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アスターの罪
こわいもの
王の間に集められた王族と、バーリカリーナの中軸を担う者たち。どの者も顔色が悪く今すぐ逃げ出したいと顔に書いてあるが、それは出来ぬ。
逃げ出したはずが僕たちには既に二日より先の未来など用意されていなかったからだ。
『…ダンジョンの様子は』
『現在、残ったままのハートメアたちが戦闘を続けていますが…っこれは、遊ばれているとしか…』
水鏡に映し出されたのは、酷い光景だった。必死に食らい付くハートメアたちの攻撃を全て受け止めては欠伸をするほどの余裕を見せるバロック・シャムラ。退屈そうに植物魔法を繰り出し、攻撃を止めた者から次々と襲い掛かり磔にしていく。
…救いに行きたくとも、これでは…近付くことすら出来ない。
『勝算はゼロか。
民たちは、どうしている。やけに静かなようだが…暴動が起きても不思議ではなかろう』
『それなんですが…妙なことに王都にいる民たちは、水鏡を見てたまに怯えたようは表情を浮かべるもそれから目を離すとすぐに記憶を失ったようにフラフラと歩き出します。夜になる前はかなり騒ぎが大きくなりましたが、今はむしろ治まったくらいでして…』
まるで、水鏡を見た後は夢の中にいるようだと報告された。
それを聞いて関係者たちは不思議がるも、その原因には憶測がつく。
『水鏡自体に魔法が掛かっている可能性があります。魔力で対抗出来る者は幻覚の魔法に対抗し、魔力を上手く練れない一般市民はそれに掛かる。
…余計な混乱で勝手に滅びてほしくなかったか、最後まで…絶望して死ねということ、かと…』
室内に静寂が走る。誰もが言葉を失い、発言出来ない中…王の間の扉が開かれる。まず最初に入って来たのはコペリア姉様。相変わらず表情に変化はなく、こんな状況でも周りに愛想良く挨拶を交わす辺り本当に図太い方だ。
そして遅れて入室した人物に動揺が伝わり僕もそれが誰なのか見て、驚いた。
『王よ。
月の宴騎士団団長トワイシー・ペンタ・ロロクロウム、只今帰還致しました。申し訳ありません、遣いを放ったのですが…魔人の包囲網を突破出来ず勝手な判断で戻りました』
『トワイシー、だと…? 貴様には東と南の国境を任せたはずだ。一体何があって戻れたのか』
周囲を外国で固められたため、いつ他国からの侵略が起こるかも油断出来ぬ状況。今までは王国の強固な守りと偉大なる歴史によって周りに圧力をかけていられたが、それはもう過ぎた話。
移動による疲労なども出ていたが、月の宴の団長は相変わらず爽やかに笑うと此処に至るまでの経緯を説明した。
『…息子に、救われてしまいまして。
南のギャバ王国が我々に同盟を申し込みました。条件は後回しでも構わないため、戦う意志はないと…南は騎士団を置くだけで良しと判断し、我が月の宴は半分を東に回して私は一時帰還を』
『どういうことだ…あの商売に命を懸けているようなギャバが戦争を…見過ごして、挙句に後払いで良いだと? 信じられぬ…』
そう思っているのは王だけではなかった。バルカラたちも信じられないのか、ロロクロウムから受け取った書面を何度も読み上げるが夢ではない。
今一度理由を聞く王に、ロロクロウムは静かに水鏡の方を見た。
『私の息子の好物をご存知でしょうか、ハルジオン王子』
にこやかにそう問いかけるロロクロウムに寒気を感じながらも、僕は簡単なことだと口を開く。
『…甘いものが好きだが、果実が…キャシャの実が一番気に入っていたはずだ。飲み物でも、生でも…』
その答えに彼は嬉しそうに微笑み、王へと向き直る。どうやら正解したようだと何故か胸を下ろすと続きを聞くことが出来た。
『そう。かつて、ハルジオン王子から教えていただき口にした果実をあの子はとても気に入っていました。私の家にも常備されていましてね。この一年で、随分と輸入量が増えてますし』
確かに。
一年前はそこまで有名でもなかったが、最近は露店でもキャシャを使った菓子や飲み物が売られるようになった。
『…どうやら、目立つ容姿と世界でも認められた魔法を扱うと有名になった息子が好きな果物だという話が瞬く間に広まったようでしてね。食べれば魔力が上がるだの、強くなる等の噂まで流れてしまったようで…生産国のギャバは、それはそれは良い思いをしてしまったそうです。
あのたった一つの果実で、ギャバは裕福になりました。貧しかった国ですがキャシャはよく採れたので無理もせず出荷が出来たのです。
ギャバは…息子に、タタラに多大なる恩義があるからと今回の同盟を申し出ました。金も武器もある、しかし恩人がいる国に刃は向けたくない…そういう内の事情です。話してみて信用できると判断したので、私はこちらへ戻りました』
必要なら、戦力も送るという話です。
誰もが僕を見ていた。唖然としながらみんなの注目を受ける中でロロクロウムが歩み寄り、少しだけ…潤んだ瞳のまま僕の肩に手を置く。
『帰ったらあの子を抱きしめようと勇足で帰ってきたのです。…そんな中で、あの話を聞いて私はどうしたら良いかわからなくなりました。
でも、やっぱり嫌です。私はあの子の親になって抱きしめる大義名分をもらったんですから、私にはあの子を抱きしめる権利があって、あの子には愛される義務があります』
『…貴様。構い過ぎて嫌われるぞ』
息子を抱きしめると熱弁する男に若干引きながらも、目の前の親は至って真面目だった。
『嫌われても構いません。私はタタラにお別れも言ってませんし、…別れる予定でもハグはします。
しかし納得のいく別れが出来なければ殺されることを容認出来ません。それが出来るまでは月の宴騎士団団長トワイシー・ペンタ・ロロクロウム…抗い続けて行こうかと』
『随分と死に急ぐではないか。貴様は恐怖心というものがないのか…あの魔王がひしめくダンジョンだぞ。行かなくても…やがて死ぬというのに』
無駄に死に急ぐことなどない。何故なら近くして全員が死ぬのだから。
しかしロロクロウムは、自慢の盾を取り出して勢いよく床に叩き付けながらスッと息を吸う。静かに呼吸を整える姿に理解出来ずにいれば…無理に笑みを作った男がそこにはいた。
『私がこの世で一番怖いものをお教えします』
誰もが固唾を飲む中、ロロクロウムは水鏡の向こう側に思いを馳せる。
『…あの子がこの世界で受けた愛を偽りだと思うこと。そんなことを言われたらと思うと…私は盾を握る手すら、震えてしまいます』
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逃げ出したはずが僕たちには既に二日より先の未来など用意されていなかったからだ。
『…ダンジョンの様子は』
『現在、残ったままのハートメアたちが戦闘を続けていますが…っこれは、遊ばれているとしか…』
水鏡に映し出されたのは、酷い光景だった。必死に食らい付くハートメアたちの攻撃を全て受け止めては欠伸をするほどの余裕を見せるバロック・シャムラ。退屈そうに植物魔法を繰り出し、攻撃を止めた者から次々と襲い掛かり磔にしていく。
…救いに行きたくとも、これでは…近付くことすら出来ない。
『勝算はゼロか。
民たちは、どうしている。やけに静かなようだが…暴動が起きても不思議ではなかろう』
『それなんですが…妙なことに王都にいる民たちは、水鏡を見てたまに怯えたようは表情を浮かべるもそれから目を離すとすぐに記憶を失ったようにフラフラと歩き出します。夜になる前はかなり騒ぎが大きくなりましたが、今はむしろ治まったくらいでして…』
まるで、水鏡を見た後は夢の中にいるようだと報告された。
それを聞いて関係者たちは不思議がるも、その原因には憶測がつく。
『水鏡自体に魔法が掛かっている可能性があります。魔力で対抗出来る者は幻覚の魔法に対抗し、魔力を上手く練れない一般市民はそれに掛かる。
…余計な混乱で勝手に滅びてほしくなかったか、最後まで…絶望して死ねということ、かと…』
室内に静寂が走る。誰もが言葉を失い、発言出来ない中…王の間の扉が開かれる。まず最初に入って来たのはコペリア姉様。相変わらず表情に変化はなく、こんな状況でも周りに愛想良く挨拶を交わす辺り本当に図太い方だ。
そして遅れて入室した人物に動揺が伝わり僕もそれが誰なのか見て、驚いた。
『王よ。
月の宴騎士団団長トワイシー・ペンタ・ロロクロウム、只今帰還致しました。申し訳ありません、遣いを放ったのですが…魔人の包囲網を突破出来ず勝手な判断で戻りました』
『トワイシー、だと…? 貴様には東と南の国境を任せたはずだ。一体何があって戻れたのか』
周囲を外国で固められたため、いつ他国からの侵略が起こるかも油断出来ぬ状況。今までは王国の強固な守りと偉大なる歴史によって周りに圧力をかけていられたが、それはもう過ぎた話。
移動による疲労なども出ていたが、月の宴の団長は相変わらず爽やかに笑うと此処に至るまでの経緯を説明した。
『…息子に、救われてしまいまして。
南のギャバ王国が我々に同盟を申し込みました。条件は後回しでも構わないため、戦う意志はないと…南は騎士団を置くだけで良しと判断し、我が月の宴は半分を東に回して私は一時帰還を』
『どういうことだ…あの商売に命を懸けているようなギャバが戦争を…見過ごして、挙句に後払いで良いだと? 信じられぬ…』
そう思っているのは王だけではなかった。バルカラたちも信じられないのか、ロロクロウムから受け取った書面を何度も読み上げるが夢ではない。
今一度理由を聞く王に、ロロクロウムは静かに水鏡の方を見た。
『私の息子の好物をご存知でしょうか、ハルジオン王子』
にこやかにそう問いかけるロロクロウムに寒気を感じながらも、僕は簡単なことだと口を開く。
『…甘いものが好きだが、果実が…キャシャの実が一番気に入っていたはずだ。飲み物でも、生でも…』
その答えに彼は嬉しそうに微笑み、王へと向き直る。どうやら正解したようだと何故か胸を下ろすと続きを聞くことが出来た。
『そう。かつて、ハルジオン王子から教えていただき口にした果実をあの子はとても気に入っていました。私の家にも常備されていましてね。この一年で、随分と輸入量が増えてますし』
確かに。
一年前はそこまで有名でもなかったが、最近は露店でもキャシャを使った菓子や飲み物が売られるようになった。
『…どうやら、目立つ容姿と世界でも認められた魔法を扱うと有名になった息子が好きな果物だという話が瞬く間に広まったようでしてね。食べれば魔力が上がるだの、強くなる等の噂まで流れてしまったようで…生産国のギャバは、それはそれは良い思いをしてしまったそうです。
あのたった一つの果実で、ギャバは裕福になりました。貧しかった国ですがキャシャはよく採れたので無理もせず出荷が出来たのです。
ギャバは…息子に、タタラに多大なる恩義があるからと今回の同盟を申し出ました。金も武器もある、しかし恩人がいる国に刃は向けたくない…そういう内の事情です。話してみて信用できると判断したので、私はこちらへ戻りました』
必要なら、戦力も送るという話です。
誰もが僕を見ていた。唖然としながらみんなの注目を受ける中でロロクロウムが歩み寄り、少しだけ…潤んだ瞳のまま僕の肩に手を置く。
『帰ったらあの子を抱きしめようと勇足で帰ってきたのです。…そんな中で、あの話を聞いて私はどうしたら良いかわからなくなりました。
でも、やっぱり嫌です。私はあの子の親になって抱きしめる大義名分をもらったんですから、私にはあの子を抱きしめる権利があって、あの子には愛される義務があります』
『…貴様。構い過ぎて嫌われるぞ』
息子を抱きしめると熱弁する男に若干引きながらも、目の前の親は至って真面目だった。
『嫌われても構いません。私はタタラにお別れも言ってませんし、…別れる予定でもハグはします。
しかし納得のいく別れが出来なければ殺されることを容認出来ません。それが出来るまでは月の宴騎士団団長トワイシー・ペンタ・ロロクロウム…抗い続けて行こうかと』
『随分と死に急ぐではないか。貴様は恐怖心というものがないのか…あの魔王がひしめくダンジョンだぞ。行かなくても…やがて死ぬというのに』
無駄に死に急ぐことなどない。何故なら近くして全員が死ぬのだから。
しかしロロクロウムは、自慢の盾を取り出して勢いよく床に叩き付けながらスッと息を吸う。静かに呼吸を整える姿に理解出来ずにいれば…無理に笑みを作った男がそこにはいた。
『私がこの世で一番怖いものをお教えします』
誰もが固唾を飲む中、ロロクロウムは水鏡の向こう側に思いを馳せる。
『…あの子がこの世界で受けた愛を偽りだと思うこと。そんなことを言われたらと思うと…私は盾を握る手すら、震えてしまいます』
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