Ocean&Blue

雪原

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 兵士は常から遺書を書いておけと言われる。いつ出動命令が下るかわからないし、出動すれば帰ってこられる保証はないからだ。
 しかしレインは、そうしたことはなかった。家族はいない。友人はいるが、遊び仲間で、あえて遺書を書き残すようほどの間柄ではない。

 しかし、今回は思い立って、官舎の自室でレターパットに書きつけた。実際のところ、レインは自分が戦死するなどと信じておらず、なにか気恥ずかしい気もする。だけど、もしものことがあったら、言い残しておきたいことはあった……ヒュー・リーフェルトに対して。
 それで、さんざん迷いながらあれこれ書く。あなたのことがどれだけ好きか、アヴァンでのことがどれほど自分の心を溶かしたか、それからあのバンガローでの休暇……遺書というより、単に回りくどいラブレターになり、頭を抱えて、レターパットの大半を無駄にした。

 結局、最後の残り一枚で、簡潔にまとめた。つまるところ、リーフェルトへの思いは一行に集約されるのだ。


 “僕にはあなたがすべてでした。ありがとうございました“


「ヤバいな」
 自分の書いたものをしみじみ眺めてレインはつぶやいた。
「なんか本当に死ぬみたいじゃないか」
 捨てようかな、と思った。こんなものを書き残していったら本当に戦死するような気がする。
 くしゃ、と手の中でそれを握りつぶした。それから立って行ってベランダに出て、リーフェルトの官舎の屋根を見た。

 もう薄暗いが、リーフェルトの家には明かりがついていない。まだ戻っていないのだろう。
 <作戦はともかく、作戦の背後にあるものが面倒です>
 逢瀬の帰りの車の中で、リーフェルトはハンドルを握りながらそんなことを言った。
 <内密にしておいて欲しいのですが、カイラモの金はエヴァレットに流れています。エヴァレット家はそれで大きくなったのですから。エヴァレット閣下はそれを切り捨てるつもりです>
 イルスタリアで製造される麻薬の流通先は旺州である。旺州各国から圧力がかかっていることは、レインも新聞を読んで知っていた。
 <アサルト島はエヴァレット家の保護領です。カイラモが上納金をエヴァレット家に納めているのは、こういう時にお目こぼししてもらうためですよ。それを裏切ると言うのがどういうことか>
 リーフェルトはそれ以上のことは言わなかった。

 レインはため息をついた。背後の思惑は自分には関係ない。リーフェルトを信じてついていくだけだ。
 ……くしゃりと握った「遺書」をまた開く。
 明日、現地に移動する。作戦開始はその翌日、払暁の午前五時だ。一時間で決着をつけるとリーフェルトは言った。

 レインはレターペーパーの皺を伸ばすと、四つ折りにたたんで、封筒に入れて封をした。宛名に、ヒュー・リーフェルト中佐とだけ記す。それから別の茶封筒にそれを入れて封をし、表に「自分に何かあったらリーフェルト中佐へ、リーフェルト中佐の手に渡せない時は焼却」と書いてサイドボードの上に置いた。本当は軍に預けるものだが、なんとなく気が進まなかった。なぜ宛先が自分の上官なのだろう、と訝られるだろう。ここにおいておけば、万が一の場合は軍の関係者が私物を片付けに入った時に、目につく。自分が死んでからなら、何を想像されようが知っちゃこっちゃない。

 でも、まあ、とレインは声に出した。
「俺は帰ってくるよ。……あの人と一緒に」
 帰ってきたら、生還祝いにあのコテージをねだろう。海を見ながらシャンパンを飲んで、また一緒に眠るのだ。

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