェルトが薄暗がりの中、レインの顔を見て言った。
「何の話です?」
「昼間、私がずるいと、君は言ったでしょう。私が情事だと言い張っていると」
ああ……とレインは思い出した。正直、行為の最中にうなされるようにして言った言葉に、それほど深い意味があったわけではないように思える。
しかし、レインは自分の心の中に、澱のような気分がある。……最初から承知だった。リーフェルトにとってこれは単なる情事なのだ。自分の気持ちとは温度差がある。レイン自身は、リーフェルト以外の男とこんなことをしようと思わないし、そもそもできない。
「でも……俺が勝手に自分で追い込んで、勝手に盛り上がってるだけなんですから、あなたを責めるのは違うかもしれません」
欲しいものは何です、とリーフェルトは繰り返した。
「言ったところで少佐がくれるとは思えません」
「言うだけ言ってみたらどうです……あげるかどうかは私が決めます」
コツンとリーフェルトの額が、レインの額にあたった。
レインは腕を伸ばし、リーフェルトを抱き寄せた。リーフェルトは抵抗もせずレインの首元に顔を寄せ、脚を絡めてくる。暗がりの中でレインは苦笑した。もう駄目だと言って、こんなことをしてくる。この人は無意識のうちに、誘惑してくる。
「少佐、俺は……俺はこんな風に人を好きになったことは今まで一度もないです。その人の全部丸ごと、全てが欲しいと思うような」
リーフェルトの頭を抱く。柔らかで少し癖のある髪が、レインの顔をくすぐる。その耳元に囁いた。
「たぶん、男同士って終わりがないからだと思います」
「終わり?」
「ええ。……例えば相手が女の子だったら、パターンがあるじゃないですか。いい感じになって、それから悪くないと思ったらプロポーズして、結婚して、子供作って……でも男同士ってそういう現実的な落としどころがないでしょう。だから、俺は少佐を全部自分のものにするまで終わらないというか……」
顔を見ていたら言えないような事でも、暗がりの中では言える。相手の体温だけが感じることのできる、夜の中では。
「多分その全部は、普通のやり方じゃないんですよ。こうやって肌を合わせて、このままあなたを吸収してしましたい。俺とあなたと一つに溶け合って、二人が一つの身体にいるような……」
「……グロテスクですね……」
リーフェルトがくぐもった声で言った。レインはそうですね、とうなずいた。
「でも、そんなグロテスクなのが本当に惚れたってことなのかって……だから、俺が欲しいものは、少佐がくれるとは思えないんですよ」
リーフェルトがどんな表情でそれを聞いているのか、レインには見えない。やがてリーフェルトは口を開いた。
「いつか君が私に失望しなければいい……私のためではなく、君のためにね」
「どういうことです」
「私の悪評は今さらです……でも君が、なぜ自分はこんな男に惚れていたのかと……自分に失望しなければいいと思うんですよ」
「それは……ないです」
レインはリーフェルトを抱き寄せた。彼の肌の手触りと匂いが好きだ、とレインは思う。
「君は知らないんですよ。私が真実、どういう男なのかを」
「じゃあ、教えてください……大丈夫、俺はタフですよ。ちょっとやそっとのことじゃへこたれません」
そうは言ったが、心の中で思う……“あの三人”はそれを知り、なぜ、と思いながら死を選んだのだろうかと。
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