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黄金の時代
開戦と初陣
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『嘘吐きーッ!!! わーんっ!!』
翌日。開戦の報せを受けたオーク城は、昨日戦争を終わらせたばかりなのに次の日にはもう出撃せよとの命令が来てみんなは準備を始めている。
ここで大切なのは、オークは戦闘種族。ぶっちゃけ戦いでの快感は欲深なオークにとってはご褒美みたいなもん。人間みたいに簡単に疲れないし、今のオーク国は歴代でも最強の戦力を持つから連戦なんてなんともないのだ。
オレ以外は。
『ばかーっ!! ランなんかきらーい、ナラを置いて行くランなんかもう嫌いだ!』
『ぐはっ?!?』
昨夜ランの部屋に迎えに来た父さんに連れられ、風呂入って着替えて歯を磨いて寝て快眠だったのに。起き抜けに伝えられた開戦の報せと、既に戦装束に着替えていたランを発見してからオレの機嫌は最悪だった。
だって酷くないか?! 昨日はっ、昨日はあんなに…一緒にいて楽しかったし、今日も一緒にいるって約束したんだぜ?
なのにっ、なんですかあの楽しそうなお顔?!
ふざけんな戦闘種族めー!!
『ふんだっ』
大広間で作戦会議をしていたであろう面々がいるにも関わらず、どうせ置いて行かれるオレは最大限の罵倒を置いてパジャマのまま部屋へと戻る。
背後で自分の名前が悲鳴のように呼ばれた気がするが足を止めることはない。
『ああっ、坊ちゃんの頬があんなに膨れて…』
『仕方ねぇよ。ナラ様はいつだって城に一人置いて行かれて、殆どの日々をお一人で過ごすんだ』
『折角ラン様と仲直りしたって話だったのに、タイミング最悪だったなぁ…せめてあと三日くらい経ってりゃなぁ…』
鎧姿の仲間たちがサッと壁際に避けてくれるのを無言で過ぎ去る。いつもならもっと冗談を言ったり談笑したりするけど、今は口を開いたら同時に涙が出てしまいそうで何も言えなかった。
見送りの言葉っ、言わなくちゃいけないのに…!
『…っもう!! オレの馬鹿!!』
部屋に戻ってベッドにダイブすると、ありとあらゆる怒りを全て枕へとぶつける。ボフボフ叩いても最高級枕さんは一瞬にして元の形を取り戻す。
『はぁ…。いつも通りここから見送りますか。あーあ、父さんたちにすら声掛けてないのに…』
仕方ないから文を出そうと、窓枠にズルズルと頭を預けて床に座りながら窓硝子に触れる。
オレの部屋にあるこの一番大きな大窓は出陣と帰還を見守れるようになっている。ここに座っていれば誰よりも先に帰還を見つけ、城の誰よりも出陣を見守れるのだ。
『折角さぁ、仲直りしたのに…。ランのせいじゃないのに…。ランは強くて最強のキングオークだからさ、忙しいのに』
なんで、ちゃんと…わかってんのに。
あんなこと言うかな。
『それもこれも全部魔王が悪い…魔王最低、ブラック魔王軍反対…』
『そんなことを言ってはダメだろう。魔王様が悲しまれるぞ?』
いやいや、不敬なら兎も角、悲しむなんてそんな…。
…きゃーっ?!?
『きゃーっ!!! な、なななななんでランツァーが此処に?!』
悲鳴を上げながら後退って窓にぶつかっていると、前髪を掻き上げながらランツァーが割と爽やかに答える。
『うん? 鍵が掛かってなかったから、普通にお邪魔しただけだが。ダメじゃないかナラ。お見送りの言葉がないと我々は出発できないんだから』
『そ、れは…ごめんなさい…』
『ああ。今回はお見送りの言葉じゃないな。
…ナラ。よく聞くんだ。実はな、今回の戦でまだ未発表だったことがあるんだ』
ランツァーに肩を掴まれると、真剣な表情の彼に目を丸くしつつもしっかり頷く。そしてオレはランツァーの口から衝撃的な話を聞くことになる。
『魔王様より通達だ。
此度の戦には、キングオーク全勢力で及ぶように。ナラ・ラクシャミーの初陣を果たすことを要求する…と。つまりな、ナラ。
今日はお前も連れて行かなきゃならないんだ…。魔王様から直々に出撃の命が下るなんて、滅多にないんだが』
『ナラも…戦に?』
…え? マジで? だってオレ、武器一つ持ったことない箱入りオークだぞ??
『意図は不明だが、魔王様からの命令は絶対だ。
…安心しろ。お前は後方で待機しているだけで良いからな。いざとなればオークなら本能で戦えるだろうが、お前は少し特殊だ。取り敢えず連れて行くが、絶対に危険には晒さない。必ず護る』
戦は…怖い、だって相手の命を奪うのも奪われるのも嫌だしオレは戦いに快感なんか得られる自信はない。
だが、だが…しかし。
『ナラも一緒に行けるの?! やったーっ、お留守番じゃないんだな!!』
『こらこら。聞いていたか?』
ピョンピョン飛び跳ねてランツァーの足にしがみ付いて喜んでいると、苦笑い気味のランツァーが落ち着かせるように頭を撫でる。
ランツァーは昔から面倒見が良くて常に冷静な頼れるお兄ちゃんみたいな存在だ。ランとも遠縁だが、年齢が近い割に性格は割と正反対な二体。
…そ、そうだ、ランと言えば!
『ま、まさかランも…知って、た…?』
『いや? 先程初めて伝えて、お前へのショックと諸々あって暴れに暴れてる。ぶっちゃけ…対処が面倒だから抜け出して来たところだ』
なんだ良かったぁ。…じゃあなんであんな顔してたんだよ、やっぱりちょっとムカつく…。
『さて。ナラの戦装束は確か上の方に向こう十年分くらいは作ってたから下ろしに来たんだ。どの箱に入れたんだったかなぁ』
『じゅっ、十年?! なにその無駄な労力!!』
クローゼットの一番上まで手が届くランツァーが忙しなくケースを掴んでは戻し、開けては閉める。足に引っ付いてその様子を窺っていると一つの小さな箱を肩に担いだランツァーが空いた手でオレを抱き上げ、ベッドに降ろす。
『このサイズだな。…まさか、もう着せることになるとは驚きだ。ナラはこの時代の最も幼く美しいキングオークだからな…服飾オークが毎週のように服を仕立てるんだが、これだけは彼らもあまり早くには着てほしくなかっただろう』
真っ赤な和装だった。鮮やかで派手だけど、巧みで繊細な刺繍や飾りが施された一着。ノースリーブだけど同じ赤のアームカバーもあり、帯は白をベースにエメラルドの糸が入り美しく輝く。ズボンはゆったりとしたシルエットだが、スリットが入っていて風通し抜群、素足丸見え!
歩き易そうな金色のサンダルまで揃った一式を、ランツァーは慣れた手付きで次々とオレに着せていく。最後に頭に赤と金色で出来たカチューシャみたいな飾りを付けられてようやく終了。
『…はぁ。連れて行きたくない…』
『なんで?! 折角着替えたのになんでそんなこと言うんだよーっ!』
『城で待っていないか? 魔王様にはなんとか言い訳を…』
聞き分けのないランツァーの手を引っ張りながら早く父さんに見せようと部屋から出る。段々と増えるオークたちはオレたちを見てすぐに端に避けては平伏する。
『遂にナラ様が…。しかし、なんとお美しい…』
『まだまだ先だと思っていたが。初陣を拝めるとは幸運だと思うべきか』
『あんなに嬉しそうに笑って。良かったなぁ、ナラ様…』
さっきとは打って変わってニッコニコなオレはみんなに手を振りながら待機している父さんたちがいる大扉の前まで急ぐ。大扉の前では各部隊の隊長であるキングオークとその他補佐が行軍の順番やルートなど確認しているのだ。
そしてランツァーと共に現れたオレは、一気に多くの視線に晒される。
だけど今日は、何の憂いもない…だって今回はみんなとずっと一緒。そんな喜びが表れた表情に誰もが優しく輪の中に受け入れてくれたのだった。
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翌日。開戦の報せを受けたオーク城は、昨日戦争を終わらせたばかりなのに次の日にはもう出撃せよとの命令が来てみんなは準備を始めている。
ここで大切なのは、オークは戦闘種族。ぶっちゃけ戦いでの快感は欲深なオークにとってはご褒美みたいなもん。人間みたいに簡単に疲れないし、今のオーク国は歴代でも最強の戦力を持つから連戦なんてなんともないのだ。
オレ以外は。
『ばかーっ!! ランなんかきらーい、ナラを置いて行くランなんかもう嫌いだ!』
『ぐはっ?!?』
昨夜ランの部屋に迎えに来た父さんに連れられ、風呂入って着替えて歯を磨いて寝て快眠だったのに。起き抜けに伝えられた開戦の報せと、既に戦装束に着替えていたランを発見してからオレの機嫌は最悪だった。
だって酷くないか?! 昨日はっ、昨日はあんなに…一緒にいて楽しかったし、今日も一緒にいるって約束したんだぜ?
なのにっ、なんですかあの楽しそうなお顔?!
ふざけんな戦闘種族めー!!
『ふんだっ』
大広間で作戦会議をしていたであろう面々がいるにも関わらず、どうせ置いて行かれるオレは最大限の罵倒を置いてパジャマのまま部屋へと戻る。
背後で自分の名前が悲鳴のように呼ばれた気がするが足を止めることはない。
『ああっ、坊ちゃんの頬があんなに膨れて…』
『仕方ねぇよ。ナラ様はいつだって城に一人置いて行かれて、殆どの日々をお一人で過ごすんだ』
『折角ラン様と仲直りしたって話だったのに、タイミング最悪だったなぁ…せめてあと三日くらい経ってりゃなぁ…』
鎧姿の仲間たちがサッと壁際に避けてくれるのを無言で過ぎ去る。いつもならもっと冗談を言ったり談笑したりするけど、今は口を開いたら同時に涙が出てしまいそうで何も言えなかった。
見送りの言葉っ、言わなくちゃいけないのに…!
『…っもう!! オレの馬鹿!!』
部屋に戻ってベッドにダイブすると、ありとあらゆる怒りを全て枕へとぶつける。ボフボフ叩いても最高級枕さんは一瞬にして元の形を取り戻す。
『はぁ…。いつも通りここから見送りますか。あーあ、父さんたちにすら声掛けてないのに…』
仕方ないから文を出そうと、窓枠にズルズルと頭を預けて床に座りながら窓硝子に触れる。
オレの部屋にあるこの一番大きな大窓は出陣と帰還を見守れるようになっている。ここに座っていれば誰よりも先に帰還を見つけ、城の誰よりも出陣を見守れるのだ。
『折角さぁ、仲直りしたのに…。ランのせいじゃないのに…。ランは強くて最強のキングオークだからさ、忙しいのに』
なんで、ちゃんと…わかってんのに。
あんなこと言うかな。
『それもこれも全部魔王が悪い…魔王最低、ブラック魔王軍反対…』
『そんなことを言ってはダメだろう。魔王様が悲しまれるぞ?』
いやいや、不敬なら兎も角、悲しむなんてそんな…。
…きゃーっ?!?
『きゃーっ!!! な、なななななんでランツァーが此処に?!』
悲鳴を上げながら後退って窓にぶつかっていると、前髪を掻き上げながらランツァーが割と爽やかに答える。
『うん? 鍵が掛かってなかったから、普通にお邪魔しただけだが。ダメじゃないかナラ。お見送りの言葉がないと我々は出発できないんだから』
『そ、れは…ごめんなさい…』
『ああ。今回はお見送りの言葉じゃないな。
…ナラ。よく聞くんだ。実はな、今回の戦でまだ未発表だったことがあるんだ』
ランツァーに肩を掴まれると、真剣な表情の彼に目を丸くしつつもしっかり頷く。そしてオレはランツァーの口から衝撃的な話を聞くことになる。
『魔王様より通達だ。
此度の戦には、キングオーク全勢力で及ぶように。ナラ・ラクシャミーの初陣を果たすことを要求する…と。つまりな、ナラ。
今日はお前も連れて行かなきゃならないんだ…。魔王様から直々に出撃の命が下るなんて、滅多にないんだが』
『ナラも…戦に?』
…え? マジで? だってオレ、武器一つ持ったことない箱入りオークだぞ??
『意図は不明だが、魔王様からの命令は絶対だ。
…安心しろ。お前は後方で待機しているだけで良いからな。いざとなればオークなら本能で戦えるだろうが、お前は少し特殊だ。取り敢えず連れて行くが、絶対に危険には晒さない。必ず護る』
戦は…怖い、だって相手の命を奪うのも奪われるのも嫌だしオレは戦いに快感なんか得られる自信はない。
だが、だが…しかし。
『ナラも一緒に行けるの?! やったーっ、お留守番じゃないんだな!!』
『こらこら。聞いていたか?』
ピョンピョン飛び跳ねてランツァーの足にしがみ付いて喜んでいると、苦笑い気味のランツァーが落ち着かせるように頭を撫でる。
ランツァーは昔から面倒見が良くて常に冷静な頼れるお兄ちゃんみたいな存在だ。ランとも遠縁だが、年齢が近い割に性格は割と正反対な二体。
…そ、そうだ、ランと言えば!
『ま、まさかランも…知って、た…?』
『いや? 先程初めて伝えて、お前へのショックと諸々あって暴れに暴れてる。ぶっちゃけ…対処が面倒だから抜け出して来たところだ』
なんだ良かったぁ。…じゃあなんであんな顔してたんだよ、やっぱりちょっとムカつく…。
『さて。ナラの戦装束は確か上の方に向こう十年分くらいは作ってたから下ろしに来たんだ。どの箱に入れたんだったかなぁ』
『じゅっ、十年?! なにその無駄な労力!!』
クローゼットの一番上まで手が届くランツァーが忙しなくケースを掴んでは戻し、開けては閉める。足に引っ付いてその様子を窺っていると一つの小さな箱を肩に担いだランツァーが空いた手でオレを抱き上げ、ベッドに降ろす。
『このサイズだな。…まさか、もう着せることになるとは驚きだ。ナラはこの時代の最も幼く美しいキングオークだからな…服飾オークが毎週のように服を仕立てるんだが、これだけは彼らもあまり早くには着てほしくなかっただろう』
真っ赤な和装だった。鮮やかで派手だけど、巧みで繊細な刺繍や飾りが施された一着。ノースリーブだけど同じ赤のアームカバーもあり、帯は白をベースにエメラルドの糸が入り美しく輝く。ズボンはゆったりとしたシルエットだが、スリットが入っていて風通し抜群、素足丸見え!
歩き易そうな金色のサンダルまで揃った一式を、ランツァーは慣れた手付きで次々とオレに着せていく。最後に頭に赤と金色で出来たカチューシャみたいな飾りを付けられてようやく終了。
『…はぁ。連れて行きたくない…』
『なんで?! 折角着替えたのになんでそんなこと言うんだよーっ!』
『城で待っていないか? 魔王様にはなんとか言い訳を…』
聞き分けのないランツァーの手を引っ張りながら早く父さんに見せようと部屋から出る。段々と増えるオークたちはオレたちを見てすぐに端に避けては平伏する。
『遂にナラ様が…。しかし、なんとお美しい…』
『まだまだ先だと思っていたが。初陣を拝めるとは幸運だと思うべきか』
『あんなに嬉しそうに笑って。良かったなぁ、ナラ様…』
さっきとは打って変わってニッコニコなオレはみんなに手を振りながら待機している父さんたちがいる大扉の前まで急ぐ。大扉の前では各部隊の隊長であるキングオークとその他補佐が行軍の順番やルートなど確認しているのだ。
そしてランツァーと共に現れたオレは、一気に多くの視線に晒される。
だけど今日は、何の憂いもない…だって今回はみんなとずっと一緒。そんな喜びが表れた表情に誰もが優しく輪の中に受け入れてくれたのだった。
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