マリオネットが、糸を断つ時。二

せんぷう

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アスターの罪

最優の姫

 アタシが王の器じゃないことは、わかってたことよ。いくら王権があったって…優先順位は第一王子のベルガアッシュお兄様。優秀で魔法に関しても文句なしの才能。とされたお兄様には、敵いっこない。

 モルトバリヤーはとにかく真面目で学園でも成績優秀な上に、彼は兎に角人柄に優れた子。アタシなんかよりも頼りになるような弟でその目の力からもと讃えられた。

 …そして。

 産まれた頃から絶対に無理、と思い知らされたのがハルジオン。
 
 あれは、正に王になる人間としか思えなかった。産みの親は死ぬ寸前までハルジオンに付きっきりで…物心ついたハルジオンは圧倒的な審眼の力で他を寄せ付けなかった。誰もが恐怖に慄いたけど、そんな恐怖を平気で背負って我が道を歩く十一番目は、アタシにとことん敗北感を与えた。

 冗談じゃないわよ。

 それじゃあ、何。

 アタシの価値って、なんなのよ。

『…っ、本当に…嫌になるわ…』

 コペリア・常世・バーリカリーナ。アタシは魔導師学園を卒業しても数少ない公務のみをこなして、城から出ないよう王から命じられていた。ベルガアッシュお兄様は将来のためにも海外の視察や、王の仕事を手伝ったりしていた。卒業間近のアタシには…ただ、城を出るなと言うだけなのに。

 だからここ最近は、ずっと守護者たちに八つ当たりをしていた。気に入らなければすぐ解雇。顔も見たくないと、適当に理由だって作った。

 良いじゃない。

 だって貴方たちには、他所へ行っても役割があるんでしょう? 

『…馬鹿みたい。何が過去の因縁よ、先祖の罪よ。アタシには関係ない…悪くないじゃない』

 ねぇ? そう思わない…?

『もっと両手に力を入れなさいよ。喋れるわよ、アタシ。手間取らないで魔法で一息に殺してしまえば楽なのに』

『…っご自分が何をしたか、わかっていらっしゃるのですか?!』

 王に命じられるがまま逃げて、敵の目眩しになるのもアタシたちの役目だった。何のために子供が十三人もいるのか。

 アタシは違う。アタシは目眩しの道具なんかじゃないの。

 そう思って部屋に戻ってから荷物を持てるだけ持ち、国境に向かった。王族だけが知る隠れ家を何個も経由して走り回って…魔楼道に差し掛かった時、連れていた守護者が襲われる。

 そう、そんなアタシの考えすら甘かった。

『何をしたか? 黙って震えたまま突っ立ってたから、アタシの壁にしただけよ。それがなんだって言うのかしら。それをするのが、お前たち守護者の役目ではなくって?』

 魔楼道は既に敵の手に堕ちていたのよ。

 成す術なく一人、また一人と守護者が魔獣に倒される中…恐怖に震える新人の守護者がいた。採用したばかりだけど学園を優秀な成績で卒業したから、昔からいたオルタンジーを外してこの子を側に置くようになった。長くいることなんて、どうだって良い。アタシの身になるような実績を作ってくれるなら、もう誰でも良い。

 だけど所詮は学園でしか認められない魔導師。迫り来る魔獣に挑まず身を竦ませた彼女を引っ張り、壁にした。

『そもそも、貴方が悪いのよシロン・ココミドレー。アタシと同じくだなんて持て囃された貴方が頑張らないから犠牲が増えたの。

 使えないわ。役立たずね、貴方』

 お気に入りのスカートの裾が、血で汚れてしまったわ。

 そう言って物陰から出ると敵も味方も重なって倒れている酷い現場。思わず袖で口を覆った瞬間、唯一生き残ったシロンに首を掴まれ無礼にもアタシに説教なんてしてきた。

『…いっそ、お父様の言い付けなんて守らずに外に出れば良かったのかしら』

 魔獣は強かった。

 魔王直属のせいか、たまに水鏡の映像で見る野生の魔獣よりもハッキリとした殺意と攻撃力の高さが違ったから。だからアタシは…アタシに敵意を向ける愚かなシロンの背後で、爪を振り上げる魔獣を虚な目で見つめていた。

 誰かの為に戦う、なんてアタシには理解できない。アタシはアタシの為だけに魔法を使う。その点ではアタシにとって魔王も守護者も等しく理解出来なかったんだと思うわ。

『…光魔法』

 最後に見たシロンは、普段なら決して背後を取られないであろう魔獣に後ろから切り裂かれて後悔に顔を歪めていた。憎たらしそうにアタシを見つめながら倒れる彼を横に倒して、退かす。

『閃光の花』

 光魔法による目潰しによって目が見えなくなった大型の魔獣から、走って逃げる。守護者がかなり魔獣の数を減らしたけどあんなもの、いくらでも湧いてくるに違いないわ。

 何度足を回復しても、速度は変わらない。あっという間に周りを魔獣で固められてアタシはもう逃げ場を失ってしまった。

『…お父様。何故、アタシにの名を与えたの。どうしてハルジオンにアタシの名を与えなかったのよ』

 優れた目を持ち、

 優れた器を持ち、

 優れた守護者を持った弟。

 ずっと、ずっと。羨ましかった。の名に逃げられる弟。裏切られたのに、最後まで手を伸ばして救ってくれた守護者がいた弟。

 アタシも、タタラが欲しかった。

『ざまぁみなさい。

 …アンタも、最後には裏切られて世界ごと終わってしまうのよ』

 辺りが赤かったのは魔の差しが近かったせいでもあった。沈む日輪はまるでアタシたち王族を思わせ、視界を塞ぐ暗闇は魔族のよう。バーリカリーナはもう終わる。

 良かった。

 良かった。

 アタシが死ぬのは、ただの必然よ。

 降り掛かる魔獣の群れにほくそ笑んだのは、少しお行儀が悪かった。だけどそれがアタシ。多分兄弟たちの中で一番性格が悪くて、性根が捻じ曲がっていたのがアタシ。

 全てが終わる時に自分らしく在れただけで…良しとしましょうか。

 腹を括って死ぬ覚悟をしたのに、目の前によく見た光魔法の障壁が現れる。強固で頑丈…昔から彼女は、光魔法なら王族レベルと噂されていた。そして壁の向こうで巨大な双子盾が舞い、あっという間に魔獣を全て蹴散らしてしまった。

『コペリア様っ!! すみませっ…私…やだ、どうしましょう、コペリア様がお怪我を!!』

『オルタンジー君、落ち着いて。光魔法を宿す王族が並の怪我でどうにかなるはずがない。

 コペリア王女殿下。救援が遅くなり、申し訳ありません。月の宴騎士団団長トワイシー・ペンタ・ロロクロウム、王都へ帰還致しました。一度城へ戻りましょう、かなり厄介なことになっていますので』

 現れたのはクビにしたはずのオルタンジーと、月の宴の団長。

 何故…? オルタンジーもクビにしたはずだし、月の宴は国境へ出発したはずよ。

『疑問はわかります。私が帰還した理由も含めて、とにかく城へ。…彼らも二日は大々的には攻めないはず。時間が惜しい、早く』

 そう言い放って城へと走り出す月の宴の団長。涙ぐみながら近付いたオルタンジーは、周りの惨状にショックを受けたように目を見開き涙を溢す。だけどすぐに正気に戻った…いえ。戻すように、グッと涙を堪えてアタシの手を取り彼の後に続く。

 …何故、アタシを連れて行くのかしら。
 
『月の宴。それは…アタシも必要なのかしら』

『わかりません。ですがコペリア様、一つだけ申し上げます』

 きっと説教だと思った。

 ウンザリしてオルタンジーの手を振り払おうとしたのに、先導していた彼が振り返ると真顔のままこう言ったの。

『コペリア様のような主観を持った方も必要です。…どうか、私の息子のために貴女は貴女らしく在り、この世界の者として向き合っていただきたい。

 何卒、宜しくお願い致します』

『…アタシ、らしく…』

 暫く考慮し、アタシは少しだけ…興味を抱いた。どうせアタシは死んでいたのだから二日くらい延長して、果てを見守るのも悪くないかと。

 こんなアタシに、何か…出来るものなら。

『…良いわね。を冠したコペリア・常世・バーリカリーナの名の下に、それを受け入れます』

 
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